一発屋芸人の不本意な日常(少しご紹介①)
数年前のこと。
下北沢のおでん屋で、知人と酒を酌み交わしていると、店員に案内されて1組のカップルが隣のテーブルに座った。
2人とも20代半ばといったところか。
聞こえてくる会話は、他愛のないくだらぬ内容ばかりだったが、大いに盛り上がっており微笑ましい。
何かよほどいいことでもあったのだろう。
男の方が上機嫌で、運ばれてきたビールのジョッキを高く掲げると恋人に向かって、
「ルネッサーンス!!」
と我々「髭男爵」の往年のフレーズを叫んだ。
いや、別段コチラに気づいている様子はない。
一発屋とはいえ、一応芸能人の端くれである僕の存在を、最近マンネリ気味だったデートを盛り上げるための起爆剤にしようと画策した……わけでもなさそうだった。
普段からエゴサーチを欠かさぬ、人一倍自意識過剰な僕が言うのだから間違いない。
あれはあくまで彼の自発的な、「ルネッサーンス!!」だった。
(まだ使ってくれているのか!?)
嬉しさ半分、驚き半分。
どこか、誇らしい気持ちもあった。
「ちょっとー!そんな古いやつ、恥ずかしいからやめてよ!!」
と連れの女性に強い口調で嗜(たしな)められ、意気消沈する彼を目の当たりにするまでは。
気まずい空気が流れる……勿論、我々のテーブルの方にである。
僕は周囲に、とりわけ隣のカップルに気づかれぬようそっと席を立つと、会計を済ませ店を出た。
その“恥ずかしい”やつで稼いだ金で。
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