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ホロスコ星物語176

「、、遅かった」

荒涼とした、ゴツゴツした大地にまばらに短い草の生えた、土の上に。小恵理は、平原に転がる人々の死体を見ながら、微かに震える息をついて、ぽつりと呟きます。

そこは、集落でもなんでもない、ただ草が風に吹かれて靡く、ただの大地で。そりゃそうだよね。人が固まって動かないってだけなら、集落じゃなくても、ただ人が動けない状態で集まっていればいいわけです。例えば、両手足を縛られて、一ヶ所に押し込められてるとか。一ヶ所に集められて、脅されてるとかね。

地面に転がされた死体の数は、全部で8。近くには馬車も転がっていて、馬車を牽引していたであろう馬は、無惨にも胸元を、鋭い刃物のようなもので切り裂かれて絶命していました。

転がっている死体は老若男女、色々で、身なりからはどこかの貴族と、その使用人が4人、護衛が3人、といったところかな。使用人にも領主にも身体に痣らしきものが見えていて、彼らは馬車の外で、全員が首元や胸元やらを切り裂かれて、一ヶ所に集められています。その上半身を真っ赤に染める出血量や、彼らの瞳の閉じられた、青白い顔色から、すでに命がないことは明白でした。

その護衛たちも、一応の抵抗はしたのでしょう。一人の剣には相手の血液とおぼしき赤い液体がべったりと付着していて、おそらく、地図上でゆっくり動いていた青い点が彼らで、彼らはやや離れたところで全員が馬と同様、何かの刃物で斬り殺されていて、それから貴族たちも、順番に殺されたものと思われました。

「しかし、妙ですね、、僕らは、彼らをあの天板で見つけてからここまで、かなりの短時間で移動してきたはずです。彼らを殺害した輩は、いったいどこへ行ったんでしょう?」

こんな、凄惨な光景を目にしても、いつも通りに落ち着いてるベスタ、頼りになる、って思えたらいいんだろうけど、、冷静すぎて逆に怖いよ。

でも、確かに、、言われてみれば、この周囲は全面的にに草と土に覆われていて、あとは背の低い、ひょろっとした樹がまばらに生えているだけの、いわゆる荒野、ちょっと草の少ない草原地帯です。隠れられるような場所もないし、見通しが良すぎて、普通に逃げたなら、どこかにその背中くらい見えても良さそうなものです。

あの赤い点は、あの全域表示の地図上でもかなりの速度で移動していたから、普通の騎士や冒険者とは思えません。といって、ネイタル覚醒者であるはずはないから、凄腕の隠密、、とかでしょうか。少なくとも、護衛三人を苦もなく斬り倒せる腕があって、更に貴族らを拘束し殺害して、小恵理やベスタがここへと着く前に、ここから逃走できる腕の持ち主、ではあるわけです。

「ここで何があって、この貴族たちが誰なのか、、これ、新しく就任したベツレヘム侯爵って人に一応、教えておいた方がいいのかな?」
「どうでしょうね、、僕らは他領から来たただの通りすがり、すでに彼らは亡くなっているわけですし、冷たいことを言うようですが、僕らはアルトナの捜索の方を優先すべきかと。自分から厄介事に巻き込まれにいく必要があるとも思えません」
「そうだな、俺も同感だぜ」
「っ!? レグルス!」

いや、ビックリするから急に後ろから話しかけたりしないでほしい。

ブルフザリアで別れてから、ずっと別行動をしてたみたいだけど、いつの間に追い付いてきたのか、すぐ後ろには筋骨隆々、黒い肢体を持って、でも中身は案外知的でベスタとも話が合うっていう、魔族なレグルスが立って、頭上から二人を覗き込んでいました。

その、当たり前に後ろで立っていることになんとなくムッと来て、小恵理は、レグルス、と苛立ち混じりに呼び掛けます。

「今までずっとナビ役ほったらかして、何してたんだか知らないけど、、アルトナの捜索で何かわかったことでもあった?」
「いや、さっぱりだな。一応俺もお嬢ちゃんから教わった探索スキルを使ってみたが、魔王様がいったいあの嬢ちゃんをどこへ連れ去ったのか、俺にもさっぱりわかんねえ」

もしかしたらこの辺にはいないのかもな、とレグルスは肩を竦め、ーーその動作に若干の違和感を覚えて、小恵理はレグルスを注視し、目立たないながら、レグルスの肩口から、鉄錆のような臭いがしていることに気づきます。

「レグルス、、怪我でもしたの?」
「あ? ああ、ちょっといざこざがあってな。まあお前さんも知っての通り、俺は魔族だ、生半可な傷ならあっという間に再生して終わりだぜ」

