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ホロスコ星物語151

目を覚ますと、そこは真っ暗な、何もない空間で。
四方どころか、天井も、足元すら暗闇に包まれていて、、宇宙にでも放り出されたような、一瞬でどこかへ吹き飛ばされそうな、危うさ、不安定さが、そこにはありました。

その、起き抜けに、否応でも目を覚まさせる、鋭く刺すような、メスで全身を切り刻まれたような身体の痛みから、どうも、この身体は、激しい戦いでもしていたみたい、と思い至ります。

闇を払う光、、その絶対性は、もはや世界の法則とすら言うべきもので。よくこれを耐えていたよね、と。感心する気持ちより、むしろその忍耐力には、畏怖すら湧いてきます。もしかして出産の痛みってこれくらいなのかな、とか思ったりね。経験はないけれど。

それから、なにやら喚く声がしたと思ったら、二度目の衝撃が身体の中心を貫くように響いて、、でも、痛くはありません。それどころか、出血は勿論、皮膚一枚傷つくこともなくて。そりゃそうだよね。聖女を傷付ける光の力なんて、あるわけがない。

ふと顔を上げて見てみれば、身長で190は確実に超えているであろう、長髪でざんばらなワイルドな雰囲気の、魔族なんかがいたりして。

「なっ、なんなんだてめえは!?」

ーー、、うん、こいつだね。大体わかってたんだ、途中から。現代で感じたような、懐かしい光に、起こしてもらったからさ。
自分の代わりに、本来のこの世界の住民であった、ミディアム・コエリが、自分のためにひたすら戦ってくれていたこと。
不甲斐ない転生者でごめんね。いらない苦労を、苦しみを、痛みを、背負わせてしまって。

「私は今村小恵理、ミディアム・コエリの代役だよ、、!!」

ーー大丈夫。今は、ゆっくり休んでいて。
私の代わりに眠ってしまった、けれど、最後にようやく救いを見つけることのできた、健気な子に。一度だけ見送りの挨拶をして。

大丈夫、、太陽は、ちゃんとここから昇っていく。


「私、何かを恨んだり復讐したりするのって好きじゃないんだ。不毛だし、それこそつまらないじゃん?」

小恵理は、久しぶりの自分の身体の感覚を確かめるように、大きく伸びをしながら、日常の挨拶でも交わすような気楽さで、目の前の魔族へと話しかけます。

魔族でありながら、光属性の魔力を持つ、突然変異とも言える性質。これがなければ、コエリも苦戦することなんてなかったんだろうにね。

「はっ、復讐だあ、、? 何言ってんのかわかんねえが、まだやるってんなら相手になってやんぜ!」

シリウスは、ようやく調子を取り戻したように大きく光剣を振って、小恵理へと挑発的な笑みを向けます。入れ換わりなんて、知らなきゃ想像もしないだろうし、仕方ないんだろうけど。シリウスはまだ、小恵理がコエリのままだと思っているようでした。

うん、、それなら、すぐ終わらせてあげるよ。

「久しぶりの実戦だからさ、ちょっと加減がわかんないんだけど、、コエリの分まで、ちゃんと戦うから」

小恵理は魔法陣から取り出した、銀の剣を片手に、シリウスへと向かい合います。その、剣が手にしっくりと馴染むような感覚を通して、小恵理の意識は自分がまだ、暗闇の中を漂っていた時の記憶に向けられます。

ーーずっと、ふわふわと深海を浮き沈みしているような、不思議な浮遊感の中。何か、優しい光に導かれて。暗闇の中で最初に見えたのは、心身ともに傷付きながら、必死に戦いを続けるコエリの姿でした。

相手は、自分の攻撃の一切が通じない、相手の一撃はそれ一つが致命的になりかねない、魔族との戦い。そんな、勝ち目の薄い戦いに、ひたすら抵抗していた彼女を、無意識に、自然と応援していた自分を、小恵理はよく覚えています。

