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ホロスコ星物語183

さて、事件についてだけれど。小恵理は、侯爵に示された三点を結ぶ線について、順に考えを巡らせていきます。

まず少なくとも、初日の侯爵との尋問とその後の調査から、死体が移動させられた理由は予想通り、死体の隠避と見せかけて、実は異臭を放たせて冒険者に発見させるため、と判明しているので、それは除外して考えるとします。本当は、移動させた理由そのものについては、見るべき点もあるし、そこからいくつかの推論も立てられるのだけど。ここではまだ言及しません。

それに、殺人の犯人も場所もわかっているので、最初の死体の発見場所とイェニーの街を結ぶ線は、大した意味はないとして、無視して良さそうです。でもこの経路を通っていたプロビタス子爵が、ここから何処へ行こうとしていたのか、どうしてこの道中で殺されていたのかは、今のところ判明していません。

ここからどこを目指そうとしていたのか、を見る場合、曲がりくねった道があるわけでもないから、普通ならこの道中を結ぶ線の、先がどこに続くのかを見ればいいとは思うんだけど、、この先はリーガルの山地に横からぶつかる形で、冒険者が薬草の採取でもするならともかく、プロビタス子爵がわざわざこの経路を通る意味はよくわかりません。聞く限り、自分で薬草を採取しに行った、なんて人柄じゃなさそうだし、まさか、領地から逃げようとしてた、、とかもないだろうしね。

とりあえず、それは今は考えても仕方ないし、一旦保留。次にあるのが、死体が移された山中とイェニーの街を結ぶ線、、もし死体が最初に誰かに街に運び込まれていれば、死体を発見場所まで移した相手は、この街から山中へと移動したことになるわけです。

でも、本来であれば、兵を動員して、死体を運ぶなり埋葬するなりの役割のあったプロビタス子爵は、実はその子爵こそが死体であったというし、街に入っていく馬車や兵を見かけたものがいなかった、という話は、先日のうちに調査結果の一貫として、すでに侯爵から聞いています。せいぜい一度、子爵邸へと死体の報告に向かった伯爵の使者くらいだと。

だから、この街から山中の経路は、実際はほぼ誰も通過していない可能性が高い、、と見ていいと思います。特に、ここら辺は一帯に平原が広がっていて、もし馬車が通れば遠目にでも確認ができるし、検問だってあるわけだから、死体なんてものを運んでた馬車を誰も見てない、なんていうのはおかしいと思うし。強いていうなら、その後に死体の検死のために、山から街へは運ばれたようだけど。

で、最後の線、元々の死体の発見場所から死体の移された山中までは、ベスタと天板で地図を見ていたとき、異常を見つけて助けに走ったルートとほぼ同じで、距離としてはだいたい1キロ弱です。ただ、場所が山の中で、街を経由せずに草原から直接死体を運んだとすると、実に8個もの死体を抱えて、1キロ近い距離を、それも経路の半分以上は山道を移動したことになるわけです。そんな重労働、普通の人間なら身体強化を使っても、一人や二人ではまず無理があると思います。

馬車は山の手前までしか使えないし、勿論、あとはこの作業に使えた時間にもよるわけだけど、、この点を時系列順に考えて、自分の容疑への焦点もここなんだろうから、思考をまとめるつもりで、小恵理は口に出してその時間を確認することにします。

「まず、、死体は8つありましたが、タウリス伯爵様の使者が死体を発見して、イェニーまで移動して待機、これがすでに夜でしたよね。そこから侯爵からの調査隊が来るまでの間は、翌朝私たちが報告してから向かったはずなので、時間は昼前。この時点で死体はなくなっていたので、死体が移されるのに使われた時間は、時間的には半日ほどです」
「ああ、そうだね。間違いない。調査隊の報告でもそのようになっている」
「はい。でも、明るい時間に死体を運んでいたら目立ちますし、この間は夜を挟みましたから、死体はおそらくはその夜中のうちに運ばれた、、って考えるのが、普通かなと思います」

この間が12時間あるとしても、目撃者の現れにくい、目立たない時間に限定すれば、使えた時間は夜中の間の8時間程度になるはずです。8つ死体があれば、単純計算で1時間の間に最低でも50キロ超の荷物を抱えて、半分は山道の1キロを、帰りは荷物を置いていく形で往復、それを8回、、って、1回2回ならともかく、そんなの体力が尽きて一人じゃ絶対無理だし、二人でも厳しいでしょ。

しかも今は梅雨時、ちょくちょく雨も降って、山なんてぬかるんだ地面もろくに乾きません。しかも、魔力反応がなかったということは、完全に人力なわけだし。超・体力勝負です。

