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ホロスコ星物語160

夢の中でーー小恵理は、自分が懐かしい、東京の街を歩いていることに気が付きます。

格好は、生前にお気に入りで着ていた、格安海外ブランドのデニムパンツと黒のカットソーシャツという、カジュアルな姿で。学生なんてバイトでちょこちょこしか稼げないから、家賃を抑えたり、食費を浮かしたり、色々工夫しながら、ちょっとずつ貯めてたことを、思い出したりして。

そんな格好で、若者の集まることで有名な、繁華街を歩いてみたり。おしゃれなイタリアンに、物は試しと入ってみたり。普通の女子大生として日常を満喫していた、あの頃。

車と人々が大勢行き交う中、自分は一人、高層ビルに囲まれた大通りを歩いていて。街中のミラーに映る姿は、昔の、今村小恵理そのもので。

どこへ向かうとも知れぬまま、足だけが目的地を知っているかのように、懐かしい街並みを歩き続けてーー小恵理は、ここだね、と自分でも何故かわからないまま、目的地がここであることを悟り、生前には全く縁のなかったはずの、きらびやかな宝飾品の店へと入っていきます。

中には、数十万から数百万まで、目玉の飛び出るような宝石や貴金属なんかが、ショーウィンドウの向こうに並んでいて。いや絶対無理だから、手なんか出ないから、と思うのにーー、それは何故か、とても身近なもののようにも、思えてしまって。

そんな、キラキラと輝く宝石たちを、小恵理は懐かしいものでも見るように眺めてーーやがてその後ろからは、クスクスと、聞き慣れた笑い声が聞こえてきます。

その誰かは、顔は見えないけれど、穏やかな笑みを浮かべていて。手慣れた手つきで、後ろから青い宝石を手に取り、小恵理に、どうかしら、なんて勧めてきます。それから、首もとに当てて、似合ってるわ、なんて笑ったりもして。

「でも小恵理には、こういうキラキラした品物より、もっとスポーティーなアイテムの方が似合うのかもしれないわねーー」

やがて彼女は、そのうちの一つを手にとって、会計を済ませると、店長らしき男性に、また今度、と気さくに手を振ったりもして。

それから、行きましょう、と。
小恵理の手を取って、二人で、店の外へとーー


「小恵理、、小恵理! そろそろ起きてください!」
「、、ん?」

あれ、、気が付けば、目の前にはベスタが心配そうに、やや離れた位置からは呆れた様子のレグルスが、いかにも暇そうに、欠伸なんてしながら小恵理を見下ろしていました。

場所は、小恵理が眠るため、照明を落としていたのでしょう。薄暗いテントの中で、外には、雨がテントに吹き付けるような音と、湿った匂いを漂わせていて。その草木を薙ぐ音と鉄の香りに、ここがブルフザリアから出て間もなくの、平原のただ中であることが、少しずつ頭の中へと浸透していきます。

小恵理はゆっくりと上体を起こして、自分の格好を改めて眺めてみます。けれど、上質な絹でできたアセンダントのブラウスと、同じく上質なリネン生地のスカートという、さっきまで着ていた格好と変わってはいなくて。小恵理は、あれ、と首をかしげます。

この格好は、アセンダントの屋敷から出てくるときに用意した、替えの服の一枚です。だから、自分が元の世界に帰ったわけではなく、ずっとこの世界にいたのだろう、、とは理解ができます。

でもなんか、さっきの夢が、あまりに臨場感がありすぎて、、あれが果たして夢だったのか、それとも夢に見せかけて転移でもしていたのか、自分では見分けが付きませんでした。歩いて踏みしめていたアスファルトの感触が、今も足の裏に残っているような、不思議な感覚さえしています。