テレビのフィルターを通したような、どこか現実感のない視界の中。そこでは色々なコエリを見ることができました。ううん、見ることになっちゃった、が正しいのかな。

デネブの幻に動揺し、再び過去の呪縛に囚われようとするコエリ。悲しみと罪の記憶に苛まれ、自分を見失ってしまったコエリ。原作のコエリの悲しみなんて、私は知らなかったけれど。でも、そんな姿は、可哀想で、見ていられなくて、、自分を後押しする、道のように続く光に導かれて、自分からもどうにか前を向いてもらおうと、立ち直ってもらおうと、呼びかけ続けて。本当の自分に、気付いてもらうために。

結局それに何かの意味はあったのか、小恵理にはわかりませんでした。結局、コエリのことは自分自身の闇の魔力が開放してしまったから。その後、後押ししてくれていた光が力尽きたように、すぐに声は届かなくなってしまったから。

でも、漠然と、そこに還らないといけない、自分がいなきゃいけないんだということは、強く感じるようになって、、だから。あとはただ、どうにか今まであったその光の道を再現して、その姿を目指し続けただけ。

その、最後の瞬間。本当に死の間際に間に合った、その時の満足そうなコエリの顔を、小恵理はちゃんと覚えています。コエリはそのまま、夜明けを待つばかりとなった、次なる魂に、自分の役割は終えたと、あっさりと、明日を、未来を託してしまったけれど。

そんなことをされたら、託された側は、明日の朝日を拝む役割を、きっちりと果たすしかないっていうのに。

「、、でも大丈夫、またすぐ帰ってこられるよ」

今は、夜の闇は再び姿を隠してしまったけれど。
日が沈めば、もう一度闇はやって来る。それが1日のサイクルというものだから。

「その、すっきりした目覚めのためには、そっちのよくわからない、人工的な光には引っ込んでてもらわないとね」

ブルーライトって入眠に悪いんだよ、と。シリウスには間違いなくわからない話を続けると、小恵理は驚くほど軽く動く自分の身体を感じながら、すっと身を沈めます。

以前の、眠りに就く前の小恵理であれば、剣を扱えたといっても、ここまで剣の馴染む感覚はありませんでした。それはおそらく、本来の身体の持ち主であったコエリが、この身体を使っての本当の剣の扱いというものを、長く実演してきたからなのでしょう。身体があるべき本来の動きを取り戻した、と言っても良いのかもしれません。

それならーーと。小恵理は、自分に残る魔力の残滓から、かつてコエリが扱っていた魔力を取り出し、新たに自分の魔力を加えて、一つの術を発動します。

「悪いけど、、終わりだよ」
「はっ、何言ってやがーー」

その、シリウスの言葉は、最後まで続けられることはありませんでした。

何故なら小恵理は、残像さえ見えるような、シリウスには反応すらできない超速で、シリウスの傍らを通り過ぎていたから。手に持った剣を、真横一文字に振り抜いて。

その首がーー一瞬で胴から離れ、今度こそ、ごとりと音を立てて地面に転がるのを、小恵理は何の感慨もない瞳で見つめます。この力があれば、本来ならそれは当たり前の決着だったから。

確かに、普通の状態であれば、戦いに慣れ、相応の実力を持った魔族であるシリウスに、反応すらさせずに首を落とすなど、いかに小恵理とはいえ、容易くできるような業ではありません。

それを可能にしたのは、周囲で漂う黒い靄たち。かつてその力で、神速と呼ばれる域にまで主をサポートし続けた、不可視の補助魔法の産物です。

「影画は、私も引き続き使わせてもらうね、コエリ」

小恵理は、そのふわふわと漂う靄へと、小動物にでも呼びかけるように話しかけます。

勿論、今はもう小恵理の魔力とブレンドさせ、闇魔術ではない、小恵理のオリジナルの術へと進化させているので、影画という名称は正確ではありません。けれど、こうしてコエリの後を継いでいる以上、名前はそのまま使わせてもらうことにします。

シリウスの胴体が、ここでようやく遅れて倒れ、小恵理は一度周囲を見回します。

あれだけコエリを苦しめていた相手と思えば、終わりはあっさりとしすぎとも言えるでしょう。先程のコエリへの不意討ちを知っていますから、小恵理は一応、別のシリウスが再び現れる気配も探ってみます。

