春日山城のふもと散策(春日神社、林泉寺、御館)[新潟県上越市]
(2022年10月訪問)
始発の金沢新幹線に乗り込み、上越妙高駅でえちごトキめき鉄道に乗り換えて降り立ったのは春日山駅でした。
駅出てすぐ、謙信公大通りを歩いていると、
いやあ、もう春日山城の案内はわかるんですが、上杉謙信公の旗印まで添えちゃって、スゴいって感じ入っていると、もうあそこしかないっすよねって感じの曲輪跡が丸見えの山が見えてきました。
いやあ、高まりますよね。
と、その前に立ち寄ったのが、
土塁とお堀。
館跡っぽく見えますが、「総構(そうがまえ)」とのことで、山城と裾野を囲むように堀と土塁で造られた場所のことのようです。ちょっと小田原城とかの平城の総構えとは違うのかな?
とそのそばにある、ものがたり館に入ってみます。
中の展示は写真を撮って良かったのかわからなかったので控えましたが、春日山城の成り立ち、茶碗などの出土品、江戸時代に描かれた春日山城の絵図とか、川中島合戦の屏風っぽいものなどが展示されていました。
総構の中に入ってみます。
東城砦跡に向かいます。
曲輪跡のようだが、ここではないよね?
掘立柱建物群と井戸跡とのこと。
復元された総構を一望して、
東城砦跡に向かいます。
おおおー!スゴい!
で、ここではないよね?
違ったようなので、更に藪漕ぎしながら東城砦跡に向かうが、、、
蜘蛛の巣とか、もう色々と心が折れてしまったので、今回は断念。
総構を後にし、次の目的地へ、、
春日神社です。
越後守護上杉氏の氏神で、春日山城築城の時に鬼門神として山頂から移されたとのことで、春日山城の名前の由来にもなっているそうです。
そして、林泉寺。
上杉謙信の祖父、長尾能景が祖父の菩提を弔うために創建した長尾氏の菩提寺です。上杉謙信は幼少の頃、ここで学んでいたとか。
惣門は春日山城から移築されたもの。
拝観料は500円。
山門の入口側は春日山、出口側は第一義と謙信の筆跡。
宝物館。
館内は撮影禁止だが、ここは絶対に見たほうが良い!宝物館とその名の通り、謙信公にまつわるお宝たくさんあります。具足とか、采配とか、書物とか、、とにかくスゴいです。
実はお寺はこういったお宝の宝庫なのでは?
本殿。
ここで謙信公が学問に励まれたのか、、胸熱。
墓所もあり、上杉家が会津に移封した後に入封した堀家や、更にその後の榊原家、松平家の菩提寺でもある。
全て見て回ったのですが、今回は上杉家関連のみ掲載します。
川中島戦死者の供養塔。
上杉謙信のお墓。
上杉謙信のお父さんとおじいちゃん。
あ、上杉家には関係ないけど、堀秀政(ほりきゅう)は漫画センゴクでちょっと親しみ感じているので掲載してみました。(あ、小田原行かなきゃ)
林泉寺のそばに、蓮池なるものが、、。
春日山城の水堀的なものだと思われるのだが、、
あちこち探し回った挙句にようやく見つけました。草ぼうぼうで蓮池って気が付かなかったです!
春日山城を攻城した後に、上越市埋蔵文化財センターを訪問しました。入場料は無料です。
おお、ここにも謙信公が!
おっと、タイムリーな展示ですね。来年の3月31日までだそうです。
基本的には発掘したものの修復をおこなっている場所のようで、窓ガラス越しに作業場、たくさんの発掘された茶碗などのかけらが見えました。
で、展示についてですが、写真撮影可能か聞き損ねたので、撮影は控えましたが、上杉謙信、そして上杉景勝とその重臣の直江兼続、もう1つ、謙信亡き後の跡目争い「御館の乱」が学べるような展示になってました。
春日山駅から電車に乗って直江津駅へ。
そう、御館にやってきました。
御館は北条氏康様に敗れ、越後に逃れた関東管領の上杉憲政のために謙信が造営した館だそうです。(越後守護館跡だと思ってた、、汗)
めっちゃ普通に公園でした。
ここでかつて、謙信亡き後の上杉景勝と景虎の激しい跡目争いがあったとは思えないほど長閑でした。
サポートして頂けると単純なのでものすごく喜びます。サハラ砂漠の子供達のために使います。