見出し画像

ホロスコ星物語186

さて、そんな感じに、優雅な貴族らしい1日を、更にまったりのんびり過ごして、昼。

いつものように侯爵が部屋にやって来て、小恵理も素直に侯爵を招き入れ、そろそろ捜査についての話題が尽きでもしたのか、今日はブルフザリアの名産について、あれこれ話なんか聞いたりします。や、捜査のための協力ならするけど、本当にただの雑談で、別にブルフザリアに興味ないし、用がないなら来なくていいんですけどって感じです。

こう毎日熱心に通われると、さすがに、目的だってわかっているけれど。年齢差や外見は、隣を歩いても様にはなりそうだけど、生憎この人に興味はないからね。

「いいですね、ここから出していただいたら、一度ブルフザリアの観光とかしてみたいです」

小恵理は、でも、毎回お茶菓子をもらっていることへのお礼もあるし、と営業トークのつもりで、きっと楽しいのでしょうね、と笑顔で返してあげます。さすがに、適当にあしらうことはしません。

実際は、王都の方が何でも揃うし、ブルフザリアに特別目新しいものがないことは、すでに以前買い出しに寄った際に色々と見て回ったので、大体わかっています。けれど侯爵は、そんな営業スマイルには気付かず、良いことだ、と嬉しそうに微笑み、わずかに考えるような仕草をしてから、よければだが、、とこちらに流し目なんぞ送って切り出してきます。

「これから、君さえ良ければ、街の観光にでも行かないか? 私の立場上、どうしても私を良く思わない輩、排除したがる輩というものもいてね、護衛として数人の供は同伴させてもらうが、、ちょうど今日は時間があるんだ。特別に、私が君を街へと案内しようと思う」
「、、侯爵様が自らご案内を、ですか? 私は一応、立場的には囚人のはずですけど、、」

まさか公開処刑とか、、と小恵理が子猫のように警戒を露にすると、侯爵は弱りきった表情で、また君は、、と大きなため息をつきます。

「君を処刑など、、頼むからそんな悲しいことを言わないでくれ。君は私にとって、既に大切な客人だし、決して囚人などではない。そのつもりで、私の隣ではどうか伸び伸び過ごしてくれないか」

侯爵は悲しげな様子で首を振り、さりげなくそっと人の手なんか握って熱心に見つめ、一緒に来てくれないか、と力を込めて語りかけてきます。けれど、小恵理は敢えてそれに含まれた意図はスルーし、そう、ですか、、と立ち上がって手をすり抜けさせ、庭から外を眺めたりなどします。ーー勿論、この後の展開のための演技として。

だってねーー大切な客人、というワードと今の盗聴環境のギャップについては、囚人だし、仕方ないから目を瞑るとしても。でも外は、梅雨時らしく、相変わらずどんよりとした灰色の空模様で。天には分厚い雲が居座り、いつ雨が降ってきてもおかしくない雰囲気があります。ここで外出をしても、すぐに雨に降られてしまって、衣装も濡れるし、出店などを楽しむのには向きません。

晴れた日に誘ってくるなら、まだ素直にデートを希望しているのかな、という理解もできるけれど、、この聡い侯爵が、窓からだって見えるこの悪天候に気付かずに誘ったわけもないし。普段よりは出歩く人の少ない、人目から比較的逃れやすい、音だって消されやすいこんな日に敢えて誘いをかけてくるというのは、侯爵にも、何か意図があると思っていいように思えます。それも、大体予想できてはいるけれど。

ーーその用件というのは、人目に付きたくない何かで、、それも、家来を連れて歩きたい何かで。
さて、何かな。楽しみだね。

小恵理は、内心だけ不敵に笑いつつ、少しだけ迷うようにしてから、わかりました、と侯爵を振り返り、敢えて危険の渦中に飛び込もうという心中を隠した、半分戸惑いを交えた笑顔を作って、上品に頷きます。