血の痕だけ残っちまってるけどな、ともう一度、今度は普通に肩を竦め、ニヤリと得意気に口許を釣り上げて、レグルスは小恵理へと笑いかけてきます。そういえば三年前も、付けた傷を一瞬で回復されてたっけ、とレグルスとのセレスの屋敷での攻防を思い出します。あの時はレグルスも、急に影を移動してきたりして、本当危険な敵だと思ったものです。

ーー、、影を移動、と。ふと目線を下ろすと、ちょうど陽光に照らされて、木陰が足元を隠していて。なるほど、たった今レグルスはこれを移動してきたのだとわかります。樹が一本でもあれば、確かに足元には影ができるから。便利、だとは思うけど。

「レグルス、お前の用事は済んだのか?」
「ああ、悪かったな。まあお前らも寄り道してたみたいだし、ここから先の案内はちゃんとしてやるから安心しな」

言って、レグルスは、で、どうするよ、と小恵理を振り返ります。この死体たちを放っておいてこの先、リーガルの山地へ進むのか、多少の時間のロスやリスクは承知で、ベツレヘムへとこの死体たちの報告をするのか、と聞いているわけです。

「一応参考までに答えておくと、僕らは報告の必要性を感じていません。ブルフザリアまで戻っても、小恵理の足であれば片道で数時間程度かとも思いますし、もし報告に戻るというのであれば、僕らはこの近くで身を隠して待っていますが」
「ああ、この先の山地はちょっと厄介でな、お嬢ちゃんを待ってから出発するが、どうするよ?」

、、なんか、まだよくわかんないけど。問いかけてくる二人から、少しだけ足を引いて、小恵理は、そだね、と頷きます。

「じゃあ、、私だけで一回戻るよ。そろそろ湿度も上がって暖かくなってきてるし、このまま放置してて腐ったりしたらご近所迷惑だしね」

何かあったらレターで連絡しようね、と小恵理は笑い、いやご近所迷惑って、とベスタとレグルスは、揃って呆れたような顔をして、じゃあまた後でな、と二人はお互いに顔を合わせて頷きあい、一緒に影へと入って消えていきます。

ーー、、影を、ね。移動速度は、本当申し分ないよね。二人でもそうなら、一人ならもっと。

たぶん、二人は死体の近くで待っててトラブルにでもなっても面倒だから、一旦どこかへと移動したのでしょう。小恵理は、笑顔で手を振った格好のまま、足元に消えた二人の気配がどこか、遠くへと消えていくのを見送って、ーーやや緊張した足取りで、改めて、騎士たちの死体へと近付いていきます。

それから、倒れた護衛たちの傷や、周囲に飛び散った血液から、そっとそこに残る魔力の波動を確認してーー、やっ、ぱり、ね。

手に付いてしまった血液を、手拭いで拭き取って。小恵理には珍しく、わずかに緊張した面持ちで、彼らから足を引いて、今、北上して来た道を、早足で引き返していきます。

たぶん、ベスタのことだから、大丈夫だとは思うけど、、今の死体から感じられたのは、紛れもない、、レグルスの、魔力。つまり、あの剣の、血液も。

、、呼吸が、不自然に乱れているのが、自分でもわかります。動機が止まらないし、油断すると、身体が、手が、勝手に、カタカタと震えるのも止められなくなりそう。

当然、地図上で示されていたあの、素早く動いていた赤い印は、レグルスということでーーこの、死体も。その純然たる事実に、自分でもよくわからない不安と緊張を抱えながら、小恵理は、ひとまずブルフザリアへと進路を取って駆け出します。本当は今、、ものすごくヤバい状態だったのかもしれない、と思いながら。

だって、殺人、なんて。それも、あんな人数を。それも、あんな、なんでもない顔をしながら、普通に、動揺も緊張もなく、当たり前の顔をして、声なんてかけてきて。あの場面で、もし自分も刺されたりなんかしてたら、目も当てられない事態になっていました。

、、何がレグルスは信用できるだよ、と。小恵理は半分涙目になりながら、大きく息をついて、心中でベスタを罵倒します。なんでレグルスが、こんなに人を殺したのかは、わかんないけど、、それも、あんな、塵芥でも掃除したみたいな、なんとも思ってない風に。

とにかく、ベスタとレグルスも、あまり長く二人きりにしてられないという危機感と、でも帰りたくない、合流したくないという葛藤で、普通に走ってるつもりなのに、足が乱れて、息も上がって、思うように進めなくて。

