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ホロスコ星物語207

二人に続いて、遺跡の石畳を歩き出した小恵理は、レグルスからは心なしか距離を置きつつ、緊張と、さっきまではなかった、死というものへの不安を抱きながら、石壁に囲われた細長い、薄明かり程度では全く先の見通せない、奥へと延々と続く空間を進みます。

「ッホ、ゴホッ、、」

うーん、、おかしいな。この遺跡に入った当初は、全然気にもならなかったし、気付きもしなかったけれど、、砂漠に埋もれていたせいなのか、遺跡特有の埃臭さや空気の悪さに、咳を何度か繰り返して、その異変に首をかしげます。ずっと同じ遺跡、同じ環境にいるはずなのに、、こんな呼吸のツラさみたいなものは、さっき魔力を失うまでは、全く感じていなかったのに、と。

それにーー、この通路は地下にあるせいなのか、さほど気温が低いわけでもないと思うのに、身体の芯から冷え込ませるような、肌寒さもあって。

ずっと歩いているんだから、少しは身体も暖まってるはずなのに、と不可解さを覚えながら、もしかしてこれも何かの魔力なのかな、と小恵理は身体を両手で包み込んで、身震いをします。

こんな寒さも空気の悪さも、さっき、今村小恵理へと変化するまでは、特に何も感じませんでした。とすると、遺跡に何かの力が働いている、という可能性をまず考えるけれど、、前を行く二人には特に変わった様子も、そういった力への警戒もなくて。
となるとーー

「小恵理、大丈夫ですか?」
「うん、、大丈夫。ごめんね、ありがとう」
「いえ、、何か異変があったら言ってくださいね。今の小恵理には、僕らにとっては些細な変化でも、大きな影響になると思いますから」

うん、、ベスタは心配そうにハンカチを差し出してくれて、その気遣いは本当にありがたくて、ありがとう、ともう一度お礼を返します。

ベスタは、さっき小恵理が魔力を失うきっかけを作ってしまったことに責任でも感じているのか、ちょっとした変化でも、細々と注意を払ってくれていて。この空気の悪さにしても、冷え込む空気にしても、何か害がある変化が起きていたなら、せめて注意くらいは促してくれていると思います。

だから、それはつまりーー、考えられる結論としては、環境自体は、特に変わっていなくて。自分が魔力を失ったことで、当たり前に、無意識に整えていた周囲の環境、自分の持っていた耐性が失われただけ、ということなのだと、わかります。ミディアム・コエリの身体であれば、どうということもなかった、微細な環境の変化に、魔力を一切持たない今村小恵理の身体が、悲鳴をあげている、、ということが。

本当、、なんでこんな、前世の姿に戻ってしまったのか、あの魔力塊の正体とか、それに、ーー元のコエリの姿に戻れるのか。ずっとこのままなのかも、まるでわからないし。不安は、尽きないけれど。

ベスタは、、あの後、先頭を進んでレグルスと引き受けてくれて、二人で何かを話しながら、今も遺跡を迷うことなく進んでいます。どうも、この遺跡にアルトナの魔力の痕跡があるらしくて、そこを目指してるってことみたい。

「小恵理、傷は痛みませんか?」
「うん、大丈夫」

ありがとう、と小恵理はもう一度ベスタにお礼を言います。本当、普段の意地悪だったり口うるさかったりといったベスタはなりを潜めていて、普段からこうだったらいいのに、とか思ってしまうけれど。

傷っていうのは、さっき偽者を疑ったレグルスに、付けられたやつ、ね。触れてみても痛みも感じないし、たぶん、赤くなっていたりもしないんじゃないかな。

気が付いてみれば、女の子の頬に傷を付けるって、何考えてるのよとも思うけど、、その、さっきレグルスに付けられた頬の傷は、あれからすぐに気付いたベスタに、念のため持っていたという、傷薬で治癒してもらうことができました。

いわゆる魔道具の一つになるみたいだけど、光魔術を籠めた聖水みたいなもので、要はよくあるRPGの回復アイテムみたいな感じ。本家の光魔術と違って、治癒能力自体は低いとか、不完全だとか、そのくせ値段が高いとか、文句も言っていたけど。痛みも傷もなくなっているんだから、これで十分だと思います。ていうか、今の自分に、その違いなんてわかりません。

