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ホロスコ星物語168

村長宅を出たコエリは、先に外に出て、コエリを待っていたベスタの隣に並ぶと、まずは、さっきはありがとう、と先にお礼を述べてしまいます。

ベスタは、予期くらいはしていたのか、わざとらしく首をかしげて、さて、と口許だけを歪めた、皮肉めいた笑みを浮かべます。

「何のお礼ですか? 僕には全く覚えがありません」
「会話のフォローをしてくれていたでしょう? 私がボーッとしていたのを横から助けてくれたり、慰めてくれたり、ミリアムへのフォローをしてくれたり、、」

ありがとう、とコエリは改めてお礼を言います。最初の、ミリアムを怖がらせてしまって、質問の途中で詰まったくらいであれば、自分で立て直すこともできたとは思いますが、こじつけめいていたとはいえ、慰めてくれたり、ミリアムへできるだけ好印象を与えられるよう話を振って、剣まで見せるよう促してくれていた辺りは、とても自分でできるようなものではありませんでした。

その、ベスタの細やかな機転に、さすがだったわ、と謝辞を述べると、ベスタは、大したことではありません、と首を横に振ります。

「ああいう話は、さっさと結論まで話してしまった方が良かった、というだけの話です。もったいつければそれだけあの子を怯えさせてしまいますから」

僕らは別に悪いことをしたわけではありません、とベスタに諭すように言い、義を見てせざるは、という話かしらねと、相変わらず人のフォローに長けていると、コエリも苦笑して頷きます。

「本当、昔は、人を怖がらせることなんて少しも気にしなかったのよ、私。なのに、、今は、人を、特に子供を怖がらせてしまうことは、とても怖いわ」

もしかしたら、私のような子を作ってしまうかもしれないからーー、と。そんな言外の言葉が聞こえた気がして。ベスタは一瞬だけ目を細めて曇らせ、同時にその、コエリのものとも思えない発言に苦笑して、怖い、ですか、、と首を振ります。

「僕は夢でも見させられているんですか? まさか、道行く万人を恐れさせ、接してきた誰もに恐怖と畏怖を与えてきたあなたから、そんな言葉を聞かされる日が来るとは、、僕もまだまだです」

もっと幅広い想定、未来予測をしなければなりませんね、と掌を上にあげ、大袈裟に首を振ってからかうように嘯くベスタに、コエリは、あら、と少しだけ愉快そうに笑みを浮かべます。

「私も、道行く誰も彼もをいちいち怖がらせてきた自覚はあるし、それはあなたも例外ではないはずなのよね?」

よくそんなことが言えるわね? とコエリは口調だけは優しく、楽しげに微笑んで、ーーその瞳に、一瞬だけぞわりと背筋を這うような闇が宿った気がして。ベスタは一瞬沈黙し、額に軽く冷や汗を浮かべて、そういうところですよ、と眼鏡に指を当てながら口すさびます。冗談でも、いきなり殺気を向けないでください、と。

「まあ、、そういうあなたでいてくれる方が、僕も安心して背中を任せられるというものではあるのですが」
「ええ、そうね、、そちらについては、任せてもらって構わないのだけれど」

ベスタは、村の外れの方へと視線を流し、コエリもベスタの指摘するところを理解して、その視線の先、畦道の向こう側へと素早く視線を走らせます。その対処は、勿論承知で家を出てきたのだから。

ただ、その前に、と一つだけ先に、コエリはベスタへと問いかけます。

「さっきあなたの言っていた、ブルンジアという単語についてなのだけど」

どういう意味かしら、と。問いかける声は穏やかながら、目はベスタへと注意して注がれていて、幾分か鋭さを増した問いかけに、ベスタは、ああ、と肩を持ち上げ、何でもないことのように、端的に回答をします。

