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ホロスコ星物語177

麗らかな陽の指す室内、、暖かな、肌触りの良い布団を持ち上げて、小恵理は、うーん、と伸びをして、まずはベッドから抜け出します。

起き抜けで、とりあえずまずは髪を整え、壁際の収納から適当に今日の服を選んで着替えます。それから、シルクのレースの編み込まれたカーテンを開けて、陽の光なんか部屋に取り込みつつ、テーブルの上にいい温度で保温しておいた紅茶を、ティーカップに注いで、自分流だけど軽く優雅に嗜んだりします。うん、良い香り。落ち着くね。

この部屋の窓からは、季節の花の咲き乱れる庭が見えていたりなんかもして、ここの主も洒落ものだよね、とひとしきり感心なんかもして。ソファーに腰掛け、ゆったりのんびりと身体を寛げてーー、ここで詩集とか読んでたら、たぶん絵にも様にもなるんだろうけど、あいにく魔導書の方が面白いんだよねえ、、どっちもここにはないんだけど。

さて、それじゃ、今日も良い天気だし、今日はどこの庭を巡ろうかな、なんてね。

ーーまあ、ここからは出られないんだけど。

クリーム色の優しい基調の壁紙、レースのカーテンや年代物の、けれどクラシックな上品さのあるテーブルセットなど、優雅な雰囲気の部屋にはーー不似合いな、黒鉄製の格子が、窓には嵌められていて。部屋の出入り口も、木目の鮮やかな漆塗りの扉、なんてものはなく、無骨で頑丈さだけが売りの鉄製の扉がどんっと鎮座して、内外からの人の出入りを拒んでいて。

小恵理は、それらの部屋には不釣り合いなオプションたちを、どこか冷めた瞳で眺めて、自分が一昨日から、貴賓室という名の鳥籠に囚われていることを思い返します。

場所は、もちろんタウリス伯爵の館、などではなくーーあの後、伯爵の紹介で訪れることのできた、ベツレヘム侯爵邸、本邸です。先代は囚人の塔で亡くなってしまったため、捕縛の決定を下したのは新たに就任した侯爵で、いわく、罪状は殺人、もしくは虚偽の報告で世間を騒がせた罪、、だそうで。

あの日、ベツレヘム邸を訪れたタウリス伯爵は、自分をゾディアックの貴族の一員と紹介してくれて。最初は怪しまれもしたけれど、ちょっとでも証明になればと、実際にそれっぽい所作を振る舞って見せたからか、単に外見で判断でもされたのか、ベツレヘムの屋敷では、貴族相応の待遇だけは約束してくれて。でも結局連れて来られた場所は、れっきとした牢獄で。

さて、なんでこうなったんだったかな、、小恵理は、いかにも監獄然とした鉄扉を見やりながら、4日ほど前から続く、ここでの不可解な出来事を順番に思い出します。

あのタウリス伯爵が先導して動いてくれた、最初は、特に何も問題は起きていなかったはずです。タウリス伯爵は、新ベツレヘム候へと謁見願いの使いを送る一方、わざわざ殺人のあった現場まで、確認のための使者も出向かせてくれて。疑われているというよりは、あくまでも真実でなかった時に問題になってしまうから、という理由が強調されていて、そこはフォローもありがたかったし、正しい判断だったと思います。

で、その後使者からは、実際に荒野に8つの死体があった旨を、レターで送られてきて。それを伯爵と確認した後、でもすでに時間も遅かったため、あの日は、約束を取り付けることのできた翌朝に、小恵理とタウリス伯爵の二人で、改めてベツレヘム候の屋敷へと出向く、ということで話がまとまりました。

そして、予定通り翌朝に侯爵邸を訪問し、でも新侯爵はまだ出先であった王都から帰っておらず、まだ不在だということで、先に侯爵の秘書が、侯爵に代わって草原まで調査隊を派遣してくれて、ーーたぶん、おかしなことになったのはこの辺からなんだよね。

侯爵の調査隊が現場についた時、既に死体はどこかへと片付けられていて。おそらくは死体を片付けたと思われた、ベツレヘムの北部領土を統括していたという、近隣の都市イェニーの太守、プロビタス子爵邸へと、調査隊は出向くことになりました。けれど、街に着いてみれば、肝心のその子爵は前日から行方不明で、また、運ばれてきたと思われていた、8つの死体の行方を知る人も、誰もおらず。調査隊はまず、その8つもの死体を探すことから始めなければなりませんでした。