「小恵理、、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「や、、ごめん、大丈夫、なんでもない」

心配そうに顔を覗き込んでくるベスタに、小恵理は笑顔で手を振って答えます。単にあまりにリアルな夢を見て、ちょっと混乱してただけ、と。

でも、正直に言ってしまうと、最後に出てきたあの子は、、いったい誰だったんだろう、とは、ちょっと思っていたりもします。

だってーー本来ならあの子とは、あんな風に二人で歩くことなんて、絶対にできないはずだから。いくらチートな魔法やネイタルを持っていたって。

ベスタは、そうして俯いて、じっと床を見つめる小恵理に何を思ったのか、軽く息をついて、では、、と切り出します。

「小恵理、目が覚めたなら、レグルスに話を聞きましょうか。僕らが見たブルフザリアが、実際にはいったいどういう現状であるのか」

ベスタは、特にいつもと変わった様子のない、飄々としていながらも、どこかインテリ風な雰囲気を持った魔族のレグルスへ、よろしく頼む、と声をかけて、話を促します。

レグルスは、よろしくって言われてもな、と少し困った風に、とりあえず、と口火を切ります。

「あのブルフザリアだが、俺ら魔族から見ても平和な良い街って認識は変わんねえな。あいつらちゃんと給料ももらってて、あの街で普通に暮らしてるみたいだぜ」
「へええ、、給料って」

なんか、魔族という言葉には似合わない単語が出てきた気がして、思わず彼らのリーマンな姿なんか想像してしまいます。で、家に帰ってきて家族に、給料出たぞ、なんてお土産買ったり。

や、、シュールすぎる。筋骨隆々、マッチョで色黒な巨漢のレグルスを見て、あまりに似合わない姿に、小恵理は思わずクスクスと笑ってしまいます。

勿論、人を見て急に笑いだすとか、端から見たら普通におかしな子です。レグルスからはちょっと渋い顔で、不気味そうな目で見られつつ、自分でも変な子だと思ったので、小恵理は一つ、ごめん、と謝って、どうぞ、と話の続きを促しました。

「まあ、、いいけどよ。で、ブルフザリアでのあいつらの立ち位置だが、要するに用心棒や傭兵みたいなもんだな。ギルドに所属もしてねえし、冒険者みたいにクエストを受けたりもしてねえ。役割としては、ただの護衛だ」
「へえ、、それも意外だね」

護衛って、普通に考えたら、つまりは要人警護なんだろうから、庶民に人気が出る理由はない気がします。不思議そうに首をかしげる小恵理に、その内心を察知したのか、レグルスは、その護衛対象だがな、と付け加えてきます。

「一応、ベツレヘム一族だけじゃなく、商人や庶民も貴族も、全員を守ってやってるらしいぜ。俺たちは普段は影に潜んでられるし、ちょっと街の外に出る時とかに付いていってやってるらしい。一見無防備に見えるが、それなりに頑丈な防御ってわけだ」
「へえ、、でも、それちょっと怖くない?」

勿論、魔族がではなく、それが噂になることが、です。ベツレヘム領では魔族と領民が一緒に過ごしてる、なんてもし王都にでも報告がいったら、すぐに調査団が送られそうだし、いくら身を隠していると言っても、魔力探査でもされたら簡単にバレそうな気がするし。むしろ領民がチクらない方が不思議だし。

ところが、レグルスは、そうでもねえよ、と首を振ってきます。

「王都からここまで、普通に来れば二週間だ。ある程度の交易はあるとはいえ、このベツレヘム領自体王都から遠いし、王都から来る調査団なんか俺たちにはすぐわかる。ベツレヘムの調査とか言って長期滞在してた、王子の調査員、もとい使者がいた時はさすがに大変だったらしいがな」

案の定というか、レグルスいわく、ベツレヘムが魔族と繋がっている、という噂はちょっと前から王都でも広がっていて、その調査に乗り出してきたのがジュノーだったそうです。あの王子様、どうも城内で発生した神官の死亡事件について調べていて、その一貫で疑惑の持ち上がった、ベツレヘムの領地まで使いを送っていたそうだけど、案外しっかり働いてたみたいで、ちょっと意外でした。

王子の使者となると、さすがに事故を装ってお亡くなりになってもらうわけにもいかず、結局大元のベツレヘム侯爵本人が呪殺されるまで、ブルフザリアにはその使者が居座っていて、その間、魔族はずっとここを離れていたそうです。だから、こうして街中を魔族が堂々と歩いていられるのも、久しぶりだった、というわけです。