「単語としての初出がどの文献だったかは忘れましたが。古い文献に出てきたことがあるんですよ。光魔術の始祖ともいうべき、一族の名として」

、、ブルンジア、と。コエリも、その光魔術の始祖という人物の名を口にします。けれど、コエリには覚えのない名前で、それが、どうしてこの村の村長である老女と結び付いたのか、すぐにはわかりません。

ひとまず、時間ないことの方に注力が必要でしたから、コエリは、わかったわ、と一度その件への追求を諦め、ベスタへは軽く手を振って、先行するわ、と畦道をほぼ飛翔でもするように軽く駆け抜けていきます。

田舎の道らしく、畦道の先には、畑を縦横に横切るようにいくつかの十字路があり、そのそれぞれが各人の畑や家へと続いています。その、一角。通りを一直線に行った先で、三人の男と、彼らに囲まれて怯えている、一人の少女の姿が目に入ります。

男たちの風貌は、一人は重厚な鎧と大きな盾、顔を半分ほども隠す鉄仮面と、一見してわかる重戦士で、男たちの中で一番の上背があり、正面から腕組みをして、少女を威圧していて。

もう一人は、細身の体躯に胸当てを付け、前腕部を隠す小型のバックラー、投擲にも使えそうな小剣を数本所持していて、こちらは軽装の剣士、髪が長く、風貌からすると、もしかしたら女性かもしれません。こちらの剣士は、注意深く少女の行動を見定めていて、獲物が逃げ出さないよう見張っている、もしくは罠にかかるのを待っている、狩人のような印象を受けました。

そして、最後の一人は全身をだぼっとした黒のローブに身を包み、木製の杖を手に持った、冴えない風貌の痩身の男で、一目見てわかる魔術師です。こちらもまた、杖を密かに構えて何か魔術の準備をしていて、それが捕縛にせよ攻撃にせよ、少女に対する脅威としては、充分すぎるものがありました。

コエリは、それら男たちの特徴、配置を一瞬で頭の中に叩き込み、夕闇を利用して、彼らの視界に入る前に天高くへ跳躍します。そして、

「っは!?」
「この子に何の用? 話なら私が聞くわよ」

ずがっ、と膝から黒魔術師の肩へと着地し、ミシッ、という音と共に、その衝撃に圧され、魔術師の男が耐えられず、力業で地面へと沈められます。

自分は地へと膝を付く前に、コエリはそのまま、男で減速された落下を利用して地面へと足で降り立ち、額を地面へと強く打ち付けたことで失神した痩身の男の背中を横目に、コエリは残る二人へと油断なく視線を走らせます。

魔術師を沈めたことで、まず、とっさの不意打ちはこれでなくなりました。あとは、この二人がどう出るかですがーー

「なっ、なんだてめえは!?」
「あたしらを王都の冒険者と知っての狼藉かい!?」

二人は、叫びながら素早くコエリから距離を空け、油断のない体勢で各々の武器をコエリへ向けてきます。

「王都の? 昨今の王都は暇なのかしら」

まさかこんなところまで冒険者が出張してくるとはね、と、嘲笑を浮かべ、一見揶揄するような言葉を返しながら、コエリは後ろで怯える少女ーーミリアムへと一瞬だけ視線を落とし、この場をどう対処するべきかに思考を巡らせます。

村長宅の近くで待っているはずのミリアムが、何故こんなところまで来てしまったのかはわかりません。ただ、少なくとも、この子の前で闇魔術など振りかざすことはできません。死を呼ぶ剣は影に収納してありますが、さっきの反応からすると、なるべくなら剣で斬る行為も避けるべきです。仮に『鍛練の刻』で死を避けたとしても、斬るという行為そのものがミリアムを怯えさせてしまうかもしれないから。

