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ホロスコ星物語194

「さて、それでは、話を伺おうか」

若きベツレヘム侯爵、ラインムートは、革張りのソファーに浅く腰掛け、晴れやかな表情でジュノーへと問いかけます。今回の件における自分への罪状、判決はどのようになるのか、と。

王の戴冠式をも彷彿とさせるような、侯爵邸の前の熱狂は、侯爵であるラインムート本人が民衆へ、まだ審議は確定してはいないが、人魔共同の街の運営について、王族の理解を得るべく全力を尽くすこと、王族も、民衆のこの反応を決して無視はしないこと、自分の身柄は保証されていて、危害を加えられる心配はないこと、そして、再び必ず侯爵として領主へと帰ってくることを。民衆へと確約し、演説を行うことで、彼らが暴動など起こす前に、場を鎮めることに成功しました。

そして、その後ジュノーに連れられて、改めて裁定を下そうと、再び貴賓室へと帰って来た時には、既に夕刻も過ぎていて。民衆が集まったのが昼過ぎであったことを考えると、結構な時間の経過をしていますが、それだけ民衆の熱狂は凄まじく、沈静化するまでにそれだけの時間を要した、ということです。

そうして、ほとんど夕闇が支配する屋外の街の景色を眺めながら、ジュノーは、そうだな、、としばし思案して頷きます。

「実際、貴様を捕縛だの審判に問うだのは、ベスタの用意した台本に過ぎんしな。我々も、魔族が街にいるからといって直ちに罪状に問う気はない」
「ーーあれ、いいんだ?」

その、案外堅物で融通の利かないところのあるジュノーの意外な反応に、侯爵の隣で話を聞いていた小恵理は、思わず問い返してしまいます。

何故わざわざ一緒にこの部屋に帰ってきて、しかも侯爵の隣になんかにいるのかといえば、別に自分自身はもう罪に問われる理由はないし、侯爵の隣にいる必要もないのはわかってたんだけど。でもジュノーのことだから、何か、横暴な裁定を下しそうというか、、もし、何か問題の起きそうな裁定を下されるようなら、一言だけでも言える場所にいようと思って、敢えて王子の隣ではなく、その反対側へと座ることにしたのです。

ジュノーは偉そうに腕組みをしながら、その小恵理の座っている位置に、決して面白くはなさそうに睨みを利かせながら、けれど職責は職責として割りきった様子で、やむを得ない感は出しつつ、ああ、とはっきりと頷いてみせます。

「お前が眠りについている間、俺たちも色々な魔族を見てきたからな。俺とてアルトナを連れ去り、再度の宣戦布告に走った魔王の蛮行や、コエリに痛手を負わせたというシリウスについて許す気は毛頭ないが、その恨み辛みを魔族全体へと波及させるべきではない、ということはわかっている。それを強く進言してきた厄介な男もいたことだしな。だから、仕方なくだ」

それも、二人もだからな、とジュノーは難しい顔で指を二本立てて続け、その意外な補足に、小恵理は目を丸くします。その口ぶりからすると、一人はベスタだってすぐわかるけどーーもう一人は、いったい誰なんだろうと、首をかしげて。

、、聞かされた侯爵の、どこか安心したような、誰かに感謝するような、手を組み合わせて祈るように両手を見つめる姿と、ジュノーのやむを得ない、と半分呆れたような、けれど聞くしかないと、ほとんど諦めたように肩を竦める姿からすると、、もしかして、タウリス伯爵様かな、と小恵理は、療養する、と言って先に屋敷へと帰っていった、老紳士の姿を思い浮かべます。あの伯爵様の言うことなら、王子であっても聞かざるを得なそう、と思って。

関係者的に、王子に進言できそうな人が他にいなかったっていうのは、あるけど、、でもそれ以上に、バルコニーへ向かう道すがら、二人が語っていた会話から、あの伯爵様の、奥様かな、、何か、魔族全てを恨んではダメ、みたいな最期の会話でもあったのかなと思わせるような場面が、確かにあったから。や、勿論盗み聞きの意図があったわけではないんだけど。聞こえちゃっただけで。

王子は、もう一人に対して、よほど気にくわないことでもあったのか、うんざりしたようなため息をついて、とにかくな、と話を続けます。

「あの老人は良いとして、俺は奴の口車に乗ってやる気は全くない。だがこの場で侯爵を断罪したとて、さっきの反応を見ての通り、民衆の間で暴動が起きるだけだということもわかっている。だから、ブルフザリアにおける魔族の居住問題については、侯爵の身柄に対して、超法規的措置として、引き続き領主在任の上で、経過観察という処置をとる。ーーあくまでも、やむ無くだ!」

