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ホロスコ星物語208

ーー鳴り響くクラクションの音。雑踏の喧騒。気が付けば小恵理は、酔っぱらいか何かのように、電柱へと手を付いて、寄りかかっていました。

日々大勢の人間に踏みしめられるアスファルトには、じゃらじゃらしたアクセサリーを付けた、金髪の若者や黒人さん、白人さんと、国籍もわからない外国人たちが、高層ビル群や、飲食店、コンビニなんかを目指して歩いていて。

さすがに、パッと見ただけで、ここがどこの街かまでは判別できません。でも、見覚えのある高層ビル街と幅の広い道路、車の往来や駐車している車の数なんかから、ここが都内の、某有名な繁華街の辺りであろうことは想像がつきます。

(私、なんで、、ここにいるんだっけ)

どうにも、ここにいる前後の記憶がありません。周囲には、大学の友人もいないし、バイト仲間も、憧れの先輩なんかもいてくれたりはしません。自分の格好は、動きやすいからと好んで着ていたパーカーとレギンスで、どこか、日用品でも買いに出掛けた帰り、みたいな格好です。

「ええっと、、荷物は」

一応、ハンドバックが手元にはあって、財布や携帯、メイク道具の入ったポーチなどはちゃんと入っています。大学の帰りとかではないらしく、文具の類は入っていないみたい。

季節は、まだ秋くらいかな。一年でも一番過ごしやすい気候の反面、眠くなりやすい時期でもあって、まさか立ったまま寝てたのかも、なんていうあり得ない想像までしてしまいます。それくらい、今の自分の状況が、把握できていなくて、さ。

ただ、よくはわからないなりに、いつまでもこうしていても、ただの不審者、ということはわかるので、とりあえず、後ろ指をさされる前に、人混みに紛れるようにして歩き出し、ひとまず、その道中で自分の居場所の把握に努めます。ちゃんとここが都内某所であれば、少し歩けば通りの名前や目立つ建物、地下鉄の駅なんかが出てくるはずだから、それでここがどこなのかはわかるはずだから。

「にしても、、いよいよボケたかな」

よくよく考えてみたら、前後の記憶どころか、昨日何をしていたのかや、明日の予定、日付から曜日から、自分の名前や住所といったプライベートな情報以外、ほとんどのことが思い出せません。まさかこんな昼から、お酒なんて飲んでたわけでもないだろうにね。

そうして、何も思い出せないまま、ファーストフード店や有名チェーン店なんかが入った雑居ビルを横目に、しばらく歩いてーーようやく、見覚えのある宝飾品店へと辿り着きます。

そう、確かここで以前お友達と、待ちあわせをしたことがあったっけ。その子っていわゆる良いところのお嬢さんで、ここのオーナーとも知り合いで。私には一生縁のない世界だわ、なんて思いながら、でも宝石を見ることだけは好きだったから、待ち合わせの間だけ、自分もセレブにでもなったつもりで、楽しく眺めてみたりもしていた記憶があります。

今日は、来てないのかな、、興味本意で店の中を覗いてみて、でも、そこにあった違和感に、あれ、と首をかしげます。

店内には、いつもだったらいるはずの店員さんが、誰もいなくて。自動ドアは空いたから、ゆっくりと中へ入ってみて、再び首をかしげます。空調は効いているし、人の息使いというか、、誰か人の存在する気配が、全くないわけではないんだけど。

いくら顔見知りとはいえ、場所が宝石店だからね、あんまり彷徨いても不審者だし、常識に収まる範囲として、店内を少しだけ見て回ってみます。あくまでも、不審を感じている程度に、自分が不審者にならないように。

でも、これといった異常はなくて、、結局、休憩中とかトイレとかで、たまたま席を外してるだけでしょ、という結論に落ち着いて。

けれどーー何を思ったのか、帰ろう、と思ったはずの自分の身体は、勝手に、唯一見ていなかった、スタッフオンリーの部屋へと歩いていて。やめておけばいいのに、と内心では思いながら、でも身体は、抗いがたい誘惑でもされているように、そのドアへと、手を伸ばしてしまって。