とするとーー

「ちっ、あたしらはその子に用があってね、悪いけど、こっちに渡してもらうよ!」

と、軽装の剣士の方が焦れて、軽装にふさわしい、左右への素早いステップと、瞬間の対処を可能とする滑るような動きで地を走り、コエリへと斬りかかってきます。

コエリは、そう、と一言だけ答え、

「っふ!?」
「悪いけれど、この子はそっちには渡せないのよ」

どぐっ、という鈍い音が、狙い過たずみぞおちへと炸裂し、剣士は、一瞬で白目を向いて地へと倒れ伏します。

どのような動きをしていようと、反応できなければ意味がない、、それだけの話で。自分から前に出て剣をかわし、剣士のみぞおちへと掌を打ち付けたことで、剣士はその剣をコエリには勿論、ミリアムにも刃を届かせることなく、容易く地面へと沈んだのでした。

けれど、とコエリはここで、彼らの素性へ少しだけ思考を割きます。今のステップといい、とっさに距離を空けた動きといい、彼らの技量は、冒険者の基準で言えばさほど低くもないように感じます。コエリの実力からすると、赤子か小学生かくらいでしかありませんが、彼らのミリアムへの用事とは何なのかしら、という疑問が湧いてきます。

いずれにせよ、二人の手応えからは、剣など不要、という結論が、コエリに導き出せる唯一解で。

「おいおい、見た目綺麗なねーちゃんだってのに、とんだお転婆だな、、俺もその手で沈めてみるかい、嬢ちゃんよ」

残るは、重鎧の戦士一人ーーコエリは、低い声で呼び掛けてくる重戦士へ、凍えるような冷たい瞳を向けると、いいえ、と首を横に振って否定します。

「そうしたいのはやまやまなのだけれど、その鎧は固そうだから。普通に叩いたら、手を痛めてしまいそう」
「へへっ、賢いお答えだ」

重戦士はニヤリと笑い、コエリから目を離すまいと、その挙動に注視しつつ、ジリジリと慎重にコエリとの距離を詰めてきます。

コエリの見た目は細身で、格好も貴族令嬢の普段着にすぎません。格闘の技を使ってはいても、いかにも格闘に慣れている風でもありませんから、他に何かを隠し持っている、と見ての警戒、というわけです。動き出す前に、倒れた二人へと素早く視線を巡らせ、位置取りやコエリが二人へ危害を加えそうかなどまでしっかり見た辺りなど、悪くない状況判断だと感じます。

他二人も、普通の人間基準で考えれば決して弱いわけではなかったし、、それだけの能力があって人拐いめいたことに手を出すなんて、王都の冒険者も堕ちたものね、とコエリは、王都に残っているであろうジュノー王子や、ギルドを統括しているはずのベスタの父、宰相について思いを馳せ、

「隙ありだぜ!」

その、死角を突くように、重々しい鎧を感じさせない素早い突貫でコエリの側面へと回り込み、横を取ったところで、重戦士は必殺とばかりに剣を振り下ろします。

それは、先に仲間の二人があっさりと倒されたことを理解した、全力を尽くした攻撃ともいうべきもので。コエリは、やはり悪くないわ、とそれを微動だにせず見上げ、

「っ!?」

ばあん、という、何かが破裂するような衝撃を剣に受けて、重鎧の戦士は持っていた剣を大きく跳ね上げられ、そのまま後ろへとひっくり返りそうになるのを、どうにか踏ん張って持ちこたえます。そして、何が起きたのかは、全く理解できないまま、

「ああーー忘れていたわ」

その眼前が、急に飛び込んできた、黒い影によって遮られます。
それは、今の一瞬を利用して逆に一足で距離を詰めてきた、コエリの青みがかかった黒髪で。

その鎧に、抱きつくように腕を回し、勢いそのまま、全体重をかけて、手で押し出しつつ、コエリは戦士の耳元で、囁くように語りかけます。

「私、、あなたには見えない盾を一つ持っていたのよ」
「そん、なーー」

ギリギリで持ちこたえていた重戦士は、コエリの全体重と加速をかけた体当たりによって、更に後ろへと押し込まれーーついに耐えきれず、ずがしゃあん、と後頭部から後ろに倒されたことで、衝撃か脳震盪か、あっさりと意識を失います。

