ホロスコ星物語75
「はあっ!」
セレスが魔族の振りかぶった剣を先んじて大きく弾き、ベスタを連れて一度後方へと下がります。またそのがら空きとなった懐へはコエリが瞬時に飛び込み、その魔族の腕、脚、胴へと瞬速の斬撃を繰り出します。
その全てをまとも受けながら、けれど魔族はコエリへと構わず剣を切り下ろし、それをコエリは大きく後方へと跳躍することでかわし、追撃に来たもう一人の魔族の剣も捌いて、セレスの隣へと帰ってきます。その隙に、コエリの斬擊を受けた魔族の傷は黒い靄に包まれ、見る間に修復されていきます。
「キリがないな、、これが魔族の暴走した力か」
最後にハウメアから放たれた、背中合わせに立つ剣士二人への氷の槍を相殺して、ベスタはその想定外の耐久性に、呆れたように呟きます。
3対3の戦いは、先程からずっとネイタル覚醒によって常人の域を遥かに越えた実力を持つ三人と、暴走によって加減を忘れ、自らの肉体を過負荷によって自ら破壊しつつも、痛覚も理性も吹き飛んでいるがため、全く意に介さず攻撃を繰り広げる魔人二人、多彩な魔法で様々な妨害、防御を繰り出すハウメアといった構図で、膠着した戦いを繰り広げています。
魔術の素養的に、ハウメアの妨害に対抗できるのはベスタ一人であり、前衛を務めるセレス、小恵理の二人も優位に戦いを進めながら、その魔人の驚異の耐久と頑丈さにより、決定打を与えられずにいる、というのが今の状態です。特に傷の回復はハウメアの撒いた魔性活性薬の影響か、普通の魔族と比べて格段に早く、一撃で致命傷を与える以外打破する方法はないようにも見えます。
「このままだと、ハウメアとベスタ、どっちの魔力が先に尽きるかの戦いになるな、、」
セレスは、けれどさほど危機感を持つことなく呟きます。
セレスには水星牡牛の感覚学習があり、相手の戦いを身をもって学習し、それに対応する力を身に付けていく特性があります。そのため、長期戦になればなるほど戦い自体は有利になります。だからこそ、今回も斬擊の前に剣を弾き隙を作る、などという芸当ができたわけです。
また、コエリの速度はこの場においてさえ別次元であり、あの二体の魔人がどう足掻こうと、傷一つ付けられるとは思えません。その瞬速たるや、隙をつくや、不意打ちをする、程度では到底追い付かない絶対性があるのです。
あとは、ベスタがハウメアの障壁と魔人の守りを突破し、コエリとセレスのどちらかがハウメアを斬って終わるか、魔族の二人がコエリ、セレスを突破し、魔術に集中するベスタに攻撃を加えるかで、大きく戦況は動くでしょうが、、
「ベスタ、まだかかりそうか?」
ーーおそらく、その二択であればほぼ確実に前者の確率に軍配が上がります。一撃でも直撃をもらえば危険なのは確かですが、ベスタは先んじてハウメアの妨害を予測し、前もって十分な対応を可能にする分析スキルがあるし、先にベスタを狙おうにもコエリの速度が圧倒的で、下手をすればセレスなしですら守りきれるほどの実力を発揮しています。
よって、戦い自体油断できるものではないとはいえ、敗北はほぼない。それが、セレスの見立てでした。
「ああ、、まだ厳しいな」
ーーけれど。
ベスタは荒く息をついており、苦しげな表情でハウメアの攻撃を凌いでいます。
本来のベスタであれば、この程度短時間の戦いで、ここまでの消耗はないはずです。何か不調なのか、とセレスが気にかける間に、今度はコエリも大きく息をつきます。
「時間を稼がせていたら終わらない、、一気に決めた方がいいわ」
コエリはコエリで顔色が悪く、さっきからずっと胸元に手を置いています。心臓に負担がかかっているというよりは、これまた何か異常がある気がして、セレスは眉をひそめます。さっき小恵理が目覚めれば陰に引っ込むと言っていましたが、それとも別な何かが、、ハウメアに剣を向けた時に、急にその意欲が失せるような、危機的な何かがある気がするのです。
ただの疲労であれば、しばらくでも、自分一人で敵を請け負って、二人を休ませてやりたい気持ちはありますが、、そこは生身の人間とはいえ魔術師団長、魔族二人はどうにか捌くとして、ハウメアの魔術にまで対応しきれるかはわかりません。
「ーーわかった、俺が行く」
けれど、セレスは二人を背に、一人で前衛へと歩み出ます。今ここで自分を自分たらしめている力、ネイタルの力に思いを馳せて。
ーー今まで。セレスはネイタルをただ起動させ、その上昇した性能、速度や腕力といった素の能力だけを武器に戦ってきました。コエリやベスタのように、アスペクトスキルなどというものの発動を考えなくても、それだけで十分に勝利を掴み取れてきたからです。
