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ホロスコ星物語189

「大人しく殺されてあげる気は、ないよ!」

小恵理は、封じられていた魔力を解き放ち、今まで隠していた力を爆発的に燃え上がらせて、自分へと降りかかる全ての脅威を打ち払うべく、剣を構えます。

けれどーー

「、、あれ?」

魔力を解放し、剣を構えた小恵理に対して、襲ってくるような刃は、一つもなくて。

唯一、後ろで剣を突きつけていた侯爵だけが、小恵理の唐突な挙動、魔力による圧力に圧倒され、吹き飛ばされたように、地面へとへたりこんでいましたが、、小恵理を取り囲んでいた魔族たちは、各々剣こそ手には持っているものの、誰もが沈黙を守ったまま、ただその場に立って頭を垂れ、攻撃を仕掛けようとはしていません。

「な、何故だ、、! お前たち、この娘を殺せ! 誰にも見られないうちに殺すんだ!!」

侯爵は、震える脚でかろうじて起き上がり、大きく腕を振って、再び魔族たちへと命じます。

けれど、先程と同様、小恵理へと正面から斬りかかってくるような魔族もいなければ、闇魔術を使おうとするものも、影へと入り込んで奇襲をかけようとするものも、いなくて。

今まで、これまで続いてきた苦難の期間、ただの一度たりともあり得なかった命令の無視に、侯爵は、いったい、どういうことなんだ、、! と愕然と立ち尽くし、小恵理へと疑惑の目を向けながら、一歩、二歩と後ずさります。

「き、君が、、? 君がまさか、この事態を想定して、何か、彼らに行動を強制するような術を、、いや、だが、彼らにそんな魔術が通じるはずは、、」

うん、、確かに、幻惑や幻術といった、知覚を麻痺させたり混乱を強いる、行動を封じるような魔術は、魔族の体内に満ちる魔素がそうした魔術の入り込む隙を与えないため、魔族には通じない、、それは確かにその通りだし、事実、そんな魔術は使ってはいないけれど。

ーー小恵理は、けれど、封魔の腕輪を投げ捨て、魔力を解放したことで、その理由が、すぐ近くにあることを、察知しています。

あの、天板で地図を見ていた時、事件を察知して草原に向かった際に感じていた、妙な魔力がーー今、ここにはあって。
そういうこと、、と。

もう一度、再度魔族に、キーリを殺すんだ、お前たち! と叫ぶ侯爵に、小恵理は本格的に同情する目を向けます。それが、本当に無駄だと、侯爵にとってはどんなにか裏切りに等しい沈黙であっても、彼らは絶対に動けないと、わかっていたから。

「ええい、私は、ベツレヘム侯爵として、この街における魔族への指揮権を継承している! 何故命令を聞かない!? 私の命令は魔王の命令と同じなのだぞ!!」
「ーー答えは簡単さ」

そう、低く呟く、一言で空間の全てを支配するような、絶対的な圧力を伴った声で。すぐ後ろの中空からーーむせかえるような、濃密な魔の気配と。
強大すぎる、絶大な魔力を伴った姿がーー突如、現れて。

彼はーー、羽衣のような、薄手の漆黒の衣を身に纏い、重力を感じさせない、ゆっくりとした動きで、すっ、と小恵理のすぐ隣の地面へと着地します。その傍らに、それからもう一人、レグルスも空間移動でもしたように、瞬時に降り立ち、拳を地面に付けて膝を付き、忍者のように、頭を下げて彼の後ろで控えます。ベスタは、、ここには、いないみたいだけど。

現れたのは、おそらくは専用の探査魔術を持つ小恵理だから認知できただけで、街の魔術師は誰一人気付かない、内に秘めた力は絶対的なものがあるのに、それを感知するための魔力には一切反応しない、そんな特殊な技能を持つーー、一人の、少年。本来であれば、だから、こんな闇の魔力だって、放つことはないはずの。

彼は、着地と同時に、その闇の気配を不意に打ち消し、小恵理を庇うように前に進み出ると、侯爵へと、侮蔑する笑いを向け、いきなり遠慮のない言葉を言い放ちます。

「ははっ、君は面白いことを言うね。君の命令が魔王の命令と同じ? 君は一つ、大きな勘違いをしているよ。君の指揮権は所詮はただの借り物、それより上位の命令者が現れれば、君の命令など何の意味も持ちはしない」
「、、上位の命令者だと?」

