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「映画を早送りで観る人たち」はそんな真面目に捉えなくていいと思う

「映画を早送りで観る人たち」とは題名の通り映画を早送りで観る人たちの実態を紹介しつつ、併せて今の若い世代の生き方、それに合わせたコンテンツの作り方の変化などを論じている本。倍速視聴というバズワードにかこつけてSNSでも話題で、amazonでもベストセラーとして売られている一冊である。

自分は以前この本を読んだ印象としては「近いうちインターネットにボロクソ叩かれるだろうな」というものだった。
しかしその印象は誤っており、現在に至ってもそこまで叩かれる流れにはなっていない。というわけでなんで自分がそう思ったのか書いてみる。


①アンケート結果の解釈が強引

この本は現代ビジネスに掲載されたWEB連載記事を再編集したものであり、参照しやすいようにここではWEB記事からの引用とする。もちろん書籍にも同様の記載があることは確認済み。

そもそも「映画を早送りで観る人たち」が存在するのかの証明は大前提なのだが、この本はまずそこが怪しい。

倍速視聴と10秒飛ばしは年齢が若ければ若いほど習慣化されている。マーケティング・リサーチ会社のクロス・マーケティングが2021年3月に発表した「動画の倍速視聴に関する調査」によれば、20代から60代の男女全体で倍速視聴の経験がある人は34.4%、その中では20代男性が最も多く54.5%、次に多かったのは20代女性の43.3%。20代全体では、49.1%が倍速視聴経験者だった。

と書かれているが、詳しく調査結果を見てみれば動画コンテンツを「よく倍速視聴している」のは20代男性で20.9%。54.5%というのは「ときどき倍速で視聴している」「倍速で視聴したことはあるが、今はあまり倍速で視聴しない」を含めている。ときどきはともかく、したことはあるという回答も倍速視聴経験者に含めている。Youtubeの倍速機能を試しにでも使えばこれに当てはまる訳で、ちょっと乱暴だ。
加えて著者自身が青学生に対しアンケートを行っているが、これも「ときどきする」「あまりしない」を含めた数字を強調している。「よくする」と答えた人だけでも3割ほどいるのだから、堂々と3割もいるとひけらかしてもいいと思うのだけれど・・・

そして倍速視聴の実態については別方向からの指摘が最近出ている。

こちらは地方の大学で数十件のアンケートを元に書かれた記事であり、そこまで信憑性のある数字ではないのだけれど、結論としては「映画は倍速視聴していない」としている。ちなみに記事中にある

「倍速で視聴したことはあるが、いまはあまり倍速で視聴していない」を「倍速で見る人たちが半数」として扱っている論調もあるが

とはまさしく「映画を早送りで観る人たち」のことだろう。


②作為的な若者像

本書は倍速視聴習慣のある大学生へのヒアリングで出た問答をベースに進行している。もちろん本名は出さず、「大学4年生女子のXさん曰く・・・」といった具合だ。以下に軽く引用する。

「ごくたまに早送るのは、日常のことを淡々と話しているシーンです。あまり頭に入ってこないので」
 先ほどのAさんも、「どうでもいい日常会話とか、ただ歩いているだけのシーン」は飛ばすという。〝どうでもいい日常会話〟――なかなかのパワーワードだ。長い会話を早送る人は多い。Eさん(男性・大学2年生)もそのひとりだ。
「会話の中の情報さえ取りこぼさなければ、それでいいと思っています。心情ものとかじゃない限り、別に飛ばしてもいいかなって」
 会話と情報交換は果たしてイコールなのだろうか。「心情もの」とそうでないものの区別は、どの時点で、どのような基準でつけるのか。疑問は尽きない。

映画を早送りで観る人たち

本書は徹頭徹尾こんな調子だ。大学生の迂闊な発言を取り上げて著者がツッコミを入れる、これの繰り返し。

あまり気持ちの良いやり方ではない。このやり方だと都合のいい回答への誘導や作為的な抽出をやり放題で、理想の倍速視聴者像を作り放題だ。実際いかにもな発言を連発するAさん(女性・大学四年生)はほぼ全編わたって登場する登板回数を誇り、倍速視聴者は短気で思慮が浅い若者というイメージづくりに貢献している。

