「オペラ座の夜」レコーディングスタジオレポート &ロジャー、ブライアンインタビュー (Beat Instrumental誌 75年10月号)
Queen’s Council
「ハロー、みんな!」。クイーン伝統の挨拶の言葉とともにフレディ・マーキュリーがロンドンのオリンピックスタジオにさっそうとやって来た。金曜午後8時、クイーンは夜シフトで新アルバム制作の作業に取り掛かるところだ。現在レコーディング2週目、彼らはここまでバッキングトラックを録っていた(時間的には大したものだ)。フレディはボーカルのバッキングトラックに取り組むため最初に現れた ― 他のメンバーは後から来るはずだ。
オリンピックはそれらしく見えないスタジオである。工場のようなイメージはいくつかのロンドンの古いスタジオと共通で ― 長い廊下や巨大なスタジオの数々は、最近見かけるようになった「宇宙船の中」タイプの新しめのスタジオとは大違いだ。にもかかわらず、このスタジオを使うのはクイーンだけではなく、多くのイギリスのトップバンドが常連の場所になっている。サウンドが最高だからだ。
クイーンの共同プロデューサーのロイ・トーマス・ベイカーが、それほど新型ではないミキシングデスクの後ろの椅子でリラックスしている。フレディはお茶の到着を待ち、一杯飲み干すとそっと出ていきスタジオに入る。ピアノの前に座り詞を考える場所だ。いろいろなことが徐々にまとまってゆき、フレディが作業に取り掛かる頃にバンドメンバーが次々とやって来る。
体育館
私はこれまでもしばしばスタジオのコントロールルームに立って仕事中のミュージシャンを眺めてきた — しかし、現場のフレディ・マーキュリーを見るのは彼がいかに優秀かを知るちょっとした驚きだ。彼は学校の体育館ほどの大きさのスタジオにひとり座り、タイトで難易度の高いハーモニーのバッキングボーカルをメインボーカルの録音前に録っていくのだ! フレディは自分が歌おうとしているものを正確に把握し、造作なくピアノで音を拾うとドラムとピアノのトラックに重ねていく。仕事が非常に早く、その正確さは驚くべきものだ。各テイクがうまくいっているかをロイと一緒に確認すると、ハーモニーを二重三重に重ねるフレディのためにテープが巻き戻される。
高い声域に加えてフレディは優れた耳の持ち主のようで、クイーンのトレードマークである「オー」や「アー」を苦もなくこなす。彼はスターだ、間違いなく。
しばらくして、非凡なギタリストブライアン・メイがぶらりとドアを通り抜ける。長身で細身のブライアンの寡黙で神経質な様子は、そのギターからほとばしり出るむき出しの攻撃性とはそぐわない。ブライアンは英国の優秀なギタリストの一人というだけではなく(本誌7月号「プレイヤー・オブ・ザ・マンス」特集記事を参照)、まれに見る良識で音楽ビジネスを語ることができる。それで私はコントロールルームの一団に別れを告げスタジオ・レフトを出ると、ブライアンとドラマーのロジャー・テイラーを従えもっと静かな場所へ移る。
私たちはぼろぼろの部屋を見つけ、話そうと腰を下ろす。まずは当然の質問。アルバムはどんな感じで、制作の調子は?
「バッキングトラックは全部、ロックフィールドで何の問題もなく片づけた」とロジャーが答える。「あそこではみんなすごく親切だし、部屋の数が多くて別々のサウンド用に使えるのがいい」。次のアルバムは思い切ったものになると彼は付け加える。内容には彼ら史上最もヘビーな曲から一番ソフト寄りなものまでが含まれる予定だ。クイーンを受け入れ難いと感じる人たちがいる理由はおそらくここだろうと私は推測する。このバンドには実に多彩なスタイルを演奏する能力があるので、一つの型にこだわらず楽しむことができる。
「ヘビーロックは僕たちのグループのメンタリティに一番近いものだと思うが、僕たちは常に別の道にも引き付けられていて、急に試してみたくなる。今度のアルバムにはどことなくスキッフルっぽく聞こえる曲まであるんだよ」と、まるで突然の変化が心の狭いリスナーたちの脳に起こしかねない混乱を楽しむかのようにブライアンが微笑みながら付け加える。
話は自然とクイーンの素晴らしいレコード制作のことになる。”Sheer Heart Attack” が近年最も見事な作りのアルバムの一枚だったのは確かだ。私が話した多くのミュージシャンがクイーンが手にしたサウンドをうらやんでいると言うと、ロジャーとブライアンは二人とも驚き、嬉しそうだ。私は彼らがそのサウンドをどのように得たのか尋ねる。
「本当にわからない」と言い張るロジャー。「ただすべての段階ですべてのことをきちんとやるかどうかの問題だと思う。ロイとマイク・ストーンがとても優秀なのはそこ。二人は技術的な詳細を全部知っているから。自分たちが美意識といくらかのアイデアを用意し、それをどのように得るかを彼らが技術的な視点からコントロールする」
