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ホロスコ星物語106

まず概要としてはこうだ、とパラスは説明を始めます。

「まず君は、アセンダント公爵息女として堂々と候補に名乗り出てほしい。先程冗談でかわしてしまったけれど、これは君がジュノー王子の婚約者として認められる最も手っ取り早い方法でもあるんだ」
「ディセンダント公と争った私の母上のように、という意味でよろしいですか?」

すぐに察したコエリの問いに、それがわかっているなら話は早い、とパラスは頷きます。
これは、かつて二人が王妃の座を争った時の話をしているのです。

ディセンダント公と、現アセンダント公爵正妻にあるエリスは、かつて王妃の座を争い、最終的には王の意向によって、僅差でディセンダント公が王妃の座に着くことになりました。

けれど、敗北したとはいえ、アセンダント公爵息女であったエリスの評価は、これによって他の貴族たちからも大いに認められ、その高名によって、他国から亡命の身にあった、現在のアセンダント公爵を射止めたとされています。

「アセンダント公爵家自体は筆頭公爵として健在だったが、その勢力が強まるのか弱まるのかはやはり家の人間の器量によるところが大きい。いくら名門ともてはやされていても、血筋に胡座をかいていれば容易く転落するものだ」

誰のようにとは言わないが、とディセンダント公は二人に意味ありげに微笑みを送ります。その目線の意味を察して、どこまで掴んでいるのよこの人は、とコエリも思わず呆れた目で見てしまいます。ベツレヘム確保については、まだディセンダント公には話していないはずなのです。

「つまり、コエリがこの選抜に出て十分な成績を残せば、コエリも貴族連中に認められて無事ジュノーの婚約者に収まれるぞって話?」

莉々須は、確認をしながら微妙な表情でコエリを見ます。
コエリの本心を聞いたことはありませんが、少なくとも、コエリが今村小恵理をさしおいて、実際にジュノーと結ばれようとするとはとても思えないのです。

それにーーと、その未来を思って莉々須は唇を引き結びます。
コエリは、、いつまで表にいるのかから、すでにわからないのだから、と。

けれど、コエリはあっさりと頷いてみせます。

「いいですよ、そういうことなら参加します」
「コエリ!?」
「問題ないわ。こうでもしておかないと、惚れっぽい王子さまはどこかへ行ってしまうかもしれないじゃない?」

驚く莉々須に、コエリは微笑してそう話します。
つまり、これもあくまでも小恵理のためなのだと、、自分が婚約者に収まっておけば、新たにジュノーに迫る人間は現れない、そのための婚約者なのだと言っていることがわかって、莉々須はますます居たたまれない思いがします。

それじゃあ、、コエリはどうなるの、と。
そう俯く莉々須の手に、コエリからは、優しく手が乗せられて。その温もりに、莉々須は、さらに深く俯いて強く唇を引き結びます。

「それで、、参加して、どうせよとおっしゃいますか? 王族の儀礼に則る、ということは後で翻すわけにもいかないのでしょうし、私が優勝してしまっては元も子もないのでしょう?」

コエリはそっと莉々須の頭を撫でながら、パラスへと問いかけます。血筋、容姿は言うまでもなく、小恵理の能力を引き継ぐコエリですから、剣にせよ魔術にせよ、普通に考えれば優勝は間違いありません。けれど、目的はフローラとパラスをくっ付けることなのです。

それについてだが、とパラスは前で手を組み、深刻な様子を作って話し始めます。

「恥を忍んでお願いする。最終選考にフローラと残った場合、最後のどこかでフローラに勝ちを譲ってあげてほしい。ーーただし」
「、、ただし?」

パラスは一度目を閉じ、わずかに思案してから、決然とした意思でもって、その条件として、と付け加えます。

「それは君が、フローラと争って、勝ちを譲る価値があると判断した時だけでいい」
「ーーいいのですか?」

八百長自体は予想できた話でしたが、その補足に、コエリは意外な思いで問い返します。
その場合、翻せば、この程度なのかと思えばそのまま優勝してしまって良い、と言っているわけです。それでは、フローラとパラスは十中八九結婚することができません。