けれど、周囲のどこの魔力反応を探ってみても、先程のコエリの一撃で効果を終えたのか、中身が入れ替わったことで効果を失ったのか、魔眼の発動した様子も、新たなシリウスが追撃してくる様子もありません。どうやら、これで本当に光の魔族、シリウスは絶命したようでした。

とすると、、ならば、あとはここから脱出するだけです。小恵理は周囲の暗闇の異空間を見回し、ある一点に、異界から強引に突破を図る魔力と、ネイタルの金の輝きが見えて、微笑を浮かべます。そこには懐かしくさえ感じてしまう、普段は生真面目で、けれどいざという時は何を犠牲にしても目的を遂行しようとする、ちょっと突飛な優等生の波動があったから。

ただ、、この異空間の狭間にはまだいくつもの結界が敷かれていて、彼らが突破してくるまでには、もうしばらく時間がかかりそうです。それなら、あともう一仕事できるね、と、小恵理は先に、魔力反応のない、空白地帯へと目を向けます。

光属性単独という、対コエリに特化した魔族、シリウス、、その性質から、この場を整えた相手の狙いはおぼろげながら見えています。そもそも聖女たる小恵理に、光属性の魔族などが脅威になるはずがなく。その光剣が小恵理を傷付けることもないと知っていて、その点でも都合良くけしかけられたのだとすれば。

つまりそれは、闇の魔女を名乗っていた、コエリだけを排除したかったということでーーむしろ起き抜けの小恵理が弱っていても問題がないよう、配慮した結果の人選でもあったのだろうと。

それを見守る目があるのなら、尚更のこと。

「そろそろ出てきてもいいよ、魔王様?」

小恵理は、その空白地帯であった中空へと呼びかけ、やがて、小恵理の前に、濃密な闇の魔力と、絹のような生地で編み込まれた黒衣を纏った、どこかあどけなさを感じる、少年じみた男の子が現れます。

つまり、、彼は、魔王は、いなくなったふりをして、ずっとコエリとシリウスの戦いを見ていたのです。本来幻惑の類いに耐性のあるコエリが、あそこまで現実感覚を失っていたのも、魔眼の効果に加えて、魔王がここから密かに介入していたから、、魔力反応がない以上、陰影魔術で隠れられてしまえば、いかにコエリとはいえ、容易に見つけることはできなかっただけで。

魔王は、重力を感じさせない動きで地面へとゆっくりと着地すると、感心した様子で小恵理へと話しかけてきます。

「さすがだね、、しっかり立ち去って隠れていたつもりだったけど。よく気付いたね?」
「魔力反応のこと? そりゃ確かに白地に白で絵を描かれたら見えないけど、なら白地を黒地に変えちゃえばはっきり見えるじゃん」

魔力反応が返らないことで索敵から隠れられるのは、あくまでも、その一点のみをピンポイントで見ようとするからです。なら、この空間全てに自分の魔力を放射して、普通であれば自分の魔力反応が返るところに、魔力反応がないという異常を見つければ良いのです。

丁度、起き抜けで名乗りをあげた時に派手に魔力を放ったから、それを利用しただけよ、と。そう説明する小恵理に、魔王カイロンは楽しげに笑って見せます。

「ふふっ、さすがは聖女様、頭が良いんだね」

会えて嬉しいよ、と小恵理に、魔王はいかにも嬉しそうに語りかけてきます。その言葉には嘘も偽りもなく、本心から会えたことを喜んでいるようで、ようやく憧れの子に会えた、とでも言わんばかりに声が上ずっていました。

小恵理は、そのあどけない笑顔に、もう少し早く目覚めたかったよ、と落ち着いて言葉を返します。

「そうすれば、コエリにあんな辛い思いをさせずに済んだし、、でもあなたも、わかってて、シリウスを見殺しにしたんだよね? コエリの仇を莉々須やジュノーが取りに来たら、後戻りのできない、本格的な戦争にでもなりかねないから?」
「ああ、話が早くて助かるよ。僕の望みは君一人。できるものなら国同士の争いなんて、大規模な戦いになんてしたくないんだ」

これでも僕は元人間だから、と。魔王は、自分の本名は甲斐論というのだと、寂しげに、やっと名乗ることができる相手が見つかったとでもいうように、どこか気恥ずかしげに、一音一音を大切そうに口にします。その名の通り、自分もまた転生者で、だから、本当であれば人間を苦しめることなんてしたくないんだ、と。

