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ホロスコ星物語181

「こんにちは、ごきげんよう」

重い音を立てて鉄扉を開け、人を見るや、嬉しそうににっこりと微笑む侯爵様、相変わらず洒落もののスタイルで、よく手入れされた黒装束に、必ずどこかに金の装飾を身に付けていて、貴公子、という表現がぴったり来る雰囲気があります。

とはいえ、、ね。そろそろ見慣れた格好に、内心思っていることを顔には出さないようにしながら、小恵理も笑顔を作って、こんにちは、と返します。いや、この服の趣味、確かに色使いや組み合わせはカッコいいんだけど、センス自体はどこか微妙っぽいというか。やっぱりお坊っちゃん感があるというか、同じスタイルしかできないタイプっぽいのです。

侯爵はそれだけで、堂々と室内へと入ってきて、はい、とバスケットを手渡してきます。中には、リンゴやミカン、グレープと色々と果物が入っていて、入院中のお見舞いにでも来たのかな、というラインナップでした。それを、後で切ってあげてくれ、と隅に立つメイドさんへと言い付け、自分はいつもの、人の目の前の席へと居座ります。勿論、人の許可なんて取りません。

「さて、部屋の居心地は悪くないかい? 何か気になるようであれば、内装も少しくらいなら変えられるが?」
「いえ、結構です。一応囚人の身としては、あんまり贅沢言うのもどうかと思いますし」

受け取りに来てくれたメイドさんに、バスケットを手渡しつつーー、悪いけど、最低限無礼にだけはならないよう気を付けながら、小恵理は即答で首を横に振ります。

実のところ、長く留め置かれている以外にもイライラは、ずっと溜まっていて。本当は居心地なんて、最悪です、とか条件反射で答えそうになります。

だって、ずっと軟禁され、しかもこの部屋には、囚人を監視するための盗聴機能まであって。侯爵が領民を大事に思ってるのはわかってるけど、四六時中盗聴されてるのがわかってて、居心地が良いわけはないし、その主人にイラつかない人間なんていないと思う。それも、何かやらかして捕まったなら自業自得かもしんないけど、こっちははめられただけだし。

だから、毎回そんな、ご機嫌でも取ろうとしてるみたいに手土産とか持ってこられても、懐柔されてるみたいで逆に嫌だし。そんなにいいんですよ、というニュアンスも込めてみたけれど、侯爵は、そんな悲しいことを言わないでくれ、と顔の前で手を組み、額を押し付けるようにして、どこか寂しげに眉を落としてしまいます。なんか、そんなことをされると、こっちが悪いことでも言ったみたい。

侯爵自身は、案外いい人っぽいんだけど、、そういう反応も困るんだよね、と眉を落とす小恵理に、侯爵は、君には、、と組んだ手に視線を落とし、慚愧に耐えない、といったような、申し訳なさそうな様子で話を切り出してきます。

「犯人が見つからない手前、私も、君には不便をかけているとは思っているんだ。一応、今も殺人の容疑がかけられていて、君への捜査も進められてはいる。だが、私個人が、君を疑っているわけでは決してない。この扉と窓の格子は確かに気に入らないかもしれないが、本質的には客人待遇だと思っていてくれないか」

うーん、そこにいくかあ、、小恵理は、モヤモヤした気分を抱えながら、いえ、、と一度小さく首を振ります。あまり気にしないでください、と。

いや、扉に、窓の格子って。うら若き乙女だからといって、そんな見てくれだけの代物に苛つくほど部屋の模様にこだわってはいないし、囚人なんだから、出入り口を固めてることへの理解くらいはあります。

侯爵は、部屋のインテリアについての不満を気にしているようで、備品なんかにも目を走らせていて、なんか、執務は普通なのに、女性に対しては先入観がスゴい、というのが素の感想です。いや、確かに頼めば何でもは出てくるし、その気遣い自体はありがたいのだけど。

ただ、監禁されて自由に外に出られない、しかも四六時中盗聴されてる客人待遇って、どう考えても無理のある設定だとしか思えなくて、、こっちが我儘を言っているようなのはわかるけれど、素直には頷けません。

それに、捜査が進んでいる、とは言うけど、、それにも、困ってしまって、小恵理は侯爵から目をそらしながら、軽く息をつきます。

今も、こんな牢とも思えない部屋を割り当てられて、貴族待遇まで許されていて言うことじゃないのは、自分でも重々わかってるんだけど、、こちらは相変わらず侯爵にも、自分がアセンダントの娘だ、なんて名乗ってもいないわけです。