その際ーー、傷を付けたレグルスを、ベスタは意外なほど厳しく叱りつけてくれていたので、ひとまず、今後あんな怖いことをされる心配はない、、と思いたいけれど。

普段、一人で何でもできてしまう状態であれば、レグルスへの警戒も、最悪なんとかなるでしょ、と楽天的に考えることもできていたのだけど。こうなると、ベスタだけでも、自分が小恵理である、と信じてくれていることに、少しだけでも不安を和らげてもらっている実感と、感謝の気持ちが湧いてきます。

それにさっきの、レグルスに怒ってくれた姿を思い出して、また、自分がそれだけ弱ってしまったことを実感して、なんだかベスタに、申し訳ない気持ちも生まれてきて。

さっきも、疲れたでしょう、と。自分達は全く平気そうな顔をしながら、休憩時間を取ってくれたりもしていたけれど。
おそらくーー、これが、普通の人たちにとっての、常識、ということで。

転生に際して、生まれながらに聖女になるための力を身に付け、ネイタルを覚醒してしまった自分には、そんな、些細な環境の変化だとか、危険への対処だとかは、全部自分で、何も意識しなくても、どうとでもできてしまっていたから。そんな、普通の人の当たり前さえわかっていなかったのだと、今更ながらに、実感をします。普通っていうものがどういうものなのか、今ここに及んで、ようやく思い知ったというか。

「ちょっと、、ごめん、待って、、二人とも」

小恵理は、少し距離の空いてしまった二人に、心細さを感じて、思わず声をあげます。この、魔力の失われた身体は、さっきまでと比べて信じられないほど重く、ともすれば、ゆっくりめに歩いてくれているはずの、前を行く二人にもだんだんと置いていかれてしまいます。その上、簡単に息が上がってしまって、とても二人のペースには付いていけません。足首の辺りに痛みも走り始めて、思わず、待って、と繰り返します。

「ごめん、待って二人とも、、いつも通り歩くのは、無理だから、、」
「小恵理、、? ああ、すいません。そうでしたね、体力面も、いつもの小恵理のつもりでいてはいけないのでしたね」

体力がなすぎて、自分でもびっくりするけれど、、今村小恵理だった頃って、こんなだったっけ、って。現代では車でも電車でも、文明の利器があったから、移動でこんなに歩くことなんてなかったんだよね。

額に汗して膝に手を乗せ、足を止めてしまって、浅い呼吸を繰り返して。それにベスタは、困ったように眉を寄せると、こちらまで早足で戻ってきてくれて、失礼、と一度額に手を触れさせます。それから、何かを調べていたのか、足首の辺りに手で触れてきて、すぐに後ろを振り返って、レグルスへと首を横に振ります。

「レグルス、一度休憩しよう。小恵理の状態が良くない」
「またかよ? さっきも休んだじゃねえか」

ほんの2時間程度しか歩いてねえぞ、とレグルスは苛立ちも露に、不満を口にします。けれどベスタは、これ以上は難しい、と譲りません。それどころか、収納袋からさっさと簡易的な椅子を出して、どうぞ、と優しく勧めてくれます。

「お前にもわかるだろう。小恵理は足首に炎症を起こし始めている。光魔術を使えない僕らに治癒魔術は使えないんだ、ここで無理をさせる方が、後でかえって無駄に時間をかけることになる」
「はっ、甘えことだ」

うーん、、おそらく、さっきレグルスの言っていた、半信半疑だ、というのは本心なんだろうね。レグルスは露骨に、足手まといが、みたいな苛立ちを込めた目で見てきて、けっ、と忌々しそうな目線を送ってきます。

これも、小恵理だと信じきれないからこその、対応なのだとは思うし。申し訳なさは、感じるけれど、、なんか、レグルスのその冷たさに、でも、不思議と怒ったり悲しんだりする気持ちは湧いてきません。

とりあえず、、ありがとう、とベスタにお礼を言って、椅子には座らせてもらってから、ごめん、と小さく謝って、レグルスに頭を下げます。なんとなく、その本心が見える気がして。

「ごめんね、足を引っ張っちゃって、、レグルスは、アルトナのこと心配してくれてるんだよね? もしこの辺に危険がそんなになくて、アルトナの方が危なそうなら、私置いて、先に行ってもいいよ?」

魔物さえ現れなかったら、たぶん大丈夫だと思うから、と。少なくない疲労は感じながら、大丈夫だよ、と気丈にレグルスへ微笑みかけます。

その微笑みに、何を感じたのか、レグルスは軽くのけぞると、けっ、となんとなく、気恥ずかしげに、さっきより声を大きくして吐き捨て、通路を少しだけ進んで、けれどすぐに立ち止まって、周囲へと注意深く目線を走らせます。