、、それは、紛れもないカイロンの本心なのでしょう。大分昔に聞いた話ですが、莉々須の言う原作でも、魔王は争いを避けようとしていたといいます。その理由は、お互いの共存のためという、今の魔王とは全く異なる理由からではあったけれど。

転生者、という言葉と、彼のうっすらと纏う金の鱗粉から、彼がネイタルを覚醒させた現代人であることは疑う余地がありません。同郷だというのならと、小恵理は思いきって疑問をぶつけてみることにします。魔王というよりは、中学生の子供に問いかけてみるくらいの気持ちで。

「ねえ、だったらさ、なんでわざわざ戦争なんて始めたのよ? 5年くらい前から始めてたよね、それ?」
「ああ、、それは仕方ないんだ。話がそういう風にできていたから」

自分が争いたくなくても、カイロンは侵攻という方法を選ばざるを得なかったのだと、それが原作の手順にあったから、実際に原作の魔王が選んだ方法だったからと話します。この世界は案外不安定で、本当にちょっとしたことで話が変わってしまう、けれど原作に沿って動いてくれれば、物語の流れがわかるから、どう介入すれば良いかも予測がしやすい、だからその大まかな流れだけでも変えたくなかったのだと。

「もし流れを変えて、君が誰か他の人と結ばれてしまったり、君と出会えなくなったら本末転倒だろう? 僕の望みは君一人だったのだから」

カイロンの目的は、原作にない、不測の事態を避けつつ、ただ物語の流れを早めること。そのために、レグルスを使って小恵理の動きと、物語の流れを監視させていた、、以前ハウメアへと力を貸したのもそういう理由だと、カイロンは続けます。原作における、ルート分岐点、、それが大きなターニングポイントになるはずだから、それさえクリアしてしまえば、未来は比較的安定するはずだから。小恵理の存在を知ってから、いかにその始まりを早めるかに注力していたのだと。

「でも、まさか君がハウメアに想いを寄せているとは思わなかったから、、反乱を起こさせた時、そこで君が亡くなってしまったと聞いた時は、本当に迂闊な見落としをしたものだとつくづく後悔したよ」

原作準拠で考えれば、ハウメアとの恋愛はあり得なかったからと、カイロンは言います。ハウメア攻略ルートなどは、原作にはなく、攻略対象でもなかったから。本当は、小恵理が転生者だというなら、そんな例外も当たり前にあり得たはずなのに、小恵理の恋模様はそれまでが淡白すぎて、中等部辺りからは報告もさせていなかったのだと。

ハウメア、という名前には、苦い記憶を思い起こされて、小恵理は、う、と顔をしかめます。そもそもが、そのハウメアこそが、自分が長期に渡って眠ることになった元凶なのです。

けれど、、その、反乱を起こさせた、という言い分には、何か嫌な引っ掛かりを感じて、小恵理は、訝しげに魔王を見つめます。

ーー中等部の頃からは、考えられなかったハウメアの変貌、、もしかしたらハウメアは、この子に唆されたり、心の闇を刺激されでもしたのではないか、なんて。
物語を早めるために、、彼がどんな方法を使い、一体ハウメアに何をしたのか?

モヤモヤとした疑問を抱く小恵理に、カイロンは気付くことなく、ただ自分の話を続けます。

「あの時、君を窮地に陥れたことについては、改めて謝罪させてもらいたいんだ。聞けば、その原因は君のその身体を間借りしていた、ミディアム・コエリが暴走したせいだともいうし、無事に君を取り戻せたのは行幸だったけれどね」

原作の人格であった、ミディアム・コエリを野放しにしたのは痛恨の失敗だったと、カイロンは悔恨の思いを口にします。無理に接触する機会を作ってでも、こんな女は深く封じておくべきだったと。入れ換わりによって小恵理が生き延びたからよかったものの、一歩間違えれば本当に小恵理は亡くなっていたのだから。

その口ぶりから、魔王のコエリに対しての思いは、忌々しさや苦々しさ、鬱陶しさといった負の感情を読み取ることができます。小恵理はそれに、一旦は口に出しかけた言葉や疑問を呑み込み、小さな少年のような魔王が、本心で語ってくれていることだけは理解して、先に別の疑問をぶつけてみます。