伯爵の使者は丁度その時、まだ伯爵の指示のもと、そのイェニーの都市に待機していて、彼らの案内の下、調査隊と彼らは確かに死体のあった平野まで戻り、死体の紛失を確認して、、調査隊に協力して、改めて死体を捜索し始めたのが、3日前の昼。結局死体が見つかったのは、その日の夕方。ベツレヘム領へと出向いていた冒険者からの一報が鍵となって、あろうことか死体は全てその南側、丁度コエリがベスタとともに討伐したという、魔物の巣のあった山中に、全員がまとめて捨てられていたのが発見されたと言います。

タウリス伯爵の使者は、その死体にはちゃんと防腐処理を行っていたというけれど、何故かその処理は解かれていて。腐敗が始まり、惨状を呈していたその死体の身に付けていた鎧や家紋から、実はその死体こそがプロビタス子爵だったと判明したのが、その日の夜。ロープによって手足を縛られた痕跡が見つかったことから、即日のうちに殺人事件として、この件は調査が始められることになりました。

湿度の高い季節、司法解剖なんてこの世界にはなく、防腐処理が外されていたことから、彼らの身体の状態は悪く、出血の具合から、首や胸に致命傷を負ったであろうことは判明したものの、一体何があって亡くなるに至ったのかを探るのは、困難で。唯一、魔力反応の痕跡は普通に探すことができたことから、そこで見つかったのがーーあの時、レグルスの魔力反応を見つけるために、小恵理が用いてしまった、調査のための魔力だった、と。

そして、時間的には消えていたはずはないのに、レグルスの魔力反応は現れず、小恵理の魔力反応以外がそこから現れなかったことから、小恵理に殺人の第一の容疑がかかり、この部屋に勾留されたのが、一昨日のことで。

それと同時に、タウリス伯爵もまた、虚偽の報告や、小恵理との共謀殺人ーーグルだったのでは、という容疑がかかってしまって。小恵理とは別の部屋で、伯爵も、ベツレヘム邸で抑留されることとなってしまってーー

ここまでの事の顛末を思い出して、小恵理はぼんやりと宙を眺めます。

普通、、殺人事件であれば、犯人探しをして推理とかして、犯人はお前だ、とかやるのが定石だと思うんだけど。今回は、既に殺人を行ったのがレグルスだとわかっているので、犯人探しを行う必要はありません。

問題は、まず一つ別枠にあるのは、事件の早期解決、とか言って、レグルスがこの殺人事件の犯人だと告発したところで、レグルスを連れてこられなければ信じてはもらえないだろうし、もし連れてこられても、自分達の本来の目的、アルトナの捜索にはナビ役を失ってしまうだけで、害にしかならないこと。とはいっても、こうなった以上、それの是非は考えないといけないんだけど。

それと事件についての大きな問題はーー誰が死体を動かして、防腐処理までわざわざ解いて、魔物の巣の近くなんかに放置したかということ。それも、魔力反応を消すなんていう、謎行動まで取って。

そう、魔力反応を消すーーなんだよね、、いつか何か仕掛けてくるとは、思っていたけれど。これってね、普通はあり得ない、どっかで見た話でもあってさ。勿論、あくまでも報告書によるもので、告発文で聞いたもので、本当かはわからないし、実物を見に行かなければ、確かめられもしないんだけど。

本当は、、こんな屋敷から脱出するだけなら、別に造作もありません。壁だろうが窓だろうが、なんならこんな鉄扉だって、魔力なら勿論、今すぐ正面から力業で破壊することだって簡単にできます。なのに何故それをせず、わざわざここに二日も留まっているのかといえば、その魔力反応を消すなんて芸当ができる、唯一とも言える相手を知っているからに、他ならなくて。

普通に考えれば、この事の経緯はつまり、レグルスがプロビタス子爵とかいう人を殺して、事件に仕立て上げ、小恵理が気にして、誰の仕業かを特定しようと調査の魔術を使う、そこまでを見越して、魔力反応が都合よく残ったところで、魔力反応を消すことのできる相手ーー魔王、が。カイロンが、そのレグルスの痕跡だけを消して、小恵理に容疑を向けられるよう仕向け、ここへと抑留した、、この流れ一本に絞られるはずです。