クイーンの能力の多くは一枚一枚のアルバムへの取り組みの強さによるものだ。すべてのディテールに没入し、スタジオ機材も含め自分たちが求めるものをごく細部まで把握している。
「自分たちが本当に気に入っているのは 3Mの24トラックマシーンだけ」とロジャーは続ける。「経験上一番頼りになるし、テープヘッド同士が近いのですごく近いドロップインができる」。3Mのマシーンへの彼らの愛は、24トラックの完全なマスターが他メーカーの不安定なマシーンによってずたずたになったという ”Sheer Heart Attack” での苦い経験から生まれたものだ。そのテープが復元可能(ぎりぎりで)だったのは幸運だった。もし失われていたら莫大な損失だったはずだし、文字通り心臓発作を全員に起こさせていただろう。
「モニターにもすごくうるさいよ。大抵の場合 Cadacが最高の音をくれると思うけど、自分たちの位置にも左右される」
しかし、クイーンのサウンドの秘密はまだ何もわからない。私たちがつかめたのは、それぞれのトラックに見かけよりもずっと多くの手間がかかっているということだ。例えばドラムの音はいくつもの異なる部屋、異なるスタジオで録られたかもしれないが、そのすべてが一つのトラックに入るかもしれない。一つのスタジオだけで得るのは不可能な複雑な音のパターンをもたらすのだ。
次のアルバムはサームスタジオでミキシングされる。それは知ることができた。彼らが機材をよく知っており(そして彼らの高い基準を満たしている)、そこで共にに働く人たちとはリラックスできる関係だからだ。
バンドは「見解の相違」でトライデントとたもとを分かったので、当然トライデントにマネジメントされる日々は終わった。不安を抱きながらも私はロジャーとブライアンに決別について話す準備ができているか尋ねる。OKだった。
「最近はマネジメント問題を抱えているバンドが多く、自分たちよりずいぶんこじらせたバンドもいくつかある。自分たちがトライデントと別れたのは問題が予測できたから。問題が起きると日本から戻って以来ずっとわかっていたので最高のマネージャーをうまく雇った」。それがこの件に関するロジャーの見解で、彼の言うマネージャーとは他でもないジョン・リード、エルトン・ジョンのマネージャーだ。
もちろん、クイーンはトライデントとの決別に関してすべてに満足なわけではない。バンドは会社ととても親しかったのでとりわけ傷ついたとブライアンは認める。トライデントを去った今、彼ら自身でもっといろいろコントロールできるようになったが、ロジャーが指摘するように犠牲もいくらか払っている。
「トライデントを離れ、満足できる人と一緒になるために支払うことを覚悟した金額は、俺たちがいかに自分たち自身を信じていたかの証明になる」
新アルバムはブライアンがリードソロに取り組んでいる今もアイデアが加えられていて、まだどんなプレビューも早すぎる段階だ。クイーンは今、避けて通れないタイトルについての議論に備えている。私が訪れていた時に全員ほぼ同意しかけているものがひとつあったが、最終決定の前にはお決まりのケンカがあるだろうと彼らは分かっている。しかしジャケットでは自分たちが求めるものをきっちり把握して結束感抜群のようだ。ひどく趣味の悪い "Sheer Heart Attack" のアルバムジャケットについて話した時ロジャーが指摘したように。
「あれはよくできた低俗さだった — 最高の悪趣味をというアイデアだったんだ。少々行き過ぎたかもしれないけど注目度はすごかった!今回は趣味の良いものに戻るかもしれない」
知的
この二人のクイーンメンバーで断然率直なのはロジャーの方で、彼は話し好きでフレンドリー、そして残りのメンバー同様バンドの普通のドラマーにしておくには並外れて知的らしく、自分たちがしていることをよくわかっている。彼が話す間ブライアン・メイは隅の方に静かに座り、時折りコメントを加える(ブライアンに本当に話をしてもらうには彼がひとりの時に聞かなければならないとわかった)。そしてジョン・ディーコン(ベースプレイヤーだ、既にご存じでないなら)がこのインタビューの間に話したのはひとことだ。
地元の宿に向かう前に私たちがコントロールルームに戻ると、フレディがまだ忙しくしているのが見える。曲は順調に進んでいて解散は午前4時ごろの見通しだ。
クイーンの音楽は異なる激しさの組み合わせだ。彼らは強烈な主観性で歌詞にアプローチし、トラックをバウンスさせてできるだけ多くのトラックをミキシングしようとしたり、できる限り幅広いサウンドを得ようと押さえられるだけ押さえた多くのスタジオで新しいことを試したりとレコーディングには複雑な手法で取り組む。その結果は度肝を抜かれるようなものだ。
クイーンの次のアルバムは(バンドと話したことを基に判断できるとすれば)すごいもの(※「キラー」)になるだろう。ふむ、 「キラー・クイーン」、曲のタイトルには悪くないアイデアだ・・・