「ねえ魔王様、もう一つ聞かせて。なんで私なの? 莉々須だって転生者だし、原作じゃ莉々須が主人公で、私と同じ、光魔術の使える聖女でしょ? なら私じゃなくてもいいんじゃないの?」
「それは全然違うよ。僕は最初に君を見たときから、ずっと君のことが好きだった。僕が聖女と言ってしまったから、レグルスは君が聖女であることが必須条件なのだと、少し誤解してしまったけれど、、本当は君が聖女かどうかなんてどうでもいい、僕は君だから好きなんだ!」

カイロンは小恵理に手を伸ばし、僕と来てくれ、と悲しげな顔で懇願します。その手は小さく、まだ保護者の必要な子供のようで、、けれど。

小恵理は、ここで大きく息をつき、できないよ、と横に首を振ります。付いていくことはできない、と。はっきりと。

「私には私の大事なものがあるしーー私は、あなたを許してなんかないから、、!」

ここで、小恵理はゆらりと魔力を放出し、魔王を威嚇するように、その魔力を先鋭に研ぎ澄ましていきます。

ここまで、我慢に我慢を重ねて大人しく聞いていましたが、、この辺りが限界です。そもそもが、魔王がこの異空間にコエリを引きずり込み、あんな戦いをさせた元凶であることは、コエリとシリウスの会話からわかっているのです。その上で、自分と来てくれなんて、、何を寝惚けたことを言ってるのよ、という怒りしか湧いてきません。

じっくり話を聞いたことで、魔王の言い分は十分に理解しました。たぶんこの世界でずっと一人だったんだろうな、とか、今までの苦労とか、同情できる部分はあるけれど、、そこに、コエリに対する思いが何もないことも。深く傷付けたことを、無理に排除しようとしたことを申し訳なく思うどころか、余計なことをしてくれた、邪魔な存在とさえ思っていることも。

カイロンが実際にこの世界で何年生きてきたのかは、その外見からはわかりません。けれど、見た目の通り、彼の精神年齢はまだ子供なのです。コエリの思いも、今まで自分の代わりに、コエリがどんな気持ちでこの世界を過ごしていたのかも、コエリが、自分が城へ突入してしまったことで引き起こされた事態に、何を感じて生きていたのかも、勿論、ここで直面させられた過去のトラウマのことだって、何一つとして、全く考えていない、、自分の思いにだけ忠実な、人に配慮のない、ただの子供。

そんな子に、、付いていくと思う方がどうかしてる。

抑えていた感情を急にぶつけられて、カイロンは、よくわからないと、困惑した様子で一歩足を引きます。

「君は、何を気にしているの? 許せないって、、」
「あなた、自分が何をしたかわかってる? あなたのその目的のために、誰がどんな思いをしたか、どれだけ苦しんだか、本当にわかってる!?」

ハウメアについては、まだわからないから置いておくとしても、、少なくとも、カイロンがシリウスをけしかけなければ、コエリがあんな風に自分を見失うことも、苦しむこともなかったのです。それだけでも、小恵理がカイロンを拒絶するには十分すぎる理由になります。

あなたとは大切に思うものが違うのよ、と。明確に拒絶した小恵理に、カイロンは、そんな、わけがわからないと、当惑した様子で、一歩、二歩と足を引きます。

「じゃあ、、僕は」
「まだ逃げないで。ーーそれは、こっちに返してもらうから!」

ーー固い声で、もう一度呼び掛け。小恵理は、ネイタルを起動し、金の鱗粉を周囲一体へと振り撒きます。そして、その金の輝きで、そこに隠されていたものを照らし出します。魔王の傍らに眠る、泡のような球体の奥で、黒い衣装を着た、今の自分にそっくりな女性の姿を。

ほんのわずかに感じた、違和感、、危ないところだったよね。この子を連れていかれたら何にもならない。

カイロンは、それを見やって、悪戯のバレた子供のように悔しげに舌打ちをします。

「止めを刺しに来たシリウスの力? それともこれも何かの仕掛け? コエリは返してもらうよ。力ずくでもね」
「これに気付いてしまうのか、、本当、君は侮れない」

ーーおそらくは、あの、入れ替わりの起きた、最初で最後の瞬間。目覚めた直後であれば、気付かないとでも思われたのでしょうか。自分の中に眠っているはずの、半身が奪われていることに。

