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ホロスコ星物語40

小恵理が星力を解き放った後、森には再び静寂が返ってきました。
傍目には、今までの森と何の変化も起きてはいません。けれど、ネイタルを覚醒させ、スキルの力を感知できる二人には、その明確な質の変化を感じとることができます。

荒々しく、相手を屈服させる力から、育み生かす力へ。
我を増長させ、欲求に忠実である姿から、共有し、与える姿へ。

「アスペクトスキル、天の抱擁、、これは攻撃ではなく、防衛のスキルですね」
「うん、これなら争いは無くなるでしょ?」

実は、放った直後は自分でもスキルの効果はよくわかってはいないのですが、それだけは確信を持って頷きます。今までのただのエネルギーの塊とは違う、優しい星力が満ちていることがわかるからです。

ベスタは再び連結魔術と分析スキルを発動させ、小恵理と共有した上でどう変化が起きたのかを指し示します。

「見ての通り効能としては、自動治癒効果と防御全般の強化がメインで、魔物への圧力は消えますが、忌避効果が付いているので遭遇自体がしにくくなりますし、魔物の繁殖行為も抑えられそうですね」
「それに致命傷耐性って、これ結構大きくない?」
「そうですね、一年に一回のみ致命傷を耐える効果ですか、、一年というのは木星らしいですね。具体的にどう耐えるのかはわかりませんが、さすがは蟹と蠍といったところですか」

年単位の間が空くとはいえ、激戦区で使うと非常に大きな恩恵が得られそうです、とベスタは感心したように話します。これを方々で撃っていくことで、魔族の撃退に貢献することは勿論、魔物の討滅による大地の浄化すらできるんじゃないか、と。

もし本当にそうなれば、人間が魔物に脅かされる日々はなくなることになるので、それは素敵ね、と小恵理は言葉では頷きます。けれど、でも、と続けます。小恵理の感覚としては、そこには小首をかしげるのです。

「たぶんね、これ私のホーム感覚っていうのかな、あくまでも自分の領土感覚とか、身内感覚がないと発動できないと思う」

蟹の能力はいわゆるホームで発動するもの、どこでも力が発揮できるわけではない、ということです。まだはっきりとはわかりませんが、水星座ですから、思い入れの有無なんかも関わってくるのではないでしょうか。
ベスタはちょっと驚いたように刮目して、急になにかを考え込むように口許に手を当てます。

「すると、もしかするとこれは、コエリを国で戴いてしまえば、、?」
「、、ベスタ、なんか嫌なこと考えてない? 私を利用しようとか」
「いえ、、小恵理はやっぱり聖女だったんだなと、僕の中で再確認していただけですよ」

他意はありません、と首を振るベスタですが、聖女という言葉に、小恵理は露骨に嫌な顔をします。

「ベスタまでそういう冗談言うんだ? 私はそんなのじゃないのに」
「違うのですか?」
「決まってんじゃん。私のどこをどう見たら聖女になるのよ」

今回だって、実験と称して森に牡羊のフィールドを作ったがために起きたトラブルなわけで、、人命が失われたとはいえ、被害がそこまで大きくない段階で止められたからまだマシな結果ではあるものの、小恵理の中ではほとんど自業自得の産物、黒歴史同然の失敗です。

ベスタは、けれど意外そうに目をしばたかせて、逆によくわからない、という顔で首を振ります。

「、、では、なんだと?」
「そんなの決まってるじゃない」

小恵理は、ーー普段見せたことのない、皮肉と自虐と自嘲を含んだ笑みを浮かべて、

「悪役令嬢、よ」

その後、二人は夜という時間もあって、足早に街へと帰り、貴族の住宅街に差し掛かったところで解散としました。森の変化は一つの事案として報告されるでしょうから、調査隊の報告によってはまた来ることになるでしょうが、今することはもうない、という判断です。

道中ベスタは何かを考えて、小恵理は悪役令嬢、という言葉を口にしたきり、どことなく沈んだ表情のまま重い沈黙が流れ続けます。二人には珍しく、ほとんど会話らしい会話もありませんでした。