ジュノーは、最後に拳を固めて、悔しげに小恵理を睨み付けながら、もう一度そんな一言を付け加えます。うん、結局ベスタの口車に乗った上、自分の意見を差し挟む余地もなかったってワケね。長年の付き合いだからね、さっきと同じ悔しそうな反応をされれば、それくらいはわかります。

小恵理は、はいはい大丈夫よ、と言葉には出さないよう、けれど宥めるように、お疲れ様、と笑顔を向けてあげて、ジュノーは、少しだけ冷静さを取り戻し、咳払いを挟みます。それから思い出したように侯爵へと向き直り、それが貴様への措置だ、と告げて、二人の対面のソファーでどっかりと腰を落ち着けました。

、、この反応を見る限り、どうもジュノー王子、ベスタに相当な手練手管、よく回る弁舌を使って、無理矢理に丸め込まれたんだろうな、ということは感じます。でもその肝心なベスタの姿は、結局今日一日、一度も見かけてなくて、、小恵理は気がかりに思って、それで、ベスタは、、と少しだけ前に身を乗り出し、ジュノーへ小声で問いかけます。

「結局、そのベスタは今どこにいるんですか? さすがに侯爵の刺客くらいは退けたと信じてますけど、結局今日は1日中ずっと暗躍だけして、一度も姿を現さないとか、、少し、心配になります」

侯爵の刺客なんて、普通に隠密でしょとか、最初はたかをくくって、こっちも油断してはいたんだけど。でも考えてみたら、侯爵はベスタに魔族も刺客として向かわせられるわけだし、レグルスはさっきカイロンと一緒にいたんだから、二人は別行動をとっていたっていうことでもあって。これだけ姿を見せないとなると、その一人でいるところを大勢の魔族に囲まれて、まさかここまで出てこられないような怪我でもした、とか、、と不安になってしまうのも、事実で。

気がかりそうに顔を曇らせ、拳を作って眉を寄せる小恵理に、ジュノーは腕組みをしたまま、こちらはますます不満そうに歯噛みして、奴の心配はいらん、と吐き捨てます。

「あれだけ計算高い、何もかも読み尽くしたような男が隠密や魔族の包囲網なんぞに捕まるものか。奴は、単に侯爵がいる場に姿を現す気がないだけだ。大方、奴は奴で何かを感じ取ったんだろう」

うーん、、言いながら目を細め、唇の端を吊り上げてそう、侯爵に意味ありげな目線を送る王子、時々こういうよくわからないアクションを取るのが困るよね。目を向けられた侯爵はその意図を理解したのか、こっちはこっちで、彼もか、、とか呟きながら、悩ましげに眉根を寄せたりなんかしていて。説明してくれる気はどちらもなさそうだけど、男同士で何かわかっちゃってるって感じ。

まあでも、、王子がよくわからないのは、いつものことだし。無事だってわかってるならいいや。どうせ後で合流するだろうしね。小恵理はとりあえず、わかりました、と頷いて身を引きます。それから、じゃあ、と王子へと言葉を続けて。

「とりあえず、ブルフザリアは今まで通りで、侯爵は引き続き領主として頑張っていればいい、っていうのが王子の結論なんですね」
「ああ、、そうだな」

うん、どこか煮え切らない風だけど、これで言質は取りました。小恵理はひとまず侯爵に、良かったですね、と笑顔を送ります。少なくとも、お家取り潰しや国外追放に処されることはなく、引き続きブルフザリアの、そしてベツレヘム領の治世は、侯爵の手に返されることが決まったのだから。

侯爵は、その手口に気づいたのか、半分くらい苦笑いを浮かべて、ありがとう、と返してきます。ーーさすが侯爵、なんで先に王子に結論を聞いたのか、気付いたみたい。相変わらずよく回る頭だ、とか小さく呟いてるの、聞こえちゃってます。

そうーー、こっちも侯爵の思いは聞いてるし、侯爵の地位に戻るのは、ブルフザリアの意思ともいうべきものでもあったから。だから小狡い手口とは知りながら、念のため先に言質を取ることもしたんだけど。

本当はその、侯爵に治世が返るっていう、結論自体は、良いことなんだけど、、でも、それだけで看過しちゃいけないことも、実はあるから。

小恵理は、それじゃあ、と侯爵とジュノーを見比べながら、慎重に手を上げーーそれを遮るように、ラインムートは、王子、と先にジュノーへと呼び掛けて、それから小恵理へと、大丈夫だ、と笑って頷いてみせます。

「心配しなくとも、私も、このままおとなしく全てを受け入れて無罪放免、などと言う都合の良い終わりを迎え入れはしないよ。ーー王子、後出しとなってしまって申し訳なく思うが、私は今回、魔族の件とは別に、伯爵に冤罪を擦り付けた件を始め、政争を制する目的でいくつか罪を犯している。それはどう処断されるのか、お尋ねしたい」

