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ホロスコ星物語159

小恵理とベスタは、クリュセイスを抜けて3日後、レグルスを引き連れて、ベツレヘム領の州都であるブルフザリアの門の前へと到着していました。

実は、このブルフザリアはベツレヘム領の中でもやや西寄りにあり、単純にリーガルの山地を目指すのであれば、やや大回りになるルートを取っています。これはベスタからの発案で、ここから先は山地、砂漠を抜けて、もう一度山地と、途中に補給できる地点が少なくなるため、多少の余分な出費は覚悟で、できる限りの準備をここで揃えてから向かった方が良い、という話から、ベツレヘム領で最も物資の揃えやすい街、州都であるブルフザリアへと立ち寄ったのでした。

「さすがに、ベツレヘムの本家が治める州都ですから、これまでの都市と違って、食材や生活物資が足りていない、などということはまずないでしょう。州都という都会である分、値段も張るとは思いますが、途中でアルトナと合流する前提で進むのですから、手持ちの物資は多いに越したことはありません」

僕らには、魔素で補給できる魔族と違って、実食のできる食材が必要なのですから、とどこか不本意そうにベスタが話を締め、レグルスがそれに、元々人間には向かないルートだからな、と頷きます。

「特に、この先の砂漠が曲者でな。魔力だかなんだか、俺たちにも正体がよくわからねえんだが、妙な力が働いていて、通り過ぎようとする旅人を惑わせるっていうぜ」

よくある与太話だが、実際に迷った例はいくらでもあるし、砂漠で迷ったら致命的だからな、とレグルスは続けます。特にお前な、と小恵理に向けて、いかにも懸念がありそうに。

「あのさ、、レグルス? ちょっと最近失礼が多すぎるんじゃない?」

これでも私、覚醒者で、聖女よ? と小恵理は不満げに、こめかみをぴくつかせながら反論をします。けれど、レグルスは、だってなあ、、と、全く取り合わないどころか、まして心配そうに、眉間に皺を寄せて小恵理を眺めてきます。

「あんたはこう、なんか危なっかしいんだよなあ、、クリュセイスで捜索してるときだって、何回ふらっといなくなったか、覚えてんのか?」
「何回って、、」

や、あんたずっと影の中にいたんだから、いなくなりようもないでしょ、と小恵理は反論しますが、どうも影の中からでも、レグルスは一応周囲を見回していて、知らぬ間に場所を移動させられてたことが何度もあった、んだそうです。いや、それこそ知らないんだけど。

「とにかく、同じく覚醒者とはいえ、分析魔術もあってしっかりもののベスタと違って、あんたは時々無防備が過ぎるんだ。自覚しとけ」

レグルスは、とにかくそういう予感がするんだ、と強引に締め括ります。心配してくれるのはいいんだけど、その語り口は、まるで小学生の子供が、ちょっと目を離すとすぐ迷子になるんだから、みたいな感じで話してくるので、正直あんまり嬉しくありません。あと、いつの間にか、聖女サマ呼びからあんた呼びに変わってるのも面白くありません。だんだん下に見られ始めてるっていうか。

小恵理は不満げに唸りますが、反駁する二人にはかまわず、ベスタはすでにブルフザリアに向かっていて、ほら、そろそろ行きましょう、と小恵理にも出発を促してきます。

「時間ばかり無駄に過ぎますし、いい加減怪しまれますよ。レグルスはーー」
「今回は俺も行くぜ。見ての通り、相変わらず魔族避けの結界は街には張られてねえし、影にいればいいんだろ?」
「ーー、、ああ、わかった」

ん。確かにその通りではあるんだけど、魔族避けの結界がなくても、探知魔術を使われれば魔族と同行していることは簡単にバレるし、一応アルトナの捜索も兼ねているとはいえ、進路的に外れているから確率も低くて、メインの用事は補給だけ。無用なトラブルを避けようと思ったら、今までと同じで置いていく一択のはずなのだけど。

何故か、ベスタはわずかな思案であっさりと了承し、自分の影へとレグルスを納めます。

「あのさ、私が言うことじゃないんだけど、見つかっても知らないからね?」

可能性は高くはありませんが、街の周辺で魔物が湧いたときとか、魔族が呼び出した可能性を警戒して、近場にいないかを探索するために探査の魔術を使うことは、あり得ないことではありません。素体がいる場合はすぐにその魔物の仕業と判明しますが、魔族が引き連れてくるケース、逆に魔素を求めて魔族が魔物のいる場所に寄ってくるケース、またそうでないのに魔物が現れるケースなどもあって、何故魔物が自然発生的に湧いて出てくるのかは、まだはっきりとはわかっていないことも多いのです。