街についた頃、繁華街には酔客が溢れる時間帯でしたが、貴族の邸宅街は静まりかえっています。団欒を楽しむ家庭も少なくはありませんが、夜中に大声を出すような子供はマナー違反として注意されますし、そもそも家が並大抵でなく広いのと、普通の貴族邸にある基礎的な結界の作用で、声が外に出てくるようなことはほとんどないのです。

月明かりが貴族の家々の白壁を照らし、自宅とアセンダント邸の分岐点に差し掛かる頃、ベスタはここでいいでしょう、と切り出します。あまり近づいても良からぬ噂を立てられるので、目的地からは少し遠い位置です。小恵理もそれは承知しているのでしょう、言葉はなく、首だけを動かして小さく頷きます。

「今日はお疲れ様でした。また後日調査隊からの報告があるでしょうが、色々覚悟しておいた方がいいですよ。一晩で森の性質が変わったとなれば、原因も作用もかなり詳しく調査されるでしょうし、もし今夜のことがセレスに知られようものなら、間違いなくこっぴどく怒られますからね」

俺をのけ者にしたってね、とベスタは冗談めかして話しますが、小恵理は沈んだ表情のまま、うん、そうだね、と小声で応じただけでした。

ベスタはそれを見て表情を改め、しばらく間を置きます。普段の小恵理らしからぬ反応に、自分の預かり知らない何かを感じ取ったようでもありました。

ベスタにはーーまだ、転生の話も聖女の使命の話もしていません。だからというのもあるのでしょう、やはりまだ悪役令嬢、という言葉の真意を掴めていないようでした。

自分でも、、わかってはいたことでした。無闇にこうした聖女や悪役令嬢やの話をしたところで、普通のこちらの住人には混乱を招くだけです。ただ今回のトラブルでは、人命が失われているという、その事実が、森の件を片付けたと同時に、小恵理の肩には重くのし掛かってきていて。

言葉にしたことで、改めて私って悪役令嬢なんだよね、ということを再確認したというかーーどうしたらいいんだろう、どうしたらちゃんと聖女になれるんだろうということを、今までよりもずっと深く考えてしまうのでした。

「コエリ、、悩みごとですか?」

ベスタはどことなく心配そうに、珍しいくらいの優しい声音で尋ねます。
ベスタならーーネイタルについての話を一番最初に聞いてくれて、それを信じてくれた、覚醒までして今もこうしてつきあってくれている、ベスタなら。こうした荒唐無稽な話も聞いてくれるのかもしれません。

けれどただ、小恵理としては、それを知らせていいのか。ミディアム・コエリという別人格の存在や、今村小恵理という人間の話をした時、どうなってしまうのかを考えると、とても話せる内容でもなくて。

またしばらく沈黙が続き、小恵理は俯いたまま、ごめんなんでもない、と答えます。
ベスタの顔は見られませんでした。
それじゃあ、と小恵理は背を向けて立ち去ります。これ以上ここにいるのは、なんだか耐えがたい気がして。

その背中から、、ーーふわりと、後ろから何かが覆い被せられます。

「、、ベスタ?」

首だけ動かして呼び掛けるも、反応はなし。
最初に思ったのは、珍しい、でした。ベスタはこんな風に、気軽に人に触れてくるような人ではなかったから。
ーーこんな風に、後ろから抱き締めるようなこと。

その表情は、夜闇に翳ってはっきりとは見えません。けれど肩に回した腕からは、わずかな緊張が伝わってきます。
やがてベスタはその姿勢のまま、意を決したように息をつくと、わずかに震える声で、コエリに一つだけ言っておきます、と切り出します。

「僕には、あなたが何をもって悪役令嬢、などと言ったのかはわかりません。ですが、これだけは覚えていてほしい」

、、春先とは思えないような、熱い吐息と鼓動が、小恵理にも響いてきます。

「僕は、あなたを悲しませるためにここにいるんじゃない。できることであれば、力になるためにここにいるんだとーー」

そんな不器用でも彼なりの優しさに、、小恵理も、わずかに自分の頬が熱くなるのを感じます。
そして、誰にも聞こえないような小さな声で、、かすかに微笑み、わずかばかりの、決意を口にします。

いつか。
本当のことを話すから。
待っててーーその時が来るのを。
そうしたら私も、聖女として傍にいるから。
悪役令嬢ではなく、今村小恵理としてーー


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