なんか、よく、わからない反応だけど、、ひとまず、先に行くつもりはまだない、のかな? よくわからないし、今レグルスが何をしているのかも、魔力を読み取れなくなった身には、わからないけど。とりあえず、もう一度手を貸してくれたベスタにも、ごめんね、と謝ります。

「ベスタも、ごめん。迷惑かけた上、レグルスを怒らせちゃって、、」
「いえ、、あれは、僕の迂闊さが引き起こした事故のようなものですから」

どうか気にせず、とベスタは、少し苦しそうな感じに眉を寄せながら、なんだかいつもとは比べ物にならないくらい、優しい声で告げてきます。それから、レグルスは、と彼の方を横目に見ながら、何か思うところもありそうに、言葉を続けて。

「あいつも、大丈夫です。おそらく今の小恵理には感じ取れないでしょうが、今、遺跡内に生じている影から情報を集め、周囲の確認をしてくれています。あなたに害のあるものがいないかをね」
「あ、そっか、、そうなんだ」

今の自分には、確かに、ただレグルスが周囲をキョロキョロと見回しているようにしか見えません。なんだかんだ言いながら、そんなことしてくれてたんだ、とさっきまでは、間違いなくそんな手間なんてかけてくれてなかったと思う、レグルスの挙動に驚きます。

同時にーー、今更だけど。これっておそらく、魔術を扱えない一般人にも、ほとんど今の自分と同じような景色が見えている、って言う意味になるはずだから、、魔術師の言動って、普通の人から見るとさぞや奇怪に映ってるんじゃ、、と。なんだか急に、恥ずかしさが湧いてきます。
つい、あのさ、とベスタに声をかけて。

「なんか、、もしかして、普段は何も意識してなかったけど、私って結構、変な子だったりした?」
「変、、? どういう意味でです?」

少なくとも一般常識はありませんでしたが、とベスタは遠慮のない言葉を告げてきて、ちょっと、と思わず抗議してしまいます。自分でも自覚はあったし、あれこれやらかしてたとは思ってるから、いきなりそういう指摘はしないでほしい。

その反応に何を思ったのか、ベスタは続けて、楽しげに笑いかけてきます。

「あなたの非常識エピソードなら掃いて捨てるほど思い出せますが、休憩がてら、何か世間話にでも話しましょうか?」
「や、だからそうじゃなくて、挙動とか振る舞いとか、端から見てどうだったかって聞いてるの!」

いきなりの暴露大会とかいらないし、なんでそんな羞恥プレイしなきゃなんないのよ。記憶力も抜群に良いベスタですから、そんなことをしたら、きっと初等部の頃の、ろくでもないエピソードとかから聞かされそうな気がします。

ベスタは、笑いを堪えるようにして、一度、そうですね、と頷きます。

「それも、変と言えば変だったと思いますよ。そもそも普通の人間は、中等部で天候魔術に目覚めたり、人力で魔石を作るなんていう無茶はできません」

それは暗に、今でも十分変ですよ、とでも揶揄してているようで、ひどいよ、と苦笑します。それから一度、でもその言葉には納得もできるような気もして、そっか、と頷きます。

「なんか、、こうして魔力を無くしてみると、結構違った景色が見えるんだなって思ってさ」
「、、違った景色、とは?」
「魔術師って、普段は結構無意識に自分のこと強化してたり、環境に合った耐性とか付与してるでしょ? 魔力なんて放っておいても回復するから、消耗しない範囲でなら何でもできるんだし」
「、、あなたの場合は、その何でもの範囲が広すぎましたけどね」

普段からあなたほど強化していたら、普通の魔術師はみんな枯死しますよ、と。ベスタは苦笑混じりに告げ、けれど一定の理解はしてくれたみたいで、間違ってはいませんが、と付け加えます。

「でも、今その全部ができなくなって、この遺跡の空気の悪さとか寒さとか、全部ダイレクトに感じるようになって、、初めてそのありがたみがわかったって言うか、ね」
「、、小恵理」

うん、、一度座って歩くのを止めたからか、また少し、寒さが強くなってきたかな。少し震えて両手で身を包み、俯いて答える小恵理に、ベスタは、収納袋からストールを一枚取り出して、どうぞ、とそっと肩にかけてくれます。