その理由はたぶん、、また会って、話でもしたいのか、また花嫁に、なんて寝言でも言いたいのか、その辺は知らないけど。でも。

だけど、その結果、そんな願いのために、8人もの命が簡単に失われたというのなら。小恵理はその事実を思い出して、拳を強く握りしめます。

もしそんな、わざわざ人を大勢殺すなんていう、非道な手順を用意してまで自分に用があるというのなら、、望み通り、ここで待ってやろうじゃないの、と。ついでにアルトナの居場所も吐かせてやるわ、上等じゃん、という。怒り半分、ブチキレ半分で、小恵理はここに留まっているに過ぎません。

そんな非道が、許せるはずがない、、侯爵の殺人の容疑自体で有罪になる心配はまずない、というか、そんな些事はどうでもいいし、後回しで問題ありません。もし有罪になっても、屋敷ごと破壊して脱出するまでです。だから、用件はただ一つ、あんた自分が元人間だって言ってたのはなんだったのよ、なんでこんな最低なことができるわけ、って、最低でも文句を言ってやること。

それから、できたら反省させて、話にならないようなら、討伐するーー勿論、アルトナの居場所だって吐かせる。そのアルトナ捜索の時間をすでに4日もロスしているわけで、それだけの覚悟は、もってここに臨んでいます。

幸いというのか不幸にというのか、道中でトラブルがあったらしく、4日経った現在もまだ侯爵は帰って来ていません。だからとりあえず、尋問も拷問もされることなく、今はまだ穏やかに日常を過ごすことはできているけれど、、本当は内心では、当の問題児さえ目の前に現れてくれたら、一瞬で溶解して灼熱の炎を燃え上がらせる、危険すぎる火種が、内側ではかろうじて薄い氷の衣を纏って、その時を待ちわびていたりなんかしていて。

あー、、早く来てくれないかな。小恵理は殊更にソファーへとゆったりと身体を沈め、高ぶりかけた気持ちを落ち着けます。本当、屋敷を燃えかすにしないよう、意識して穏やかでいるようにはしてるけど、油断してるといつか屋敷も壊しそうだし、イライラが消えなくて嫌になっちゃう。

ちなみに、今の時点では、何か暗躍している雰囲気もないし、新ベツレヘム候サイドの動きに不自然なところはありません。ただ、、前デブいおっちゃんなベツレヘム候は魔王とも繋がっていたというし、そこまでの信用はできないかな。悪いけど、人を罠に嵌めるため、こんな殺人までして魔王に手を貸していた、とかいうことがもし発覚したなら、侯爵にだってこの屋敷一つが消えてなくなるくらい、覚悟はしてもらわないといけません。勿論、人死には出ないように配慮はしてあげるけど。

ふう、、というわけで、小恵理は、良い庭なんだけどねー、、と外の庭を再び眺めて、気を紛らわせつつ、咲き誇る花の素晴らしさから、同じく花の屋敷として有名だった、タウリス伯爵はどうしてるかな、と、頭を切り替え、今度はあの人の良かった、優しい老紳士へと思いを馳せます。

もし、本当に魔王がこの件を仕組んで、狙って罠を仕掛けてきたなら。あの老紳士は、完全に巻き添えにしてしまった形になってしまいます。一応侯爵側は、身分は隠したまま、ただの一貴族ということにしてある小恵理にも、こんな部屋を用意して厚待遇を約束してくれていて。実際、食事にせよお茶にせよ、気を使って対応してくれているくらいだから、あの伯爵という、身分の明らかな紳士に対して、ひどい扱いをしていたりはしてないと思うんだけど。

それでも、やっぱり心配は心配だし、自分のせいで巻き込んだ、、と思えば、あまりその心中は穏やかではありません。本当、屋敷で会ってしまったのも偶然だし、あの人は本当に親切で、ただの厚意で力を貸してくれただけだったから。むしろ申し訳なさしか感じないというか、本当に自分のせいではあるんだけど、元凶を辿って考えると、あんたが罠張ってくれたせいで何人もに迷惑かかってんのよこの中坊、としか思えなくて。

ーーごめんなさい、詫びもツケも、ちゃんとあの問題児にキッチリ払わせるから。

今はごめんなさい、と心中であの人の良かったお爺様に謝りつつ、小恵理は再び室内へと目を戻して、ソファーで座り直し、手を組んでテーブルに肘を付いて、ここで抑留されるまでの間に、ベスタと交わしたレターについても思い出しておきます。