見た目は、まだ十代も半ば程度。突然現れた子供の姿に、一瞬目を奪われた侯爵は、新たに現れた邪魔者を冷静に排除しようと、何かを言いかけてーー

「そうさーーお前の父に指揮権を渡してやったのは僕だよ、、なあ、ベツレヘム」

その、ベツレヘム、と一音一音強調して自分の名を呼ぶ、絶対的に上位に君臨する、支配者そのものの一声に。ーー魔王、カイロンの声に、脳髄が痺れるような寒気を覚えて、侯爵は否応なしに沈黙を余儀なくさせられます。

全身から冷や汗が流れ出し、生物としての本能が、この相手には逆らうなと、絶対に服従しろと、自分自身へと命じているーーそんな錯覚さえ覚えて、侯爵は、その場にひれ伏しそうになって、、けれど領主としての矜持か、それだけはギリギリで堪えて。けれど、反抗する気力などは、到底生まれなくて。その言葉を意味を脳が理解するまでもなく、はっ、、と全身を恐怖に震わせながら、身体が勝手にその場で頭を垂れ、侯爵は服従の意を示します。

それを、小恵理はどこか薄ら寒い気分を味わいながら、苦虫を噛み潰したような顔で眺めやります。

正直、魔力反応がなかった、と言っていたことが侯爵の調査団がついた嘘だったと気付いた時点で、魔王がここへと来る可能性なんて、完全に捨ててかかっていて、、今更まさか本人がここへ来るなんて、思いもよらなくて。

なのに、なんでかいきなり、こんなところに、出てきて。しかもこんなタイミングで、レグルスまで引き連れて。

彼の気配は、本当綺麗に隠されていたし、ずっと封魔の腕輪をつけられて、探査魔術も久しく使っていなかったから、ここまで全く感知はしていなかったけれど、、でもまず最初に思ったのが、なんでこんなところに来てんのよ、ということで。

「カイロン、あんた、何してんの?」

その疑問が、思わず口をついて出てしまった小恵理に、カイロン、こと魔王は実に嬉しそうに、それこそ外見相応の子供のように顔を輝かせて、小恵理を振り返ります。

「やあ、小恵理。会えて嬉しいよ。君の進みがあまりに遅いから、どこかで引っ掛かってるのかと思って、思わず来てしまったんだ」
「いや、そんなちょっと様子見、みたいなノリで出てこられても、、」

あんた一応ラスボスでしょ? と指摘すると、カイロンは、いいじゃないか、と会話できているだけで嬉しい、とでも言わんばかりにニコニコ顔で言葉を返してきます。しかも勝手に腕に取り付いて、頬なんかくっ付けながらなついてきて、なんか犬でも相手にしてるような気分。

「実際、僕も全く想定していなかったところで君は抑留されていたわけだし、しかも聞けば、その原因は僕の命令を聞いたレグルスにあるというんだ、助けに行かないわけにもいかないだろう?」
「いや、命令って、、それ、殺人でしょ? そんな嬉々として語らないでくれない? それに今だって、いなきゃいないで別にどうとでもできたけど、、」

と、ほとんど条件反射で反論してから、小恵理は、でも、と少しだけ、今の周りの状況を見て、思い直します。

内心どんな思いを抱えているにせよ、、今も、魔族たちはただ立って頭を垂れ、沈黙を続けています。

実力は、魔族としては並み程度、実際に、この人数の魔族に囲まれていたところで、魔力を封じられていても侯爵に後ろを取られていても、そんなのは全部些事で、自分にとって、彼らへの対処には何も問題はありませんでした。

この侯爵も、ずっと剣こそ持ってはいたけれど、手つきを見れば自分自身は全然剣に慣れてない、ほとんど素人同然の腕前ということはわかったし、だから小恵理の始末に自分で手を下さず、わざわざ魔族へ命令を下していた、というのもわかっていて、、逆にそんな、自衛もできない腕で改革に着手した度胸とか覚悟とか、凄いとしか思わないけど。

でもーーカイロンが出てきてくれたから、この中の誰のことも傷つけずに済んだことも、事実だったから。小恵理は、カイロンからそっと腕を引き抜いて取り戻し、代わりにその小さな頭を抱き締めてあげて、ありがとう、とお礼を言います。

「あの子達を止めてくれて、ありがとう。この街じゃ魔族が治安を担当してるっていう話だし、一つの署の警察8人が一気に欠けたりしたらって考えたら、やっぱり問題って出るものだと思うし」

