小説|ハロゲンワークス(14)
翌日。
目を覚ました飛燕は、痛みの続く体を何とか起こすと、自分の手を握りながら眠る紫苑を見た。
「……紫苑。起きて」
優しく声をかけると、紫苑は、ん、と小さく声を漏らして瞼を開けた。
「おはよ」
「……おはよう、ございます」
まだ寝ぼけた目で挨拶する彼女に、飛燕は微笑んだ。ガンガンと頭痛はするものの、何とか動けるのを確認して、ベッドから降りようとする。
すると、ぱちり、と紫苑が意識をはっきりさせた。
「え、ダメだよ。飛燕は動いちゃ」
「大丈夫。俺が行かなきゃだから」
「……私が、行くから。飛燕の代わりに、私が行ってくるから。だから、飛燕はここにいて」
そういう契りを交わしたのは飛燕だ。彼の目となり、耳となり、手となり、足となる。その為に紫苑はいる。
ーーーーだが、飛燕は首を横に振った。
「……あいつらは、俺に恨みがあるだけだから。その恨みは、紫苑が代わりに受けなくて良いものだよ」
「でも、ーー」
「ーーだから、」
紫苑の言葉を遮って、彼は困ったように笑った。
「……一緒に来て?紫苑の力を、俺に貸して欲しい」
「ーーーー……」
一人ではなく、2人で。紫苑の気持ちを無下にしないでくれる彼に、彼女は少しだけ表情を崩した。
「うん。一緒に行こう」
「……ありがとう」
紫苑は飛燕に手を差し伸べる。目指す場所は城。
飛燕は森に来た能力者の気配を感知出来る。紫苑がこの森に来た時も、レイドや龍の気配もすぐに分かった。
飛燕の樹でレイドと対峙した後、彼の気配が城で消えている。もしまた現れるとすれば、間違いなくそこだろう。
飛燕の手錠の鍵も、おそらくレイドがもっているはず。まずは、それを奪って鎖を解く。手錠が壊せれば、能力が使えるようになる。レイドは樹に設置された装置が、飛燕の能力を封じるものだと言っていたが、それは偽りだ。この手錠こそが能力を封じているものだと考えている。
レイドが森を破壊し終えるまで、さほど時間はかからないだろう。それまでに、能力を取り戻し、彼を止める。
街の人々の事は、フリージア達に任せておけば大丈夫だ。あいつらは、きっと、この森の能力者を護ってくれる。
俺は、俺のやるべきことを。
ーーーーハロゲンの森を、奪わせない為に。
* * *
その頃、橘と菖蒲は、飛燕の樹に向かって道なき道を走っていた。
「ーーーー装置を破壊するっていっても、どうする気?私の能力じゃ、逆に森を燃やしちゃうわよ」
「……実際に見てないから何とも言えないけど、フレアの話だと、あれは敵の能力じゃなくて、物理的な機械だって言ってた。それなら、僕が逆演算で装置を止められる。菖蒲は、無力化した装置を物理的にぶっ壊してくれれば良いよ」
「……なるほどね。了解」
橘の手にはパソコンが握られている。装置に触れば電流で橘も感電してしまうため、遠隔操作を行うつもりだ。
「…………あった!」
橘の足が止まる。菖蒲も立ち止まって、大木を見上げた。
「…………これが、飛燕の本体……」
2人とも、飛燕の樹を見るのは初めてだった。普段の飛燕からは感じられない、神々しい気配。
「始めるよ」
「えぇ」
カチャカチャと、橘は無言で指を動かす。逆演算は秒単位もずれたら最初からになってしまう。菖蒲は橘の邪魔にならないように数歩下がって、斧を構えた。
橘が装置を無力化出来るのは数秒間のみだ。合図されたら、一気に装置を叩き割らねばならない。
2人の周りに緊張感が走る。
失敗は出来ない。敵に気付かれる前に、終わらせなければ。
あと、十秒。
「菖蒲!構えて!!」
「分かった!」
五、四、三、二、い……ーーーー。
「ーーーーダメだよ。それは」
「「っ!!」」
声が、聞こえた、と認識する間も無く。
気付けば2人は、真逆の方向に吹き飛ばされていたーーーー。
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