ホロスコ星物語217
南の海洋の、上空、、何百メートルだか知らないけど、遥か下方に青く光る海水が見える、その中空で、カイロンと向き合います。
カイロン、、ううん、そう見えるだけの、偽物と。
「、、僕が誰か、だって? 勿論、僕は魔王」
「嘘。あなたはカイロンなんかじゃない」
この期に及んでとぼけようとする彼に、鋭く切り込むようにして声を割り込ませます。
「こんな見せかけだけの、模倣ですらないスキルもどきでごまかせるとでも思った? 何が求めていた答えよ!」
黙り込んでしまった偽カイロンの前で、まだ周囲で浮いていた氷塊を、更に熱波で全て吹き飛ばし、邪魔物を排除したところで、更に両手に魔力を溜めながら、改めて偽物のカイロンを見据えます。そこに、自分もスキルの力、、星力を加えて。
柔らかく揺れる、羽衣のような黒衣、本人にしか見えない幼い顔、まだ子供のような小さな手と、細い指、、でも、このカイロンは偽物。どの魔術も、爆発的に魔力と星力を高めて、内側から破裂させられる程度の、誤魔化し。
確かに、使われていた吸魔の魔術はこちらからの干渉は受け付けなかったし、一見すると、あの干渉阻害の力も、カイロンのスキルそのものではあったんだけど、、自分の身体に分析魔術を通した時、自分の知覚そのものにも、わずかな干渉があることに、気が付いてしまって。
闇魔術に耐性のあるコエリの身体で、そんな幻覚が施されているなんて、思いもしなかったけど。試しに破幻術の魔術を試してみたら、吸魔の魔術には必ず付き物の魔力の塊は、実際はどこにも存在していなくて。第一、同じものが使われていたというなら、ベスタにも、どこかに魔力の塊が凝りのように残っていたはずだけど、そんなものは見たことないし。
カイロンのスキルなら、勿論ベスタに対しても、魔力反応を探知するための魔力も阻害することはできる、、けど、この吸魔の魔術では、魔力の塊がどこにできるか、っていう問題があるから。必ずここにできる、っていう条件のない魔術だから、干渉を防ぐスキルで、その反応を妨害することはできません。
これ、ベスタで言うなら、もしカイロンから吸魔が行われたとしても、魔力塊はベスタの身体の周囲のどこかに、時間と共に徐々に膨らんでいくから、魔力塊の魔力反応を阻害しようと思ったら、その魔力塊が膨らんだタイミングで、その魔力塊に向けて干渉の妨害をしなきゃいけない、っていうわけ。
でも、ベスタとは合流してから、カイロンは現れていないし、ベスタほどの魔力があれば、かなり大きな魔力塊ができるはずだから、それがない以上、ベスタに、吸魔の魔術が仕掛けられているはずがない、、それがまず、一つ目の嘘。
それから、自分の仕掛けられていた氷の十字架から行われていたのは、吸魔ではあったけれど、実はこれまたどこにも魔力塊は生まれてはいないーー吸魔なのに、吸魔の挙動をしていない、これもまた、ただそう見せかけているだけの偽物。
そして、最後の一つ、さっきの魔力に星力を交えた爆発で揺らいだのは、カイロンの魔術だけじゃなくて、空や海も含めた、この場所だったーーこれはつまり、
「この、空間、、たぶん、あの魔法陣そのものが偽物で、その偽物の魔法陣に飛び込んだ瞬間から、全てが嘘の疑似空間ってこと!」
手に溜めていた魔力に、再び星力を交えて、自分を中心に、全方位へと球状に拡大させていきます。まだ、使ったことはないスキルだけど、、今この場では、一番に必要な力のはずだから。
自分がいるべき世界へ帰るために、実体験や分析や研究や、多くの経験や探求を通じて見つけてきた、本当、に辿り着くための、原動力、、ずっとあるのはわかっていて、ただ、最近はスキルなしでもなんとかなることが多かったから。
たぶん、これは、きっと本当に扱えるまで、自分で自在に使えるようになるまで、一番時間をかけて習得しないといけないもので、、だけど、きっと、今なら使えるはず。
「太陽射手のスキル、、『真実一路』!」
球状の空間は、一気に周囲を、世界を覆い尽くすようにして、爆発的に広がりーー今を構成する世界に、全方位に矢で貫いたような勢いで、ガラスが割れるような亀裂が走ります。
海も、空も、遠く見える陸地にも、等しく亀裂が伸びていく中、カイロンの表情が、、口許が、その中で、唯一その亀裂に影響されることなく、ふっと緩むのが見えます。
「悪くない、、君は思ったより成長しているようだ」
このまま進んでおいで、と。
今まで聞いたこともない、けれど、どこか懐かしさを感じるような、甘く囁くような、低い、男の人の優しい声が、聞こえてきます。
それから、その偽物のカイロンは、白く光ったと思ったら、ぼんやりと靄のように揺らめき、どこかへと溶けて消えていくように、花のように舞い散りながら姿を薄れさせていって。
「、、!?」
気が付けばーー何故か自分は、元の、地底湖のある洞窟へと帰ってきていました。