パラスは、そういうことだよ、と重々しく頷きます。

「ああ。所詮は儀礼、されど儀礼だ。これは優れた血筋を王家に残すための手段でもあるけれど、それだけの競争を乗り越えて結ばれるところに本当の意味がある。一国の主たるものが、もし国の危難になって足並みを揃えられず、夫婦喧嘩で離婚しました、なんてシャレにならないだろう?」

冗談めかして笑うパラスに、コエリもまた笑顔で、そういうことですか、と頷きます。
競争を乗り越えるとは、この場合はつまり、それだけの想いがあることの証明でもあるのです。また、それを証明したことを、結婚を希望した当人に自覚させ、また他の貴族達にも、その意思を認識させるためでもあるのだと。だから、ただの競争ではなく儀礼なのだと。

「なるほどね、こんなに頑張って結ばれたんだから、簡単には別れられない、みたいな感じ? なんか人の心理でそういうのあったよね」

サンクコストだっけ、と莉々須も理解して頷き、パラスは、だからね、と話を続けます。

「もし君の目から見て、フローラにそこまでの想いがないと判断できるようなら、君はそのまま優勝してしまってかまわない。後でジュノーとの婚約を貴族連中に認めさせるための舞台だった、とでも言って辞退してもらえば、ひとまず君に害が及ぶことはないだろう」

なんと言っても、ジュノーと新アセンダント公爵息女の婚約継承を認めず、長引かせているのが彼らなのだからね、とパラスは笑いかけます。

ここで莉々須が、何かを思い付いたように、ねえ、と身を乗り出してきます。

「ねえ、それってもし辞退した場合、決勝戦に残ったフローラさんが繰り上がりで優勝ってことには」
「ならないんだ。その場合、改めてもう一度選考が始まる」

もしそれが認められてしまうと、優勝者に後日集団で辞退を迫るような事故が起きてしまうから、とパラスは首を振ります。あくまでも優勝した、その場で婚約を認め、発表までしてしまう必要があるのだと。

「なるほどね、、そんな姑息な手法も、陰険な貴族連中ならやりそうだわ」
「そういえば過去には優勝者どころか、決勝に残ったもう一方にまで辞退を要求して、無理矢理準決勝の出場者を王妃に仕立てあげようとした事件もあったな」

あれは混沌としていたな、とディセンダント公がしみじみ語り、そんな最近までそんなことがあったんだ、と莉々須は思わずドン引きしてしまいます。いくら優勝者とはいえ、やはり数の暴力には勝てないものだ、などと説諭を付け加えてくる辺り、意外とディセンダント公とも所縁の人物だったのかもしれません。

「それで、、あの、じゃあ、私は何をすればいいんですか? 私、正直参加しても全っ然勝ち目ないっていうか、、」

莉々須は、ここで恐る恐る手を上げます。
血筋は男爵家、礼儀作法は当然素人で、武術を含むありとあらゆる能力でコエリには勝てず、下手をすればそこいらの令嬢にすら負けてしまうと、莉々須には自信のない項目のオンパレードなのです。

パラスもそれには、さすがにね、と申し訳なさそうに頷きます。

「リリス・マクベス男爵令嬢、僕は君も間違いなく魅力的だとは思うけれど、礼節や所作などは、普段の生活がものを言うところが大きいことも確かだ。その君の自由さが、普段ならとても魅力に映るとしても、こういう格式張った場においては、さすがに他の上流貴族と比べて見劣りしてしまう要因になると思う」

だから、君に求めるのは参加ではないんだ、とパラスは続けます。むしろ、莉々須には裏方としての活躍に期待をしているのだと。

「裏方、、? 衣装とかはそちらで用意するだろうし、敵情視察とか? それもあんまり自信ありませんけど、、」
「もっと重要なことさ。ねえ、未来予知の聖女様?」

う、と莉々須は思わず言葉を詰まらせます。
それが知られているということは、パラスが何を求めているかも、明確ということで。

パラスは、君ならわかるはずだよ、と笑顔で語りかけます。その笑顔に、どことなく黒い顔が見える気がするのは、気のせいではない気がします。

そういえば、ジュノー王子が表の顔に騙されるな、みたいなことを言ってたっけ、、と莉々須は、嫌な予感をひしひしと感じ取りながら、わずかに思案するパラスの言葉を待ちます。
はたして、パラスは、