ここで手を引いたら、きっと取り返しのつかないことになるーー、それがわかっていて、手は無意識にそのドアノブを、回してしまって。

ガチャリ、と引いた扉の先に漂う、つんとした鉄錆の臭い。地に倒れた、良質なスーツの男性の胸元からはドロリとした紅の液体が床に流れ、その先には、中世ヨーロッパにでもありそうな、真っ黒なドレスを着た、とんでもなく美人な、同年代の女の子がいて。その右手には、これまた真っ黒な、黒曜石でも打って鍛えたのかと思うような、刃渡り1メートルほどの長剣を持っていて。

「ーー来てしまったの、小恵理」

ーー振り向いた少女は、人を人として見ていない、いわゆるサイコパスのような、、炉端の石でも眺めているみたいな、冷酷な笑みを、口許に浮かべていて。

見覚えのある、けれど、絶対に何かが違うとわかる、美貌の少女は。
手に持った剣を、自分へと向けてきてーー


「、、っ!」

ふと目を覚ますと、小恵理は、自分がびっしょりと冷や汗をかいて、硬い石の床に転がっていることに気が付きます。

埃臭い地面の臭いと、ざらざらした砂の手触り、、左右に石壁の連なる、古めかしい雰囲気の、奥が見えない、薄暗いこの場所は、、そう、遺跡、だったよね。砂漠の。

確か、アルトナを探して砂漠を疾走中、一度状態を落ち着かせるために止まろうとして、天候魔術で、遺跡の天井部分を破壊してしまって。うっかり遺跡に入ってきて、そこの仕掛けの影響で、今村小恵理の姿に戻されてしまって、、魔力を、失って。

辺りを見回してみて、一緒にいたベスタとレグルスの姿はなく、自分だけがここに落ちてしまった、ということも、わかりました。妙な夢を見ていたのは、どうも結構な高さから落ちたことで、頭でも打ってしまったのかもね。それにしては、無事五体満足に生きてはいるし、身体も頭も、痛みもしないけれど。

、、ここは、静かすぎて、嫌だな、と、思います。元の場所に帰れるのか、コエリに戻ることはできるのか、また二人に合流することはできるのか、色んな不安が、勝手に押し寄せるように、意識に廻ってくるけれど、、何より、それ以上に。

ーー実際は、ね。その何より大きな問題があることも、わかってはいて。

相変わらず、、自分の身体からは、一片の魔力も感じられなくて。そんな自分が、一人で、たった独りでこんな遺跡に、取り残されて。

もし、魔物でも現れたら。あるいは、うっかり入り込んでしまった盗賊の、ただ一人でも現れたら。何か、新たに仕掛けが、一つでも作動したら。おそらく、自分の命運もそこで終わります。ただの無力な、何の力も持たない女一人なんて、こんな場所で生きていけるはずもないのだから。

それに、、おそらく、どこかで見つけてくれるとは、信じたいけれど。もし、ベスタもレグルスもここに現れなければ、そのまま何日間も放置されるだけでも、自分の命は遠からず尽きることになるでしょう。

その現実を、一人になったことで、嫌というほど思い知ってしまって、、俯いて、地に手を付いて、唇を噛みしめます。せめて少しでも、探査魔術が使えたり、レターが使えるだけでも、生存の道は拓かれるかもしれないのに。そんなちょっとのことさえできない自分が、ひどくちっぽけなもののように思えてしまって、、無意識に、小さく肩を震わせます。

「、、でも、諦めるには、まだ早いよね」

幸い、、本当幸運だったことに、今の自分の身体でも、どこか折れていたり、動かなくなっていたりはしないみたいだから。あるいは、落下寸前に、ベスタが何か衝撃を和らげる魔術でも使っておいてくれたのかもしれません。

とても楽観視できるような状況ではないし、迂闊に動くことが危険なのは、百も承知だけど、、せっかく、助かったのだから、このままじっとして、果てるのを待つなんてできないし。確かベスタもレグルスも、魔物はいないと言っていたから、少しくらい探索をしても、問題はないはず。

どのくらい眠っていたのかはわからないけれど、二人が落ちた穴から助けに来ていないということは、上からは降りてこられない理由がある、ということでもあります。もし本当は魔物がいるとしても、こんな逃げ場もない袋小路でじっとしているよりは、生存確率を上げられるはずです。

よし、と意を決して、小恵理は遺跡を、とりあえずは唯一進める方向、前方へと歩き出します。勿論、道中に何らかの罠がある可能性はあるけれど、今の自分に探知の魔術は使えないし、ここはほとんど運任せで、恐る恐る、慎重に前へと進んでいきます。

