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ホロスコ星物語167

畦道の最奥、粗末な木造ながら、村で一番の大きさがあり、農作業に都合が良いよう、クライスト邸のように、正面の玄関の他、家の側面に直接庭と繋がる、大きな門戸の開かれた家、、これを村長宅と見定めた二人は、慎重に玄関の戸を叩き、突然の来訪で、申し訳ありませんが、、とまずは外から挨拶をします。

やがて、家の中では木床の軋むような音が響き、正面の玄関ではなく、側面の大きく壁一面が開かれた門戸から、村長とおぼしき腰の曲がった、人の良さそうな穏やかな雰囲気ながら、どこか威厳の漂う、小柄な老女の姿が現れます。

その奥には、先程コエリから逃げ出した少女が怯えた表情でこちらを窺っていて、こっちから出て、というこの子の助言だったのか、二人に見付かったと気付くや、こっち来て! とドタドタとお婆さんを家の奥へと連れていってしまいます。

二人は、一度顔を見合わせ、渋々庭の方へと歩き、そちらの壁の開かれた側からそっと顔を出して、部屋の奥の隅でコエリを睨み付けるミリアムと、ミリアムに腕をがっしりと掴まえられて困っている老女へと、ベスタは軽く、コエリは丁寧に会釈をします。

「突然の訪問申し訳ありません、、この村の村長様ですか?」
「えぇ、、はい、私が村長ですが、このような辺鄙な村に、、どちら様ですかな?」
「ええ、と、私たちはこの付近に立ち寄った旅の者でして、一つご報告差し上げたいことと、お尋ねしたいことがあって、こちらへとお伺いさせていただきました」

丁寧にコエリが口上を述べ、深々とお辞儀をします。老女は、その綺麗な所作や丁寧な言葉遣いに目を丸くして、けれどミリアムが、おばあ、聞いちゃダメっ、と強く窘める様や、コエリの痛みに堪えるような表情、ベスタの気遣わしげにコエリを見やる姿などから事情を察して、ははあ、と頷きます。

「それでは、お話をお伺いいたしましょう。どうぞ中へ」
「おばあってば!」

聞いてよ、と不満そうに呼び掛けるミリアムに、老女は、ほほ、と笑ってその頭に手を乗せ、大丈夫じゃよ、と奥の一角へと背を押して促しながら、柔らかく語りかけます。

その姿に、後から続く形でコエリが歩き出し、その隣にベスタが並んで、コエリ、と小声で呼び掛けます。

「もしあなたが話をしてこじれるようなら、僕が引き継ぎます」
「、、ミリアムのこと?」
「ええ、おそらくあの子、コエリの言葉にも何か呪力のようなものが宿っていると思っています」
「、、考えすぎよ。心配いらないわ」

コエリは困ったような顔でベスタへと微笑みかけ、軽く首を横に振ると、行きましょう、と先を促します。せっかく入れてくれたのに、待たせては申し訳ないわ、と。

二人が老女の消えていった奥のスペースに入っていくと、そこには簡素な木のテーブルと、刃先に土の付いた鍬、掃除道具などが壁に立て掛けてあるーーけれど採光が考えられていて、室内は明るく、決して不衛生さは感じないーーこじんまりとした空間になっていて。

老女は、その、テーブルの下に納められていた丸椅子の一つへミリアムを座らせ、自身はその横の、座布団の敷かれた椅子を引き、二人へ、そちらへどうぞ、と対面の椅子を促してから、お茶の準備をして、その座布団へと座ります。

四人が正対して座ると、相変わらず怯え続けるミリアムをあやしつけるように、頭を撫でてあげながら、して、と老女が切り出します。

「それで、何か、報告されたいことがあるとのことですが、、」
「はい、まずは、この近隣にあった魔物の巣についてのお話を」

コエリは、その魔物の巣、という言葉に、ピクッと肩を持ち上げ、不安そうに老女を見つめるミリアムの姿を視界に収めて、少しだけ顔を俯けます。この様子だと、あの黒龍の姿はこの子も見てたわね、と。

あの時は、魔物をいかに効率よく、素早く近隣に害のないよう仕留めるかということしか頭にありませんでしたが、この子がこんなに近くにいたのなら、その選択は早まったかもしれない、と思います。

もし魔物の襲撃があって、この子がデネブに助けられていたとするなら、狂暴な魔物の姿にはトラウマを植え付けられていたかもしれないし、いくら光の加護や祝福を受けていても、あんな巨大な魔龍同然の姿になんて、、怖がって当然なのだから。