なんか、、そういう話を聞くと、いくら魔王の命令を受けているとはいえ、調査の度にそんなに出たり入ったり、よくそんな面倒を受け入れてたよね、とか思って、なんだか魔族たちにも少し同情してしまいます。一応、魔族の側の感覚としては、元々定住するような性質は持っていないし、たまに魔王の命令でねぐらを変えているだけ、くらいの感覚だったそうなので、そこまで気にしてはいなかったそうだけど。

ここで、何か気になることでもあったのか、ベスタが、レグルス、と一つ呼び掛けます。

「僕からも質問だ。いくら州都とはいえ、このブルフザリアの街がクリュセイスや他の集落等、他のベツレヘム領の街と比べて、かなり平和で繁栄しているように見えた理由を聞いてもいいか?」
「ああ、これは俺たちがボロを出さずに済んでいる要因でもあるそうだが、どうやらここの領主が有能らしくてな」
「領主、、って、え? あのベツレヘムが?」

王都でもそんなに見たことはないけど、、ベツレヘムといったら、どこかずる賢くてねちっこそうで、とても頭が働くようなタイプには見えませんでした。むしろ自分の州都の領民なんて、真っ先に搾取される対象になりそうな気がするっていうか。

けれど、思わず問いかけた小恵理に、レグルスは、そいつじゃねえよ、と横に首を振ってきます。

「この街の領主はあの豚の息子、長男のラインムート・ベツレヘムだ。そもそも、さっき言った通り、ベツレヘム領から王都なんて普通に往復すれば一月はかかる。お前、あのベツレヘムの豚が、一ヶ月も王都を空にしたところなんて見たことあるか?」

あー、、なるほどね。つまり、ベツレヘム侯爵本人はずっと王都にいて、州都の統治は息子にずっと任せてた、というわけです。で、そっちの息子の方が有能で、ちゃんと街を治めていたから、魔族の存在が王都にリークされることも、調査団にバレることもなく、これだけブルフザリアも繁栄してると。

、、なんか、どーでもいいけど、ところでレグルスがベツレヘム侯爵を豚呼ばわりしてる理由って、いったいなんだろうね? 本人が嫌悪しているというよりは、誰か、自分の慕っている人がが嫌ってるから自分も嫌ってるみたいな、ちょっとレグルスには珍しい反応な気がするんだけど。

「そっか、じゃあ、今のブルフザリアは案外安泰なんだね」

小恵理は、とりあえず頭を切り替えて、どこか安心したようにレグルスへと笑いかけます。

自分には無関係な領地の領民とはいえ、人々が平和に暮らしているなら、やっぱりそれは一番だと思うから。クリュセイスは、ベツレヘムの家の他の誰それさんが統治してるらしいから、そのトップの方針で、ここまで豊かさに差が出てしまっているわけです。

ここだけでも平和で良かったよ、と微笑む小恵理に、けれどレグルスは、だと良いけどな、と他人事のように、けれど、どこか気がかりな様子で話を続けます。

「見た目は安泰だが、ベツレヘムの当主が亡くなったことで、今息子のラインムートは王都に呼び出されてるらしいぜ。その都合で今ブルフザリアは領主が不在で、その上、この街も一枚岩ってわけじゃねえ」
「へえ、、というと?」
「魔族とうまく共存して見えるこの街にも、それを面白く思わない人間がいる、ということですよ」

と、今度はベスタが小恵理の問いに答え、先程出てきたブルフザリアの方を窺いながら、例えば、と話を続けてきます。

「あの街に魔族が居座り始めたのは、ほんの数ヵ月前にすぎません。ベツレヘムの息子であるラインムートがどれ程優秀かはわかりませんが、ここでもその前まで、魔族と人間は争っていたはずです。当然、肉親を魔族に殺された人間、もしくは人間に仲間を殺された魔族なんかも存在しているでしょう」

そうした人間は、どうしたって魔族を許しがたい存在と認識しているだろうし、そもそも魔族という存在そのものに嫌悪感を持っている人間も、世の中には少なからずいるでしょう、と。ベスタは、表に出てきていないだけで案外火種は燻っているものですよ、なんて言って話を続けてきます。

とはいえ、、ブルフザリアでもし魔族絡みの事件が起きたとしても、もうブルフザリアからは出ちゃうわけだし、あまり関係もなさそうなんだけど。一応記憶の片隅にだけは留めておいて、それじゃ、と小恵理は二人に声をかけます。

