ガングロたまごちゃん、おでんに助けられる夜もある
髪の毛が腰近くまで伸びているので、ドライヤーで髪を乾かす15分間は1日の中でも最も苦痛の時間だ。
何もせずただドライヤーをする、というのが難しく、いつもこの15分間にAmazon primeやNetflixでドラマをみたりする。1分も無駄にしたくない人のような面持ちで。しかしだいたいは動画に没頭してしまい、何も見ずに乾かすときより長く時間がかかってしまっている。ひどいときには40分かかることだって。どうやら髪は意識的に風を当てないと、乾かないようになっているらしい。
どういう経緯かは忘れたけれど、昨夜はふと「喋る」みうらじゅんを見たくなりAmazon primeで『みうらじゅんのマイブームクッキング』をすこし見た。コント風になっていて、「今日レストランを『趣味』でオープンした」という料理人扮するみうらじゅんが、その時「マイブーム」になっている料理をつくるという設定。公開年を見ると、実に10年前の動画だった。
その10年前のみうらじゅん氏が、まぁよく喋ること。今の1.3倍くらいハキハキしてるし、動きも俊敏。おまけに開始早々に際どい下ネタをぶっ込んでいる。きっと昭和のみうらじゅん氏はそんな感じだったのだろう。もっと破茶滅茶だったのかもしれない。今より過激で、下品で、ロックンロールだった彼の残像がそこに感じられた。今のみうらじゅんは時代に適応しすぎているのか全く違う印象になっているので、彼にこんなにもヒヤヒヤするエッセンスがあると知ってしまったのは少し、ほんの少しだけショックだった。
がまんして見続けてもやはりそわそわするので、その系統の2番目に好きなリリー・フランキー氏の動画をみようと再び検索をかける。残念ながらどれも映画。髪を乾かす間に見るには長すぎる。
Amazonでリリー・フランキーと調べると、映画と同じくらい、『おでんくん』関連のコンテンツが出てくる。この『おでんくん』はかのリリー・フランキー氏が手がけたキャラクターなんだそうだ。恥ずかしながら、つい去年知った。思わず声が出た。
『おでんくん』はまさにドンピシャの世代。私が小学生の頃、学校から帰ってくると決まって家で流れているのが『おでんくん』だった。玄関を開けるとあの気の抜けたような、おじさんともおばさんとも言えないおおらかなトーンが毎日聞こえてきた。
おでんくんたちの世界を何も考えずに見ていると、いい意味で全てのことがどうでもよくなってくる。いつからからかそれが癒しにもなっていた。おでんくんの冒頭は、社会に疲れ、くたびれた大人たちが集まるおでん屋台から始まる。その屋台でぐつぐつ煮込まれているのが、『おでんくん』のキャラクターたちなのだ。主人公の「おでんくん」はもち巾着。
そんなことを思い出していると、唐突に「ガングロたまごちゃん」のことを思いだしてしまった。
「ガングロたまごちゃん」。
ついつい声に出して呼びたくなるような名前ではないだろうか、「ガングロたまごちゃん」。意味はわかるが、あの煮込みすぎて黒くなってしまった卵(今ならわかる、あれは味の染みた絶対に旨いやつだ)を「ガングロ」と名付けるセンス。子ども向けにしてはなかなかに攻めた設定である。
「ガングロ」というくらいなので、ギャルという設定になっているのも、なんだかリリー・フランキー氏らしい。
ガングロたまごちゃんのことが気になって髪を乾かしている暇がなくなり、調べてみたら、トップ画像にあるように、まさかの主人公「おでんくん」に片想いをしていたという。なるほど、そういうギャルね。心根優しいギャルね。これはもう一度見返さなければならない。
『おでんくん』のすごさは、まだ10歳にもなっていないような子どもたちに向けて、これからいく世界の苦しさ、なんとも言えなさをそれとなく伝えようとしたことではないかと思う。
薄毛のサラリーマンが仕事の愚痴を言いながら暖簾をくぐり、グラスのお酒をさえない日々と一緒に飲みこむ。顔色ひとつ変えない店主が、おでん村にすむ『おでんくん』たちを招集する(箸でつまむ)。くたびれたサラリーマンたちは、そんな召集されたおでんくんたちを食べて心と胃を満たし、再び「明日」に戻っていく。
放送をリアルタイムで見ていた当時の私は、幼いながらも「あぁ、大人の世界はなんか大変なんだろうな、でもおでんくんの世界はなんだかいいな、楽しそうだな」と思っていた。そしてそんな構図に、まだ働いてもいない小学生の私でさえ、癒されていた。
それが約15年後、まさか自分もそうなるとは思いもしなかった。大人になり、酒の味を知り、東京に出てきて、社会の酸いも甘いも知るようになった今。アニメの中で出てきた会社員たちのように、私もまた東京タワーの足元で、「おでん」くんたちに助けられている夜がたしかにある。おでんに心を満たされる瞬間がある。
ついこの間は屋台でこそなかったものの、老夫婦が営む昔ながらのおでんのお店にすーっと吸い込まれてしまった。ここもまた、暖簾をくぐって。
一緒に行った人と一緒に、そこでは社会のいろんなこと、不満、最近悲しかったことなどを話していた。話しながら適当に頼んだ大根は見たことがないほど太く、なのにやさしい甘さが口いっぱいに広がってきた。あぁ。なんであんなにもおでんは染みるのだろう。
また『おでんくん』を観返そう。また癒されよう。今みたら、きっと違う角度で自分の心に刺さるものがある気がする。
そんなことを思いながら、昨夜は20分ほどかけて髪を乾かした。やっぱり動画を見るから乾かすのが遅くなるんだよね。
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