「君には、フローラの支援を頼みたい。花嫁決定のための儀礼は2週間後に行われる。その間に、君が必要だと思う支援をしてあげてほしい。フローラには君の指示に従うよう僕から言っておく」
「ええっと、つまり、フローラ様が何をしたら勝てるのか見て、ピンポイントでその部分を鍛えてほしい、、ていう」
「そうだね。これは君にしかできないことだ」

やっぱりそうなるのね、と莉々須は肩を落とします。この、フローラ育成イベントが鬼門なのだと、知っているからこその大きなため息が出ます。勿論、育成なるものの難易度が低かった試しなどないわけですが。

その莉々須の肩に、コエリは手をかけ、優しく微笑みかけてあげます。

「莉々須、必要なことは私からも支援するわ。あなた、礼儀作法とかよく知らないでしょう?」
「うん、助かるよ、、ぶっちゃけこのイベント、結構大変だから覚悟してて」

ーーまあ、一番の鬼門は突破できてるから良いんだけど、と莉々須はコエリへと微笑みかけます。原作において、最後にして最大の障壁となるのが、このミディアム・コエリだからです。

あとは、もう一つの鍵となるイベントが、うまく発生できればいいのですが、、実は、莉々須をしても発生条件がよくわからないイベントがここには一つあり、そのイベントの発生の有無が、この選考会の難易度を大きく左右します。

普通の進行であれば、そんな運に任せなくとも突破できるよう、事前に色々と用意もして挑むのがこの育成イベントです。けれど今回に関しては、時間の都合や手持ちの道具の少なさから、この特殊イベント発生を目指すのがフローラを優勝させる、最も勝率の高い育成方法になるはずです。

ひとまずは、どうにかそこに焦点を当ててフローラを鍛えたいな、と莉々須が方向性を考え、話がまとまったのを受けて、では、とパラスが立ち上がります。

「まだ時間はあるし、君たちに予定がなければ、これからフローラの実家、アルデガルド伯爵家へ行きたいのだけれど、どうかな? フローラに君たちを紹介しておきたいんだ」
「私たちはいいですよ、王子に城を追い出されて暇をしていましたから」
「ジュノーに?」

驚くパラスに、コエリは今日ベツレヘム邸に行ったこと、魔族と会ったこと、魔族との休戦協定の話が上がっていること、ベツレヘムを捕縛し城へと連行したことなどを手短に話します。本当はディセンダント公への報告も兼ねてでしたが、魔族の情報以外はほとんど既に知られていたようで、公爵は驚きもしませんでした。

「ーーそういうわけで、あなたの弟君はベツレヘムの罪状の証拠固めのために、これから当分忙しくなるみたいですよ」
「なるほどね、じゃあジュノーには後で、害虫駆除お疲れさま、とでもレターを送っておくよ」

パラスは笑顔で爽やかに言い切り、害虫って、とさすがの莉々須もドン引きします。誰を指すかは明確ですが、あれでも一応侯爵家の当主なのです。しかもあれでも血統派の一員で、パラスから見れば味方陣営にいた人物になるはずです。

パラスの容赦のない物言いに莉々須が沈黙をする中、話を聞き終えて、ディセンダント公は、魔族か、と一つ思案深く呟きます。
そして、莉々須へと顔を上げ、疑わしげに問いかけます。

「そのヴェラという魔族、、信用はできるのだな?」
「はい、私の知る限り、彼に裏切られることはありません」

頷く莉々須に、けれどディセンダント公は、やはりどこか気がかりな様子で首をかしげます。

「それは結構だ。だが休戦協定、、奴らに都合の良い、図ったような話だ、と感じてしまうのは、おそらく私だけではないだろうな」

公爵は、そもそもこの争いは侵略する魔族に防衛する人間、という構図があるのだから、と腕組みをし、難しい顔で話し始めます。攻める側にある、主導権を握る彼らの言動に、本当に裏はないのかと。

莉々須は、その言葉に少し首を捻ります。

「それって、向こうが勝手に攻撃を始めて、勝手に中止で、とか言い出してるからってことですか?」
「いや、、それもあるが、その目的が私には気がかりでな。奴らの言い分だと、私には、彼らは小恵理がいたから侵略を始め、小恵理がいなくなったから侵略をやめます、と言っているように感じられてならない」