勿論、殺さずに済ませるつもりではあったんだけど、、痛い思いをするっていうだけでも、やっぱり誰もがイヤなものだと思うしね。

だから、ありがとう、と。優しく笑顔を向けて、もう一度続けた小恵理に、カイロンは、軽く頬を赤らめながら、明後日の方を向いて、今度は急に、別に、、とかのたまいます。

「君ってやつは本当に、、相手は魔族だろ? 自分を殺すよう指示されて、僕がいなかったら本当に実行してただろう相手にまで、そんなことを言ってさ。お人好しすぎて、君には呆れてしまうね。僕は、君が無事ならそれでいんだ。ーー無事ならね」

ーーと。カイロンは何かに気付いたように、急に目付きを鋭くして、陰のように、動いたと察知すらさせない、不気味な迅さで、小恵理のうなじへと触れてきます。

「ん? いったっ、、!」

その、触られた場所に、ピリッとした痛みを感じて、小恵理はカイロンを振り向きます。

カイロンの指先には、わずかな朱色が染み付いていて。自分でも触ってみて、そこがわずかに切れて出血していることに気が付いてーー、一瞬、いきなり何すんのよ、とも思ったけれど。カイロンの、鋭すぎる目付き、明らかに怒りを感じて歪められているその口許に、カイロンじゃない、と気付きます。

ここって、侯爵がずっと剣を突きつけていた場所だから、、たぶん、さっき一瞬力を込めた時か、魔族からの攻撃へ対処するため、不意打ちで動いた時だかに、刃先に触って切れてしまったのでしょう。素人さんの剣って重さにも自分でコントロールすることにも慣れてない分、どう触れさせたら斬れるのか、斬れないのかもわかってないし、結構不安定に揺れてたりもするから、一回離して動いたつもりでも、ちょっとだけ触ってしまったりもするから。

カイロンは、何か黒いオーラでも見えそうなくらい、尋常でない雰囲気を放ちながら、その指先を、睨み付けるように忌々しげに見つめーー

「カイロン、、? 待って!!」

小恵理は、振り上げたカイロンの腕に、後ろからとっさに自分の腕を絡めて、その動きを封じます。その様子に、イヤな予感がして。もし何かをする気なら、制止のための魔術を練り上げることもできるよう、一瞬先にした準備が間に合いました。

その振り上げたカイロンの手にはーー、小恵理の魔力の剣によく似た、暗黒の剣が握られていて。もし今後ろから止めていなければ、その剣先は間違いなく、侯爵を叩き斬っていたでしょう。

カイロンは、自分の決断、制裁を下そうとした腕を邪魔されたことに、納得がいかないとばかりに、小恵理へと噛みついてきます。

「小恵理っ!? なぜ止める!?」
「そりゃそうでしょ! ちょっと首筋が切れたくらいで人のこと殺そうとしないでくれる!?」
「ちょっと!? 首を切ってるんだぞ!」

いや、うん、確かに部位としては致命傷になる位置ではあったし、危険だったのも、カイロンの心配する気持ちもわかるけど。いや、いきなりすぎてこっちがびびったわ! と小恵理が叫ぶと、カイロンは、一瞬、自分の軽挙を反省したのか、しぶしぶ俯いて、手から力を抜いて。

それから、でもまだ頬を軽く膨らませて、若干の不満を残しつつ、自分の死の危機にも身動きさえとれず、呆然とその動きを見守っていた侯爵を苛立たしげに睨み付け、大きく息をつきます。

「、、正直、小恵理を傷付けるものを、僕は許したくない。でも、君がそう言うなら、、仕方ないから、この場は納めよう」
「うん、、そりゃ、ありがと」

と。お礼を言いながら、小恵理は妙にむずむずするような気分になってしまって、ちょっとだけ口許をひきつらせます。

だって、これ王国の騎士とかに言われるなら、そりゃ、素直にありがとうって感謝もできるけど、、言ってるの、魔王よ? ラスボスよ? 聖女の宿敵で、最後に討たなきゃいけない相手よ?

そのラスボスから、君を傷つけるものは許さない、とか言われて、実際に刃物なんて振り回された日には、いったいどう反応すりゃいいのよって話でさあ、、なんか、なんで私カイロンと敵対してるんだっけ、と魔王討伐を掲げていたはずの、自分の目的さえ忘れそうになります。

確か転生した時に神様に討てって言われただけで、別に、実際、アルトナの件とかコエリの件とかなかったら喧嘩する理由もないんだよねえ、、あれはあれで今でもモヤモヤするし、簡単には許せないんだけど。今のカイロンとか見てると、正直話し合いで解決、とかできそうな気はするんだよね。