それも、、ここは、最初に飛び込んだ大穴ではなく、ランツィアを置いていった、地底湖の近くの一角です。まるで夢でも見ていたかのようだけど、踏みしめてみれば、地面もきちんとあるし、今度は偽物の空間じゃない、、はず。
とりあえず、看破は成功して、脱出というか、一回疑似空間は抜け出した、ってことなんだと思うけど、、なんだか、よくわからなかったな、と浅く息をつきます。あの偽カイロンが、一体何者だったのか、何がしたかったのかが、最後までよくわからなかった、っていうか。
結局、あの地底湖の魔法陣は、あの偽カイロンが自分を釣り出すための罠だった、っていうことは、間違いないんだろうけど、、あの偽物だって、確かに吸魔もどきの妙な術を使ってきて、実際今も魔力が減衰した感覚というか、しっかり吸われたような感覚はあって、倦怠感のようなものは残ってるんだけど。
でも、正真正銘敵だったか、といわれると、正直あまりそういう気がしないっていうか、ね。だって、本当にこちらに害を成す気なら、いっそあの氷の十字架に棘や剣を生やすとか、物理的にもっと致命的になりそうな攻撃は、いくらでもできたはずだったから。
こっちは、見た目でカイロンだと思ったからっていうのもあったけど、正直油断してたからね。氷の十字架に捕まった時だって、なんだかんだ殺意はないと思ってたしーー今だって、あの偽カイロンにそんな害意があったとは、感じていなくて。
最後に言っていた、このまま進んでおいで、っていうのも、奥で待ち構えているぞ、というよりはなんか、あとでまた話そう、ってデートの誘いを受けたみたいな、変に甘ったるい雰囲気の方が強かったと思うんだ。それこそよくわかんないけど。
「なんでカイロンに化けてたんだろ、、?」
けどーー同時に、その正体について、警戒せざるを得ない部分があるのも、認めないといけなくて。それを思って、軽くため息をついてしまいます。
あの偽カイロン、、使ってきた吸魔もどきもそうだったけど、あの干渉阻害のスキルも、本当にちゃんと、それと同じ効果を発揮していて。
いくら疑似空間の中にいたとはいえ、その空間でも、万能の神様になれるわけではありません。自分の手持ちにある魔術だから、疑似空間でも行使できるわけで、自分の使えない魔術は、疑似空間でも使えないはずなのです。
にもかかわらず、あの偽カイロンは、吸魔もどきも、魔術阻害のスキルも、ちゃんとその通りの効果を発揮していて、、特に、あの阻害のスキルが使えるっていうことが、何よりおかしいんだよね。
そもそもスキル自体、ネイタルを覚醒させて初めて使えるものだから、あの偽カイロン、まず覚醒してるのは前提で、しかもカイロンとそのスキルに必要なネイタルが同じで、ネイタルのスキルも同じものが使えた、という奇跡が起きないと、そんなことできるはずがないっていうか。
ネイタルの覚醒って、そもそもいくつか条件があって、今覚醒させられるのがわかってるのは、自分とカイロンの異世界転生組の二人だけ。あの偽物がネイタルが覚醒してるっていうことは、少なくともまた一人自分達以外にも覚醒者がいる、覚醒できる人間がいるってことになるわけで、それが一体どういうことかっていうと、、ああもう、面倒臭いな。
あー、これ以上考えてても、頭がこんがらがってきそう。今はもういいや、とりあえず考えるのは後にして、まずはランツィアを探すことにします。まさかここもまた疑似空間、とかではないと思うけど、ランツィアの無事は確認しておかないと、それはそれで、なんとなく落ち着きません。
ええっと、確か湖からはちょっと離れた、暗がりの方に寝かせておいたはずだから、、あれ、でも、確かこの辺だったよね、と思った場所には、ランツィアはいません。水辺から上がった、水の跡みたいなものは地面から地底湖の方までちゃんと続いているから、場所を間違えてはいないと思うんだけどな。
念のため、アラウダの人間への対策として通路に仕掛けておいたアラームも確認するけど、誰かがここを通過した気配はなし、、つまり、ランツィアもまだここにいるし、アラウダの人間も入り込んではいない、と。
「じゃあ、、ここも疑似空間ってこと!?」
そんなまさかとは思うけど、ここにランツィアがいない以上、そうとしか考えられなくて、
「キーリ!?」
「わっ!」
、、あれ? 気が付けば、ランツィアは驚いた様子ですぐ後ろにいて、それも、水浴びでもしてきたの、と思うほど全身ずぶ濡れで、前髪からはポタポタと滴が垂れて、地面を濡らしていました。
あわやもう一発スキルかな、とか思っていたタイミングだったから、思わずぼーっとランツィアを眺めてしまって。いったい何してんの、と思う間に、ランツィアはなにやら怒り顔で、急に近づいてきて、両腕をガシッと掴んできます。
それから、
「どこに行ってたんだ! いきなりいなくなって、心配するだろう!」
正面から、急に怒鳴り付けられて、それが、あまりに意外すぎて、ただでさえポカンとしてたのに、ますます言葉を失ってしまいます。
「、、、、心配?」