けれど、ベスタは全く心配した様子もなく、大丈夫ですよ、とあっさりと断言します。

「この都市では、魔族が探知されることはあっても、レグルスが探知されることはありませんよ」
「、、どゆこと?」

そんな謎かけみたいなこと言われても、全然わかりません。レグルスだって魔族なんだから、魔族が探知されたらレグルスだって探知されるわけで。

ーーでも、確かに、なんかこの街、、変な気配が。

先に一回探索してみようかな、とその疑問を口に出す前に、小恵理にベスタは、ベツレヘム領の州都、ブルフザリアには噂があるんですよ、と教えてくれます。

「それは、ベツレヘムは魔族を自分の街に招き入れ、魔族と怪しげな取引を交わしている、、というものです。実際これは、王都のベツレヘムの屋敷からも魔族と金銭のやり取りをした出納帳が押収され、魔族を排除するどころか、むしろ領民の統治に利用していた、という記録が出てきています」
「それって、、」

思わず小恵理はブルフザリアの街並みを見渡し、探査魔術は、、なんとなく危険な気がするから控えて、遠目に魔素の気配を意識して探ってみます。
するとーー

「げっ、、」

探査魔術を使っていないので、漠然とした気配しかわかりませんが、、パッと見だけでもレグルスによく似た魔素の気配が、見える範囲だけで少なくとも16体、もしかすると、ブルフザリア全体ではその三倍以上いる可能性もあります。

これだけ堂々とあちこち魔族がいて、人々が気付かないわけもなく。要するに、どうもこのブルフザリアにおいて魔族というのは、ほとんど外国人に近い程度の存在なのかもしれないのでした。

ついでに、このブルフザリアにおいても、兵士の装備はただの鉄製のものばかりが揃えられていて、もしかしてクリュセイスで兵士が退魔の魔道具や、魔剣の類の装備を持っていなかったのは、こうして町中を闊歩する魔族に脅威を与えないため、ひいては、無駄に刺激しないためだったんじゃないか、とも思えてきます。家かどこかに所持してはいるけど、敢えて装備としては持たなかっただけというか。

特に、ブルフザリアなんていう、ベツレヘム領の州都で、一番に栄えている都であることを考えれば、当然その手の装備がないわけもなく。要は、単に手持ちの装備には持たないという選択をしているだけ、、ベツレヘムは魔族と色々と取引をしていたみたいだし、もしかしたら、ベスタが言うように、ここの魔族が民衆の弾圧、もとい治安に一役買っている、とかの内部事情もあるのかもしれません。

「とはいえ、普通、国からの視察だって定期的に来るだろうし、こんなに魔族が街中にいたら一発でバレると思うんだけど、、よくこんだけ堂々と外を歩かせてられるね?」
「ええ、魔族が先に偵察に動いて事前に察知する、というルートもあるとは思いますが、他にもベツレヘムは贈収賄も多数発覚していて、その中に、他家の貴族の隠密を利用し、視察に来るという情報をいち早く取り入れていた、という記録が出てきています」

自前の隠密を使ったのでは、何か疚しい情報を取りに来たことが一発でバレるから、敢えて自分とは縁の薄い、かつ金銭に窮しているような、困った裏のある貴族へと賄賂を送って事前に情報収集し、視察が来る日の前後から魔族を撤収させ、その日だけは兵士にもきちんと魔道具などを持たせていた、、と。ベスタのいうルートとは、そういう話だそうです。

なんか、ごまかしの方法が、親が様子見に来た時だけ勉強してるフリをしてる子供みたいなんだけど、、何が呆れるって、ベスタいわく、魔族をこの期間のみ一斉に撤去させるため、わざわざ魔王とコンタクトを取って、撤収せよ、という鶴の一声までかけさせていたと言うんだから、壮大な無駄手間をかけていると思います。

カイロンもカイロンで、一体何に協力してんのよ、と小恵理は呆れた溜め息をつきます。あの性格からすると、暇潰しに遊んでやってた、とかテキトーな理由な気もするんだけど、、最終的には、ベツレヘム侯爵はそのカイロンによって呪殺されたらしいから、リアル御愁傷様ってなもんですが。