ーー今コエリの目の前で破裂したのは、昼間に魔物の巣を攻略する際に用いていた、盾としても使える補助魔法、影画です。忘れていた、というのは嘘ではありません。以前はいつも、あまりに当たり前に出したままにしていたから、影画を残していることを、今この剣を振り下ろされる瞬間まで覚えていなかったのです。

コエリは、重戦士を押し倒した格好のまま、無事三人を気絶させ、ミリアムを助けられたことに、ひとまずは安堵して軽く息をつき、ーー見上げた顔の先で、怯えた、顔色の青いミリアムと目が合ってしまって、とっさに顔を背けてしまいます。

なんてこと、、と。怖がらせまいとしていたのに、結局怯えさせてしまっているじゃないの、とすぐに後悔の気持ちが湧いてきます。

コエリが察知したのは、彼らの、特に魔術師の持っていた魔力の気配で、ここでミリアムが囲まれていることは、三人の姿を補足し、近くへ駆け寄ってくるまで気付いてはいませんでした。

これだったら、ベスタに行ってもらった方が良かったわね、、と。迂闊に先行したことも、少しだけ後悔しつつ、けれど、ミリアムは無事だったのだからと、自分を半ば無理矢理に納得させるようにして、ーーそこで、そこにいる、少女の気配が、いなくなりも遠ざかりもしていかないことに、気が付きます。

もう一度ゆっくりと顔を前に戻し、顔を上げると、ミリアムは、むしろ手が届きそうなほど近くへと寄ってきていて。怯えて泣きそうになりながら、コエリのブラウスの袖を摘まみ、恐怖、、というよりは、不安に苛まれるようにして、コエリへと問いかけてきます。

「今、、なにを、したの? その人、死んだの? 殺したの!?」
「いいえ、、生きてる。私は余程のことがない限り、人の殺生はしない」

大丈夫よ、、大丈夫、とコエリは、これ以上怯えさせないようゆっくりと立ち上がると、自分の腕へと取り付くようにして詰問した少女の頭へと、優しく、そっと手を乗せ、髪を撫で付けてあげます。先程村長がしていたように、自分にできる、精一杯の優しさと愛情を込めて。

それがくすぐったかったのか、少女は首を振ってそれから逃れ、ようやく安心した様子で、はにかむようにして、コエリを見上げてきます。
それから、良かった、と息をつき、コエリに向かってぺこりと、頭を下げて。

「あの、、助けてくれて、ありがとう、お姉ちゃん!」
「ーー、、いえ、、」

さっきまでの怯えた表情からは一転し、太陽のように眩しく輝く笑顔に目を細めて、コエリはゆっくりと首を振ります。あなたが無事でいてくれたら、それで良いのよ、と。

ミリアムは、けれどその言葉に、急に顔を曇らせてしまって。えっ!? とコエリは身を屈めて、力加減だけは無意識にでも気にしつつ、慌ててミリアムの腕を掴みます。

「あの、えっ、あの、どこか怪我をしていたりとか、、あっ、そうよね、そうよね、ごめんなさい、こんな闇の魔術なんか使う女、怖くて助けてほしくなんか」
「あ、ううん、そうじゃなくて! その、お姉さんのせいじゃなくて!」

今すぐ消えるから、と慌てるコエリに、ミリアムがもっと慌てて否定し、二人は、思わず顔を見合わせて笑ってしまいます。
それから、ミリアムは居ずまいを正し、コエリの正面に立つと、ぺこりと、再び小さな頭を下げて、ごめんなさい、と謝罪を口にして。

「あの、さっきは、あんなに怖がって、邪険な対応をしてしまって、すいませんでした。助けてくれて、ありがとうございました!」
「いえ、、あなたが良い子で、私も嬉しいわ」

