見出し画像

小説|ハロゲンワークス(20)

ゴゴゴゴ、という地響きの音を感知して、フードを目深に被った青年が顔を上げた。

「……あぁ。レイドが本気になったみたいだ」

遅れて橘も、地響きを感じ取り、足に力を込める。青年は、橘に視線を戻した。

「……早くしないと、装置を破壊する前にこの森が死んでしまうね」
「………………そんなこと、させない」

バリバリッ!!とものすごい音がして、雷がすぐ近くに落ちる。火花が散り、草花に火がついて炎が上がる。しかし、すぐに橘の水の能力で火を消火させた。

「この森だけは、死なせない…っ!!」

刹那、橘の体から紫の霧が溢れだす。全身を包み込み、彼の姿を隠した。

「……あんたが、どれだけ強くて、敵わなくたって…飛燕も、この森も、僕達にとっては、何より大切な場所なんだ…!だから……っ」
「橘…………!?」

菖蒲の焦ったような声が聞こえた。だが橘は、その声を遮断する。彼女なら、分かってくれる。産まれた時から一緒に生きてる、彼女ならきっと、橘の考えが伝わっているはず。

「……ーーーー俺の全てをかけて、あんたを倒す」
「…………!」

くらっと、一瞬視界が歪む。青年は瞬時に自分の袖で口元を覆うと、後方へ一気に下がった。
……普通の能力なら、このローブが防いでくれるはずなのに。

「…………良い能力を持ってるね」

青年は隠した口元を緩ませた。
橘の能力は、金色の髪を持つ始まりの能力者達に匹敵するほど珍しい、特殊能力。

「でもそれ、使いすぎると君も死んでしまうよ?」
「……ッ、ごほッ」

ポタポタ、と橘の口から血が地面へ滴り落ちる。手の甲で口元を拭って、橘は刀を構えた。

「あんた、能力を持ってないだろ」
「…………」

青年は応えない。橘は青年を睨んだ。
確かに、この能力は自分の命をも削る、諸刃の剣。強すぎる力は自分も滅ぼす。
菖蒲にも、二度と使うなと念を押されていた力だ。
ーーーーだが。

「この毒の霧は、肌に触れただけで全身が痺れる。体内に吸い込めば常人なら息絶える。能力のないあんたには猛毒だろ。……この力で飛燕が助かるなら、僕は自分の命なんて惜しくない」
「……なるほど。じゃあ僕も、少し本気を出さないと危ないみたいだね」
「……ーーーー」

グッ、と足に力を籠める。霧の向こうから飛んで来る刃を、橘は自分の短刀で全て弾いた。
刃を弾く為に霧を裂いてしまった隙間から、青年が一瞬で距離を詰め、右足を振り払う。橘の左肩に直撃した。

「ッ……っ!」

あまりの衝撃に悶絶するも、毒霧を放つのも忘れない。しかし、瞬時に距離をとられてしまった。
すかさず追撃をするが、相手には余裕でかわされる。また、近くで雷撃が落ちた。

「時間をかければ君が不利だよ」
「……っ、はぁ…、ごほッ」

橘は毒霧の範囲を拡げた。その分自分への負担も大きくなるが、青年の言う通り、短時間で仕留めなければ、こちらが負ける。
橘は、視線だけを動かす。すると。

「……ーーーー」

ーーーー橘と菖蒲の視線が一瞬だけ交差した。二人は同時に地を蹴る。
菖蒲は斧を振り上げる。ーーーー装置まで、ほんの数メートル。
青年が、ピクリと動いて菖蒲のほうに意識を向けた。その隙を、橘も見逃さない。
今度は橘のほうから、青年に距離を詰める。

「はぁぁあっ!」
「ーーーー……」

ガシッ!っと、青年のローブを掴む。じわ…と、ローブが毒で溶け始めた。
青年は距離をとろうとするも、橘も必死で食らいつき、彼のローブを剥ぎ取った。毒霧が青年を覆うーーーー。
それと同時に。

「はぁぁあっ!!」

菖蒲が装置目掛けて斧を力いっぱい振り下ろした。
刹那、辺り一面を閃光が満たしーーーー大樹が、光を取り戻す。
それを見て、ーーーー青年は、口元を綻ばせた。

* * *

レイドが杖を振りかざすと同時に。
背後に迫ったヤイトが、彼の後ろから杖を鷲掴みにした。
バチバチ!と火花が散り、杖を伝ってヤイトの体に電流が流れる。

「ぁぁあ"っ」
「っ!」

だがヤイトは、杖を離さない。
その時。
ドクン、と飛燕の鼓動が鳴る。さぁっと頭の霧が晴れていくのが分かった。電流の痛みが、嘘のように無くなっていく。
……橘達が装置を破壊したようだ。
飛燕は俊敏な動きで大地の攻撃を避ける。

「ヤイト!!レイドをこっちへ!」
「……杖から手を離せ」

ヤイトの低い声に、グッと、レイドは杖を持つ手に力を籠めた。
それを見て、ヤイトは険しい顔を彼に向ける。

「実力差が分からない訳じゃないだろ。お前らに勝ち目なんか無い」
「…………うるさい。ーーーー私達は飛燕を恨んでいるだけです…!!彼がいなくならない限り、私達は普通には生きられない!!」
「じゃあ何で能力者まで殺すんだよ!お前のしてる事は矛盾してる」

ボッ!とレイドとヤイトが青い炎に包まれる。燃え上がるそれは、ヤイトの力だ。

「……?」

だが、全く熱さを感じず、レイドは困惑の表情を浮かべる。対して、ヤイトは真剣だった。

「…っ、馬鹿にしてるんですか?」
「馬鹿になんかしてない。この力は、人を殺める為に存在してるんじゃない」

ーーーーこの力は、紫苑の願い。

『ーーーー貴方を見た人々が、幸せになりますようにと』

「人を……幸せにする為に使う力だから……!!」

レイドは目を見開く。

「だから俺は、お前も助ける!!お前を道連れに能力者を殺させる奴らなんかに、お前は殺させない!」
「な、にを、言ってるんですか……?これは私の意志です!!」
「……さっき、自分で言ってたじゃんか。『そうしなきゃこの世界で生きる方法がなかった』って。……そういうのは、自分の意志って言わねーんだよっ!!」

レイドは、ぐっと歯噛みする。それでも、お互いに杖から手を離さない。
するとーーーー。
ヤイトは思いっきりレイドの腹部を蹴り飛ばす。

「ーーぅッ!、かは…っ!」

飛燕の足元まで転がった彼は、身を捩って何とか立ち上がる。
強引だが、レイドから杖を奪ったヤイトは、それを地面へ叩きつけたーーーー。
パリン!と何かが割れる音がしてーーーー杖が内側から破壊される。
同時に、飛燕の手錠も四散した。
パラパラと破片が舞う中、レイドは大地の能力を発動させる……が。

「なっ……」

飛燕の力が上回っているのか、大地がピクリとも動かない。飛燕が、腕をポキポキと鳴らして目を細める。

「ーーーー……さて、お仕置きの時間だな」
「…………………………」

それを見て。
その場にいた全員が、悪役面の飛燕に対して半眼になったのは、言うまでもないーーーー。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?