「ちなみに、その贈収賄に関わってた貴族って、、?」
「一応、僕も少し興味が湧いて独自に調査していましたから、一部であればリストも持っています」

はい、とベスタは、何故か収納袋に入れていたらしい紙面を渡してきます。アルトナ捜索には絶対必要ないものだし、いつも通り用意が良いわ、の次元を超えてる気がして、小恵理は思わず胡乱な目をベスタへと向けてしまいます。

「、、なんで今、これを持ってんの?」
「ベツレヘム領を経由することは、最初からわかっていましたから。何か因縁を付けられた時に、役に立つんじゃないかと思って用意しておきました」

つまり、役人とかに言われもなき罪を着せられそうになった時に、一番上のベツレヘムを脅しつけるための逆転の一手として、こういう情報も用意してた、、という話らしいです。や、最初からそれを想定しなきゃいけないと思われている辺り、ベツレヘムってどんだけヤバイのよって話です。

でも、、そういえば、考えてみたら、ベスタの父である宰相は、まさにベツレヘムによってハメられて、無罪の罪を着せられかけて失脚しかけていたわけですから、ある意味では当然の準備なのかもしれません。相変わらず準備のいいことね、と小恵理は何気なく紙面に目を通し、その中の一つの名前に、軽く首をかしげます。

「ーーコゼット子爵、、んー?」

なんか、どっかで見た名前のような気がするんだけど、、どの辺にいる貴族だっけ。少なくとも、アセンダントとは、深く関わるような貴族ではないはずなんだけど。

ベスタは、その名前にどこか冷たい目を送り、さて、と何か意味ありげに合いの手を入れてきます。

「僕とは少々縁のある人物ですが、あなたが気にするような人間ではありませんよ。権力者にすり寄る隙を狙っていたので、僕も、その機会を潰しておきましたけどね」

ただの小物ですよ、とベスタは続けてきます。本当はあなたも関わったことはあるんですけどね、と小声で付け加えるのも聞こえてきて、うーん、でも人の名前を覚えるのってやっぱり苦手で、特に何も思い出せません。ベスタが手を下せた辺り、まさか学院の関係者、、なわけは、さすがにないしね。

「ま、誰でもいいんだけど。じゃあさっさと買い出しに行って、次の集落に向かお?」

小恵理は、思い出せても何か得があるでもなし、とあっさりと記憶を掘り返すのを諦め、目の前の、州都に相応しい巨大な門構えを見せるブルフザリアの街へ、ベスタの手を引いて進んでいきます。

クリュセイスでも、魔族の襲撃を警戒しての退魔結界は張られていませんでしたが、ブルフザリアの門にも同様に、退魔の結界はありません。魔族が普通に出入りする前提でいるなら、ベツレヘム領ではこれが普通、ということなのでしょう。相変わらず結界の張られていない、魔物も素通しの門を見上げ、あれ、と小恵理は首をかしげます。

「ここって通行税ないんだね?」

門兵こそ立ってはいますが、門は開けっぱなしで、まばらにではありますが、人々は何ら足を止めることもなく自由に出入りをしています。州都というくらいだから、場合によっては、クリュセイスの比じゃないほどの額の要求をされると思って、アセンダントの家紋で、ひかえおろう、する準備もしてたんだけど。

ただ、ブルフザリアの門はもう一ヶ所、正門の隣に馬車がギリギリ通れるくらいの小さな門が備え付けられていて、手荷物検査でもしているのか、門兵に誘導されてそちらに並ぶ人々は、やはり何かやり取りもして、その処理のため、少々時間もかかっているようです。

ベスタは、呑気にその列を眺める小恵理に、よく見てください、とまずは前方の大きな門を指差します。その、門の上で何か、魔道具っぽいものを持つ数人の兵士と、下で連携してやりとりをしている、別の魔道具を持った兵士を。

「あれ、、何かの検知をしてる?」
「ええ、おそらくは魔族の気配を」

ふうん、、? 一応探知してるんだ、と意外そうに首をかしげた小恵理は、けれど、ある程度門に近づいたところで、自分自身も急にその兵士に手に持った魔道具を向けられ、そこから飛ばされてきた魔力に、おっと、と一瞬だけ身構えます。

それは、別に実害があるような魔力ではなくーー微弱な、現代で言う電波みたいなもので。前後左右上下と、幅広く広がっているから、避けるのは難しいものの、撃たれたと言うよりは、照射された、という方が正しいような魔力で。