睨むように見つめる小恵理に、カイロンは、落ち着いた様子で、僕の力だよ、と答えます。最悪の場合、交渉に使えるはずだったから。だからわざわざ、コエリの身体から、魂だけを引き抜いたのだと。

「死に至る瞬間、魂は一瞬だけ無防備になる。その瞬間に君から引き抜いた、、コエリの魂は、本来はシリウスの剣で消滅しているはずだったんだけど、君がほんの一瞬だけ早く目覚めてしまったから」

ーー実際にあの時、無防備に立っていたコエリがシリウスに貫かれる、ほんのわずか前に、既に小恵理は目覚め、コエリと入れ替わっていました。だから、本来であれば光剣に貫かれ、あの時点で消えていたはずのコエリの魂は消滅せず、小恵理の中で眠っているはずだったのです。

それを、カイロンはその意識の入れ替わる一瞬の狭間へと介入し、コエリだけを外へと引き出して、自分の空間へと納めた、、普通であれば、眠っているコエリの喪失を感知することは小恵理にもできません。だから、カイロンも小恵理がもしここから脱出し、立ち去っても、コエリを人質に、もう一度自分のもとへと呼び戻すという算段を立てていたわけです。

ーー小恵理がこれに気付いたのは、影画を操作した際の、ほんのわずかな違和感から。その後の魔王の、どこか余裕めいた会話から。本来であれば完全に自分のものとして扱える影画の、何かが欠けている感覚がそれに気付かせてくれました。

本当に忠実な子だよね、と。意識のあるような存在ではないとわかっていて、小恵理は影画に、良い子だよ、と語りかけます。影画がなければ、コエリも、シリウス戦以外での、コエリに降りかかったであろう数々の苦難にも、耐えられなかったと思うから。

しかしーー小恵理は、カイロンを見据えながら、内心では苦々しさと、ちょっとの緊張も感じています。

これまでの様々な読みの鋭さといい、仕掛けできた罠の数々といい、カイロンの頭の冴えは、常人の域を遥かに超越しています。おそらくは、、ネイタル覚醒の影響で。自分のINTの値も桁外れに高いからこそ、その読みを見破ることもできたけれど、、一歩間違えれば、自分でさえ、取り返しのつかない罠にかかる可能性もありそうに思えました。

覚醒者と敵対するというのは、こういう点にも気を付けなければならないということです。頭が切れすぎるっていうのも困り者よね、と小恵理は某優等生を思い出して、まずは軽く息をつきます。

「カイロン、コエリは返してもらうから」

小恵理は、そう改めて宣言し、自分のネイタルへと意識を集中します。

魔王から、コエリを取り返す。そのためには、自分の手持ちのネイタルだけでは、力が足りません。だから、必要なことはーー

ネイタルを起動しましたから、カイロンは、これから小恵理が何をしようとしているのかは、当然理解はしたはずです。けれど、それに何も手出しも妨害もしてこようとはしません。ただ小恵理を見守り、行く末を見届ける構えでいます。

魔王は、邪魔をする気がない、、ならば話は早いと、小恵理は、コエリの眠る球体へと手を伸ばします。
そこへ、

「小恵理、、君はコエリを助け出してどうするつもり? 今のコエリには、何人かの理解者はいるようだけど、結局原作では裏切られ殺されているんだよ?」
「、、それは、あくまでも原作の話でしょ? それも私が決めるような話でも、あなたが決めるような話でもないよね」

問いかけるカイロンへ、小恵理は、コエリにはコエリの意思があるし、もう子供じゃないんだから、と返します。何より、確かにコエリが目覚めた当初未熟だった、自分で自分がどうするかを決めさせる、という課題は、前回自分が眠ってしまった時にもう教えてあって、コエリもそれを実践してきているのです。

決めるのは自分ではなく、目覚めたコエリがすること、、その決めるという選択肢さえ奪う行動は容認できないと。そう反発する小恵理に、カイロンは残念そうに、そっか、とだけ答えます。