その、まるで小恵理が元凶のように感じられてしまう辺りに、何かが潜んでいるように思われるのだとディセンダント公は語ります。魔族の狙いはそこなのではないか、と。

「つまり、、人々に、実は魔族の進攻は小恵理のせいだった、と思わせることで、小恵理が帰ってきた時、立場を悪くすることができるっていう話なのかしら?」
「それを表沙汰にしようとする、もしくは噂として広げるなどし始めれば確定的だろうな。小恵理を追放しろ、まして魔王領へ放り込め、などといった動きが出てくれば、奴らにとっては最大の障壁が一つ消えることになるわけだろう?」

その脅威の大きさは、いまだに効力を有する『アストライアの天秤』を見れば明白だろうと、ディセンダント公は話します。あの発動から二月が経過して、王都ではいわゆる殺人などの凶悪犯罪が、不自然と思われるほど極端に減っているのだと。

その経過について初耳だったコエリは、本当に? と公爵へと尋ねます。

「それは確かなの?」
「ああ、あまりの減少率に、調査報告書の偽装が疑われたくらいだ。それどころか、各地では盗賊団の活動が急に鈍化し、自発的に解散をした盗賊団が出てきたり、南地区に潜んで指名手配までされていた凶悪な強盗犯が、ただの一般人によって捕縛された、などといった事案もあったという」

『アストライアの天秤』の効果は、国を複数跨ぐほどの超範囲における、血と争いの火種となる存在の力を無力化することーーそれによって、少なくとも国内全域において、悪党の動きが非常に鈍くなっているのだとディセンダント公は話します。そしてそれと同時に、今までは名も実力もなかった冒険者や騎士の一部に、急激に能力を伸ばしている者がいることも。

勿論悪意のない事故などもあるから、完全に死者が出なくなったわけではないが、とは補足しつつも、ディセンダント公は、この力を付けてきている人間も、この『アストライアの天秤』の影響によるものだろうと語ります。この海王星スキルは、失われた悪党の力を正義の力へ変換する影響まであるからと。

「こうなると、もはや神の所業ですね、、」

話を聞いたパラスは、さすがにいつもの穏やかな笑みを消し、その影響力の深さを推し量るべく、難しい顔で思慮を巡らせます。なにせハウメアを例に挙げるまでもなく、『アストライアの天秤』は人の能力そのものを喪失させ、あるいは植え付けているのです。

小恵理自身は、その発動における極度の魔力枯渇によって眠りにつき、今はその元の身体の主であるコエリが代わりに表で動いています。けれど、本人が眠っていてなおその効果は確実に顕在しているのです。その効果の強大さもそのままに。

これが悪の存在にとって、脅威でなくて一体なんだと、ディセンダント公は続けます。

「奴らからすれば、そこでうまく小恵理を追放なり監禁なりできるのならば、この期間攻撃を我慢することで、最大の障壁が一つ取り除けるわけだからな。そのためになら休戦という選択肢もあるのではないか、と思ったわけだ」
「今がチャンスと攻め立てたところで、一気に完全征服ができないのなら、小恵理が目覚めた後でまた必殺のカウンターを受ける可能性があるから、、ということかしら。だとしたら時勢をよく読んでいて、狡猾だとは思うけれど」

公爵の話をまとめながら、コエリの目は自然に莉々須へと向けられます。そうした未来の可能性を一番知っているのは莉々須であるはずだからです。

莉々須は、そういう話はないんだけど、と否定しながらも、でもね、と自信なさげに首を振ります。

「なんと言っても、私の知っている話に小恵理は存在しないからねー、その辺りも原作が歪んでて、そういう隠れた意図が出てくる可能性ってのも否定できないんだよねえ、、」

つまりは、莉々須にもこの休戦に隠れた意図があるかはわからないということです。

うーん、と三人が腕を組んで考え始め、どこか深刻な空気が漂い始めた頃ーーパラスがその重い空気を打ち消すように、パン、と手を叩き、さて、と明るい声で横から入り込みます。

「それじゃあ、結論はどうあれ話は落ち着いたようだし、そろそろフローラのところに出発しても良いかな? 僕には遠い未来の魔族より、目の前の花嫁の方が大事でね」

魔族も大事だけど、恋する男子も大切にしてほしいな、とパラスが魅惑的な柔らかな笑顔で嘯き、コエリと莉々須の二人もまた、つられて吹き出しつつ、了承の旨をパラスへと伝えました。

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