名前は、確かに偽名を名乗りはしたけど、学院に調査に行った気配もなさそうだし。そんな風に、相手の素性も知らないままにしておいて、捜査がされてる、っていうのも、疑わしくしか思えなくて。目撃情報とか、聞き込みくらいならできるんだろうけど、名前一つで何が調べられるのって思うし。なんか、むしろ他に理由があって、無理に邸内に引き留めてるだけ、っていう感じがします。

最初はそれも、実は魔王から事情を聴いていて、名乗らなくても知っていたから、魔王の指示か何かでこんな部屋に留め置かれたんだ、とかも思っていたのだけど、、どうにも侯爵と魔王の接点がある気配はないし、もし侯爵に魔王との直接の関わりがないのなら、この今の待遇は、謎の一言に尽きる気がするのです。

いったいこの侯爵が今、何を思い、何を考えているのか、、は、うん、部屋のインテリアと自分への印象か。それはわかるけど、そうじゃなくて。じゃなくて、侯爵がこの後で何を狙い、何を自分に隠しているのか、、何もないとは、思えなくて。

小恵理は思いきって、侯爵様、と声をかけてみます。

「あの、、これくらいはそろそろはっきりさせていただきたいんですけど、なんで私、この部屋で過ごさせてもらってるんでしょうか? 確かに貴族とは名乗りましたけど、本当にそれだけですか? それとも私の身元を調べました?」

偽名なのに、とまでは、さすがに口にはしないけど。確かに投獄される前、ちょっとした証明みたいな感じで、貴族らしい所作を見せはしたけど。所作だけで貴族、とか言っていいならみんな演技で切り抜けられるし、自分でやっておいてなんだけど、それも正直胡散臭く思えるのです。

あるいは、仮に嘘でも後で貴族に取り立てる気でいるから、別にいい、とか、、まさかね。侯爵の反応から、なんとなく気がありそうくらいは思うけど、そこまでしないでしょ。

それにーーそれにあの、同行していたタウリス伯爵についての情報は、ここに来てからずっと、極秘にでもされているみたいに、話題にも出されることはなくて。それについても、聞けたら聞きたいんだけど、、侯爵は、意外な質問でもされたみたいに、一度言葉に詰まって。あ、ああ、そんなことか、とさも何でもないことのように頷きます。

「それは簡単だよ。君とは先日、王城で出会っているだろう? 我らが国の中枢たるあの城の中は、原則として貴族しか立ち入れない。まして、あんな風に走り回ることを許される一般市民など存在するわけがないだろう」

そんなものすぐに見つかって、即座に捕縛されて牢屋行きだよ、と侯爵は朗らかに笑います。第一、侯爵と出会ったのは城の二階で、あの辺りは一定以上の位の貴族でなければ近付くことすら許されていない、貴族だけの空間なのだから、その身元は保証されていることと同義だと。

実際は、二階でも祈りの間には市民も入れたし、そんなのは度胸と運の問題な気もするけど、、とりあえずそう言うなら、このまま大人しく貴族として扱ってもらっておこうかな、とは思います。

「じゃあ、タウリス伯爵についてですが」

これまでも、何度かはぐらかされてきたけれど。市民の疑惑がなく、ちゃんと私を貴族と思ってもらっているなら、教えてもらう権利はあるはずですよね、とここで小恵理はもう一つ侯爵へと切り出します。同行していた貴族の仲間の現状について聞くだけなのだから、と。

侯爵は、一瞬目を細めはしたけれど、一応聞いてくれるつもりはあるようで、やや間を置いてから、うっすらと笑みを浮かべ、何かな? と問いかけてきます。

「タウリス伯爵様は、私と一緒に投獄されたはずですが、いったい彼が今どうしているのかを」
「申し訳ないけれど。捜査上の秘密を教えてあげることは、君にもできないな。共犯という可能性もあるのだからね」

なんとなく、、そう言われるとは、思っていたけれど。被せるような一言に、ぐっと唇を噛み締めて、小恵理は一度黙ります。

この侯爵、、やっぱり嘘つきだ。疑っていない、とか口では言っておいて、結局疑ってるんじゃん。今の目の煌めきは、明らかに容疑者について語る目でした。それも、そこそこ深い疑いを持った相手に。

