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優木せつ菜と権力闘争〜スクールアイドルが独裁者になった日〜

この記事の要旨:

アニメ虹ヶ咲学園の2期6話で、スクールアイドルフェスティバルと文化祭の「合同開催」が確定した結果、優木せつ菜に絶大な権力が集中されてしまっているのではないかという話。

はじめに

ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は、ラブライブ!シリーズの外伝作品として、ラブライブ出場を目指さず、純粋にスクールアイドルとしての活動を楽しむキャラクター達を描いたアニメである。
主として、キャラクターたちの挫折と、その克服・成長という数話完結のエピソードで構成されており、1期ではシーズンを通した集大成としてスクールアイドルの祭典「第一回スクールアイドルフェスティバル」が開催された。

2期はそれから数カ月後、第2回スクールアイドルフェスティバルの開催が決定されたという状況を軸に、新キャラクターを交えてストーリーが展開されていく。
その中で、三船栞子というキャラクターにより「虹ヶ咲学園の文化祭とスクールアイドルフェスティバルの合同開催」が発案されるのだった……。


問題の核心—優木せつ菜の2つの顔と、文化祭主権の分裂—

スクールアイドルであり生徒会長

優木せつ菜というキャラクターには、2つの顔が存在する。
一つは、優木せつ菜というスクールアイドルとしての顔である。優木せつ菜はビジュアルだけでなくパフォーマンスや歌の練度も高く、校内外で広く名の知られたスクールアイドルだ。しかし、虹ヶ咲学園には優木せつ菜という生徒は存在しない。
それは何故か、もう一つの顔、虹ヶ咲学園生徒会長・中川菜々として普段は生活しているからである。


文化祭に口を出せるのは誰?

さて、ここで考えてみたいのは、「文化祭における主権者は誰か?」という問題である。
そう、主権者は虹ヶ咲学園の生徒であり、その委任を受けた生徒会が運営をするのが通常であろう。
これを図にすると、図-1の通りになる。至って普通の関係だ。

図-1

ではここで、スクールアイドルフェスティバル(以下: SIF)についても同様に考えてみよう。
スクールアイドルの祭典であるSIFは、数校のスクールアイドル部(同好会)からなる運営会議によって運営されているように描写されている。
これを仮に「SIF運営」と呼ぶとすると、SIFの主権者は各スクールアイドルであり、その委任を受けたSIF運営がSIFを運営するという関係が得られるだろう。
図にすると、図-2のようになる。

図-2

さてここで注意しておきたいのは、(在籍生徒の活動ということで最低限の権限はあるにせよSIF自体には)生徒会はSIFに対しては口出しすることはできないし、同様にSIF運営が虹ヶ咲学園の文化祭に介入することもできないということである。
当然のようだが、重要なことなので確認しておこう。図-3の通りだ。

図-3 互いには口出しできない

さらに言えば、このボーダーをまたがって両方に存在するアクターがある。
そう、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のメンバーだ。スクールアイドルかつ虹ヶ咲学園の生徒である彼女らは、両方のイベントに対し、主権者という立場にある。
中でも、ひときわ目立つのは優木せつ菜=中川菜々の存在だ。彼女は、スクールアイドルとしても同好会の中心メンバーであり、しかも生徒会においてはその長である生徒会長の職についているからだ。
だが、両方のイベントが独立の存在である限りは、これは問題にはならないだろう。そう、独立である限りは。


融合するイベント、分裂する主権

しかし、この前提が覆されてしまう事件が起きた。
そう、虹ヶ咲学園の文化祭とSIFが合同開催されることになったのだ。
合同開催である。文化祭の中の一つの出し物、一つの出展団体としてSIFが行われるのではなく、対等な立場だ。
つまり、「生徒会とSIF運営は互いにSIF=文化祭に対し決定的な運営権を持たず、対等な立場で運営に当たる」ということだ。
SIF運営はSIFに対する排他的運営権を失ってしまったし、生徒会は文化祭に対する排他的運営権を失ってしまった。言葉をスクールアイドル、虹ヶ咲学園生徒、主権に置き換えても良いだろう。まとめると、図-4のようになる。
どの権門も主権を持たない状況が生まれたのだ。

図-4 どの権門も主権を持たない状況が生まれた



拒否権という「反・主権」

しかし、問題は「二勢力による対等な合議制」という点だ。
これは、片方が反対すれば、もう片方は一方的に物事を決められないということを意味する。つまりは拒否権である。
ロシアのウクライナ侵攻にも関わらず国連安保理が有効な抑止策を行使できなかったのは、言うまでもなく常任理事国の持つ拒否権が原因だろう。拒否権というのは、それほどまでに強力な力を持つカードなのだ。
ただ、国連安保理が「五大国の同意」を必要とするのに対し、SIF=文化祭では「二勢力の同意」で事が足りる点は考慮しておこう。
半分を支配する者は全てを拒否できるが、同時に、半分を支配しても何も決めることはできない。奇妙な状況が現出した。