全てが匿名の大学生というわけではない。唯一実名で倍速肯定派に立って登場するのは「ゆめめ」というZ世代の方だ。この方はネタバレを見てから倍速視聴するなどの離れ業も駆使する倍速視聴のパイオニアであり、Z世代の不安やSNS疲れなどにも言及したりと本書の若者像をおおむね作り上げている重要人物だ。

ではこの「ゆめめ」氏が何者なのかというと、noteで若者のトレンドや消費動向をリポートする「ワカモノのトリセツ」というマガジンを運営する編集者で、Z世代のマーケターらしい。

・・・それはもう倍速視聴者やZ世代がイカれてるという偏見を広めるほど利益を享受できる立場なのではないか?いや、それこそ自分の偏見なのだけれど、とはいえ素朴な若者代表としてエントリーするにはちょっと思想が強すぎると思う。


③バイアスだらけのZ世代・コンテンツ論

副題に「コンテンツ消費の現在形」とあるように、本書の半分ほどは倍速視聴に限らず娯楽コンテンツとその消費が全般がどのように変わったか・・・言ってしまえば「どれだけ退廃したか」の説明となっている。以下はその小見出しの例。

・ライトノベルの「快適主義」
・ラノベは出来事のモンタージュ
・汗ひとつかかず指示を出す主人公が好まれる
・スマホゲームの快"楽"主義
・見たい展開だけを見たい、心を揺さぶられたくない

見出しだけを見ても内容はだいたい察せられると思う。例えば「ライトノベルの快適主義」の項はいわゆるチート系主人公が好まれるとかそういった話で、Twitterでもよく見る話題と大きく変わらない。問題なのはその原因を「消費者が幼稚化したから」という一点に執着していることだ。

そもそもコンテンツが変遷した原因は消費者の変化なのか。マーケティングの研究が進んだだけという可能性もあるし、快適でわかりやすい作品を下に見る根拠もなく、そもそも変わったという明確なデータも無い。しかし本書ではそのような議論を省き、徹底して昔の示唆に富んだ情緒あふれる作品こそ至高とし、そういった作品が理解の無い若者のせいで消えてしまったと結論づけた意見を引用する構成となっている。

言うまでも無くライトノベルの客層は高齢化しているし、本書はきちんとそこには触れている。しかし出てくるのはやはり前述した大学生の発言メソッドなのでどうにも若者の嗜好が原因という印象になってしまっている。専門家の意見を文語体で引用するのに対し大学生の発言は口語体でほがらかなのも強烈な印象操作だ。

加えて、その説明自体にも気になる理論が多い。例えば漫画がアニメ化されたときに台詞を削らないのはわかりやすさのためだ、とか、ポケモンの影響で軍師キャラが増えた、とか・・・オタクからするといやちょっとみたいな突拍子もない発言が目立つ。


結局倍速視聴とはなんなのか

別に自分は専門家ではないし倍速視聴やZ世代について調査をしたこともない。なのでこの本の訴えに対し明確に間違っているとは言えない。ただ、この本を読んだ上で避けてほしいと思うことが二つある。

①この本の感想を言うべきではない
②倍速視聴を話題に上げるべきではない

①は既に本書のamazonレビューなんかでも埋め尽くされているのだけれど、リテラシーを問われる行為だ。この本の真偽はともかくいくらでも曲解できる可能性がある以上、大真面目に感想を言うのはどこかで恥をかいている可能性がある。ゆめめ氏とAさんについての評論なら妥当だけど。

②もリスクが大きい。倍速視聴の実態が不明確な以上、例えば会社の飲み会で新入社員に対し「君らって映画を倍速で見るんでしょ?」なんて話題をすべきではない。多くの場合不満を持たれるか、気を使って話題を合わせてくれるかだと思う。

乱暴な言い方をすれば倍速視聴とはこの本の著者が長い年月を経てようやく見つけた食い扶持でしかなく、それに心のリソースを割く必要はない。

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