ーーうん、、やっぱり、父親とは全然違うんだなと。小恵理は、改めてこの息子である新ベツレヘム侯爵、ラインムートの人柄に感心します。

王子の人柄からして、ここは危ないと思って、先に確認なんかもさせてもらったんだけどーーおそらく、小恵理が何も言っていなくても、またこの場に小恵理がいなくとも、ラインムートは自分でその事へ言及したと思います。それだけの潔さ、思い切りの良さ、そして誠実さが、今のラインムートからは感じることができました。

ジュノーはーー、それも把握している、と。後からの申告に怒るでも、それにさして驚くでもなく、あっさりと頷いてみせます。

「ベスタの奴が、一週間も待たされて暇だったからなどと宣い、今回の冤罪事件については既に入念に調べていてな。新ベツレヘム侯爵、ラインムートの罪禍については、タウリス伯爵への不当な尋問を行い、満足な証拠も証言もないまま死罪へと処そうとした職権の濫用、及びプロビタス子爵ら8体の死体を山中へと遺棄、その殺人を行ったのを小恵理と伯爵の共犯として冤罪を擦り付け、公園にて小恵理の処刑を断行しようとした、主にこの三点だな」

暇潰しでそこまで調べるって、、ベスタ、よっぽど暇だったんだね。どうやって調べたのか聞いてみたいくらいだけど、全事情把握しちゃってるじゃん。

ジュノーは、その報告を受けた項目を涼しい顔で指折り数え、呆れ顔の小恵理、苦々しい顔つきのラインムートを眺めやりながら、だが、とさして面白くもなさそうに話を続けます。

「最初の職権の濫用については、生憎、所領における裁判権というものは領主に一任されている。どのような事案にどのような裁定を下すかについて、王家と言えど無闇に介入することはできん」

勿論、冤罪を擦り付けられた側は不平不満もあると思うが、その補償などはまず当事者同士で話し合うべきものだ、と。ジュノーは、小恵理も予想していなかった、真っ当な結論を口にして、一つ目の指を畳みます。

いや、目立ちたがりな王子のことだから、俺が改めて裁き直してやる、くらい言うと思ってたんだけど、、面倒臭かったのかな。小恵理はよくわからない様子で首をかしげます。

その小恵理の反応に、ジュノーは逆によくわからない様子で、いったい何が悪いんだ? と戸惑いを見せつつ、二つ目だ、とちょっとだけ自信なさげに続けて。

「続けて、プロビタス子爵らの遺体を山中に遺棄した件だが、、死体の腐敗等、故意に人体の損壊を進めたことへの倫理的な問題は、一旦置いておく。それによる捜査の撹乱については、捜査権を持つ人間が自分の事件の捜査を撹乱しただけで、その点は貴様と捜査機関、捜査を受ける領民らとの信任の問題となる。やはり王家が口を出す話ではない」

と、けれどジュノーはそこまでを話した時点では指を畳まず、ただし、と一つ付け加えます。

「遺体を山中に移したことについて、悪臭や疫病の原因になり得たことなど、民から苦情があれば真摯な応対をするようには、命じさせてもらう。8つとは言え、人の遺体など、長く放置すればどんな流行り病が引き起こされるとも限らん」

その後土葬はされたようだが、それは王家としても看過できない、と。ジュノーは、やや険しい表情で侯爵を睨み付け、侯爵が、はっ、、確かに、と申し訳なさそうに頭を下げたのを見て、ようやく二つ目の指を畳みます。

うーん、、遺族感情にこそ言及しなかったとはいえ、王子がまた、わりと真っ当なことばかり口にするので、なんだか、これが本当にあのジュノー王子なのか、疑わしくなってきました。小恵理は思わず、まじまじと王子を見つめてしまいます。

その目線に気付いたのか、ジュノーは気恥ずかしげに体を揺らし、ちょっとだけ、どうだ? みたいに問うような目を向けてきます。一つ目の反応で、ちょっと自信がないみたいな仕種が可愛いけど、内容は真っ当そのものだし、文句を付ける余地はない感じ。

それからジュノーは目線を戻して、三つ目、と。内容が内容だからか、今までより表情を険しく、眼光を煌めかせて、ラインムートを睨み付けてーー

って、いやいや。なにスルーしてんのよ。小恵理は思わず、ちょっと王子、と呼び掛けてしまって。
正面から目が合った王子、キョトンとしていて、これは何が悪いのかわかってないパターンだねー、、仕方なく小恵理は、まだあるでしょ、と付け加えます。

二つ目は、そんな簡単な問題じゃないんだから。

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