その魔力が、自分の身体をスッとすり抜け、後ろにいたベスタもそのまま一緒に通り抜け、何かが探られたな、と思うと同時に、門前にいた兵士が、急に直立不動になり、ビシッと敬礼なんかしてから、深く頭を下げてきます。

なんか、、よくわからないけど、王様にでもなった気分と言うか。ベツレヘムというイメージからは程遠い、下にも置かない歓迎のされ方に、違和感はめっちゃあるんだけど、悪い気はしません。

門の前まで着いた二人には、最敬礼で、どうぞ我らがブルフザリアをお楽しみください、なんて笑顔で見送りをしてくれて、意外と州都はベツレヘム領でも良いとこじゃん、なんて思ったりもしつつ。んー、でもその視線はあからさまにベスタに向けられていて、なんか、自分はただのオマケ、添え物感があります。

で、ベスタとの明確な差って、、

「これって、もしかして、、」

軽くベスタの足元に目をやりつつ、小恵理はベスタへ、それのせい? と問いかけます。この対応の良さといい、この媚びるような、阿るような目付きといい、明らかにその影の中に秘密がある気がして。

ベスタは、足を止めることなく、門から離れながら、おそらく、と頷きます。

「通り過ぎ際に見ましたが、向こうの小さな門ではちゃんと通行税は取られていたようですから、おそらく、この関係者が特別扱いされる仕様なんでしょう」

さすがは魔族の暗躍する州都ですか、とベスタは皮肉げに笑います。暗躍というよりは、もはや雀躍ですが、と。

今回レグルスが身を潜めるのに使った影は、ベスタの足元の方で。そこからは、今もそこから周囲を窺っている、レグルスがいます。つまり、この街では、魔族の関係者が優遇される体制があるということ。

そして、魔道具が用意されていた辺り、それは当然上からの指示があっての体制ですから、他ならぬ、領主であるベツレヘムがそれを実行している、ということになります。

それは、さすがに座視できないと言うか、、実はこの街、魔族にすでにほとんど乗っ取られてんじゃないの、と小恵理は、思わず渋い顔でベスタを見つめてしまいます。

けれどベスタは、良いとも悪いとも、何を考えているのかよくわからない感じに、とりあえず街を廻りましょう、と提案してきます。確かに来訪の目的は買い出しで、別に宿泊する予定すらないので、さっさと用件を済ませればいい話ではあります。

小恵理は、どこか心にモヤモヤを抱えつつ、街の人に市場の場所なんか聞き出して、食料や消耗品の買い出しを進めーー

「なんか、、なんだかね」

小恵理は、休憩にと寄った公園で、昼御飯にと買った、スパイスの効いた肉と野菜をパンで挟んだ、今流行りというハンバーガーめいた軽食を食べながら、なんとも複雑な表情で地面に目を落とします。

街は、、全体的に、クリュセイスと比べて明らかに賑わっていて、道行く人たちの表情も、大半は明るく、魔族によって弾圧されている、なんていう雰囲気は全くといって良いほど感じられません。

それどころか、物価にしても、王都より特別高いわけでもなく。いわゆる魔族の身内特割とでも言うのか、自分達に対しては、逆に安く済ませてくれる店さえある始末で。

途中、道行く人に聞いた話では、門で徴収している通行税というのも、相場よりちょっと高いくらいで、けれど街の規模から言えば、それも適正といえる範囲内で、ほとんどが領主の懐に入ることもなく、キチンと街の整備費用として割り当てられ、その明細すら公共の報告として張り出されていると言います。

つまり、、このブルフザリアにおいては、ベツレヘムの治安は、弾圧や専制とはまた全く異なり、しっかりした統治として機能している、ということで。

「どういうことなんだろ、、これ。クリュセイスは、本当、見るからに上から抑圧された都、って感じだったのにさ」
「、、おそらく、やはり彼らが影響しているのでしょうね」

小恵理の漠然とした問いに、ベスタは街中に漂う魔の気配と、実際に街を闊歩する黒い肌の巨漢を見つめながら、独白のように答えを返します。その魔族たちの、どこか安心したような、悠然とした様子を眺めながら。

今歩いてた魔族で、たぶん50人目くらいかな。外から眺めていた時には気が付かなかった、想像を遥かに越える魔の気配を纏いながら、それを全く脅威に感じさせない、という異様な街の在り方に、小恵理は、どこか心の置き場に困ったような感覚を味わいながら、ベスタの解説へと耳を傾けます。