コエリは、ミリアムがようやく理解してくれたのだと安堵して、目を細めて柔らかく微笑み、ミリアムの可愛らしくも、しっかり礼儀を意識した振る舞いに、まるで母にでもなったような気分で、よかったわ、とミリアムの頭を抱きかかえてあげます。

そして、ーーここでようやく遅い登場となった人物の気配を自分の背後に捉え、もう終わったわよ、と声をかけます。

「遅かったわね。彼らは王都の冒険者らしいわ。何をやっているのかしらね、ギルドは」
「コエリ、、何をやってるのか、はあなたですよ」
「、、どういうこと?」

それはどういう意味で、と後ろを振り返ると、ベスタは、コエリをスルーして、何故か冒険者の方を助け起こしに行きます。そしてその際、倒れた重戦士の懐を探り、何枚かの紙面を取り出して、中身を確認します。

「報告の通り、ですか、、コエリ、彼らは人拐いではありませんよ」
「ーーえ?」

むしろ逆です、と続けるベスタの意味がわからず、コエリは訝しげに首をかしげ、やがて、きつけでもされたのか、各々腹や額を押さえ、そろそろと立ち上がる三人に、ミリアムを庇う位置には立ちつつ、事情を聴く姿勢にはなって、彼らの次の挙動を待ちます。

「いっつつ、、いや、こんな田舎だってのに、とんでもねえ嬢ちゃんがいたもんだ、、」
「奇襲性といい動きの速さといい、あたしらが勝てる相手じゃないね、、こんなことなら、もっと穏便に聞いとくんだったよ」
「逃がさんようにしろ、と言ったのはお前だぞ、ジグネ」
「しょうがないだろ? こんなにそっくりな子がいたら誰だってターゲットが見つかったと思うじゃないか」

ふらふらと起き上がった三人は、コエリやミリアムを放って、何やら言いあいを始めていて、コエリは、これはいったいどういうこと、とベスタに問いかけます。逃げるでももう一度挑むでもなし、少なくとも、確かに彼らの挙動に人拐いらしさは感じません。

「あなた、彼らの正体に心当たりはあるの?」
「いいえ。ですが、王都出身の冒険者で、ミリアムに用があるというなら、その答えは一つですよ」

ミリアムをよく見てください、とベスタはコエリに、コエリのすぐ後ろにいる少女を指差し、自分は、艶や質感でも確認するかのように、ミリアムの髪へと自分の指を絡ませます。

ミリアムは、そうして自分の髪を弄ぶベスタに、何やらもじもじして、熱っぽい目を向けていて。何をしているの、とコエリは思わずベスタをじとっと睨むように見てしまいます。けれど、ベスタからは、あなたが見るのは僕じゃありません、なんて言葉がしれっと返ってきます。

後で覚えておきなさい、とコエリは、何かの刑の執行でも宣言するかのように固い声で宣告し、ベスタを呆気にとってから、仕方なく目線を、改めてミリアムへと移します。

ーーよく動く、大きな丸々とした瞳、明るく利発そうな顔立ち、燃え盛る炎のような赤い髪、、じっくりミリアムを見たのはこれが初めてだったわね、とコエリはそこまでを見て、

「! そういうこと、、!」

これに、よく似た特徴の合致する知り合いが、友人がいなかったかと記憶を掘り返し、ようやくそこに辿り着いて。

「あなた、最初から気付いて、、?」
「僕としては、何故あなたが気づかなかったのかの方が疑問です」

親しく過ごしていた友人でしょう? と、ベスタからは呆れた視線が送られてきて。とはいえ、避けられ、怖がられていたことに動揺していた、ほとんど顔は見ていなかったからとはいえ、それはその通りだと自分でも思うので、コエリもあえてそれに反論しようとは思いません。むしろ応援したいくらいというか、何故今まで気付かなかったのかと、自分に呆れる気持ちの方が強くありました。

