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ホロスコ星物語182

この、熱心な目線、、中等部くらいからずっと覚えがあるんだよね、と小恵理は、困ったように首をかしげて、侯爵に、では、お話をお伺いします、と話の続きを促します。侯爵にどう思われているにせよ、まずは話を聞かせてもらわないことには、協力も何もないのだから。

小恵理がとりあえずでも協力する姿勢を見せたことで、侯爵は、わかった、と頷き、それぞれの場所について、今度は個別に少し解説をしていこう、と引き続き力ある声で言って、地図上に示された、いくつかの点を指差していきます。

「まずは、この君からの報告にあった、最初に死体の発見されたという平原についてだ。ここは付近に魔物が少なく、見晴らしが良い、荒野のような土地だね。盗賊などが出没するにも目撃者が発生しやすく、人を襲うにはそもそも不向きな土地と言える。ゆえに、ここが何故殺人の現場に選ばれたのかということが、ここでの第一の謎になる」

うん、地図上では確かに、草原のしばらく手前に、丁度ベスタと抜けてきた、比較的小さな森と小高い山が広がっていて、けれどその地点は見た感じ、森から五百メートル以上は離れていて、その間に人目を避けられるような場所は存在しません。実際はこの平原にも何本か細い樹が立っていたりはするけど、普通の人間であれば隠れられないという意味では同じです。魔族だけは影に転移できるし、レグルスは、それを使って奇襲を仕掛けたのだと思うけど。

侯爵は、それから、と次はそこから西へ進んだ街を指差し、次はここ、と話を始めます。

「ここがイェニー、先程話した通り、プロビタス子爵が治めていた街だ。我らがベツレヘムの領地の中では中程度の規模の街で、街の治安もここ、ブルフザリアよりは悪いが、リーガルの山地に最も近く、領土の北端の街でもあるため、住民の安全のため、魔族に数人常に駐留してもらって、外敵や魔物から街を護ってもらっている。彼らは魔族ではあるが、父の代から私に友好的で、私から指示、要請があれば、いつでも協力してもらえる体制を築いてある」

イェニーの街は、ブルフザリアや死体の発見された草原からは、西寄りに1キロ程でしょうか。さほど遠くもなく、草原の中程に一つの町があり、ひとまずそこまでの解説を終えた侯爵は、どうかね、とでも言いたげに、誇らしげに、軽くドヤ顔で人のことを見つめてきます。いや、何がどうかね、なのか意味わかんないし。

以前も山地の前の最後の補給先として、ベスタとイェニーの街の存在自体は確認したけれど、地理の本などを見ても、イェニーは本当、ただ集落が集まって発展したっていう雰囲気で、地政学的にも特別何か意味のある町には見えません。いわば、どこにでもある普通の地味な街、です。たぶん、侯爵のその街の魔族自慢っていうのは、この街以外の魔族にも言うことを聞かせられるんだぞ、的な意味だと思うけど、そんなので誇らしげにされても、魔族の威を借る人間ってちょっとダサいな、くらいにしか思いません。

ひとまずは、そうなんですね、と無難な答えを返した小恵理に、期待したアクションではなかったのか、侯爵は少しだけガッカリしたように眉を落とします。うん、さっきから色々期待しすぎです。あくまでも捜査協力なんだからさ。

侯爵は、けれど立ち直りも早く、一度首を振って、気を取り直してから再び地図に向き直り、更に南西に指先を移して、最後にここだ、と死体の移された山中を指差します。

「ここが、実際に我ら調査団から、彼らの死体が発見された場所だね。先日の君の指摘通り、この近辺の魔物の巣は全て、彼らがここへと放置される前にすでに討伐されていたことがわかっている。だが同時にーー、これに関しては、問題のある目撃情報も出てきてしまった」
「、、問題のある目撃情報、ですか?」

急に声のトーンを変え、侯爵は深刻そうに、いかにも懸案事項が生まれてしまった、というように、睨み付けるように地図を見つめ、ああ、と声を低めて頷きます。

「近隣の住民や討伐に向かっていた冒険者ら、近くを通りすぎただけの商人まで、実に多くの人間から証言があってね。なんでもこの付近において、二頭もの黒龍がどこからともなく現れ、天へと高々と飛び上がったと思ったら、地表へと降りてきて山肌へと激突し、凄まじい爆発と轟音を巻き起こし、その威力は山を押し崩し、洞窟を一部崩落までさせた、、などという話がある」

