乾くるみと早坂吝

覚えていてもしょうがないのだが、昼休みにミステリをどの店のどの席で読んだのか、なぜか覚えていることが多い。乾くるみ「塔の断章」はケンタッキーで読んだ。

「塔の断章」は面白くて、読んでない人にはおすすめしたい気持ちもあるが、それほどおすすめでもないという気持ちもある。というかミステリは、だいたい「手放しで万人におすすめ」みたいなものはほとんどないような気もする。

塔の断章は感動したとか驚いたとかいう情動の度合いはそんなに高くなくて、読み終わったあと「あ〜〜いいですね好きですね」と思うタイプのやつだったので、こういうのは単に自分の評価ポイントに合致しただけだったりする。

自分はミステリに雰囲気づくりは全然求めていなくて、サッサコサッサコ話が進んでいくやつが好きで、昼休みはだいたい45分くらい読書できるのだが、その間に設定だけ延々と語られたり、なんかおどろおどろしい因習について説明されたりしている間に45分が過ぎると損した気分になる。45分で一人くらい死んで欲しい。死ななくても、何か進展が欲しい。

乾くるみは、文章の装飾がそう多くなく、会話も含めてほとんどが説明文みたいなところがあると思っていて、自分としては鬼のように読みやすい。雰囲気作りを放棄しているわけでは決してないが、最低限に留めてあるといった印象だ。デビュー作の「Jの神話」がいちばん雰囲気作りしてる気がする。

では文章が簡潔かというと、そうでもない。どちらかというと、けっこうくどい。もっと少ない文字数で書けそうなところを、長々と繰り返し説明したりする。特に会話文ではそうだ。

「ほげほげほげほげなんだよ。仮に、ほげほげほげほげじゃないとしよう。そうすると、ふがふがふがふがふがなんだよ。だから、ほげほげほげほげなんだ」

みたいな感じでけっこう同じことを繰り返して書いてあったりする。この傾向は「匣の中」で顕著だったが、近年の短編でもこの傾向のあるものがある。

で、この書き方は自分としては「ただ読むだけで意味が入ってくる」ので非常に読みやすい。短くスマートに書かれると、意味を咀嚼するために立ち止まらなければならないが、乾くるみの書き方だと流れるように読めるし、店の雰囲気にも合っている(塔の断章はケンタッキーで読んだ)。

というわけで、乾くるみの文章は好みに合っているのだが、ところで、若手作家の早坂吝の文も好きである。早坂吝の文はより説明的で、くどくもなく簡潔で、さらに登場人物の性格までサッパリしているので、非常にサッパリ読める。この二人の文体はそういうわけで、共通点もありつつ違う点もありつつだが、自分にとっては、読みやすくて良いという点では一致している。

この二人は他にも共通していると思うところがあって、いちばんわかりやすいところでは「顕著なエロ描写」だが、それはそこまで重要でない気がしていて、重要なのは「サプライズのチョイスが謎」というところだと思う。ミステリのサプライズポイントといえば「意外な犯人」とか「意外なトリック」とか「意外な動機」とかいろいろあるが、乾くるみや早坂吝は(ちょっとネタバレの五歩手前くらいのことを書きますが)「意外な◯◯」の◯◯自身が意外というか、なんでそんなものをサプライズにしようと思って、しかもそれをサプライズとして成立させるために労力を惜しまず仕掛けを積み上げて一本の長編に仕立て上げたんですかという感じだったりして、その辺が共通していると思う。そのサプライズは炸裂したりしなかったりするのだが、炸裂しなくても、仕掛け自体は不発?でも、なんかもうおかしみがあるので、好きです、という感じでアレだった(私は文章を書くことを途中で諦めるところがよくないと思う)。

他にもいくつか、共通する点が見つかるこの二人。では、乾くるみが好きな人には早坂吝を薦めたらハマる確率は高いかというと、ちょっと期待してもいい気はするが、やっぱり全然似ていないところは似ていないし、自分が期待するほどの確率は望めないのではないかと思う。まず、早坂吝は乾くるみのフォロワーという感じはしない。特殊なサプライズを仕掛けるのは、それぞれの性分という気がする。また、エロ描写もそれぞれの性分という気がする。

今日は、早坂吝「虹の歯ブラシ 上木らいち発散」を読んだときに乾くるみ「塔の断章」のことを思い出したときのことを思い出して書いた

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