それで言えば、魔物や魔族たちの持つ魔術と同質の力を持つ、強大な闇の魔力を持った自分自身だって、怖がられて当然でーー

「ーーコエリ?」
「あっ、、失礼しました」

ベスタに促されて、コエリは慌てて頭を下げ、謝罪を口にします。先程の戦いの場面へと思いを馳せていたせいで、変な沈黙が生まれてしまっていました。

「ええっと、話というのはーー」
「、、お話というのは、ここへ来る手前の山道にあった、魔物の巣についての話です」

と、ここで、見かねた様子で、ベスタが話を引き継ぎます。気に病むような話をコエリに続けさせるのは忍びないと思ったのか、自分が話した方が少女が怯えないと思ったからなのかは定かではありませんが、そこからベスタは、ちょうど自分達はその奥の廃墟になっていた集落に用事があったこと、道中、魔物の不穏な気配を見つけてしまったこと、このままでは危険と判断したため、調査ついでに奥まで侵入し、素体の討伐を果たしてきたことなどを、順を追って手早く報告していきます。

「あれまあ、、魔物の素体の討伐を、、? お二人でですかな?」

老女は、それこそ目を剥いて、信じられない話でも聞いたように、目を白黒させながら二人の顔を交互に見つめてきます。次いで、ミリアムと名乗った少女が、ええええ、、と控えめに声をあげ、コエリには一瞥もせず、ベスタだけを、まるで王子様でも見つけたようにキラキラと、憧れを宿したような瞳で見つめてきます。

ベスタは、それらの反応には特に何も気に留めず、実は、とここでコエリに目を向け、僕の力ではありません、と断りを入れます。

「僕は外で残党狩りをしたくらいで、ほとんどの討伐は彼女の力によるものです」

ベスタは、どこか誇らしげに頬を緩めて、彼女はこう見えて、凄腕の剣士でして、とコエリを見やりながら、話を続けます。

「普段は僕の護衛を勤めていただいていて、魔物が近隣の村を脅かしているのではと危惧して、討伐を名乗り出てくれたのも彼女なんですよ」
「、、ベスタ」

話を盛りすぎよ、とコエリは窘めるような目でベスタを見つめます。けれど、老女は勿論、さしものミリアムでさえ、渋々と躊躇いながらではありながら、何かお礼を言おうか迷っているような目で、ちらっとだけコエリを見上げてきます。

ベスタは、コエリの目線などどこ吹く風、そこで、僕も了承して洞窟へ向かいまして、と笑顔で調子良く話を続け、コエリに、見せてあげたらどうですか、と足元の影を指差して得意気に告げてきます。

コエリからすると、正気かと言いたくなるような提案で、さすがにすぐには了承しかねるものがありました。ただでさえミリアムは闇の魔力に怯えているのに、闇属性の権化ともいうべき剣を見せて、一体どうする気なのかと。

けれど、ベスタの瞳に迷いはなく、ミリアムもまた、何が出てくるのだろうかと、どこか期待しているような目を向けていてーー、そこでようやくコエリも覚悟を固め、どうか怖がらないでくださいね、とまずは断りを入れます。

そして、自分の影から死を呼ぶ剣を鞘付きで取り出し、その、黒曜石のように黒光りをする、シンプルな拵えと、剣先まで全てを漆黒に染められた闇色の剣を、テーブルの上へとそっと横たえるように置いて見せます。

ミリアムは、取り出した一瞬こそ、怯えるような表情を見せましたが、その目はすぐに好奇心の色へと変わり、テーブルの上の黒剣へとまじまじと注がれます。

「、、綺麗」
「これが、彼女の持つ剣で、絶対ではありませんが、どんな屈強な敵も一定の確率で一刀のもと、確実に仕留めることができます」

これがあればどんな魔物も恐れるに足りません、とベスタは最後まで得意気に告げ、ミリアムへも、どうですか、と優しく問いかけます。それは、言外に、これも怖いと思いますか、と問いかけているようで、コエリも思わずミリアムの反応を見守ってしまいます。

果たして、ミリアムはまだ少し不安は残しているものの、コエリへと、少し申し訳なさそうな顔をして、恐る恐る、口を開きます。

「それは、、人は、斬らないの?」
「、、信じてもらえるかは、わからないけれど。この剣で人を殺めてしまったことは、一度もないわ」
「斬ったことは?」
「、、あるわ」

そこで、嘘はつけなくて、コエリは目線を落としたまま、手をそっと握りしめて、首を振って答えます。実際に、ベツレヘム邸の兵士であったり、パラス殿下の婚姻の儀でのフローラであったり、何人かに刃を当てたことはあったからです。

コエリは、また怖がられる、と身を固くしてミリアムの反応を待ちますが、そこから、予想したような拒絶の言葉や、また逃避を促すような言葉は、聞こえてはこなくて。

「ごめんなさい、余計な質問でした。話を続けてください」

ミリアムは、そのコエリの答えに何を思ったのか、元気の無さそうにテーブルに目線を落とすと、隣の老女へ、私外で待ってるね、と無理をしているとわかる明るい声で断って、椅子を引いて席を立ち、部屋を出ていってしまいます。

失望をさせてしまったのか、悲しませてしまったのか、それとも何かを思い出させたのか、、あの反応だけではわかりませんが、コエリは、席を立って追いかけようか迷い、けれどベスタに、腕を強く掴まれたことで、先にこの老女へと話を聞くべきだと思い直します。外で待つということは、遠くへいなくなってしまうことはないと判断できたから。