「それじゃあ、、侯爵様が、そう仰るなら。生憎、天気はあまり良くありませんが、この中は気詰まりしてしまいますし、気分転換にもなると思いますので、お邪魔でなければ、ご一緒させていただこうと思います」
「ああ、、承知した。それでは、私はすぐに馬車の用意をさせよう。門の前で待っているから、君も外出の準備をして来てくれ」

侯爵は、小恵理の微笑みに、熱にでも浮かされたように、どこかぼうっとした様子で、ではまたあとで、と手を振ります。それから、ああ、と思い出したように声をあげると、着替えは用意させるから、使用人から受け取って好きなものを選んでくれ、と少し早口で言い残して、どこかぎこちない、緊張した動作で部屋の外へと退出していきます。うん、、いかにも、外で何かする気です、っていう感じ。

そうして侯爵が立ち去ると、相変わらず気の利くメイドさんが、待っていたようなタイミングでこっそりと小恵理へ耳打ちをしてきます。

「外出なさるのでしたら、、せっかくですので、例の髪留めもお使いになりますか?」
「うん、そうだね。お願い」

相変わらず良い子というか、気の利いたメイドさんの提案に、ここぞとばかりに乗らせてもらって、ついでに小恵理は、私、侯爵が好きそうな衣装とかよくわかんなくて、、と困ったように告げて、衣装も、メイドさんのコーディネートで良いから、選定してもらえるようお願いをします。

メイドさんは、さすがに、当人が見ずに自分の目だけで決めるのは、と戸惑った様子でしたが、さすがのプロ意識というのか、重ねてお願いをすると、かしこまりました、と困った様子ながら、深々と頷き、お気に召される衣装を選んで取ってきます、と躊躇いがちに一度部屋を退出していきます。

ーーさて、、と。たぶん、一人にはしたくなかったんだろうけどね。確かに、体よく一度追い出した形ではあるけれど。小恵理はその、わずかな隙間時間を活用するべく、ベスタから借りたペンを懐から取り出して、どうしようかな、と思案します。

あの子は、メイドである以上に隠密だからね。警戒心も強いし、いっそメモを作ってあの子に渡してしまって、侯爵を誘導しても良いけれど、、でもあの子は、あくまでも今の主である、侯爵の方に忠実に動くはずです。巻き込んでも良くないか、と小恵理はそちらの誘導は取り止めて、ペンを懐にしまい直します。

それじゃあ、、ペンはまた後で、別の用件で使うとします。あの感じだと、メイドさんもすぐに帰ってくるだろうし。貴公子然とした侯爵に付き添うってなると、普段なら絶対着ない、ひらひらした動きにくい生地の衣装とか着させられそうな気もするけど、それも我慢するしかないかな。

それよりも、と小恵理は先に、外での立ち回りについて思いを巡らせます。

外で、何かが起こるのは前提としてーー、侯爵が何を思って、何を狙って外出を提案したのかは知りませんが、外出の機会を狙っていたのはこちらも同じです。屋敷さえ出てしまえば、警報結界の盗聴機能や、各種魔術への探知機能を気にする必要もなくなるし。

これで、ベスタと接触するタイミングがあれば、活用させてもらうんだけど、、さすがに、魔術を封じられた状態で、部屋の結界の外の様子を見ることは不可能です。ベスタがここを監視していて、狙って何かを起こす、接触する機会を作ってくれることも、ちょっとくらい期待はしたいけれど。ベスタがどんな策を打ってくるかはわからないので、これはベスタの動きに合わせて、適宜どうにかするしかありません。

あとは、仮に争いになるとしたら、、封魔の腕輪があるから、すぐに何かはできないとは、思われてるとして。こちらが魔術を使えることはすでに知られていますが、今ならそこまで警戒はされない気もします。だから、どんな役割を果たすのかも含めて、その辺は立ち回りでどうにかするとして。

うーん、、結局、色々考えてはみたけれど、なんだか行き当たりばったりになりそうな予感。そうして、しばらく部屋で待っていると、程無くしてメイドさんは予想通りに黒色の、シルク生地の流れるようなドレスなどを用意して、部屋まで持ってきてくれました。