カイロンは、もう一度大きな溜め息をついて、やってられない、とばかりに一旦は剣を納め、けれど侯爵へ、ただし、と睨みを利かせながら、宣告をします。

「今の傷と言い、僕の手駒たる魔族を小恵理を殺すために利用したことと言い、君にはやはりもう指揮権など預けてはいられない。悪いけど、その指揮権は、僕が回収をしてーー」
「待って、カイロン」

うーん、、本当は、これくらい許してあげなきゃいけないのかもしれないんだけど。

、、なにさ、とこちらを振り向き、何かイヤな予感がする、とばかりに激しく警戒するようなジト目を向けてくるカイロンに、小恵理は、少しだけ困った顔で、あのね、とできるだけ優しく声をかけます。

「できたらなんだけど、侯爵からは、魔族の指揮権も取り上げないであげてほしいんだ。侯爵には、まだまだしなきゃいけないことがあるから」
「だから、君という子は、、!! 自分の言ってることの意味がわかってるんだろうね!? 指揮権を預けたままにしておくということは、また魔族が脅威になるということだ!! 僕の配下を使って、また君を襲うかもしれないってことなんだぞ!!」

僕の配下に、魔族に君を殺させる気か!? と、激昂して、身振り手振りも大きく、地団駄を踏んで、厳しく責めてくるカイロン、、うん、や、本当、あんた宿敵で魔王でしょっていう、台詞に対する違和感は、もう明後日の方にぶん投げておくとしてーー、カイロンの気持ちは理解できるし、わかってた反応ではあるんだけどさ。

ここは素直に申し訳ない気持ちが湧いてきて、ごめん、と小恵理は頭を下げます。カイロンは純粋に心配してくれてるし、その厚意を無に帰そうとしてるっていうことは、自分でもわかっていたから。

だから、怒られるのは、わかってたんだけど。でもね、と、小恵理はできるだけ真摯な声で、カイロンにも届くよう、本心からの言葉を続けます。

「この侯爵は、元々は、父親が荒廃させたこのベツレヘム領を復興させるために、魔族に協力してもらってただけなの。今回は、ライバルを蹴落とすために魔族の力を悪用したわけだし、実際に死者が出ちゃってるのは、私も思うところがあるんだけど、、でもたぶん、侯爵にはこれから先も、魔族の力は必要になると思うから」
「で? だから? 元々魔族の指揮権は僕の都合で父親の方に貸し与えたものだ。子供に使わせてやる義理はないし、人間の町が荒廃しようが復興しようが、僕には全く一切何の関係もないんだけど?」
「うん、わかるけど。でも、今の侯爵がそれだけ頑張ってくれたら、辛い生活を送る人や、不幸になる人が減るかもしれないでしょ? だから」
「あああああ、、もう、わかったよっ!」

カイロンは、額を押さえ、何かを投げ捨てるように腕を振ると、投げ槍に言って、小恵理へと背を向け、さっさと歩き出してしまいます。もう勝手にしたらいいさ! と吐き捨てて。

そして、けれど少し離れたところで、こちらを振り返って。

「人間の町が荒廃しようと圧政に苦しもうと、僕にはどうでもいい。勝手に復興させたければ復興させればいいさ。そんなこと、僕は興味なんかないんだよ」

侯爵に手を下すのは諦めたように、けれどイライラは最高潮に残したような口調で、口早に言いながら、カイロンの身体は宙へと浮いていきます。ずっと緊張した様子のまま、死刑宣告でもされたのかと疑うくらい、最後まで固まった状態で頭を垂れて、ここまで一言も話そうとしなかった、レグルスも一緒に引き連れて。

「まったく、とんだ道化だよ。これじゃ何をしに出てきたのかわかりゃしない。だが僕が反省を一つするならば、今回の件は、確かに僕の命令に原因があったということだ。だから、これ以上は控えよう。ただし、覚えておけ。ーー次は、ない」

その、ない、の最後の一言に、小恵理でさえ背筋が冷えるほどの殺気と眼光を煌めかせ、カイロンは中空へと靄が溶け込むようにして姿を消していきます。ーーその全身が消える寸前に、そうそう、とまだ上半身だけ見えた状態で、小恵理を振り返って。

「言い忘れていたけれど、小恵理は急いだ方がいいよ。タウリス伯爵だっけ? 元々そういう算段だったんだろうね。そいつの屋敷で、今にも処刑されようとしてるよ」

じゃあね、と最後は、今までの不機嫌はなんだったのかと思うくらい、小恵理へと愛おしそうな笑顔を向けて、カイロンは消えていきました。

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