「あれは、、」
「申し訳ありませぬな、、あの子も複雑な生い立ちの子でして」

老女は、顔の深い皺に、何か懊悩のようなものを宿して、まずはコエリへと、気を悪くしないでくださいな、と謝罪をします。それから、続ける言葉に迷い、その続く言葉が発される前に、ベスタが、でも良かったじゃないですか、と先に能天気にさえ見える一言をそっとコエリへと向けてきます。

「良かったって、、何が?」
「少なくとも、このお婆様を自分が守る必要はない、と思えるくらいには、あなたがミリアムに信用されたことを、です」

そうでなければ、お婆様一人を残して部屋を出ていったりはしないでしょう、と。
その言葉は、半分以上は慰めのこじつけのようにも聞こえましたが、コエリは、ありがとう、とその気遣いに素直にお礼を言って、老女の言葉へと耳を傾けます。

老女は、この話をするには、二人ともパッと見で貴族の学生にしか見えないこと、何故その学生がこんなところにいるのかや、何故貴族がここに来たのかといった疑問は、どうにも抱いている様子で。そこには、温厚そうな顔の裏側にある、貴族への不審、警戒のようなものが、僅かながら垣間見えていました。

けれど、二人の礼儀正しい所作や様子から、やがてさっきの用があったという廃墟の話や、雇い主と護衛という、二人の用意した役回りを飲み込んで、実はですね、、とその過去を語り始めます。

その、老女の話の大半は、ミリアムは昔その、今は廃墟になった村の村人であったこと、ある日急な魔物の襲撃があり、ある光魔術の使い手に助けられて村を脱出したことなど、二人が当初から知る、その村の結末をそのままなぞるだけのものでしたがーー

「刃物を怖がっていた?」

その中に出てきた、思いがけないエピソードの一つに、二人は耳を止めます。

それは、村を脱出したミリアムとその母親が、刃物を見ると急に取り乱してしまって、この村に歓迎した当初は大変だった、というもので。ミリアムは、今でこそ平気になったけれど、母親はいまだに苦手で、刃物を使った料理はミリアムが担当しているそうです。それも、その際には母に見えないよう、屋外へとわざわざ移動しているのだとか。

昔語りのおまけのようではありながら、そんな苦労話の中に、そぐわない何かを感じて、コエリとベスタは顔を見合わせます。少なくとも、そのトラウマめいた症状は、魔物の襲撃に関わりがあるとは見えなかったから。

勿論、調理中に襲われた、刃物で応戦した村人の死を目撃したなど、当時の襲撃に由来がある可能性がないわけではありませんが、、老女は、その二人の過敏とも言える反応に、戸惑ってしまって、一度言葉を切ります。そして、急に思い出したように、失礼、と断って、一度窓の外へと目線を移します。

外からは、既に西日が差し込んでいて、夕刻まではあまり間がないことを感じさせます。このまま遅くなったところで、自分達の宿泊はベスタの簡易テントがあるので問題ありませんが、常識として、そろそろお暇しなくては、老女の私生活の邪魔をすることになってしまいます。

コエリとベスタは、ガタガタと席を立ち、自分達も老女へ、そろそろ出発します、と断りを入れて頭を下げます。けれど、老女からは、少しお待ちください、と逆に引き留められてしまいます。

「お客様方、ばばあの長話にお付き合いさせてしまい、申し訳ありませんでしたな。今からだとあまり時間もありませんが、よろしければ、最初におっしゃっていた、聞きたいこと、というのもお伺いしますが、、?」

そうーーそう、報告と、聞きたいことも一つある、と最初に言っていたことを思い出して、コエリは、ベスタへと目線を送ります。コエリとしては、当初はミリアムについて何か話でも聞ければと思っての発言でしたが、それは今聞いてしまったし、もしベスタに何か聞きたいことがあるならば、それを優先してもらった方が良いと思ったからです。

もし聞くべきことがあるとしたら、ここへ二人が来るまでの間に、魔物の巣へと出向いて討伐を繰り返し、村を守ってくれていた、他にまだいるはずの光魔術の使い手についてかしら、とコエリは想像し、ベスタは、ああ、と頷き、では一つだけ、と切り出して。

「ブルンジア、という言葉に覚えはありませんか?」

ーーその、聞き覚えのない単語に。老女が、さあ、、? と首をかしげて。
それを見るベスタの、どことなく危険な香りのする目線を、コエリは何か、落ち着かない気持ちで眺めて。

「それでは、失礼しました」

そんな、危険な香りを漂わせたのも一瞬だけ、今度こそ丁寧にお辞儀をして、ベスタは老女の前を辞していきます。

コエリもーー、どことなく気がかりな瞳を老女へと向けながら、同じく、一礼をして。ベスタを追って、家を出ていきました。
村の敷地の中、、外を歩く、何かの新たな気配を捉えながら。

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