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ホロスコ星物語199

リーガルの山地、、ここに来るまでに聞いた話では、ここは前人未到の危険地帯、元々は古代の魔王城のあった地域とも言われていて、とてつもなく危険な魔物の巣窟、、といろんな噂は、耳にしていました。けど、、いざ目の前にしてみれば、小高い山々が連なる普通の山地にしか見えなくて、少しだけ拍子抜けしたような気分を味わいます。

ただ、なるほどね、一応その噂の理解できる部分もあります。山地全体にかかる、数メートル先も見えないような深い霧、、そしてこれを見て、何故ベスタ、レグルスの二人が二人だけで山地へと突入しなかったのかを理解します。

リーガルの山地自体は、地図で見ると大まかには4つの山々を主とする地域からできていて、ベツレヘム領北東の辺境部を、まずは南寄りにヘルヴェルティア山、ここは丁度、ベスタとコエリで魔物を討伐した辺りが含まれていて、ここを東西に低い山が走っています。つまり、あのデネブが空けたという大穴の辺りから山奥に入ったら、一応リーガルの山地には突入した、とか言い張れるわけです。意味ないけど。

で、そこから弧を描くようにエピャクサ山が続いて東部の海岸線に伸びていて、海岸線に出るためには、このエピャクサを抜けないといけません。ここは、プロビタス子爵を乗せた馬車がイェニーから進路を取らされていた方面に見えていた山で、奥は危険区域ですが、途中までは解放されていて、薬草の採取など、冒険者も依頼を受けて時おり出向くことがあるそうです。

で、ここまでが一応地形図上ではリーガルの山地とは名が付いているものの、人によってはここは含まれない、この辺はまだただの山だ、と主張してる程度の区域で、言っちゃなんだけど序の口ってやつです。

問題は、ここから先の二つで、一般に、人がリーガルの山地と言われて思い浮かべるのが、まず北部から延びるピッカ山、今まさに目の前にあるのがこの山です。

この山は奥行きが厚く、北の国、ギルデニアとの国境線沿いに、南部のベツレヘム領に広がる平野部を囲うように横に広く伸びていて、ここは道もなく、いわゆる天然の要害というやつになっています。

標高もそれほどでもないのに、なぜ道も作られていないのかというと、ここの霧はいついかなる時も晴れることはなく、当然人が入れる領域でもないから、だそうで。特に、この霧にあるもう一つ特徴が大きな理由なんだけど、別に悪いことばかりではなく、国境を面するギルデニアとゾディアックが争いにならないのはこの山のお陰、とも言われているそうです。要は、この山が邪魔でどちらからも侵攻できないわけです。

そして、そのまま更に連山のように東側へと続いていくのがイスパニア山で、ベツレヘム領の最北部と龍尾砂漠との間に鎮座し、こちらは剣山のような急峻で険しい山道、強大な魔物、容易に酸欠を引き起こす標高の高さと、ここが山地でも最大の障害となって、ベツレヘム領から先へ行く旅人の行く手を阻んでいます。

つまり、地図を見ると、リーガルの山地は丁度Cの字を逆向きにしたような形になっていて、コエリとベスタで魔物の討伐をした南部のヘルヴェルティア山、曲線を描いて続いて延びるエピャクサ山、イェニーの街の北部にある、逆Cの字の上の先端辺りにあるのがピッカ山で、その奥、ベツレヘム領を東側へ抜けようとする進路上、逆Cの字の中ほど、一番深い位置に立ち塞がるのが、イスパニア山ということになります。ちなみにピッカ山が手前に居座っている上、海があるから直接ベツレヘム領からイスパニア山には入れないし、エピャクサからも崖か何かがあるそうで、道はないんだって。

で、このイスパニア山の向こうには、龍尾砂漠という、レグルスが忠告していた、人を惑わせる砂漠があって、砂漠の中にイダ、そこからやや東進した、龍頭山脈の手前にダクティルが位置しているそうです。イダもいくつかのオアシスで維持されているだけで補給には向かないし、そこまで町や集落はないから、次にできる補給らしい補給は、このダクティルまで着いてからになるわけです。

「で、帝国プロトゲネイアは龍頭山脈の向こう側、、だけど、まずはこの山の攻略をしないとね」

単にプロトゲネイアへ行くのであれば、南のクライスト領から船便が出ていますから、賃料さえ払えればそこまで難しくはありません。けれど、自分達の目標はこの龍尾砂漠、、今から南下して、ベツレヘム領を丸々突っ切ってクライスト領を目指すよりは、この山地を抜ける方が圧倒的に早く辿り着くことができるはずです。