「あなたが気付いたかはわかりませんが、物資豊富なこの街でも、退魔の魔道具や魔剣の類はどこにも売っていませんでした。つまり、魔族の力はこの街では絶対の武力で、逆らえる者が存在していない、ということを意味します」

仮に反旗を翻したとしても、この昼までの半日歩いただけで、見つけた魔族は総勢50名、こんな人数の魔族、魔法剣を使ったところで、とても人間に対応できる数ではありません。

だから、誰も逆らえず、絶対的優位の地位を奪われている、と言う意味で話をするならば、確かに街が魔族に乗っ取られている、とは言えるでしょう。けれどーー

小恵理は、この公園内で、芝生の上で寝そべっている親子、風呂敷を広げ、昼食を楽しむ男女のカップル、休憩時間らしき、ゆっくりとベンチで身体を休める兵士たち、それら多種多様な人々と、彼らの穏やかで、明らかに満ち足りた表情に、なんとも言えない、複雑な気分が沸き上がってくるのを感じます。ーーそれはまるで、人間が魔族に統治されて、むしろ平和と安全を享受しているように見えてしまっていて。

ベスタも、小恵理の心情を理解してか、ところがです、とどこか同情するような声で、話を続けてきます。

「魔族の支配が問題になるのは、彼らが街で、横暴な君主である場合です。この街の人々は、見ての通り魔族を恐れても、警戒してもいない、、むしろ、強力なボディーガードや、安定した生活基盤をもたらしてくれる助っ人のような意識でいることが、見ていてわかります」

今も、街を通り過ぎる魔族は、気さくに振る舞ってこそいないけど、子供には見るからに人気があって、その強靭な腕にぶら下げてあげてみたり、頭を撫でてあげていたり、この街ではむしろ、一種のアメコミヒーローみたいな、平和の使者、正義の使いのような立ち位置を得ているようにも見えます。

魔族、イコール悪として教わってきた人間からすると、この光景は違和感でしかないのだけれど、、これを見るとベツレヘムはむしろ、魔族と人間の共存をいち早く実現していた、とさえ言えるのかもしれなくて。

魔族と人間とは、、種族で見るならば、魔王カイロンの宣誓によって、現状は戦争状態へと戻っていて、今も戦線の最前線であるプロトゲネイアでは、人間と魔族の壮絶な戦いが繰り広げられているはずです。だから、魔王カイロンは、どうにか討伐しなければならないし、それが聖女たる自分の使命でもあるわけです。

けれど、この現状を見てしまうと、、魔族とは、本当に討伐しなければならない対象なのだろうか、という疑問を、抱かずにはいられません。

「小恵理、侯爵邸へ行ってみませんか?」
「ーーえ?」

侯爵邸って、、突然のベスタの提案に、小恵理は戸惑った顔を向けます。

ベツレヘムの治めるこの街で、勿論、侯爵邸なんて一つしかないわけで。ベスタは、小恵理が返事をする前に、早くも公園内にいた親子に話しかけ、侯爵邸の位置を聞き出したりなんかしています。

「や、ベスタ、それはさすがにマズいって、、!」

ブルフザリアではともかく、王都でのベツレヘムの噂について良いものはありませんし、クリュセイスの街を見ても、積極的に関わって得をするような相手とも思えません。さすがに止めようとする小恵理に、ベスタは、いいから行きましょう、と小恵理の手を取って、いつになく強引に誘いを続けてきます。

「いや、だから、、!」
「大丈夫ですよ、魔族を同伴していても問題ないことは小恵理だってわかっているでしょう?」
「いや、もう、、! 別に、トラブっても用は済んでるし、いいけどさあ!」

魔族は、数こそ多いけれど、見た感じ個々の能力は並み程度ですから、本気で脱出しようとすれば、脱出できないことはありません。最悪、何かトラブルになって街中の魔族に追われることになっても、ベスタが一緒なら、撹乱する術も対抗する術も、いくらでもあるのは確かでもあります。

ただ、王都では、ベツレヘムとははっきりと敵対していた自分達ですから、最悪、街には入れても侯爵家には指名手配されている、という可能性はあります。そんな危険はわかってるんだから、わざわざそんな危ない橋を渡りたがることもないと思うのに、、この辺ベスタの火星って本当射手だよね、とその無謀さに、思わずため息なんか出てしまいます。あるいは、セオリーの逆を敢えて行きたがる、金星水瓶の影響もあるかもしれません。もしくは両方とか。