あの広野で、近辺で待っています、と言ったきり分かれてしまったベスタとは、ここに拘束されるまで、何度かレターでのやり取りはしています。死体がなくなったらしいことを伝え、二人は何も知らないらしいことを聞いて。もし時間がかかるようなら、二人は二人で、この近辺でのアルトナの捜索は終わらせてしまってほしいことを、こちらからはもう一度伝えて。

いや何も知らないって言われても、レグルスについてはめっちゃ怪しいとは、思っているけれど。とりあえずベスタはまだ無事みたいだから、気を付けて、とは繰り返し注意しておきました。親友みたいな仲の二人だから、レグルスに、とまではちょっと言えなかったけど、ベスタならたぶん、匂わせていることも、場合によっては、レグルスが殺人犯ってことも気付いてくれると思うから。大丈夫、、だとは、思うけれど。寝首をかかれたりは、しないと思うけれど。

この部屋に勾留されてからは、封魔の腕輪とかいう枷を嵌められて、形上、魔術は封じられていて。レターも使えないことにはなっているから、そこで迂闊にレターなんか送っても怪しまれるだけだから、捕まりそう、と察知した時点で、ベスタには面倒なことになってるとだけ一回送って、音信不通になる旨も話してあります。なんか、返信は怒られた記憶ばっかりで、どうするって言われたのかはよく覚えてないんだけど、、だから、今頃は二人はたぶん二人で、勝手にアルトナ捜索に戻っているはずです。たぶん、きっと。

心配は、心配だけど、、ベスタとはこの屋敷の中から、何度かレターのやり取りをしてしまっているから、警報結界でそのやり取りも感知はされていて、たぶん新ベツレヘム候が帰ってきたら、色々突っ込まれるんだろうな、とは思います。結界じゃ内容まではさすがに見られないはずだし、何をやり取りしていたのかとは絶対聞かれるはずだから、それはごまかさないといけません。

「別に良いんだけどね。誰に怪しまれたって」

自分の最終的な目的は、魔王を迎え撃って、アルトナの居場所を吐かせること。できるものなら、ここで魔王を討伐してしまうことです。無駄に罠に嵌めてくれたわりに、手足を縛られたりはしてないし、魔術にしたって、封魔の腕輪、なんて大層な名前のわりに、強度は玩具だし、全然封じきれてもないし。来るっていうなら、この場で決着を付けて、アルトナを探し出して、世界平和実現しました良かったねってなもんです。

死者は極力出さないように気を付けるけど、侯爵がそっちに回ろうが町の魔族が加わって襲ってこようが、全部まとめて蹴散らすまでで。今の自分の魔力なら、それは不可能ではないし、もし撤退することになっても、魔王に痛手を与えるだけでも、意味はあると思うから。

なんか、、この街の人からは、逆に魔王だと思われて怖がられそう、とか思うと、ちょっとだけ笑ってしまうけど。だから、今すべきことは、来るべき時に向けて、ゆっくり身体を休めることだけ。貴賓室というだけあって、この部屋自体の居心地は良く、ゆっくり寝られたお陰で、コエリに代わっている間に消耗していた魔力も十全に回復していて。もう、戦闘準備は万全です。

「君は、自分の疑いを晴らす気はないのかな?」

ーーああ、そういえば、昨今の警報結界は盗聴機能付きだっけ。仕掛ける側は便利で良いんだろうけど、仕掛けられてみると結構ウザいね、この機能。

顔を上げて見てみると、低い声で、不躾に呆れたような一言を放ちながら、ノック一つで重い扉を押し開け、入ってきた青年が、一人いてーーあれ、でもこれ、どっかで見た顔。

20代前半くらいとおぼしき、背が高く、髪を上げた理知的な白皙の面に、あまりこの辺で見ない北方系の顔立ち。チョーカーにネックレス、バングルと、金の装飾を身に付けた、独特の黒装束。
確かこの人、城でーー

「おや、君は、、」

確か、莉々須を探して城を駆け回っていたときに見かけた、貴族の男。

二人は、思わずお互いの顔を見つめあってしまって。どこか不穏な気分で、邂逅を迎えるのでした。

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