ブルフザリアへは、絶好調に普通に走れば、確かに2時間ほどで着く距離でした。でも、色々ぐちゃぐちゃ考えすぎたり、緊張やら恐怖やらで身体が固まってしまって、足が思うように動かなくて。結局ブルフザリアへと帰ってこられたのは、それから4時間も経ってからでした。

日も少し傾いていますが、食事は、なんか食べてられる気分じゃなかったから、ここまで昼食も摂ってはいません。でも、街に着いてみると、さすがにお腹も減ったので、とりあえず次元収納にしまっておいた貨幣なんか取り出しながら、どこか食事ができそうな店を探すことにします。

今回はレグルスがいなかったから、普通に勝手口みたいな、狭い門に案内をされて。前回は払わなかった通行税も、クリュセイスと比べれば良心的だけど、ちょっとだけ高いなって感じる額を払って、門を潜って。

ーーブルフザリアって、改めてこうして一人で来てみると、本当独特な街だよね、、魔族と人間が、お互いに何の緊張感も警戒もなく、普通に行き来してすれ違って。他の街であれば、それが王都であってもーーううん、王都であればなおのこと、こんな風に人間と魔族が共存するなんて考えられない光景です。あの脳筋団長を筆頭に、まず間違いなく、討伐隊が組まれるはずだし。

「おっと、悪いな」
「、、っ、いえ、、」

と、魔族にぶつかりかけて、思わず緊張に身体を強ばらせながら、小恵理は首を振って、気にしないで、となるべく自然な笑顔を作って返します。その魔族は、おう、と気さくな感じに手を振って、笑いながら去っていきました。

大、丈夫、、緊張しすぎて、呼吸がまた乱れて、頭痛までしてきたけど。本当は、、ちゃんと、わかっているのです。別にこの魔族はレグルスじゃないし、本当は、戦えば自分が楽勝で蹴散らせる程度の相手だっていうことも、頭では理解しています。でも、いくらこっちの世界にいると言っても、感覚は現代のままなのです。あんな殺人事件を目の前で、生々しい死体を見た直後に、しかもその犯人が自分の目の前にいて。平気で自分に話しかけてきていた、なんていう事実があって。とても、平静でなんていられません。

だから殺人は嫌なんだよ、と、小恵理は街中を歩きながら、吐き気まで込み上げてくるような気分を味わいながら、かつての西の森、今でいう聖女とカゲロウの森で、冒険者たちの死体を目撃してしまったときのこと、その前に、自分のフィールドスキルのせいで亡くなってしまったという、冒険者のことを思い出します。

あの時が、たぶん人生で死体を目撃した、初めての経験だったと思うけど、、よく巷の小説なんかで、転生したらその世界で平気で人殺しをしていく話なんかもあったりするけど、よく平気でいられるよね、と、それにはむしろ、胡散臭さすら感じずにはいられません。少なくとも、自分がそんな風に感覚を麻痺させるのは、絶対に絶対に無理だと思います。

「できるっていうなら、実際に殺人事件の現場でも見てみろっていうんだよ、もう、、!」

理不尽に苛立ちなんかを吐き出しつつ、怖いものは怖いんだよ、無理なものは無理なんだよ、と、また涙目になりながら、早足で歩きつつ大きく息をついて、小恵理は自分が、よくわからない、貴族の敷地に入り込んでしまったことに気が付きます。

見た感じどこかの庭先で、柵を乗り越えた覚えなんてないから、たぶん開放されていた門かなんかを潜ってしまったのでしょう。慌てて引き返そうとすると、タイミングの悪いことに、その門の外から、茶色いスーツと品の良いサンハットなんかを被った、白髭のやや年のいった男性が現れて、門の入り口を塞いでしまいます。

「おや、、お客さんかな?」
「っ、いえ、ごめんなさいすいません、迷い込んじゃって、、! 今すぐ出ていきますから!」
「ああ、いや、それはかまわないが、、」

と、紳士な男性は、思いきり頭を下げて、脇を通り抜けようとした小恵理の進路を塞いだまま、その肩にそっと手を置いて、君、大丈夫かね、と心配そうに眉根を寄せながら、落ち着いた声色で話しかけてきます。

「見た限り、何か事情がありそうだが、、ひどく顔色が悪いようだ。私で良ければ話くらい聞くが、どうかね?」

もし話を聞かせてくれるなら、紅茶くらいご馳走するが? と紳士な男性は優しく、落ち着かせるように微笑みかけてくれます。

本当であれば、こんないきなりで、そんな怪しげな誘いに乗ることなんてないけど、、この年配の男性は、本当に優しげで、悪い人には見えないし、とにかく今の気持ちを吐き出さないと、気持ちが、落ち着きそうになくて。