けれど、西の森でレグルスに敗北し、その能力だけでは対応できないことがあることも思い知りました。
そして、今ここでも。
ならば、自分もそれに目覚めなければならないーーセレスはベスタへと、目線だけを動かして問いかけます。
「太陽金星牡羊、水星牡牛、火星木星山羊、この中で使える組み合わせを教えてくれ。俺にはこの星の位置の構造がよくわからない」
「ーー同じ星座同士は組み合わせて力を発揮できる。あとは牡牛と山羊だ。牡羊と山羊も、ハードアスペクトでも使えるならスキルになるはずだ。お前の中でアスペクトが成立していればだが」
わかった、とセレスは頷き、それぞれの星座の力を同時に発現できるか確認していきます。
使えそうなのは、、太陽と火星が、わりとしっくりくる気がします。それに、木星も交えられそうです。
「そろそろか。魔族のタフさに耐えかねてきたようだが、どうするかね?」
動きの止まったこちらに対し、ハウメアが油断なく障壁を維持しつつ、勝ち誇ったように話しかけます。
なるほど、魔族の二人はあちこち血を流しながらも全く衰えを見せず、こちらは二人に限界が近いと、一見こちらの状況も悪そうです。
ハウメア本人にも、疲労と顔色の悪さは感じられます。先程の呪法とやらの反動があるはずですから、ハウメアとて身を削りながら戦っているはずです。けれど、その魔力にはやはり終わりも翳りも見られません。そこは魔術師団の団長、百戦錬磨ともいうべき経験の豊富さで、ベスタの巨大な魔力をうまく受け流し、最小限の消耗で戦う術を心得ているのです。その差だけは、如何なベスタとはいえ容易に埋められるものではありません。
「ーーわかった。二人とも、サポートを頼めるか?」
けれど、セレスはそれを意に介することなく二人に確認をします。
この魔族二人がどうであれ、ハウメアさえ斬ってしまえばどうにかする算段が見えてくるはずなのです。
ーーそのための、魔族二人を捌く力を、今ここで得る。
「、、僕は元々サポートだ。前衛は任せる」
「好きにしなさい。ハードアスペクトは扱いが難しいから、使うなら気を付けて」
ベスタが頷き、コエリも同調したことで、セレスの腹は決まります。
確かに、この組み合わせには反発作用のようなものを感じます。けれど、反発するからこそ、扱える力というものも存在するはずです。
セレスは、自分の内に満ちる力を意識し、充足する気力とともに、ーーその力を解放します。
「太陽、火星、木星ーー三重アスペクトスキル、『武功を我が手に』!」
戦場の主を、更に上回る能力上昇、それが更に木星によってコエリ、ベスタにも伝播していくのを、セレスは敏感に感じとります。
同時に、思考がクリアになっていって、目的と、その達成までの道筋が一本の線で繋がっていく感覚を、得て。
これが、、アスペクトの、力。
敗けはないーーその、勝利までの十分なビジョンが見えたところで、ーー跳躍。
一瞬にして目に映る光景が吹き飛び、考えるより、ただ肌と直感で得られる感覚だけを頼りに、剣を振り抜きます。
魔族の二人は、反応はしたようですが、スローモーションの動画でも見るように、全くこちらの動きについてくることはなく。
二人の首が落ちる、その動きが、ひどく遅く見えます。それを、切り刻むことすらできたでしょうが、それよりもーー障壁を張ったハウメアを斬る。コエリの剣が先んじてハウメアの障壁に阻まれ、急速にその力を弱めていく異変を見届けながら、セレスはその隙に自身もバルコニーへと飛び出し、ハウメアの背後、バルコニーの外へーー空中へと舞い踊ります。
当たり前に生じる浮遊感、、けれど、わかっている。全て見えたビジョンの道筋通り。
身体が落下する前に、雨避けに張り出したバルコニーの天井に手を付いて身体を捻り方向を反転、狙いはこの障壁の外の、ハウメアの背後。
バルコニーの柵の外という、あり得ない位置からハウメアへと剣を振り下ろし、その身を柵ごと両断し。そして、落下し始める身体は、
「金星スキル、魔改造ーー風よ!」
ベスタの発生させた上昇気流によって、乱暴にバルコニーへと吹き戻されます。
階下にもバルコニーの存在は確認しましたし、おそらくそれがなくても生還はしたでしょうが、、ひとまずベスタへと手を上げて、礼を伝えます。
そして、これで全て終わった、と目線をバルコニーへと戻すと、
「ふ、ふふ、、それが、スキルか、、」
ハウメアはーーバルコニーの隅で転がっていて。肩を押さえ、コエリに剣を突きつけられた状態で、苦しげに口を開きます。
ほぼ、時を止めたに等しい挙動の数々、、それが発揮され敗北したのだと、わかってはいるようですが、
「お前、、」