あとは、黒色のドレスに合わせた、同じく黒色の、レースを使った手袋に、黒のチョーカーと、一見すると喪服のようだけれど、要所要所に金の飾りが付けられていて、どっかの誰かさんの衣装とよく似た印象があります。早く戻ろうという意識が働いたからか、はっきりしない小恵理本人の好みを考えるより、主の意向の方に合わせたみたいでした。

この色味もスタイルも、どっちかというと、自分よりはコエリが好みそうではあるんだけどねえ、、でも、こういう役回りもたまには面白いかも、と小恵理はどこか新鮮な感覚に、いっそ楽しくなって、着替えの手伝いをメイドさんに頼み、早速衣装に袖を通していきます。

うん、さすがどの生地も一級品で、サラサラとした感触が心地良い感じ。順に少しずつ飾り立てられた自分を見ていくに連れ、色こそ黒が目立つけれど、お洒落と言ってどうにか通るレベルではあるし、どう見ても良いところの御令嬢で、お姫様にでもなったみたいな気分になってきます。そのおめかしの最後に、メイドさんが蝶を象った金の髪飾りを髪に刺してくれて、出発の準備は整いました。

「素敵です。これならきっと侯爵様に気に入っていただけますよ」
「うん、ありがとう」

メイドさんも渾身の作、みたいな誇らしげな笑顔で、お互いに顔を見合わせ、二人で部屋を出て、使用人たちの注目など浴びつつ、廊下を歩いて。玄関ホールまで行ったところで、お世辞でない感じに、熱の入った応援をしてくれたメイドさんへと手を振って、小恵理は久しぶりに侯爵邸の外へと歩み出ます。それから、やはり湿気を含んだ空気と、空を灰色に覆う曇天を視界の上に感じつつ、そのまま正門へと向かいます。

その門の先では、全身黒の衣装に金の腕輪、首飾りなど、相変わらずの黒、金という色使いで身支度を整えた、新ベツレヘム侯爵が、姿勢良く立って自分を待っていて。

、、自分の衣装の色は、パッと見では喪服に見えたくらいだったのだけど。曇天とはいえ、外の薄明かりの下で見ると、侯爵様は侯爵様で、わりとパンクな格好というか、衣装がライダースーツみたいに見えなくもありません。サングラスが似合いそう、とか微妙に思ったりもして。

「えっと、、お待たせしました、侯爵様」

本音を言うと、悪目立ちしそうだし、ちょっとだけ隣に並びたくないな、と思いつつ。小恵理は相変わらずの余所行き用の笑顔で、軽く会釈などして、挨拶をします。何をどうするにせよ、最後まで油断してもらってる方が何かと都合は良いし。

侯爵は、人の姿を見つけるや、なにやら息を呑んで、完璧に硬直していて。緊張と照れが半々くらい混ざったような反応に、少し楽しい気分にもなるけれど。この衣装、ちょっと身体のラインが出てるから、あんまり凝視されたくはないんだよね、と小恵理は素早く、メイドさんから預かっていた、濃茶のストールを羽織っておきます。

これもゴージャス感が増してしまう感じで、本当はそんなに好きじゃないというか、やっぱりコエリの方の好みに合いそうです。もし二人が会ったら、意気投合とかするのかな、とか明後日の方向のことも考えて。でもたぶん、そんな機会はないでしょう。

なんにしても、まずはこの門前を切り抜けないことには始まりません。小恵理は侯爵の前に立つと、いつまでも固まったまま動かない侯爵へ、不思議そうに首をかしげます。

「あの、侯爵様、どうかされました?」
「あ、ああ、、いや、君は、元から魅力的だとは思っていたが、これは、また、、」

侯爵は、何か夢でも見てるみたいに、うわ言のようにぶつぶつと呟くと、頬を赤らめ、明らかに半分意識が明後日の方向に飛んでるな、とわかる様子で、何かを口ごもります。それから何度か咳払いをして、ようやく気を取り直して。や、まじでお坊ちゃんというか、身内以外の女性に免疫がありません、みたいな反応です。