イスパニア山へ進むには、まずピッカ山を進んで東進し、一度ピッカ山を途中まで降りてから、改めてイスパニア山へと挑むことになるのだけど。問題は、このピッカ山からイスパニア山へ続く山地全体に、滞留するように立ち込めている、深い霧、、これが、第一級危険地帯の由来、レグルスが小恵理を待つ必要がある、と言っていた所以になるわけです。

この霧は、一見するとただの水分でできた霧のように見えますが、ここで魔力探知をすると、見えている霧全体が魔力で作られていることがわかります。そして一度中に入ってしまえば、その霧が物理的に視界を奪い、霧の魔力全体がジャミングとなって、霧の中での魔力の発動や、探査能力を阻む構造になっています。

当然こんなものが自然発生するわけもなく、つまり、この霧は、この山の主とも言うべき何かが、自分の住処へと入ろうとする侵入者を、阻むために設置された特殊な霧ということです。それも、山全体などという、とんでもなく広大な範囲全域に霧を発生させられるような、凄まじい魔力の持ち主が。

「で、あとはこれをどう進むかだけど、、」

それが何か、については諸説あって、例えば、引きこもりの大魔術師が大昔に作ったものだとか、昔の魔王の居城がこの霧の奥にはあって、その魔王の魔力の残滓が今も残っているんだ、とか。両方併せて、魔王配下の大魔術師が作った、なんて話もあったっけ。

その辺り色々知ってる人も、同行してはいるんだけど。小恵理は、前方に見える濃霧から目を離し、後ろを振り返って、大丈夫そう? と問いかけます。

そこでは、ベスタが地面に膝を突いて、息を切らして座り込んでいて。元々体調も良くなさそうだったけど、どうも、ここに来るまでに全力疾走をしたことで、体力を使い果たしてしまったみたい。顔色も悪く、ここから先に進むにはちょっと不安があります。

「でも王都を出てから、ベツレヘム領のクリュセイスに来るまでは結構頑張ってたのに、ブルフザリアからピッカ山までで、なんでへばるかな、、?」

距離にすると、王都からクリュセイスに着くまでと比べて、ブルフザリアからピッカ山に着くまででは、およそ三分の一から四分の一程度といったところです。普段のベスタで考えれば、ちょっと信じらんない感じ。

それに、顔色というか、体調というか、、やっぱり何か違和感があって、ベスタの魔力を見ようとして、

「大丈夫ですよ。すいません、ちょっと休めば、良くなりますから」

ーーそれを遮るように、ベスタが顔を上げて、軽く微笑んで。心配ありません、ともう一度繰り返します。まるで体調不良の原因は自分でもわかっていて、でもそれを知られたくはないみたいに。

そんなことを言われたら、一応は信じてあげなきゃって気にはなるけど、、でも。

「ベスタ、、何かあったの?」

ブルフザリアでは、結局面会に来てから脱出寸前まで、一度も姿を見せなかったベスタ、、一旦は、魔力の探知を取り止めて。見られたくないっていうなら、プライバシーみたいなものもあるだろうから、無理に見ることはしないけれど。

でも、その間に何かがあって、どこか悪いっていうなら、放っておくことだってできません。レグルスも、気にはしてるみたいだけど、何故かベスタを止めようとか窘めようとかはしてないし。

ベスタは、少しだけ口許をつり上げて、何か、自嘲するような笑みを浮かべて。一瞬だけ考えるような素振りをしてから、軽く息を付いて、首を横に振ります。

「ーーいいえ、何も。あなたが気にしなくても、すぐに回復しますよ」
「、、ベスタ」

大事なことのようなのに、自分には、教えてくれない、、そう感じてしまって、小恵理は残念そうに、そっか、、と頷きます。無理に見たら絶対怒られるんだろうな、とも思うし、むしろ最悪、いっそ失踪とかされそうな気すらするし。そんな、責任は自分でとりますよ、みたいな顔されたら、引き下がるしかありません。

ーーとか思っていたらベスタは、急に大きくため息を付いて、ジト目を向けて、不満げな口調で話をしてきます。

「あのですね、、! 根本的な話、元々僕は、あなたのような超絶持久力は持っていないんですよ。それを、王都では事前に用意していた強化薬と、強化魔法を駆使してどうにか持たせていただけなんです。即興で発動した魔力だけでの強化でなんて、持ってもこんなものなんですよ」