「当たり前だ! 目覚めてみたらキーリの姿がなくて、湖面も妙に静かで、、てっきりセイレーンどもの手にかかったのかと思っただろうが!」
驚かせるな、と。その、あまりに予想外すぎた言葉に、とっさに頭が付いていきません。いや、だって、心配って、、あんなセイレーンや触手の魔物なんて、一度に百匹出てきたって負けるはずがないし、何より、心配って。
「まさかまだ、水中に引きずり込まれたままでいるのかと思って、いったい僕が何度地底湖に潜って探し回ったか、、! 聞いてるのか、キーリ!?」
「え? あ、うん、大、丈夫、ごめん」
本当に必死な表情で、ガクガクと肩を揺らされて、とりあえず一回謝ります。本当はまだちょっとよく理解できてないんだけど、心配してくれた、、っていうのだけは伝わってきたから、それには、ちょっとぎこちなくはあったけど、微笑みを返して。
ランツィアは、その反応に何を思ったのか、怪訝そうに眉を寄せて、軽く首をかしげます。
「、、どうかしたのか? 無事、だったんだよな?」
「あ、うん、大丈夫なんだけど」
「、、だけど?」
「や、今まで、人から心配された記憶があんまりなくて」
だから、反応に困ったんだよね、と苦笑を向けて。や、だって本当、心配って。確かに、砂漠の遺跡で今村小恵理に戻された時だけは、ベスタもレグルスもすごく心配してくれたと思うんだけどさ。普段は逆に相手の心配をされる方が多いし、あまりに気にかけられなすぎて、心配なんて、縁遠すぎて。
ランツィアは、それに何故か大きく顔をしかめて、俯きながら両手を固めて、呟くように嘆息します。
「、、キーリも、苦労してきたんだな、、」
「苦労、ねえ? 人並みくらいじゃない?」
確かに、ここに来るまでも一筋縄じゃなかったし、王都でも、宰相がハメられたり、父の暗殺未遂やら王の弑逆未遂やら、なんだか大変な事件に巻き込まれはしたけど。あの時は確かに必死だったし、今思い返しても、心の痛む事件ではーー、あったんだけど。
そこで、一つ思い出します。そういえば、心配というか、一応気にかけてはいたんだろうなって思う人が、もう一人いたっけね。怒鳴られたり乱暴にされたり、どう考えても大切にはされていなかったし、その心配だって、ただの形だけだっただろうけど。
ランツィアは何やら同情するような顔つきになって、片方の腕は放してくれて、でももう一方は掴んだまま、軽く先を促すように手を引かれます。
「キーリは、怪我はないんだよな? ならとにかく、今は先に進もう。しばらく時間を取られてしまって、アラウダの連中がどこまで進んだのか気がかりだし、キーリだって、連中よりは先に神域に着いておきたいだろう?」
「ん、そうだね、、でも、いいの?」
「いい? 何がだ?」
「だって、神域って、、私、元々部外者だし」
本来であれば、プロトゲネイアが管理してる場所なわけだし、国からは近付くなと言われているわけだし。管理人的にはマズいんじゃないの、と指摘すると、ランツィアは少し肩を落として、仕方ない、と首を横に振ります。
「アラウダの連中は、今頃僕の行方も探してると思うが、元々は神域を目指して、自分達の願いを叶えようと目論んでいた奴らだ。今はなりふり構わず神域を目指していると思うが、彼らの中には高ランク帯のギルドメンバーも大勢いる。僕一人の力じゃ彼らを撃退することも、神域から引き剥がすこともできない。今から帝国に報告しても、間に合う時間でもない。だから」
それこそ、神域を適切に管理するため、協力して、ほしい、、と。唇を噛み締め、その代わりに神域までは案内する、と。ランツィアは、慚愧に堪えないといった様子で、深く俯き、身を震わせながら提案をして来ます。
、、確かに、悔しいんだろうな、っていうのは、その立ち姿から伝わってきます。さっきセイレーンのところまで助けに来た時だって、結局助けられなくて、、そもそも最初にアラウダから逃げられたのだって、私の助けがあったからだし、そういう一連の出来事で、自分だけの力の無力さを痛感した、っていう感じ。
だから、交換条件になってしまうことに、申し訳なさとか悔しさとか、耐えがたさを感じながら、でもその神域を守るために、管理人として任命された以上は、とにかく自分にできることを全力でやろうっていう、思いの溢れる瞳をしていて。ーーそんな目を向けられたら、さすがに断れないよね。
「いいよ、私もどのみち一人じゃ神域まで辿り着けないと思ってたし、協力してあげる」
元々こっちから、神域までの案内はお願いするつもりだったし。アラウダの連中だって、たぶん一回痛い目に遭わせておかないと、後からランツィアを狙われたって困るし。
だから、改めてまたよろしくね、と。
掴まれていた腕を一度ランツィアの手からすり抜けさせて、逆にこっちから、その手に掌を合わせて。
なんとなく、戦友にでもなったような気分になりながら、こっちからその手をしっかりと握り締め、力強く微笑みかけました。
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