致命傷、、ではありません。背中から多量の出血はあるようですが、狙っていたほど傷は深くないように見えます。
それに、ハウメアの立っていたあの位置と、セレスが振った剣の軌道からして、なぜ横に動いているのかにセレスは首をかしげます。スキルの影響だったのか、あの時のセレスにはハウメアを生かしておこうという気が全くありませんでしたから、それこそ脳天から真っ二つにでもなって、その場で倒れているはずだったのです。
ーー止めを刺さないと。
当たり前のように殺意でもって、再びハウメアに近付こうとしてーーセレスは自分の、その加減や慈悲といったものを排除した思考に驚愕し、動きを止めます。
、、目的のためには手段も過程も選ばない、そんな挙動が、普段の自分にもないとは言いません。それでも、普段の自分が殊更に人の死を選ぶことはありません。何故今自分は止めを刺そうとしたのか、、今の自分の意思に説明ができませんでした。
これがスキルの影響なのだとすれば、、正直に、怖いな、と思います。影響下においては人の思考まで動かすのがスキルなのだとすれば、間違った使い方はできない、と。大きく息を付いて、効果の切れるのを待ち、額にじんわりとかいた嫌な汗を拭います。
ベスタはそんなセレスを見て、無感動に、それはな、と解説を始めます。
「ハウメアをコエリが助けた。とっさにお前の剣の軌道を反らし、障壁が消えた瞬間にそちらへ投げて」
言いながら、魔族二人の生命活動の停止を確認して、ベスタがひとまず息をつきます。それがレグルスでなかったことに安堵しているような、どこか安心した様子に、セレスはなんとなく複雑な気持ちになりました。
木星が絡んでいた影響で、この二人にもスキルの効果は発揮していたはずですがーーその挙動を見る限り、ベスタに異状はなさそうに見えて、セレスは、ベスタ、と呼び掛けます。
「お前は、、大丈夫なのか? 今のスキルの影響は」
「ああ、木星があったからな、フィールドスキルということはすぐにわかった。お前自身に影響があるのは、おそらく自分自身を表す太陽が加わったせいか。太陽の牡羊座は我の強さから、山羊の強い目標志向を自分だけの狭い視野で叶えようとする。つまり、三人が三人とも自分の目的のために動いたんだろう」
我々の手ではなく、まさに我が手に、だ、と苦笑し、ベスタは一度真面目な表情を作って、その目的は個人で違う、と続けます。
「ーー僕は二人のサポートのために。だからそちらに集中し、スキルを発動した。そしてお前はハウメアを斬るために。だから無茶な特攻をしかけた。そしてーー」
ベスタは、ここで一度言葉を区切り、バルコニーでハウメアと対峙するコエリを、憂うような目で眺めやります。
「コエリは、ハウメアを生かすために。だからハウメアを移動させた」
「、、生かすために?」
それは、どういうことなのか。
コエリはハウメアを斬るために、、小恵理に代わって制裁を下すために、ここに来たのではなかったのか。
訝しく思いながらコエリを見ると、ーー苦しげに胸を片手で押さえた状態で、今も剣先をカタカタと震わせていて。
さっきの攻撃と言い、どこかおかしいーーセレスは、心配になって、おい、と少し強く呼び掛け、
「お前、何がーー」
その、明らかな不調に、先にハウメアの瞳が怪しく煌めきます。そして、場違いなほど優しい口調で、
「そうか、、小恵理、君か。私を想う気持ちが君を動かした、そういうことだねーー良い子だ、愛しい子よ」
「っ!?」
瞬間、コエリは糸の切れた人形のように剣を取り落とし、膝をついて座り込みます。
まずい、と、セレスは直感的に崩れ落ちるコエリの手を掴み、
「ちいっ!」
ハウメアの風魔法が二人を吹き飛ばすのと、セレスがコエリを抱えて室内に跳躍したのがほぼ同時でした。足先に風の刃が絡み付くのを感じながら、セレスは王の居室内へと転がり込み、今度こそ自分の意思でハウメアを斬るため、身を起こします。
けれど、その時にはもう、ハウメアの足下には、すでに魔法陣が展開していて。
「小恵理、来たまえ。フィナーレだ。君一人なら歓迎しよう」
「ベスタ、魔法陣を破れ!!」
意識のないコエリの身体が浮き上がり、ベスタはそのコエリへの術の妨害と、魔法陣打破のための術を展開し、
バチ、と。何かが切れるような音がして。
コエリへの術は効力を失い、けれどハウメアの姿はーー青く浮き上がる魔法陣を残して、忽然と消え失せていて。
沈みかけた夕陽を背に、なんとも言えない静寂が、二人の間に流れるのでした。
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