だって、、殺人なんだよ、と。さすがにこんな初対面の紳士にそんな話はできないけど、ちょっとだけ逃げるための心構えだけはしつつ、ひとまずお礼を言って、紳士に促されるまま、目の前の屋敷へと歩を進めることにします。

庭には美しい紫陽花や、バラの花が咲いていて、奥さんの趣味でしょうか、壁にも押し花やドライフラワーなど、多くの花が飾られていて、少しずつささくれだっていた心が落ち着いていきます。

屋敷の中は、セレスのお宅くらいの広さはあるのかな。これまた多くの花の飾られた玄関ホールを抜け、奥の応接室へと案内されて、紳士からは、ちょっと待っていなさい、と言われて。それから、やってきたメイドさんに紅茶なんか出してもらって、一度、ふかふかして弾力のある、部屋のソファーで腰を落ち着けます。

それから、ーーでもよく考えてみたら、自分が勢いのまま、初対面の男性の家に転がり込んだ、という事実に、またちょっと緊張感が増していったりなんかして。

や、たぶん、大丈夫だとは思うけど、、何もされないとは思うけど。もし何かされても、撃退できる能力は持っています。ただ、それを使う側のメンタルが安定しないだけ。本当は、最悪、この前みたいに自分の魔力を全部魔石化して、コエリにバトンタッチしてしまえば、どうとでもなるとは思うけど、、そんな理由でコエリを呼び出すのは。そんな、自分本意な理由でコエリを呼び起こすのは、いくらなんでも最悪だと思うので、それはできません。

だから、ちゃんと自分がしっかりしないと、、大丈夫、落ち着け、と自分に言い聞かせて。幸いというのか、部屋の中は白を基調とした壁紙や、花が壁一面に多数飾られた明るい雰囲気で、紅茶の良い香りも手伝って、心は少しずつ、安定を取り戻していきます。

「あの、、急にお邪魔しちゃってすいません。ここはいったい、どなた様のお宅で、、?」

そうして、ようやく会話くらいできそうな気持ちになってきて。小恵理は、紅茶を持ってきてくれて、部屋の入り口で待機していた、落ち着いた雰囲気のメイドさんなお姉さんに、ここの屋敷の主、紳士な貴族について聞いてみます。

そのお姉さんいわく、ここはタウリス伯爵という人の家だそうで、あの、さっきのおじさんが伯爵様その人だそうです。

それからここは、ブルフザリアでは有名な花の屋敷だそうで。だからここにはいろんな種類の花が飾られているんだ、と納得します。確かに今いただいてる紅茶も何かの花の薫りがして、花弁が乗せられているし、全体的に雰囲気も良くて、こんな気分じゃなかったら、、本当にリラックスするつもりで訪れられていたら、良い休暇とか過ごせたような気もします。

「どれ、そろそろ、落ち着いたかね?」

と、そんな風に小恵理がメイドのお姉さんからこの家の歴史や由来など色々と教わりつつ、寛ぎ始めて、十分程度が経ったでしょうか。先程の紳士が姿を現し、小恵理の正面の椅子に座って、ゆったりとした笑顔で微笑みかけ、優しく問いかけてくれます。

「あの、ありがとうございました、、!」

小恵理は、まずソファーから立ち上がり、お礼を言って、深く頭を下げます。よくよく考えてみたら、このタウリス伯爵様だって、急に庭先に現れた、見ず知らずの人間を屋敷に招き入れてるわけで、わりと良い度胸してるっていうか、しかも色々気を使ってくれて、申し訳ない気持ちが結構なレベルで湧いてきます。

「えっと、本当に、ここへは迷い込んでしまって、なのに、本当に良くしていただいて、、」
「ふむ、それはかまわないが。ーー一応、事情を聞かせてもらっても良いかね?」
「はい、ええっと、、」

椅子で自身も寛ぎ、メイドさんに紅茶を受け取って香りなんか楽しむ老紳士に、とりあえず、事件の犯人についてはぼかしつつ、北の集落の奥の草原で死体を見てしまったこと、一応、領主である新ベツレヘム候へと報告に来たことなどを、手短に解説します。勿論、ここまで4時間かけて走ってきた、なんて言ったら余裕で怪しまれるので、時間についてもごまかしておきます。

「なるほど、それであのような物騒なことを、、」
「物騒なこと、、ですか?」
「ああ、殺人現場を見てみろ、とか言っておったろう?」

あー、、そっか、屋敷の敷地内だったからね。普通であれば、伯爵様も聞こえるような距離にはいなかったはずですが、貴族の屋敷には、外からの侵入者や不審者を警戒するため、一般的に警報結界が常設されています。少し専門的な知識が必要になりますが、あれは結界内に限り、一種の盗聴みたいなこともできる機能も持っていて、屋敷の主であるタウリス伯爵であれば、自由にその痕跡を覗くことができます。

