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小説|不思議の国のカギ(9)

それが全ての始まり。これは、アリスと不思議の国の物語ーー。
「『アリスも、初めは普通の少女だったんだ。不思議な事が大好きで、この国の住人とも仲良く暮らしてた』」
彼女と特に仲が良かったのは、ハートの女王だった。2人はいつも街に繰り出して遊んでいた。赤い薔薇が好きなハートの女王。城の庭園に白い薔薇を植えてしまって困り果てていたハートの兵士達に、アリスは優しく声をかけた。
ーー大丈夫。ペンキで赤く染めてしまえば良いのよ。
アリスはハートの女王のために、白い薔薇を赤い薔薇に染め上げた。
「『アリスは優しい子だったよ。皆も認めてた。でも、日が経つにつれて、彼女はおかしくなってしまった』」
またある日、ハートの兵士達は白い薔薇を赤く染めるペンキがなくて困っていた。
するとアリスはまた、ハートの兵士達に笑顔で話しかけた。
ーー大丈夫。赤いものならここにあるわ。
そう言ってアリスはハートの兵士を殺し、その血で薔薇を赤く染めた。
アリスの異変に気付いた『鍵』。しかしその時にはすでに多くの住人がアリスによって殺されていた。『鍵』は、白ウサギに命じてアリスを殺させた。
不思議の国を守るために。
「『でも、次に来たアリスも、その次のアリスも……皆、不思議の国に居れば居るほど狂っていった』」
アリスは不思議の国に居るべきじゃない。アリスは……不思議の国をおかしくする。
「『だから、僕は思ったんだよ。アリスが不思議の国の元凶となるなら、この国をおかしくされる前に、アリスと名のつく全てのアリスを殺してしまえば良いんだって』」
「……それは違う!」
アリスは『鍵』と同じくらい強い口調で言い返した。
彼の言い分が分からない訳ではない。
でもーー。
「アリスを殺しても解決なんてしない。だって……アリスだけがおかしくなったなんて、それこそおかしいもの!」
「『……………』」
「だって、その『アリス』が本当に優しい人だったのなら、急にそんな風になる訳ない。何かきっかけがあったはずよ」
今、考えられるとしたら2つだけ。
『鍵』の言う通り、アリス自身の心が変わったか。
或いは、誰かに無意識にそうなるように仕向けられたか、だ。
「『ーーなら、賭けをしようか。アリス』」
「賭け……?」
「『そう。……もし、君の言い分が正しいのなら、それを証明してみせてよ。そして狂う事なく僕を探し出せたら……君の願いを叶えてあげる』」
「……分かったわ。じゃあそれが出来たら……もう、他のアリスを巻き込まないで欲しい。この連鎖は……私で終わりして」
すると、水晶玉の向こうで『鍵』がふっと笑うのが聞こえた。
「『ーーじゃあ、契約成立だね……アリス』」
暫くして、玉の中の渦巻きが消えた。
アリスは白ウサギに水晶玉を返す。
「……『鍵』との契約、忘れるな。お前がそれを成し遂げる意志があるなら、お前の命は俺らが保証する」
白ウサギの鋭い視線がアリスを射抜く。アリスは両の手を己の心臓の位置でぎゅっと握った。
……大丈夫。後戻りは出来ないのなら、やるべき事は決まってる。
「……うん。必ず、私が『鍵』を見つけ出す」
アリスと白ウサギは数秒の間、見つめ合う。
「ーーーー……」
刹那。
ふと、白ウサギの表情が和らいだ気がした。
だが次の瞬間には、白ウサギはアリスに対して背を向けていた。
「さ、行こ!アリス」
三月ウサギも白ウサギの後に続く。アリスは後ろから2人を呼び止めた。
「あ、あの!!白ウサギ!三月ウサギっ!!」
2人はアリスを振り返る。
アリスはそんな2人に対して深々と頭を下げた。
「こ、これからよろしく!……お願いしますっ」
「………………」
三月ウサギは一瞬ぽかんとした表情を見せたが、すぐにそれは笑顔に変わる。
「うん!これからよろしくね、アリスっ♪」
三月ウサギに微笑み返しながらアリスはまた、一歩を踏み出す。
その瞳に迷いは消えていた。
ーーこれからが本当の……命を賭けた戦いの始まりだ。

* * *

「ここって……」
前に一度来たから忘れようもない。ここは『死の森』だ。
「おい」
「はい?」
「これ持ってろ」
そう言って手渡されたのは、すうほんの矢が備えられている弓矢だった。
「ここから先は3方向に別れて探す。何かあったらそれを使え」
……自分の身は自分で守れと言わんばかりの白ウサギを、アリスは伺うように上目遣いに見やる。
「……さっき守ってくれるって……」
不満そうなアリスの言葉に、三月ウサギは苦笑いした。
「ごめんね?アリス。でも『鍵』を探すなら、皆で行動するよりこの方が効率が良いと思ったんだ」
「それは分かるけど……。でも何で死の森なの?」
「……ここには、色々な空間に繋がる扉がある」
「あ……」
そこでアリスは、ようやく合点がいったような顔になった。
『死の森』に無数にある、それぞれ別の空間へと続く扉。
それを自分は、実際にこの目で見た事がある。
あの時はチャシャ猫が案内してくれたからすぐに出口を見つける事が出来た。でも今回は、彼に頼る訳にはいかない。
案内無しでこの森全ての扉を調べるとなると、相当の時間と手間がかかるだろう。アリスは一つ頷く。
「……分かったわ」
「ーーーーもし、」
白ウサギは一度、そこで言葉を切った。不思議に思ったアリスがそちらを向くと、白ウサギと視線がかち合った。
その瞳は、いつになく真剣だった。
「もし、森の中でチャシャ猫に再び会うような事態になったら……すぐに逃げるか、助けを呼べ。この前は運良く助かったかもしれないが、次はそうはいかない。ーー確実に殺されるぞ」
「ーーーー……っ」
「もしチャシャ猫に絡まれたら、僕らの名前を呼んで?すぐに助けに行くから」
名前を呼ぶ、それだけで良いかと問おうとしたアリスを見越して、三月ウサギは言葉を補足した。
「僕らの聴覚は、他の住人に比べて格段に良いんだよ。だから、この森の中だったら何処に居ても声は届くから安心して?」
「中に入ったら、扉を探しつつ、この森の中央を目指せ。……良いな?」
「……分かった」
2人の言葉に、アリスは力強く頷いた。
それを確認して、白ウサギは森に向き直る。
一呼吸置いて、白ウサギは口を開いた。
「ーーーー……じゃあ、行くぞ」
その言葉を合図に、3人は別々の方向に向かって走り出した。

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