「失礼。確かに、無意識に付与している耐性が多すぎて、今の僕にも寒さのことなど、意識にありませんでしたね。普段のあなたには必要ないものでも、用意しておいたのは正解でした」
「うん、さすが、用意がいいよね。ありがとう」

こういうところ、さっと気が利いて出してくれるところとかは、本当さすがベスタだと思います。普段は確かに、酷暑の砂漠だろうと極寒の山頂だろうと、耐熱の結界を使ったりして、全部普段着一枚で通していたし、それで不便もなかったから、どんな防寒着も耐熱服もいらなかったんだけどね。

感謝の意を込めて、ベスタに微笑みかけると、ベスタは、驚いたように息を呑んで、やがて、そっと人の頭の上に手を置いて、大丈夫ですよ、と返してきます。

「あなたの魔力が何故失われたのか、その姿はいったいなんなのか、、僕にはまだ、わかりませんが。少なくとも、無力なあなたのナイトくらいなら、僕にも務められます」
「普段は、逆に守ってくれるナイトが欲しいくらいだけど、って?」
「そうは言いません。真実ですが」

真実って。そこ否定しないんだ、と思わず笑ってしまって、ベスタもまた、それに楽しげに笑い声をあげて、確かに、と言葉を続けてきます。

「紫龍から逃れるためのイスパニア山での爆走も、砂漠での特攻からの大圧力による強制停止も、僕らには到底真似できることではありません。どちらの行為もこの上なく危険でしたし、勘弁してほしい気持ちはありますが」
「、、ありますが?」
「しかし、そういう無茶苦茶もできてしまうのが小恵理で、そんな小恵理と長年付き合ってきたのが僕ですから。他の誰にも勤まらない役割でも、僕なら隣にいられると思えるくらいには、あなたのことは知っているつもりなんですよ」

どんな無茶に見えても、実際はしっかり勝算があってのことだとか、いざという時には、しっかりと身を呈してでも相手を守れる強さだとか。危険も苦難も、先を見通した上で動ける洞察だとか、緊急時でも弱者を放っておけない優しさだとか。

そんなことを全て含めて、僕はあなたのことをよく知っています、、と。だから、なんだかんだ言っても、ここまで付いてきているんですよ、と。ベスタは、今の小恵理が今村小恵理の姿だからなのか、普段なら絶対言わなかっただろう、そんなことを、優しい声で、話してくれて。

やがて、ベスタにしては珍しく、気恥ずかしくなったのか、そろそろ行きましょうか、と少しだけ上ずった声で言うと小恵理から離れ、遺跡の先へと歩きます。

「そろそろ、レグルスが焦れてくる頃です。どうもこの遺跡自体には魔物の気配はありませんが、妙な気配はずっとまとわりついていますから、少し急いだ方がいいかもしれません」
「、、妙な気配って?」

ベスタを追って立ち上がり、座っていた椅子が再び収納されて消えるのを見て、不思議体験だ、と笑いながら、その言葉に含まれるわずかな危機意識に、問い返します。

妙な気配、といえば妙な気配は、確かにまだミディアム・コエリの身体でいた頃にも、感じてはいたけれど、、それが何かまでは、わからなかったけれど。

そもそもーー、地上の龍尾砂漠について言えば、本来はただの砂漠であって、空気の対流などは普通に生じているはずで。だから、魔力本来の作用についていえば、魔力や魔術なんかも、特別な措置を施さなければ、やがては薄れて消えていってしまいます。

にも関わらず、龍尾砂漠には、常に闇魔術の気配が残っていて。それが禍々しさを伴わない、小恵理が夜魔術だと評したものだとしても、それをこの地に留める何か、、結界を維持する礎石のような、魔術を留めるための何かは、存在するはずで。

「その、礎石みたいな何かが、闇魔術を使って何かをしてる、、ってこと?」
「いえ、むしろ礎石めいたそれを用いて何かをした結果、あなたの言う夜魔術の残り香のようなものが生じた、、という方が正しいかと」

そして、その礎石めいた何かが、さっきの魔力体かもしれないと、ベスタはその推測を告げます。

つまり、地上に残る夜魔術の痕跡は、この遺跡に残る魔力体の使う、何らかの仕掛けによって生じたものかもしれない、というのが、ベスタの弁ということです。勿論、その正体が何かはわからないけれど。

