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今、私ができることを考える。

 「本当に無力だなぁ」と思うことがある。かといって、どんなに焦って考えても何も思いつかない。

 サポートをする限界ってあるんだ、って、なんだか自分の中で自分への逃げ道や言い訳を作っていることがある。

 ある意味、自分自身の精神的状態を考えた時にそれもありだと思う。自分を責めたりしたらきっと私は潰れる。

 そっか、やめるんだ。3月で。もう関われないな。だったらもう私ができることはないな。できることがあるとすれば、祈ることだけか…。

 気にはなる。あの子の人生はこれからどうなるんだろうか。私にはそういうところがある。関わった子どもたちがどのように成長していくのかが気になるのである。他者から言わせてみればそれは単なる下世話な興味関心か?それともいらぬお節介か?
子どもたちにとっては、人生という道の途中で知り合った一人のおばさんにすぎない私だけど、そしてそれでいいんだと思っている。

けど、全ての子が幸せであってほしいと思う。

3月で転校していく子がいる。気になっている。私は私に言い聞かせる。様々な事情があってそこには私はタッチすることさえできない。

どうしようもないこと。行った先がその子の居場所になって、環境に恵まれて今よりもその場所がよくて笑顔で過ごしてくれればいいな。

私はもう何もできない、関われないな。
諦める方向で物事を考えてる。せめて3月までは声かけをしよう。

そんなことを考えるけど、何か腑に落ちない。心の中がモヤモヤする。

もしかしたらまだ私にできることがあるかもしれない。それにまで私は蓋をしようとしている?
何ができる?
3月末まではまだ2ヶ月ある。
あと2ヶ月ではなく、まだ2ヶ月ある。

今朝、そんなことが思い浮かんだ。そして、私が学んできたこと、今でも学んでいることはどういうことなのかを、考えた。

頭の中で何度も何度も問いをして何度も何度も答えをだす。その繰り返しをして、一つの答えにたどり着いた。

まだまだ経験不足の私にできるだろうか?という問いもでてくる。しかしやってみないと何も変わらない。

家族カウンセラーの勉強もしてきた。そこから引き出したものは、その子ではなくお母さんへのアプローチ。

チャレンジする価値はある。どんな受け止められ方をするかはわからない。でも、どんな受け止められ方をしたとしても、お母さんの中に何かインパクトを残せたら。

お母さんにも幸せになってほしい。そしてその子にも幸せになってほしい。

そのために、どんな手段があるのかを、どんな方法があるのかを、私のできることを精一杯考えてみようと思う。 

 

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