「にしても、、変な遺跡だね」

ベスタやレグルスと歩いていた時もそうだったけど、この今村小恵理の姿へと変えられてしまってからというもの、延々と前にしか進んでいません。あの落ちた場所こそ袋小路だったものの、普通であれば、もっと曲がりくねっていたり行き止まりがあったりと、もっと複雑な構造があってもいいはずなのに。

まるで、魔力で道を歪めて、強制的にどこかへと導こうとでもしてるみたい、、何か、別の目的があって。

ーーと。そんなことを思いながら歩みを進めて、どれくらい経ったのか。やがて、奥の方にこれまでとは違う、ゆらゆらと揺れる青白い光を見つけて、一度足を止めます。

ーーこれがもし、、魔物の光だったら。

そうすれば、、ほぼ確実に、自分の命はありません。走ることは苦手ではなかったけれど、この世界の魔物と張り合えるかといえば、絶対に無理があるし。まして、魔術でも使われようものなら、それがどんな魔法でも、何の抵抗もできず、数秒と持たずに、死体へと変えられてしまうでしょう。

揺れる青い光を見つめながら、しばらく、逡順して。その光が、近づきも遠ざかりもしないことを見定めてから、、ようやく覚悟を決めて、一歩、また一歩とその光へと近付いていきます。

勿論、今の自分にあの光の正体なんて、わかりはしないけれど。あれが禍々しいもので、自分を狙う何かであれば、とうに何かを仕掛けられているようにも思います。今の自分に魔力の検知はできず、何を仕掛けるでも、やりたい放題なのだから。

それがないということは、危険なものではないということ。そう自分を無理矢理に納得させて、その光へと少しずつ、歩き出しーー

「、、扉?」

初めはぼんやりと、そこからだんだんと、そこにあるのが、木製の古めかしい、朽ち木でできたような、扉だ、ということが見えてきます。光は扉のノブにかけられていて、この光が揺れていたのは、その扉の裂け目から、恐らくはさっきの穴へ向けて、わずかに風が吹いていたから。でもその光自体は、電力のないこの世界では、明らかに魔力によるもので。

誘蛾灯、、だとは、思いたくないけれど。まるで、ここが終着点だと、目印にでもしているみたい。

その、扉の奥に何があるのかは、真っ暗でよく見えません。また落とし穴でもあったら、今度こそ、どうしようもない、けど、、その灯りが、単に紐を通して扉に掛けられているだけの、取り外しのできる豆電球のようなものだと気付いて、光には触らないようにしつつ、恐る恐る手を伸ばして、それが掛かっていた紐を、手に取ります。

、、一応、ただの明かり、ではあるみたい。急に燃え上がって焼かれたり、光線で貫かれたりはしないみたいです。それには安心して、大きく息をついて、でも、、それが有害かはわからないし、長時間持っていたくは、ないかな。

それから、ここから、部屋に入るべきかは、正直迷うけれど。ここまで一本道で、上から降りてこられないということは、ここを通る以外に道がないということ、、嫌だな、と、無意識に、呟いてしまいます。仮に罠があっても、かかりに行くしかないみたいで。

そっと、扉のノブを掴んでーー、もし、何か得体の知れない生物でもいたら、、もし、ベスタの言っていた魔力体というものが、攻撃してきたら。何かを呼び出してきたら。呼び寄せてきたら。そんなことを考えて、考えて、考えてーーでも、行くしかない、と覚悟を決めて、小恵理は扉を引き開けます。

どのみち、何かを呼び出されたら、今ここにいても、その時点で終わりなことは変わらないわけだし。攻撃もしかり、魔物もしかり、探知も探査も警戒も防御もできない以上、今の自分にできることといえば、ただ前に進むだけです。

扉は、さして重くもなく、軋んだ音を立てて、素直に開き。風が、その大きく空いた隙間を、通り抜けるように、吹き抜けていってーーそれきり、何もなし。

「、、行ける。大丈夫」

とにかく、不安に押し潰されたら、終わりだと思うから。呼吸を整えて、自分に言い聞かせるように呟き、手に持った青白い光を、できるだけ自分から遠くに掲げるよう、手を伸ばして、扉の奥を照らし出します。