そうして、半分以上は嫌々手を引かれるまま同行する小恵理に、ベスタは、大丈夫ですよ、と安心させるように笑いかけてきます。

「様子を見るだけですし、本当に魔族がこの街の治安を担っているだけなら、刺激しなければ何もしてくることはないはずです」
「そうだけどさあ、、」

お巡りさんを見ると反射的に身構えてしまう心理、、とか言っても、ベスタには通じないのでしょう。敵ボスの本拠地でこそないものの、中継地点くらいの意味はありそうだし、魔族の司令部みたいな場所に近づくってだけでも嫌なんだけど。

幸いと言うのか不幸にと言うのか、ベツレヘム邸は公園からさほど遠くもなく、歩き始めて5分程度で、ベツレヘム侯爵邸らしき、白塗りの壁に覆われた立派な建物が見えてきます。

で、その近くには門番の兵士が二人と、門のど真ん中に腕を組んで陣取る、その兵士を頭二つ分くらい上から見下ろす、筋骨隆々の魔族も一人いて。兵士は魔族を気にしてる様子もないし、魔族は魔族で、近づく人間に圧をかける役割があるんだろうな、と思わせるような威圧感こそあるものの、兵士に対しては、別に空気みたいなものと言うか、お互いに、お互いの存在を全く気にしてない雰囲気があります。

間柄としては、別に余所余所しいってわけでもないけど、特別親しそうでもない、本当にただの職場の同僚めいた雰囲気に、一応これも共存って言うのかな、と小恵理は首をかしげます。なんか、まだ現世にいた頃、都内を歩いてた時みたいに、別に相手が何をしてても自分には関係ない、本当に自分に無関係の他人がいるだけ、みたいな感じもあります。

しばらく見ていると、やがて、魔族が兵士に何かを言って、屋敷の内側へと引っ込んでいきます。気さくな感じの兵士の応対から、ただの休憩か、交代の時間なのかな、とも思えますが、不意にベスタが、小恵理、と腕を引っ張って来ます。

「そろそろ離れましょう。ーーレグルス」
「ちょっ、、!」

いや、街中で、しかも侯爵邸の目の前で呼ぶわけ!? と戸惑う小恵理を余所に、レグルスの巨体が二人の前に現れます。

レグルスは、んだ? と首をかしげ、そこが修羅場でもなんでもなさそうな雰囲気に、ベスタへ、どうしたよ、と問いかけます。

「いきなり呼び出して、どうしかしたか?」
「お前、あの魔族と少し話ができないか?」
「そりゃ、できなくはねえが」

話ってどうすんだよ、とレグルスが尋ね、ベスタは、いくつか、魔族の側の意見を聞いてみてほしい、とその質問項目をいくつかピックアップして伝えます。

「ーーそれじゃあ、あとは頼む」

そうして、手早く質問を伝えると、街の外で落ち合うことを決め、ベスタは小恵理へ、行きましょう、と手を引いて、特別急ぐでもなく、普通に徒歩でベツレヘム邸から離れていきます。

質問自体は、他愛ない問いかけばかりだったし、どういうことなのかはよくわかんないけど、、ひとまず、そこからはベスタと、一気にブルフザリアの外まで出てしまって、ある程度離れた草原まで来たところで、ようやく二人は腰を落ち着けます。

「ねえベスタ、あの質問ってどういうこと?」

聞いていたのは、この街の現状や人間との生活をどう思うか、今後の方向性、ベツレヘムとの付き合いや、それをどう思ったかなど、街の現状を把握しようとしているような質問が多かったように思います。けれど、それが何のために聞いた質問だったのかはわかりません。

ベスタは、少し顔を綻ばせながら、今後の役に立つかもしれないでしょう? と答えてきます。

「魔族と人間が共存しているというのなら、魔族の側がどう思っているのかも聞いておいた方が、後々僕らも彼らと共存する時に、参考にできますからね」
「参考にねえ、、?」

ゾディアックにはまだ波及していないとはいえ、戦争中にも関わらず、すでに魔族との共存を前提としている辺り、ベスタらしくはあるのだけれど。あの現状を見る限り、戦いの音頭を取っているカイロンさえ倒してしまえば、確かに魔族であっても共存できるかも、とは思います。