これが、山道じゃなきゃまだ可能性もありそうだけど、、どんだけ鍛えた軍人ならそんな芸当できるのよって感じの、その何かの修行めいた苦行をリアルに想像してしまって。やや渋い顔になって、小恵理は、でもそれは、いくらなんでも重労働過ぎますよね、と侯爵へと続けます。

あの時、平原では使用人たちのことも子爵のことも見ましたが、同行者は男性ばかりだったから、50キロはほぼ最低ラインで、プロビタス子爵本人なんて、生身でさえ80キロはありそうな体格をしていました。護衛の騎士たちも鎧もつけっぱだったから、同じくらいか、それ以上の重さにはなったはずです。

そうなると、距離を見ても重量を見ても制限時間を見ても、その道程は、普通の人間にはまずムリ。これは、ネイタルを覚醒している自分でも魔力なしじゃキツいと思うから、ほぼ絶対です。

だから、単独犯の可能性はない、、でもそれくらいは侯爵も気付いていて、だから伯爵との協力、共犯を疑われているのかなと、漠然とそれは意識しつつ、そこで小恵理は、でも、夜の目立たない時間帯に限定してそれを可能にする方法も、ないわけではありません、と続けます。

勿論、複数犯であることは前提で、人数を用意する以外にもできる方法が、このブルフザリア、もといベツレヘム領にはあって。ーー例えば、山道の手前までは馬車を使うのは前提で、屈強で力の強い、人間に協力的な魔族、複数人に協力してもらう、とかね。

目安としては、そうだね、往復することも考えると、時間的にも体力的な問題としても、安全に実行できるのは少なくとも魔族込みで、3人くらいは必要っぽいかな。魔族は1人か2人の可能性もあるけど、現場監督役の人間の指揮官がいるだろうから、最低3人。これが現実的に考えられる最低ラインだと思う。

「場所が山中ですから、どう運ぶにしても、魔族の協力があって、最低3人、魔族なしなら、おそらく5、6人は必要になると思います。馬車があっても山中には入れませんから、道程の半分は人力って考えると、体力的にも時間的にも、それくらいは人がいないと確実に実行するのは難しいんじゃないかと」
「うむ、、そうだな、私も同じ見解だ。これは複数犯、というよりは、むしろ組織犯といった方が正確だな」

少なくとも、それだけの移送を実現するなら、馬車や人数といった計画的な準備が必要だし、そうなると殺人の時点から計画があったのかもしれない、と小恵理に少しだけ目線を留めてから、宙へ目を移し、口許を緩めて侯爵は語ります。子爵は、最初から狙われていたのかもしれないな、と。

、、なんとなくその笑みは、ざまあないな、とでも言いたげで、ちょっと見て見ぬふりをするけれど。

これが、計画犯であればーー、少なくとも、伯爵と当日出会ったばかりだった、という小恵理には、犯行の可能性がだいぶ低くなることになります。1日も経たずにそこまで伯爵を動かせる仲を築けるとは思えないし、逆もまた然りです。今の侯爵の反応は、それを理解したもののようでもあって、小恵理も、少し張っていた気を緩めます。

ただ実際は、殺人はレグルスの単独犯だし、移送の計画にレグルスが関わっていたのかは、正直よくわかってないんだけど、、別行動している間のことは聞く前に別れてしまったので、この点はベスタに聞いてもらって、確認するべきかもしれない、と思います。もしこれがレグルスの計画なら、とても座視できる話じゃないし、これから先の同行を考える以前に、こちらで始末を付けなきゃいけない話、、なのかも、しれないから。

危険じゃないって、良い奴だ、みたいにベスタが言うから、同行してもらってたのに、、結局魔族は魔族じゃん。密かに心を沈める小恵理に、やはり良い慧眼を持っているね、と侯爵は興味深げに、嬉しそうに褒めてきます。その理由は、これで事件の調査が進められそうだからーー、だけでは、ない気がする。有能な助手を得た、、ううん、有能なパートナーを見つけた、がしっくり来る感じ。勘弁してほしい。

とすると、と。小恵理はもう、侯爵から何かを言われるより先に、ここまでの話をまとめて、当面の結論へと話を進めます。

「侯爵の当面の捜査の主眼としては、まずはその山中へと死体を運んだ人たちを探すこと、になりますか? そうすれば、誰が子爵様を殺したのかも、わかるかもしれませんし」

小恵理はそう言って、どうにか笑顔を作って侯爵へと話を振って。心の内では、これからどうしよう、と自分のすべきことにも思いを向けます。

この調査で殺人の犯人に到達できるかはさておき、それだけの時間を稼げれば、この期間にベスタやレグルスに真実を確認して、、こちらで決着を付けるかどうかは、判断しないといけません。