最低限の馬術とかは嗜んでいそうだけど、運動もそこまで慣れてる風ではないし、あの悪者全開の父親から独立するまでの間、どんな生活してたんだろう、と侯爵を見ていると、不意に疑問に思ったりもします。母親の方には何か訳あり感もあるし、案外、本物の箱入りだったりしてね。それが一念発起して父親から独立してみた、とかが一番ありそう。

それから侯爵は、こちらへ、と少しだけ震える手つきと緊張した声で、そっと人の手を取ります。お姫様のように、恭しくエスコートをしてくれるのは良いけど、やっぱり緊張しすぎなんだよねー、、手袋があるから良いけど、手汗凄そう。

ひとまず、これまた全面黒塗りに金の装飾という、高級感ある外装の馬車へと乗り込ませてくれて、そこは素直に従います。

幸い、馬車の内装は、そこまで凝った意匠はないものの、座席や壁面には柔らかな革製のクッションが利いていて、乗り心地は悪くなさそうです。車内も広々としていて、小恵理は隅の席でこじんまりと座りながら、侯爵が乗り込んでくるのを待つことにします。

でもそう、その前にーー忘れてはいけない、布石というものがあって。出発前に、まずは一つ。
まだ、ここは警報結界の範囲内だったけれど、小恵理は一つ、ネイタルのスキルを使ってみて、侯爵が反応するかを確認します。

ーーうん、反応なし。魔術には敏感に反応する警報結界も、スキルには反応できない、というわけです。それはとても都合が良いので、小恵理は何食わぬ顔で、まずは手早く一つ、スキルを打ち込みます。

それから、侯爵が従騎たちへと手早く護衛の指示を出して、馬車の奥へと乗り込んでくると、すぐに、あの、、と小恵理は遠慮がちに話しかけ、両腕を広げて見せます。

「着替えはあの、部屋にいたメイドさんに手伝っていただいたのですが、私の格好、おかしなところはありませんか? こういう衣装、初めて着るもので、、」
「あ、ああ、、い、いや、問題ない。その、とても綺麗だ」

侯爵は、ぎこちない動きで席に着くと、目線を泳がせ、やや上ずった声で答えます。やはり侯爵はカチカチに緊張した様子で、小恵理はそれに優しい微笑みを向けながら、けれどその間に、周囲を固める従騎の数や状態を見ておきます。

数人と言っていた従騎の数は、、4人。そのいずれもが魔族で、武装は軽鎧と形ばかりの剣のみ。彼らは肉体そのものが武器みたいなものなので、恐らく戦闘になっても、あんなナマクラは使わないはずです。

並みの貴族の私兵くらいが相手なら、この人数でも十分だとは思うけど、、4人ね。今後の展開を思うと、微妙、というのが正直な感想で。

「では、出発しよう。ーー出せ!」

侯爵は、どこか固い声で、御者へと馬車を出すよう命じます。目的地をどうするとか、普通ならあるはずの説明もなくて、突っ込んでみようか少しだけ悪戯心で思案している間に、ーー早くも馬車が、進み始めて。警報結界の範囲を抜けたことを察知して、小恵理は先に誰にも悟られないよう、コエリの蠍座を借りた隠蔽のスキルで隠しながら、用意していた仕掛けをもう一つ撃っておきます。

ーーこれでよし。これで、何かあっても最悪の事態は避けられるはず。

出先もそうだけど、屋敷もね。これは、万一の意味もあるけど、現状がとにかく推測したことばかりで、魔王が出てくるのかもわからなければ、タウリス伯爵の現状もわからず、確定した情報が少なすぎるためです。屋敷では何も起こらない可能性も、あるにはあるけど、、保険はいくら打っておいても損はありません。

とりあえず、これで出発前の準備は十分かな。
これから、どこへ向かうのか、そこで何をするつもりなのか、、小恵理は、相変わらず緊張をして、こちらを見もしない侯爵を横目に、少しずつ流れていく、ブルフザリアの街並みを眺めやります。

それから、、これから先を暗示するような、天を覆い尽くす、灰色の空を。

皆様のためになる記事、読んでてクスッとできる面白い記事を目指して書いています。 日々更新に努めていますので、よろしければサポートよろしくお願いします♪