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小説|不思議の国のカギ(1)

ここはルーデン村。周りが森で囲まれた自然の多い街。
そこに暮らす一人の少女は、幼い頃に両親を無くしながらも、街の人々から暖かく見守られ、何不自由なく健やかに育っていた。
そんなある日、彼女は父親が大切にしていた書庫の掃除をするため、そこを訪れる。まるで、外からその存在を隠すかのように、書庫は街外れの森の中に密かに建っていた。
書庫の扉を開けると、空気の入れ換えのために窓も開けていく。室内の生暖かい空気が少女の体を通り過ぎていった。
小さな建物ではあるが、そこには何年も使われていない古びた書物が部屋中にずらりと並んでいた。
『ーーーー……』
ふと、部屋の奥から何かが聞こえた気がした。少女は不思議に思いながらも、書庫の掃除を開始する。
『ーーーー……』
再び"声"がした。
今度ははっきりと、それが誰かの声だと認識することが出来た。少女はぴたりと掃除を止め、その声の方角に恐る恐る足を進めていく。自分の聴覚だけを便りにその正体を探っていると、一冊の本の前で少女の足が止まった。おずおずとその本に手を伸ばす。本を手に取ると、その奥に小さな箱があるのが目に映った。
…どうしてこんな場所に箱があるのかしら。
不思議に思った少女が箱に手をかけた瞬間…!
目の前を閃光が駆け抜けた。
一瞬視界が真っ白になる。反射的に瞳を閉じた少女が再び瞼を持ち上げると、そこには光を体に纏った青年が立っていた。よく見ると、その体は透けているようだった。
「驚かせてしまってごめんね」
透き通った、とても綺麗な声音だった。
次に青年は、少女に自分はこの世界の住人ではないと説明した。透けて見えるのもその影響で、あまりこの世界の空気に触れていると、消えてしまうのだという。
「…大事に守っていてくれたみたいだけど、もう帰らなければ本当に消えてしまうところだった」
青年の瞳が少女を映す。
「君がこの箱から僕を出してくれたんだね、ありがとう。君の、名前は…?」
「ーー…アリス、です」
ふぅっと風が凪ぐ。今までと空気が変わったのを少女は肌で感じた。
「そう…。じゃあ、アリス。最後にお礼として、君の願いを一つだけ叶えてあげる」
青年はアリスに近づくと、顔を耳元に寄せ、囁いた。
「ーー君の願いは何?」
そう言われた瞬間、アリスの脳裏に、昔森で見かけた深い深い穴の事が過った。
小さい頃に一度だけ見つけた不思議な穴。両親に名を呼ばれて立ち上り、ふと後ろを振り返るともうそこには穴はなかった。
あれは、いったい何だったのだろうか。
「知りたい?」
アリスがはっとして顔を上げると、青年は妖艶に微笑んだ。
「そこに連れていってあげるよ。ただし、…ーー」
刹那。
再び閃光が視界を埋め尽くす。再び瞳を開くと、そこは穴の真上。アリスはなす術なくその穴へと真っ逆さまに落ちていく。
「ーーーー……」
何処まで続いているかも分からぬほど深く暗い闇の中で、自分が今、落ちているのか浮いているのかも分からない感覚に襲われた。
底知れぬ恐怖がアリスを支配する。
私はここで死ぬのか、それとも…。
そんな時、アリスの脳裏に先程の青年言葉が甦る。
『そこに連れていってあげるよ。ただし、…ーー』
あの言葉はいったい…。
そこまで考えて、アリスな思考は停止した。意識がだんだんと遠退いていく。視界の片隅に微かな光が見えた気がしたが、そこで少女の瞼が閉ざされる。
アリスは僅な間、眠りの淵へと落ちていった。

* * *

風の波が頬を撫でる。その風に誘われるように、アリスはすぅっと瞳を開いた。
「やっと起きた」
頭上から呆れ気味の声。その声に導かれるまま視界だけを動かすと、長くて白い耳を側頭部から腰の辺りまで垂れ流している少年が、ソファーの上からアリスを見下していた。その少年の耳は、ウサギの耳にとてもよく似ていた。
「……貴方は誰?」
アリスは率直な質問を少年に投げかける。すると少年は無表情のまま口を開いた。
「……『白ウサギ』。お前、アリスだろ」
その問いに、アリスは驚いた顔をする。それを見ても、白ウサギの表情はまるで変わらない。
「どうして、私の名前を知っているの?」
「知ってるさ。ここに落ちてくるのなんて、"アリス"しかいないからな」
「え…?」
「この国に来たアリスは、必ず死ぬ」
アリスは動揺を隠せない。するとまた、あの青年の言葉が頭を過った。
『そこに連れていってあげるよ。ただし、…ーー
    二度と、帰れなくなるけどね』
ーー殺される。ここに居ては殺される。あの青年が言っていた事と一緒だ。殺されれば、帰れない。
ーー逃げなきゃ。
だが、アリスの体は恐怖のあまり、ぴくりとも動かない。
白ウサギはソファーの上から跳ぶと、アリスの首もとに手をかけて上から押さえつけた。
…だが、それだけ。それ以上白ウサギは手に力を入れようとしない。そこまで来てアリスは、自分に対する殺意が白ウサギに無いことを感じ取った。
次の瞬間、白ウサギはアリスの体を軽く押した。すると、床だったはずの場所に、大きな穴が開く。
また落ちる。
そう感じたアリスは、上に向かって手を伸ばす。だがそれは、虚しく空を掻いた。
アリスの意識がまた遠退きそうになる中で、白ウサギの声がアリスの脳髄に響き渡った。
「殺されたくなければ『鍵』を探せーー」
そこで完全にアリスの意識が途切れる。
また、闇が全てを支配した。
白ウサギは、それを無表情で見下ろしているだけ。
なぁアリス。アリス…。
「またここに戻って来れたらーー…」
白ウサギは口を閉ざす。そのまま、ソファーの上に置き忘れたアリスのリボンを手に取ると、穴の奥へと消えていった。



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