でも、本当にそんなことが実現できるのかは、まだ全然わかりません。もしかしたら、カイロンが統制しているから協力的なだけで、本質的には魔族は人間と敵対する存在、という可能性もあるのだから。

それも、まだ当分は先のことだし、、とよくわからないまま、一雨降りそうになっている空を、小恵理は芝生を仰向けに転がって眺めやります。

時期的には6月も中旬くらいで、季節的には、日本ならもう梅雨時です。けれど、大陸気候の影響なのか、この辺では普段はそこまで雨は降らないみたいです。勿論、天候魔術を使えば自由自在だけど、そこまでして天気を変えたいわけでもないし、このまま降られても、ベスタのテントがあれば別に濡れません。

でも、、と、小恵理は捜索中の女の子、アルトナのことを思って、少し心配そうに眉根を寄せます。

アルトナが普通の女の子で、魔王が本当に返してくれる気があれば、飢えて死ぬことはないだろうけど。既にどこかに置き去りにされていたら、時間との勝負、なんて可能性もあるわけで、、アルトナって子には恵みの雨になりそうかな、でもちょっと心配だな、と思っている間に、やがてポツポツと小雨が降ってきます。

「小恵理、こちらへ」

うん、、さすがはベスタ、知らぬ間に、もう既に簡易テントを設置していて、ベスタはその中から小恵理を手招きしています。

小恵理は起き上がって、ありがたくベスタのテントの中へと上がり込みます。どうせこうなるんだったら、まだブルフザリアの街中にいても良かったかもね、とは少し思いながら。

入ってみると、テントの中はまあまあ広く、魔法で収納してるからか、普通のテントと違って、内装はキャンピングカーみたいになっています。ソファーや椅子、机に棚や収納もあって、また、食器や調理器具なんかも棚の中に固定されて一緒に納まっていて、料理も普通にできそうです。ちなみに、どうも魔法のカーペットで汚れが取れるようで、土足も可、実に便利です。

「なんか、、普通に生活できるね、ここ」

空調でもあるのか、気温も快適な温度が保たれてるし、照明も明るさ、色ともある程度調整できるみたいで、暗さとかも感じません。しかも別室に個室がいくつかあって、ベッドが置かれてて普通に休める上、施錠までできる、、って、もう家じゃんこれ。テントのくせに何部屋あるのよ。

小恵理の、便利すぎでしょ、という指摘に、ベスタは、それはそうですよ、とあっさりと首肯してきます。

「ある程度の長旅になることが予想される上、行き先は魔王領ですからね。ちゃんと、色々と魔術的な防御もされていますよ」

聞けば、なんでも、ベスタは大分前から魔王領に出向くような事態になることも想定していて、魔導研究所に収容されていた時には、既に研究所の所長に依頼して、陰影魔術や各種防備結界が張られた、オーダーメイドの特注品を作ってもらっていたんだとか。

あんな、まだレグルスと共闘を始めたくらいの時期に、どうしてそんな想定をしていたのかは気になりますが、、魔導研究所といえば、確かネイタル覚醒状態の小恵理の、力任せの一撃ですら完全には突破できなかった、嫌になるほど頑健な鉄壁の防御壁を作った、魔法全般に精通した王立の研究所でもありました。

小恵理は、あー、と所長や個性的な研究者のみんなの顔を思い出して、クスクスと笑います。なんか、ヤクザの舎弟でも従えたような気分を味わわせてもらったんだよね、と。

「引き渡しの際には、姐さんにどうぞよろしくお願いします、と研究者のみんなで声を合わせてよろしくされましたよ」

ベスタは、そう言って、どこか呆れたように肩を竦めます。うん、だと思ったんだ。

ベスタは、いったいどこで練習したんでしょうね、と首をかしげるほどピッタリ声を合わせた挨拶に呆れていて、それも、あっさりと脳内再生できてしまって、小恵理は、よろしくされたわ、と楽しく笑いながら頷きます。

あの、魔導研究所お墨付きの防備がされているというののなら、このテントも、滅多なことで破壊されたりはしないでしょう。小恵理は安心してソファーに寝そべりながら、レグルスまだかな、と、久しぶりにゆったりと流れるような時間をすごしーーやがて、うつらうつらとし始めて。

ベスタは、気を利かせたのか、本を持って個室へと下がっていって。
小恵理は、そのまま夢の世界へと旅立っていきました。


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