それを語る侯爵様の表情は、都市伝説か何かを語っている風ではなく、実際にあった災害のことでも語っているようで、捜査どころではない、という本音が聞こえてでもきそうな切迫した感じがしました。

「なおーー、この話は、事実確認が取れている」

そして奥歯を噛み締め、実に笑えない話だ、と侯爵は机に置いた手に力を込めて締めくくり、それがいかに深刻で大きな問題だったかを、伝えてきます。

確かに、黒龍が、しかも二頭、、山肌に激突して大爆発を起こして、しかも山を押し崩すまでした、なんて。その体当たりに、尋常でない威力があったことは疑う余地もないし、領土を預かる領主としては、看過できない非常事態で、確かに事件の捜査どころではありません。

それに対抗できそうなのは、言っちゃなんだけど、たぶん自分くらいかな、、あのベスタでさえ、一人では荷が重いように思います。勿論、生半可な冒険者に太刀打ちできるような相手になど全く思えません。

これ、、実は屋敷でもちょっと話題になっていたのを、先に耳にしていて。これを怖がって、討伐が済んだ洞窟の依頼を受けていた冒険者の一部は、アルトナの捜索依頼も諦めて、さっさと王都に逃げ帰っていった、なんて話もあるみたい。聞いたのは男女三人組の冒険者っていう話だったけど、命あっての物種って考えるのは、まあ普通っちゃ普通なので、仕方ないのかなと思います。

ただーー、黒龍ねえ、、しかも、巨大で、爆発まで起こすような。それは、なんだか、心当たりがありそうで、、小恵理はなんとも言えない感じに沈黙をします。

いや、どっかの異空間で、光の魔族相手に大暴れしちゃってるのを一回見てたからねー、、しかも、術者本人の意思に反して。最後こそ、ちゃんとコントロールを取り戻してたはいたけど。

その、黒龍が現れて山に、っていう期間、自分は魔力の枯渇状態になって眠っていたわけだけど、当然その間は、自分の代わりにその黒龍を扱っていた子が、外に出ていたわけで。うーん、、何やらかしたんだろ、あの子。

なんとなく、いたたまれないような気持ちで首をかしげる小恵理に、侯爵は、まるで都市伝説のようだが、実際に行くと洞窟の崩落、爆発の痕跡を見ることができるよ、と肩を竦めて教えてくれます。

なんでも、実際の現場には、調査班が出向いた当初でさえ色濃く残るほどの、非常に強大な闇の魔力反応もあって、山が大きく崩れ、黒炎に焼き払われた影響もあり、地形自体も大きく変わってしまっていたそうで、、その惨状は、なるほど大爆発と言うに相応しいものだったのだと思います。

侯爵は更に、その力の程度だが、と心底呆れた様子で続きを話してくれます。

「厄介極まりないことに、目撃した冒険者らも、その禍々しさ、強大さから、これを放ったのはとんでもない、魔王クラスの闇魔術の使い手だと口を揃え、周辺地域もまた全体から、これは魔王の襲撃に違いない、この世の終わりが近いと、天地がひっくり返るような大騒ぎになったという」

その目撃者というのも、近隣の全てと言っていいほどの数の住人だからね、と侯爵は当時の混乱っぷりを苦笑混じりに、半分もう投げてるなこの人、と思わせるような口調で告げ、無事だったのは昔に光の加護を授かったという、一つの村だけだったと、呆れてむしろ白旗でも上げそうな感じに首を振ったりなんかします。

このいかにも自信ありげで有能な、領民に責任を持って当たる侯爵様がそんな振る舞いをしている辺り、その天を舞ったという黒龍が、いかに対処にも対応にも困る存在で、この近辺の集落のあちこちどころか、侯爵邸内部でさえどれだけ大混乱を起こしたのかを伺わせます。

「じゃあ、魔王がここまで、、?」

不謹慎で悪いけれどーー、魔王の名が出たのならと。小恵理は好都合とばかりに問いかけてみます。魔力量的には一応、万一の可能性があったのと、それに対する反応で、侯爵の魔王に対する意識でも読み取れそうな気がして。