「もう買うものは買ったわけだし、またアルトナ探し、再開と行こっか?」

雨の中とはいえ、雨足は弱くなっていて、そろそろ止みそうな雰囲気もあります。雨避けの術を使えば、不用意に濡れることもありません。二人ともそれで良い? と小恵理が笑顔で尋ね、ベスタは、再びの超長距離猛ダッシュを覚悟して、緊張した様子で頷きます。

けれど、そのスタートを切る直前に。レグルスが、ちょっと待ってくれ、と言って二人を止めてきます。

小恵理は、テントを出ようとして、意外なところから出た制止の言葉につんのめるようにして立ち止まり、思わずレグルスに、どしたのよ? と問いかけます。

「なんか忘れ物とか? 買い忘れがあるなら、今ならまだ間に合うけど」
「いや、実はここで一つ、仲間から報せを受け取る予定があってな。一応お前らにも関わるが、先に行くなら行くで後から俺だけ追いかけるから、どっちにするかはそっちで決めてくれ」

レグルスは、方針は任せる、と言って、腕組みをして小恵理を、というか、ベスタの方を見やります。

そういえば、さっきはクリュセイスでも別行動してたけど、、ベツレヘム領に来てから、なんかやたらと個別に動いてるんだよね、レグルス。本当に信用して大丈夫なの、と問いかける意味で、小恵理もベスタを見つめます。

二人の視線を受けて、ベスタはわずかに思案したようでしたが、わかった、と頷き、ひとまず一度テントの外に出て行き、雨避けの結界を張ってから、テントを収納します。うん、まだ中で立っていたのに、気が付けば知らぬ間に草原の中へとほっぽり出されていて、ギリ尻餅は付かずに済んだけど、急にテントの外に放り出すのはやめてほしいところでした。

外はもう夕暮れ時で、薄くとはいえ、雨雲が広がっていることもあって、もう夜を思わせるほど陽も沈んでいます。

草原から見たブルフザリアは、意外なほど多くの明かりに照らされながら、それなりに活気付いて見えていて、馬や馬車を引き連れた商隊が、正門から出ていく姿が遠目にも見えていました。

その商隊には、護衛らしき騎士が5名、馬車の中にも何人かの気配があるようでしたが、表向き、付いていくような魔族の姿はありません。

そのまま、何事もないように街を出ていく商隊の姿を、小恵理は意外そうな目で見つめます。魔族が護衛にいないことではなく、逆に、商隊に気付いた門の近くにいた魔族が、自分で勝手に馬車の影に重なるようにして、出ていく馬車について行ったからです。

護衛、とは確かに言われていましたが、、あれはむしろ、小恵理も幼年期によく見た、王都での隠密の護衛任務と同じです。本人に気付かれないように密かについて行って、本人も知らないうちに護衛の任務を果たしているわけです。

とすると、魔族の任務って、普段は見守りに街をブラつきながら、必要に応じて、気付いた魔族から自主的に護衛に就いている、、ということになります。勿論、後者の任務は、大抵の人間が気付かないまま。

「なんか、、健気っていうのも、おかしいんだけど」

魔族が、自主的に警護に付くような、そんなに面倒見がいい存在だとも思わなくて。街に来た当初感じていた、魔族は敵じゃないの、というモヤモヤが、また甦ってくるような気がして、小恵理はその商隊を、つい姿が見えなくなるまで見送ってしまいます。

それは、ベスタも同じ気持ちだったのか、小恵理と同じように商隊を見つめる目には、どこか憧憬めいた感情が見え隠れしていてーー、小恵理は思わず、ベスタ? と呼び掛けます。

「ベスタ、、それで、結局どうする?」
「あ、ああ、、そうでしたね」

レグルスの報せとやらを、受け取るまで待つのか。スルーして先に進むのか。ベスタは、考えていた結論を思い出すように、わずかに額を押さえると、小恵理へ、ゆっくりと頷きます。

「先に行きましょう。この先は、僕も少し用がありますし、、レグルスなら、後から問題なく追い付いてくるでしょうから」

ベスタは、ここから辺境と呼ばれる地域へと進むべく、北上するルートを指差して、小恵理へと出発を促しました。

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