そ、れ、に、とベスタは続けて、あなたが飛ばしすぎなんです、とかわざわざ強調して、盛大に文句を続けてもきます。加速はすればするだけ空気抵抗も強くなるし、その分消費魔力も大きくなるわけで、いくら急いでいたとはいえ、王都を出発したときと比べても1.4倍ほどの速度が出ていては、長時間強化を持たせるなど到底不可能なんですよ、とかなんとか。や、1.4倍って絶妙に細かいし、よく計測したなって感じなんだけど。

カイロンにキレて、まじで飛ばしてた自覚はあるので、そう言われると返す言葉もないけど、、そんだけ責められると、さっきの振る舞いはなんだったのよってなるし、逆にカモフラージュのために敢えてこっちを責めてごまかそうとしてる気がして、なんだか納得がいきません。理不尽に怒られた気分。

とはいえーー、これだけ文句を言えるなら、普通に進む分には途中でへばることもないよね。小恵理は、一応確認するけど、とそれでもこれだけは聞いておかないとと、一つベスタへ質問をします。

「大丈夫っていうなら別にいいんだけどさ、、一応、魔力の枯渇は大丈夫なんだよね?」
「勿論です。あなたとは違います」

うーーん、先日も意図して枯渇させたばっかだし、それも意識してるのか、言葉のトゲがツラ。侯爵邸でもそうだったけど、自分でも前科犯の自覚はあるから、もうちょっと優しく指摘してほしい。王子に言われたみたいに、後先考えず、勝手をするのが悪い、って言われたら、、その通りなんだけどさ。

ただまあ一応、魔力の枯渇する心配がないっていうなら、素の体力は既に限界だろうけど、先に行けないこともないかな、と思うから。活動には大きな制限を受けることになるだろうから、その点はこっちでフォローするとします。

小恵理は、その相変わらず顔色の悪いベスタの様子を見て、仕方ないな、と一つ頷きます。

「それじゃあ、ここは私が先行するから、二人は付いてきて。アルトナのことを考えたらホントは一気に突っ切りたいけど、普通に山登りするから、レグルスは影から出ないでね」

迷ったら困るから、と小恵理は、ベスタの足元へと注意を与えます。今レグルスはこっちのベスタの影に移っていて、居心地が良いのか、半分寝てるような雰囲気が漂っていました。

この霧は視界が悪い上、魔力による探知も不可能にしてしまうため、いかにレグルスとはいえ、一度迷ってしまえば、容易には抜け出せないはずです。影からは、わかったぜ、とゆったりと応じる声がして、けれど、なあ、と少し興味深そうに、問いかける声が続きます。

「ちなみにこの霧、やっぱりあんたの魔力をもってしても晴らせないのかい? もし晴らせるって言うなら霧を気にしながら進むよか、その方が早えと思うぜ?」

レグルスの問いは、けれど普通なら不可能だが、という否定のニュアンスが含まれています。

確かに、ここを目にした者の多くは、人間、魔族を問わず、最初にこう思うんだよね。霧なんて所詮は水分なんだから、炎の熱でも使って晴らしてしまえばいい、と。けれど、何度もここを通っているレグルスは勿論、分析能力に長けたベスタにも、この霧は自分には晴らせないことがわかっているので、敢えて手出しをしようとはしていません。

考えてみたら納得だけど、それって要は、この霧は、中での魔術の発動を阻害するジャミング効果があるーーつまりは、魔術を無効化する性質を持ってしまっているから。この霧の中であっても、身体強化のように、体内だけで完結する魔術であれば問題なく使用できるみたいだけど、それを外に出すことはできない、、炎弾や氷槍といった普通の放出系の魔術は勿論、魔力砲やレターのような、属性の付加されていない魔術さえ無効化されてしまうからです。

つまり、そんな霧に外から魔術を放ったところでどうなるかと言えば、この霧自体が超絶分厚い壁となって、ろくに中へと進みもしないうちに、魔術が掻き消されるだけ、ということです。よくある魔法の霧みたいに、入ってすぐ元の場所に戻される、みたいな効果はないみたいだけど、魔術を使うには非常に大きな制約を科されることになります。

ただしーー、その制限にはたった一つだけ、例外があって。それが、古代の魔王の住処がある、とか言われている所以でもあるんだけど。

それができる可能性があるのが、自分の魔力ということでーーそれじゃあ、突破しますか。

小恵理は、わかったよ、と頷いて、正面の霧を見据えました。

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