魔族の指揮権なんか譲り受けたりもしているわけだし、心酔していたり、崇め奉っているようなら、一気に注意信号だけどーー侯爵は、まさかだよ、とそれはあり得ない、というように苦笑混じりに首を振ります。

「さすがに、魔王本人が本拠たる魔王城を離れ、こんな辺境に来る理由がないだろう。それに魔族たちにも確認してみたが、魔王はあんな黒龍を放つような魔術は扱わないそうだ」

もっと凄まじい魔力はいくらでも使うそうだがね、と冗談混じりに言うと、侯爵は、だから、おそらくは副将格がやって来たのだろうな、と手を固く組み合わせ、今度は目線を落とし、真摯な顔つきになって言います。

そんな魔術を使った意図は不明で、放たれた黒龍の行方も知れない、、というのは、今は一見平穏でも、近隣の住民にとって危険があることに変わりはないわけでーー万一のことを考えれば、これも領主として、民の安全のために精査をしなければならないな、、と侯爵は独白のように呟きます。いかに厄介とはいえ、その責任をきちんと担おうという姿勢はさすが領主だし、その点は少し見直しました。

その侯爵の反応や口振りは、本当に魔王の到来など信じていない風ではありながら、警戒心や緊張感、深い憂慮は感じているようで、魔族単体に対してであれば、彼らも領民だ、という意識はあっても、魔王に対しては、本質的には敵、という意識があるようにも感じます。

つまり、父から譲られた、魔族の支配権のようなものは今も持っているけれど、今の侯爵本人が魔王と会ったこと、自分から彼らに協力しようという意識はないように見えて、少しだけ、安心します。もし利用されているにしても、自分で協力する気がないのなら、まだしも侯爵を叩くことまでは考えなくても良さそうだから。

で、問題の黒龍ね。魔王じゃないのにそれだけの力を持った闇魔術の使い手、、とかいわれると、いよいよこちらの心当たりは本物っぽいんだけど。でもまあ、教える必要まではないと思うので、とりあえずそれも黙っておくとします。ますます事態を混乱させかねないし、そもそも、信じられもしないと思うからね。私の中に眠ってる子がいて、コエリは実はもう一人いる、なんて。

侯爵は、ここらで慰めでもほしくなったのか、少し期待した風にこちらをちらっと見上げたけれど、今回はすぐに咳払いをして切り替え、さて、と気分を一新するように声を出します。

「すまないな、この話は横道だった。君に問いたいのはあくまで事件について、これについてだ」

言って、侯爵はもう一度地図を指差して目を促し、ペンを取り出して、元々の死体の発見場所、イェニーの街、死体の移された山中の三点をそれぞれ直線で結び、三角形を作って、これだが、といかにも興味深げに小恵理へと尋ねます。ここまで見せれば何かを発見したに違いないと、それこそ信頼でもしているかのように。

「最後の目撃証言は蛇足だったから、無視してくれて構わないが。例の事件について、ここまでを見てきて、君はこの、死体が移動した三点の繋がりをどう見る? 君は優れた洞察を持っているようだから、君の見解を是非とも聞いてみたい」

君の力を貸してくれ、と、侯爵は期待を込めて見つめてきて。一瞬、小恵理も驚きで固まります。

いや、話の概要は理解したけど、でもねえ、、三点の繋がりといっても、死体の出身、死体が発生した場所、死体が運ばれた場所というだけで、藪から棒にどう見る、とか言われても困ってしまいます。

さっきから侯爵にはちょっと甘えられてるみたいだし、なんとなくそろそろ、応えてあげたい気持ちもくすぐられてはいるんだけど、、仕方ないな。ちょっとくらいなら手伝ってあげるとしますか。こっちも早く解放してほしいし。

小恵理は、その三点と自分で天板を作って眺めた赤と青の光点を、ベスタと見たその挙動も思い出しながら、その地図とも重ね合わせ、事件の概要と、要点になりそうなポイントを思い浮かべて、侯爵へと解説を始めます。

おそらく、侯爵がほしい答えはこれなんだろうな、という結論を気にしながら。

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