ミリアムの顔立ちは、下手をすれば姉妹と言って通用してしまいそうなほどーー、今は魔王の掌中にあるという、アルトナ・フロスティアと、酷似していて。雰囲気や髪の色などの特徴だけでなく、光の祝福や加護があるせいなのか、纏う空気感までがそっくりなのです。

「これが、彼らがここに来た理由です。僕はもういいので、後で返してあげておいてください」

ベスタは、先程重戦士の懐から抜き出した、手に持ったままになっていた紙面をコエリに押し付け、一番上ですよ、と、それだけを言って、コエリからやや離れた位置まで下がり、腕組みなんかして、顔を村の外へと背けてしまいます。

それはつまり、我関せず、と。この後始末は自分で付けろ、ということね、とベスタの意図を正しく理解して、コエリはまず、押し付けられた紙面に目を通します。

渡された紙面は、全部で六枚。その全てが、王都の冒険者ギルド認定印の捺された、いわゆる依頼書というやつで、一番上には、人探しを目的とした、人相書きが一枚用意されています。

そして、そこに描かれていたのは、ミリアムとよく似た、同じく利発そうな顔立ち、大きな瞳、燃えるような赤い髪という特徴を持った人物ーーアルトナ・フロスティアの似顔絵で。

つまり、この冒険者たちは王都でアルトナの捜索依頼を受け、わざわざこんなベツレヘム領の辺境まで出向いてきて、ここでついにアルトナにそっくりなミリアムを見つけてしまったことで、どうにか逃がさず連れていこうとして、ああなっていたのだと。

「だから、人拐いではない、、ということ? 同意を得ずに連れていこうとしていたのなら、それは人拐いというのだけれど?」
「おいおい、、嬢ちゃん、誤解してるぜ。俺たちは単にこの子に、身内がいないか、お姉さんでもいたら教えてくれって頼んでただけなんだぜ?」
「あんたのゴツい見た目で怖がらしちまったんだろ? 反省しな!」
「反省ったって、お前なあ、、」

この体格はもう変えらんねえよ、と重戦士が嘆き、我々も逃がさんよう準備してしまっていたがな、と魔術師の男に窘められて、剣士の女性が、いや、それは、、と言い訳をして。

確かに、彼らの雰囲気はなんだかんだ和やかで、見ようによってはほっこりするくらいで、冒険者という生業上、言葉遣いや見た目の雰囲気が少し荒れているだけで、殊更に悪人という感じまではありません。コエリはそこでようやく警戒を解いて、ふと、依頼書の紙面に目を落とします。

依頼書には、依頼内容、達成期限、報償金、依頼主の名前が順に書かれていて、この件については達成期限は無期限、その報償金の高さから、人探しというのはずいぶん実入りも条件もいいのね、と興味深く眺め、

「ーー依頼主は、ゾディアック王家、、?」

それは、、つまり、執務を担当しているジュノーの指示、と見てほぼ間違いないということで。その紙面に、最後にはっきりと書かれた予想外の依頼主欄を見て、コエリは固まってしまいます。

確かに、アルトナは法王の娘とさえ言われるほどの、希少な法術師の卵ではあるけれど、、これが、愛娘を誘拐されたフロスティア家からの依頼だというならともかく、王家が自ら所有の騎士団だけではなく、冒険者まで駆り出して捜索をしているというのは、どこか不自然さが、、何かの事情が、裏にあるように思えます。

一度振り返ると、ベスタは、腕組みをしたきり目を伏せ、何かを考えながら地面を眺めていて、これについて、何を思っているのかはわかりません。まさかあのベスタが、見落とした、などということはないでしょうし。

コエリは、相変わらず続いている冒険者たちの言い合いを眺め、どうやら彼らにも話を聞かなければならないようね、とひとまず、彼らの悶着が終わるのを待つことにしました。


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