この分だと、伯爵も殺人の容疑で詰められてる気がする、と申し訳なさと、心配が交互に押し寄せてきてーーぎゅっと拳を握る小恵理に、侯爵は、けれどその問いかけには少し興味を持ったように、そんなに知りたいかな? とどこか興を引かれたような顔で聞いてきます。

「君と伯爵は、この街で出会ったばかりだった、という話だったと思ったけれどね。そんなに気になるものかな?」
「私は、この街に来たとき、大勢の死体を見たショックで、ひどく混乱していたんです。とにかく不安で、怖くて、、今にも殺人犯が目の前に現れそうな気がして、気が気じゃありませんでした。でも、そんな私を助けてくれたのが、タウリス伯爵でした」

あの時の恐怖は、、今でも鮮明に覚えています。レグルスではない、ただの道行く魔族っていうだけで、彼らが近くに来ただけでも怖くて仕方なかったし、たぶん、あそこで伯爵に会わなかったら、そのまま街を抜けて、どこかへ逃げ出していたかもしれないとも思います。

だから小恵理は、伯爵様は恩人なんです、と侯爵へ強調します。その伯爵の安否が気になるのは、当たり前だし、侯爵邸に同行してくれたお礼や、巻き込んでしまったお詫びだって言わなければならないのです。

「結局、今回の件でも伯爵様は私が巻き込んでしまって、ここへと囚われているわけですよね? なら、恩人の安否を気遣うのは当たり前です」

そんなの、気になるに決まっています、と強く断言する口調で訴える小恵理に、侯爵は、腕組みをしたまま、意外そうに目を開いて、中空へと視線を固定させて。言葉を咀嚼しているのか、何かを憂うような表情でため息を付くと、不意に黙って首を横に向け、窓の外を向いて、どこか遠くの方を見つめます。なにか、過去でも思い出しているような、アンニュイな雰囲気で。

その横顔は、どこか不服げで、ままならないものだ、とでもいうような諦めにも近い色が浮かんでいる気がして、、やっぱり聞かれたくないことだったのかな、と申し訳ないような気持ちが湧いてきます。

「あの、、ごめんなさい、やっぱり、教えていただけませんか?」
「いや、、君が彼を心配する気持ちは理解した。ただ、残念だったというのが本音だ」
「残念だった?」
「ああ。もしそこがタウリス伯爵邸ではなく、私の館であれば、話は全く変わっていただろうに、とね」

、、? 話の主旨が、よくわからず、小恵理は首をかしげます。最初に伯爵と接していたからって、結局後で侯爵邸には報告に来たのだし、同じことだと思うのだけど、、あったのは、せいぜい初日の夕方に伯爵邸を経由して翌朝に侯爵邸に行くか、初日の夕方の時点で侯爵邸に着いていたかというタイムラグくらいです。

ーーつまり、そのラグの間に、何かをしていたとか、何かができたと思われている、、?

このラグの間と言えば、まさに死体が移動したとされる時間に相当するわけでーー。つまり、伯爵と協力して、もしくは伯爵を利用して死体を運んだと、今でも思われているということ? 

侯爵は、殺人については疑っていないとも、自分の勘では白だとも言っていて、、つまりそれがなかったら疑う必要もなかったのにと、そういうことなのかなと、首をかしげる小恵理に、けれど侯爵は、あとは後日にしよう、とあっさりと話を流し、これを見てもらえるかい、と懐から大きな紙を取り出し、テーブルの上へと広げます。

その紙にはーー、先日ベスタと一緒に見た、天板に映っていた地形図と、全く同じものが描かれていて。侯爵は、こちらの顔をじっと見やりながら、これに見覚えがあるかい、なんてことを、聞いてきます。

「見覚え、ですか、、?」

まさか、魔術の天板で地図を描いていたことを、そこで領域全体の人の動きを見ていたことを、知っているとは、思わないけれどーー

やや緊張しながら、けれどその内心の冷や汗を、どうにか隠し通して問い返した小恵理に、侯爵は、ああ、どこか誇らしげに、何か宝物でも見せてあげた、とでもいうように頷いて、これはね、と解説を始めます。

「君はここまで、ベツレヘム領を縦断してきたわけだから、これで気付くかとも思ったけれどね。これは、我らがベツレヘム領を上空から描いた、言わば領内地図なんだよ」
「ベツレヘム領の、地図、、」