そこは、どこかの倉庫か物置か、、中身を見る勇気までは、ないけれど。積み上げられた木箱から、そうした道具の保管場所としての用途で使われていた部屋だ、ということは、感じ取ります。

左右に無造作に散らされた木箱には、灰色の、埃や塵が積み上がっていて、何年ここでこうして放置されていたものなのかは、想像もできません。少しだけ風が吹いているせいか、それらの粉塵が時々舞って、口や喉にも飛び込んできてしまって、何度か咳込みます。

ん、この埃は、ツラいな、、マスクでも持っていれば良かったんだろうけど、さすがにそんなものは持っていないし。

何か代わりになるものがないか、懐を探ってみて、あるのは、さっきベスタが頬を拭うときに使ってくれた、ハンカチが一枚だけ。少し血が付いてしまってはいるけれど、、そのハンカチからなんとなく、さっき、ベスタに気遣ってもらった優しさと、自分に信頼を示してくれた、珍しく本音を語ってくれたような言葉を、思い出して。

そこから、、また、前に進む、勇気をもらえる気がして。この際、埃臭さを軽減してくれるものでもあると思うから、血には触らないよう、その裏面を口許に当てて、、うん、なんとなく、その手の、心の温もりが、感じられるような気がして。こんな状況ではあるけれど、ちょっとだけ、頬が緩むのを自覚します。

本当、、この先に何があるかとか、無事に帰れる見込みだって、まだ全然見えてきては、いないけれど。でも、さっきよりも心なしか、足が軽くなった気がして、一歩一歩を踏みしめながら、倉庫らしき部屋を突っ切ります。

「、、また扉?」

そうして、十メートルかそこらを進んだ先、ようやく灯りの先に、黒っぽい金属のようなものが視界に入ってきます。

どうも、見た目は倉庫のわりに、通り抜けができるみたい。石壁の向こう、それこそ終着点には、金属らしき黒い壁が、道を塞いでいて。仕掛けの有無はわからないけれど、これにも取っ手が付いていて、押して開けることができるようになっています。

恐る恐る触れてみると、扉はざらざらした触感で、でも、他と比べて、ここだけあまり埃が付いていない、、?

うん、、たぶん、そう。他の壁には全面どこを見ても土や埃が、びっしりと積もったように張り付いているのに、ここだけはほとんど埃も砂も、付着してはいなくて。扉のノブがこんなに綺麗っていうのは、、何かがそれなりの頻度で出入りしているか、即席で新たに取り付けたものでもなければ、あり得ないような気もするよね。

その、主の正体がなんであれ、今の自分が相手をして良い存在とは、とても思えないし。さすがにこれ以上は危険かも、と一度、扉の前で立ち止まって、

「、、っ!」

ーー後ろから、何かがヒタヒタと、ゆっくりとした足取りで、迫って来るような気配が、する、、!

一瞬、ベスタかレグルスか、とも思ったけど、一本道で他に道がないのに、どこから入ってきたの、という話だし、それに、こんな、慎重に歩くような音がするのは、意味がわかりません。レグルスならもっとどかどかと、全く遠慮のない歩き方をするし、ベスタでも、もっとスマートな歩き方をするはずだから。

つまり、何か生き物ーー魔物か盗賊か、その正体はわからないけれど、自分の味方ではない何かが、迫ってきてるっていうことで、、!

木箱の後ろ、は、隠れる隙間なんてないし、今から動かしてスペースを作るのは、時間的余裕も肉体的な余裕もありません。後ろは当然下がれないしーーもしかしたら、この先にただ追い込まれているだけかもしれない、と一瞬だけそんな考えも、脳裏をよぎるけれど。

「道は前にしかないってことでしょ!」

もう、どうとでもなれ!
半ば以上ヤケクソになって、小恵理はその重い、黒い金属の扉へ全体重をかけて押し開けます。

「えっ、うっわ、、!」

その扉の先には、大広間のように拓けた空間に、真っ白に光輝きながら宙に浮く、直径一メートルほどもありそうな、巨大な球体が浮かんでいて。

何かが、その中に入っている、、?
それも、人型に見えるようなーーと認識した、直後。
避けなきゃ、と思う間さえなく。

一直線に撃ち込まれた白の光に、照らされて。
小恵理の意識は、一瞬で深淵の彼方へと散っていきました。

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