もしこれで、レグルスに関わりがないところで移送だけ行った人がいるとしたら、もしかしたら殺しの罪の方も被せられるかもしれないけど、そこは無意味に横から事件に関わってきた方が悪いということで、諦めてもらうしかないかな、と思います。どのみち、レグルスをここまで連れてきた責務は、こっちで果たさなければならないし、、実力的に見ても、状況的に見ても、引き渡すことは、たぶんできないと思うしね。

侯爵は、そうだね、と何か少し、いつもとは違った雰囲気の笑顔で一つ頷き、ーー同時に、カンカン、と外から鉄扉がノックされる金属音が響きます。

侯爵は、せっかく良いところだったのに、と楽しみを中断された子供のように、少しうんざりしたような様子で扉を振り返ると、小恵理へ、ちょっと待っていてくれ、と断って渋々立ち上がり、扉を開いて、、うん? なんか、急にますます渋い顔になります。

「面会だと? そうか、、そうだな、まあ、いいだろう」

、、面会? ってことは、私に? 誰だろう?

ちょっと覚えがないんだけど、、と困惑する小恵理に、侯爵は再び小恵理を振り返り、困ったような笑顔で、君に客らしい、と告げてきます。

自分に会いに来る人の心当たりと言えば、タウリス伯爵様が解放されて、ここまで来てくれた、っていう可能性くらいだけど、、会話がちょい聞こえした感じ、お客さんはまだ門の外で待たされているとのことで、邸内に囚われているはずの伯爵ではなさそうです。小恵理が誰なのかを聞く前に、では、私が迎えに行ってこよう、と言って侯爵は、そのまま部屋を出ていってしまいます。

結局一度メイドさんと二人、部屋に残されてしまって、小恵理は一度緊張を緩めるつもりで、大きく伸びをして、天井を見上げます。

山中に移動した死体と、そのルート、、今、侯爵と話をしていて、実は一つの可能性が浮かび上がりつつあるんだけど、、それを突き詰めると、なんでこんな簡単に貴族待遇で自分がこんな部屋を用意されたのか、何故伯爵から遠ざけられているのか、とかいう話にも繋がりそうで、その目線自体は悪くない気がします。この町にも派閥争いはあるわけだし、それに伴う利害もあるわけだし。

「でもなんか、、本当、面倒くさい事件に関わっちゃったな」

ここまで、時間にしてもう一週間くらいかな、、こんなことになるなら、本当、たまたま見つけてしまった死体なんて放置して、ベスタやレグルスとさっさとアルトナ捜索に戻っていれば良かったのかもしれない、と思ってしまいます。ここまでとにかく急いでベツレヘム領まで駆け抜けてきて、順調に捜索活動だって進めてたのに、こんな一週間以上もロスしちゃって、、アルトナの無事も知れなければ、魔王だって現れないし。

けれど、、この殺人が、レグルスの手によることは否定のしようもないし、ここまで関わってしまった以上、もう無視もできないし。なんとなく、どうにかしたいと、どうにかできるんじゃないかと、自分でも思ってしまっているし。

この仮説が正しければ、簡単にこの監獄から解放はしてもらえるだろうけど、、その仮説をどうにかしようと思ったら、どうしても、外で動ける協力者が必要になります。とはいえ、さすがに、これ以上タウリス伯爵に迷惑はかけたくないから、あのおじ様には頼めません。

とすると、怒られるのは承知で、ベスタにでもお願いするしかないかな、、と小恵理はしばらく顔を見ていない、慣れ親しんだ眼鏡君の姿を思い浮かべます。

リーガルの山地に入る前に、小恵理を待っている、と言って、レグルスと一緒に、別れてしまったけど。ベスタって見た目通り無駄を嫌うし、見た目に反して結構短気だったりもするから、案外自分のことなんて待ちきれなくて、もう山の中に入って捜索してるかもね。むしろ、山地なんてさっさと攻略して、その先の砂漠まで行き着いちゃってる可能性もあります。そんなベスタを今更呼び戻したりなんかしたら、そりゃーもう無駄足踏まされた、とか言って、ネッチネチガミガミ言われるのは間違いないと思うんだ。

はあ、もう、お説教ベスタはトラウマなんだよねえ、、この部屋の中だけで、まずはどうにかそれが立証できないかな、、と憂鬱な気分で小恵理は周囲を見渡し、そういえば、とふと違和感に気が付いてーーそのタイミングで、カンカン、と再び扉のノックされる音が鳴ります。

「すまない、少し待たせたかな。どうも君を心配していて、渡したいものがあるというから、ここまで連れてきた。私は外で待機しているから、少しであれば、二人での会話も許可しよう」

侯爵はそう言って、扉を開け放ちーー小恵理は、その現れた姿に、嘘でしょ、やらかした、、!? と、絶望的なまでに、後悔をするのでした。

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