それは勿論、自分でも描いたものだし、見ればわかるけれど。急にそんなものを広げた理由がよくわからなくて、小恵理は、どういうことです? と問いかけます。

ただの地図とはいえ、確かに現代日本であれば、地図なんてただの案内図で、なんとかアースであったり、なんとかマップであったりで、インターネットで簡単に目当ての場所を探し出すこともできるけれど。でもこの世界では、地図というのは全く別の意味を持つ、重大な、戦略的意味の大きい機密の一種のはずです。いわゆる戦の際、地の利があるかどうかに密接に関わる。

それを指摘した小恵理に侯爵は、けれど、ああ、君に見てほしくてね、と全く気にした様子もなく頷きます。

「君とは前々から、一度腹を割って話しておきたいと思っていたからね。これは私から君への信頼の証でもある。早速だが、ここを見てもらえるかい?」

侯爵は、ニコッと自信のある笑みを小恵理に向けると、広げた地図に何点か印を付け、小恵理へと指し示していきます。

「ここは我らの今いるブルフザリア、知っての通り我らがベツレヘム領の州都だ。それを北へ進んで、山地へ入ったところで、移動させられたプロビタス子爵らの死体が見つかったね。更に北の平原が、君が死体を見たという場所。西に進んだこの街がイェニー、プロビタス子爵の治めていた街だ」
「それは、わかりますけど、、本当に良いんですか、侯爵様? 殺人事件の容疑者で、ましてベツレヘム領の人間でもない私に、こんなものを見せてしまっても」

それは、自分の領内の機密を他人に公言し、明らかにしてしまっていることと同じです。まして、今まさに容疑者として疑っていると、明言したに等しいような人間相手に。もちろん、魔術で作ったものではないので、赤や青の光点もなく、文字で色々と書き込みがされているだけの、紙製の代物ではありますが、、どちらにせよ、領内を預かる領主として、そう易々と人に見せていいものではないはずです。

けれど侯爵様は、やっぱりあっさりと、ああ、と笑みさえ浮かべたまま頷いて。

「先程言った通り、これは私から君への、信頼の証だ。状況的に、容疑者であるとは認定せざるを得ないが、今しがた言った通り、私個人は君を疑っていない。できるならそれをもって、君からも私のことを多少なりと信用してもらいたいのだが」

お願いできないかな? と笑顔でそう告げる侯爵は、どこか眼差しに、期待を込めているように真っ直ぐにこちらを見つめていて。

つまり、さっきの話と総合して考えるなら、状況的に見て、捜査機関としては疑うしかないし、捜査もしているけれど、自分個人では疑っていないから、とでも言いたいのかなと、小恵理はそれを、やや混乱した目で見返します。

言っていることには、多少矛盾も感じるけれど、、侯爵の言動の意味としては、あるいは、何か新たに証言でも引き出すため、もしくは捜査に協力させて、犯人を見つけることで、この件の解決を目指しているから、、でもあるのかなとは感じます。体よく利用しようとしてる、と言ったら言い過ぎかもしれないけど、でも近さは感じるというか。

まあでも、、早く解放してもらえるなら、それはこっちも望むところだし。別に、捜査への協力自体は拒むつもりはありません。そのどこか熱心な口ぶりに、何かの感情が見え隠れしているようにも感じるけど、それについてはスルーの方向で。

いや、変にそれを意識すると、ちょっと困るのは本当だし。今まではそんな風に、若干気にかかるような尋問こそしていても、公私混同みたいな振る舞いまではしてこなかったわけで、今でも容疑者の一人な人間に無防備過ぎますよ侯爵様、とか本当は言いたいくらいです。信用とか言って、いつか刺されそうと言うか、だからお坊っちゃま感があるのかもね。

「信用は、されている人だとは思っていますよ」

小恵理は、にっこりと微笑んで、侯爵へと返します。今までの問いかけやこの部屋みたいに、尋問される側的に面倒ではあったけど、それだけ有能で、多くの人に慕われる、良い領主ではあるのだろうとは、今でも思っているし。信用自体は、普通以上にある人なんだとは思います。

侯爵は、喜ぶべきか迷っているように、困ったように少し首を傾け、けれどどこか落胆したように、そうか、、と頷いてーーでも、なんか、、そこには、何かの違和感もあって。

小恵理は侯爵を見つめ返し、ひとまずは侯爵に、話の続きを促します。
ーーなんとなく、、話の流れが見えてきたような気がして。

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