絶対権力者の誕生

さて、ここでいよいよ主役にご登場いただく。優木せつ菜=中川菜々だ。
彼女は、生徒会長であり、有力スクールアイドルなのである。これが何を意味するか。結論から言えば、優木せつ菜は、生徒会を支配するが故にSIF運営を支配し、SIF運営を支配するが故に生徒会を支配することができるのだ。
ややパラドクス的な物言いだが、ここまでの議論を追ってきた読者ならば容易に理解できることと思う。拒否権という反・主権の特殊な性質が、これを可能にしているわけだ。言葉では腑に落ちないという人でも、下の図-5を見てもらえば直観的に飲み込んでもらえるだろうか。

図-5 


なんにせよ重要なのは、これにより実質的に優木せつ菜がSIF=文化祭に対し唯一絶対の権力を持つようになったという事実だ。他の勢力は、完全に権限を失ってしまった。
この状況が確定したのが、2期6話なのだ。2期6話では、SIF=文化祭の合同開催が直前となって危ぶまれるという事態が発生した。これに対して、優木せつ菜が他の人の協力を得つつ奔走して踏みとどまらせるというのが、この回のストーリーだ。
逆に言えば、生徒会もSIF運営も、独裁に対抗する最後の機会を失ってしまった

 独裁者はラブライブの夢を見ない

"祭祀王"優木せつ菜

読者諸氏にとって、高校の文化祭というのはいかほどの比重を持っていただろうか。いささか皮肉めいた言い方になってしまったが、0から100まで、種々様々の回答があることだろう。
しかし、たとえ0と答えた人であっても、校内に「たった一人で文化祭のすべてを司る生徒」がいることがどのような状況か、容易にわかるのではないか。その人物には、どれほど強力な権力が集中するのだろうか。学校生活において、それは理不尽なまでの絶対権力者だ。
同様に、部活動の、参加しうる中で最大の大会を、たった一人の出場生徒がすべて司っているとしたら。彼女はその競技をする学生に対し、強い力を振るうことができるだろう。

図-6 文化祭を支配する者は、学校をも支配する

洋の東西を問わず、古代の王は祭祀権を支配力の源泉としていたという。
優木せつ菜の、この支配体制もその系譜に連なる存在といえるだろう。
優木せつ菜は、虹ヶ咲学園の王となった


権力への仕組まれた道

さて、2期6話をもって虹ヶ咲学園の王になった優木せつ菜だが、少々唐突な印象を受ける。
しかしストーリーを振り返ってみると、ここまでに次々と外堀を埋め関門を越えてきていることが分かる。
1期では、優木せつ菜は自身もスクールアイドルとして大きく成長しつつ、スクールアイドル同好会を大きな組織に育て上げた。それにより、校外のスクールアイドル部と合同して、スクールアイドルフェスティバルという巨大な大会を作り上げることができた。校外に、自らも運営に食い込む権力体を作り出したのだ。
2期では、スクールアイドルフェスティバルを文化祭との合同とすることができた。これは表面上は三船栞子の提案だが、考えてみれば、もともと日程が近いという条件があった。ここに優木せつ菜の思惑を見出すことは考えすぎだろうか。そうして、主権を分断して、お互いの拒否権を利用してすべてを支配する。優木せつ菜は、王になる。
こう振り返ると、ストーリーの全てが一つの目的、優木せつ菜による独裁権力の樹立という一点に向けて仕組まれていたのだ。
この視点で1期を見返すと、優木せつ菜がいかに周到な計画を練っていたのかがわかることだろう。

おわりに

挫折と克服—虹ヶ咲のひとつのエピソードとして—

かつての優木せつ菜は、このような回りくどい策略を持とうとしなかった。
彼女は、純粋にラブライブ優勝を目指していた。生徒会長の権力とラブライブ優勝の権威という、二重の力をもって虹ヶ咲学園に君臨しようとしていたのだ。
しかしその夢はあまりにも遠かった。挫折した優木せつ菜は、それまでの王道を捨て、むしろ遠大で周到な計画をもって、権力への道を再び歩むことを目指した。
そして、いくつもの困難を超えて、ついに王となった。


権力闘争は終わらない

挫折、克服、成長。この筋書きは、虹ヶ咲学園のアニメエピソードの基本姿勢と一致するものがある。
しかも、まだまだこの戦いは終わらない。
権力は、獲得と同時に維持にも困難を伴う。文化祭が終わった後の権力維持はどうするのか。世代交代は、残された抵抗勢力の存在は……。
優木せつ菜の戦いは、これからだ。



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