そう、ベスタが話していると、いつの間に先行していたのか、通路の奥側から戻ってきたレグルスが、おい、とどこか警戒を抱いたような声で、二人へと話しかけてきます。

「この遺跡、やっぱマズいかもしんねえぞ? なんか妙だ」
「具体的には?」
「お前だってわかってんだろ? ーーずっと捕捉されてんだよ、俺たちな」

それはそうだろうな、とベスタは、ごく冷静に深く頷いて、レグルスからは、わかってんじゃねえか、という渋い目を向けられます。いや、捕捉されてるって、、しかも、そうだろうなって。

なんだか急に落ち着かなくなってしまって、一度壁際に寄ります。ここなら少なくとも、壁から攻撃でもされなければ、まだ安全だと思うから。

それから、コエリの身体から離れたことで、どうにも頭の回転の鈍ってしまった小恵理に、おかしいと思いませんでしたか? とベスタが問いかけてきます。

「あなたの魔力を失わせた魔力体は、僕の探査のための魔力をトレースして、結果あなたに何かの魔力をぶつけてきました。そしてその探査の魔力は、今も網となってこの遺跡に張り巡らされています」

だから、こうしてアルトナの居場所へと歩くことができるわけですが、とベスタは、今も何かが引っ掛かってでもいるように、自分の指先を見つめて、けれど、と続けてきます。

「あの魔力体は、それ以降僕へと何かを仕掛けてはこない、、ずっと魔力網が続いている以上、何かする気であれば、いつでも僕の魔力をトレースできる状態でいるのに、です」

だから、今度はいつでも魔力網を切れるよう、またその対策として、様々な無効化のための魔術を用意しながら歩いていたにも関わらず、と。だから小恵理の些細な変化にまでは気を回していられなかったのだと、少しだけ弁解めいた説明を続けてから、今度はレグルスの方へと目線を送ります。

レグルスは、ベスタに話を振られていると理解して、面倒くせえ話だよな、と一つだけぼやいて、自分の額に手を当てながら、つまりだ、と話をまとめます。

「その魔力体ってやつは、こいつの魔力網を通して俺たちの居場所も把握していて、いつでも手を出せる状態なのに、いつまでの放置してやがるってことだ。ーー俺の勘ではな、こういう時は、相手は、不意を突けるようなこっちの油断を待ってるってのが相場なんだよ」

ーーなるほど、と。そこまで説明されてようやく、ずっとレグルスがピリついていた理由を理解します。いつまでもずっと射撃の狙いをつけて、レーザーポインタみたいな光を当てられていて、こっちも狙われてるのがわかってるのに、ずっと撃ってこないような相手をしてる感じ、、っていうわけ。

で、こっちも油断させるため、わざと小恵理と距離を開けたり、一人になってみたりと、色々動いているのに、何もしてこない、と。時々置いていかれてたのが、わざとだったとわかってちょっと安心したけど、今は完全な無力になってしまった身としては、知らぬ間に囮にするのはやめてほしいな。

「でもじゃあ、そうなると、向こうの狙いっていうのは、、」
「僕らを奥へと誘い込むため、、でしょう。こうなると、アルトナの魔力反応も疑ってかかった方がいいかもしれません。着の身着のまま砂漠に連れてこられて、水や食料を求めてさまよったにしても、こんな奥まで入り込んでいるのは、やはり何かがおかしい」
「一回脱出、だな。魔力反応を見る限り、アルトナの嬢ちゃんにはここまでずっと動きがねえし、本物だった時は面倒になっちまうが、先に魔力体について探った方がいいぜ」

こっちだ、とレグルスが急に手を伸ばしてくるけれど、ーーさっき頬を斬られた痛みや、また、この前レグルスの人を殺した姿が、フラッシュバックでもするように思い出されてしまって。つい、レグルスから、反射的に身を反らしてしまって。

ガタン、と。

「ーーーえ」
「小恵理!?」

嘘。
なんにもしていないし、さっきからずっと触っていた壁に、ちょっと力を加えただけなのに。
急にその壁が、つっかえ棒でも外れたみたいに、一面まるごと全部、外れてしまって。

傾いた身体は、支えるものもなく。とっさにベスタが手を伸ばしますがーー、その指先に触れることさえ、できなくて。

しかも、先は、真っ暗な、どこまで続くのかもしれない、深い穴。

「ベス、タ、、!」
「小恵理、、っ!!」

無力な生身、ということを。嫌というほど痛感させられるような、浮遊感と落下感の中。

浮遊の魔術は勿論、落下の衝撃を緩和する結界さえ、張れないまま、小恵理の身体は、底知れぬ闇の中へと、吸い込まれるように、消えていくのでした。

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