小恵理はそれから、黒い球体へと手を伸ばしたまま、過去の自分の行いの、影響力、自然と果たしてきた役割へと、思いを馳せます。もう一つ、新たな力を得るために。

魔王もネイタルを覚醒させていて、その力は覚醒させているネイタルの数と質に比例します。見たところ魔王は自分のネイタルを慣れた様子で扱っているし、自分一人でその力を上回るのは、いかに小恵理といえど簡単ではありません。だから、ネイタルの中でも、より遠い天体、、その力を上回れるものを、扱わなければなりません。

「小恵理、コエリは闇の魔女、きっと帰っても大多数の人間にはまた恐れられ、忌み嫌われる。また辛い思いをするんだよ」

カイロンは、もう一度小恵理へと呼びかけてきます。そこにはどこか同情めいた響きがあって、もしかしたら、カイロンもまた、闇の魔王として、何か苦労してきたのかもしれないと感じました。

けれど、それならば。
小恵理は、わざと少しだけ表情を緩め、穏やかな顔で、カイロンへと、大丈夫だよ、と答えます。

「居場所は自分で作れるんだよ、、今まで私がやってきたみたいにね」

古くは、学院の初等部でKY魔王などと呼ばれ、クラスで恐れられた時期に。けれど、そんな小恵理にも少しずつ周囲は慣れ、異物として排除するのではなく、そんな存在でも大枠での学院生として、柔軟に受け入れてくれて、周りとも馴染んでいくことができました。

近くは、王権派と血統派という二極の派閥の争いの中。長年の諍いを経て、対立を深めていた二つの組織は、小恵理と接したことで、組織の有り様を少しずつ変化させ、超党派という新たな枠組みを作り上げて、人々は団結して国を、王子を守り立てていく方向で動き出しています。

そんな風に、時には和解し、時には懐柔し、時には妥協して、自分でそれを支えながら、身内という枠組み自体を作り替えるーーそんな事例が、自分の周りには、いくらでもあって。

「だから、それが私の天王星ーー蟹座の力!」

そうーーこれが自分のネイタル。世界が向かう、変革の力、、!

小恵理の纏う金の光に、白銀の輝きが彩りを増して解き放たれ、ネイタルを目覚めさせたことによる、新たな能力が、懐かしの効果音と共に自らに漲るのを小恵理は感じます。

その、暗闇を貫き、逬る白銀の力を、魔王カイロンは、眩しそうにただただ見つめます。同時に、かつて眠りに就いたときと、大きくは変わらないほどに解き放たれる、膨大な魔力も感じながら。

その白銀の力に照らし出され、あどけない少年の顔を一瞬だけ苦しげに歪ませて、カイロンは、小恵理、と静かに呼びかけます。

「小恵理、何故君はそんな無茶をしてまで、コエリを助けるんだ? コエリがいなくなったところで、今の君には困ることじゃないだろう?」

新たな力を覚醒させる小恵理を、カイロンは太陽にでも目を向けたように眩しそうに見つめ、わずかに焦りを伺わせる声で小恵理へと問いかけます。

ーーそんなの決まってるじゃん、と小恵理は笑いかけます。そんなものは、自分がこの世界に来た、最初の瞬間から与えられた役割なのだから。

「ーー私は、ミディアム・.コエリの、ただの代役だからだよ!」

帰った世界が、コエリにとって生きにくい世界だなんてことは、自分だって重々承知していて。
けれど、コエリに転生して、何よりも変えたかったのは、今闇の中で胎児のように眠る彼女の、そんな生きづらさでもあって。

「帰ってきて、コエリ!」

ーー今にして思えば、自分が転生したのは、彼女を、自分が母体となって、慈しみ、育みながら、この世界から守ることだったのかもしれなくて。

今村小恵理という安全な殻の中で、ゆっくりと休ませて、深く傷付いた少女の心を、癒してあげることだったのかもしれなくて。

それならーーコエリの居場所は、いつだってこの中に決まってる。誰の手にも渡せない、、!

「天王星スキル、『救済のアクベンス』!!」

絶対私が、助け出すーーここからも、世界のどんな苦難からも、、!!

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