とはいえ、盗聴した記録を読み取るには、それなりの魔術の専門知識が必要だし、伯爵様にそんなことのできそうな魔力反応はないから、たぶん、屋敷の専従魔術師に読み取らせていたのでしょう。だから帰ってくるまで時間がかかっていたのかと、納得します。

事情を聞く、とか言って屋敷へと招いたのも、もしかしたら、その記録を確認して、怪しい人間であれば警吏へと突き出すため、とかの理由もあったのかな、、だとしたらこのおじさま、穏やかそうななりをしておいて、結構なやり手です。

ひとまず小恵理は、素直に、はい、と頷きます。見てみろと思ったのは本当だし、特に疚しいことがあるわけでもないし。

「すいません、私、あんまり人の死体って得意じゃないもので、、本当、混乱してしまって」
「うむ、、君のような年頃の女の子が目撃するには、さぞや凄惨な光景だったことだろう」

タウリス伯爵は、難しい顔で頷くと、改めて優しい笑顔で、ここはもう大丈夫だから、安心しなさい、と笑いかけてくれます。

その、笑顔も素敵なら、部屋の雰囲気も本当に落ち着けるもので、、小恵理は、改めてもう一度、ありがとうございます、とお礼を言って、ソファーから立ち上がります。

「それじゃあ、私はベツレヘム候へと、お目通りしないといけませんので、、」
「待ちなさい。確かに君は見る限り、貴族の令嬢のようには見えるが、、君がどのような身分の令嬢にせよ、ベツレヘム候とて忙しい方、今はどこかへ出掛けているという話もあるし、急に訪問したとて、門前払いを受けるのが関の山だろう」

うーん、もし屋敷まで着いたら、一応今も隠してあるアセンダントの家紋を突きだして、黄門様の印籠よろしく、強引に突破するつもりではあったんだけど、、とはいえ、無闇に身分を明かすのもリスクではあるし、それ以外の方法が採れるなら、その方が良いことに間違いはありません。

小恵理はひとまず、そうですね、、と頷き、何か良い案があるならと、伯爵の話を促します。

はたして、伯爵はわずかに考えるような素振りをしてから、少し待っていなさい、と再び小恵理に着席を促して、自分の方が席を立ちます。

「少し異例ではあるが、事情が事情だ、私が君の紹介状を書こう。本来であれば、君の目撃情報の真偽を確認してから書くべきだろうが、いかんせん現場が遠い。獣に食い荒らされでもしては、彼らも不憫だろう」

伯爵様は、わずかに目を細めて、亡くなってしまった8人へ、哀悼の意を示すように、手で十字を切って一度祈りを捧げます。それから、ああ、と小恵理へと歩み寄ってきて、そっとその髪へと掌を乗せます。

「勘違いしないでほしいのだが、無論、君を疑っているわけではない。ただ君は若く、まだ争いも知らぬ年頃だろう。死体と思っただけで、実際は見間違いだった可能性もある。私が言いたいのはそういうことなのだ」

悪く思わないでおくれ、と。それから二、三、小恵理の髪を優しく撫でて、タウリス伯爵は、失礼するよ、と断って部屋を後にします。その際、使いに従者を付けて、馬で現場へと赴くよう指示すると同時に、自分は先んじてベツレヘムへと使いを出して、これから訪問したい旨、危急の用件かもしれないという話を言伝てるよう指揮をして、部屋を退出していきました。

なんというか、、今まで見てきたおっちゃんって学院の教師を除いて、だいたい変人か変態ばっかりだったから、正統派のできる領主様って感じのスマートな対応に、感動すら覚えてしまうんだけど。

それから、これまた主の真意を理解しているらしきメイドのお姉さんに、お部屋へ案内いたします、なんて優ーしく微笑みかけられて。つまりは、応接室じゃなく、ちゃんと宿泊も休憩もできる部屋に連れていってくれるってことなんだと思います。

さて、、伯爵様は信用できそうだし、ここまで来た以上、付いていくのは、いいとして。一つ気がかりなのはーー、死体の報告は、どのみち他に目撃者でも出てくれば、ちゃんと真偽は確かめられるだろうし、問題ないと思うけど。

ベスタと、レグルス、、まさかあの二人が鉢合わせして、使者と争ったり、傷付けたりなんかは、しないでしょうねと。
特に、レグルス、、あの、魔族。どうにも胸騒ぎが収まらないまま、小恵理はお姉さんに促され、部屋を退出していきました。

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