『伝習録』(でんしゅうろく)を知る⑭:読書と講演会、解読力と認知の拡大

王陽明(1472年 - 1529年)は、
中国明代の儒学者であり、その思想の中で特に重要な概念の一つが「知行合一」です。
知行合一は、知識と行動が一体であるという意味です。

王陽明は、意識、思考、言語、行動を通じて「知行合一」を実現することを説いています。
しかし、「知行合一」を実現することは決して容易ではありません。

良心に従って話し、良心に従って行動し、「致良知」を実現するためには、代償を払う勇気が必要です。高いコストが伴います。

知行合一の基本概念

○ 知識と行動の統一: 王陽明は、知識(知)と行動(行)は分けて考えることができないと主張しました。彼の見解では、真に理解した知識は必ず行動に現れるべきだと考えます。知っているだけでは不十分であり、知識が行動に反映されることで初めてその知識が本物であるとされます。
○ 実践を通じての真の知識: 知行合一の考え方では、知識は実践を通じて得られるものであり、理論と実践が一体であるとされます。実践を通じてのみ、真の理解と知識が得られると王陽明は主張しました。
○ 感知と反応の統一: 知行合一はまた、感知(知覚)と反応(行動)が統一されることをも意味します。これは、何が善で何が悪かを知る(知)ことと、それに基づいて行動する(行)ことが一体であることを示しています。知っているのに行動しないのは、まだその知識を真に理解していないからだと考えます。

王陽明と弟子たちの対話

『伝習録』に記された王陽明と弟子たちとの対話の中で、知行合一の考え方がより具体的に示されています。
例えば、弟子の一人が王陽明に「静かにしている時は天理を感じるが、事に直面すると心が乱れてしまう」と尋ねた時、王陽明は次のように答えました。
「だからこそ、人は事において(実務を通じて)鍛錬することで初めて立つことができ、静かであっても心を定めることができるのです。」

天理の実践

王陽明曰く、天理(天の正しい道理)が意識、思考、言葉、行動のすべてにおいて実践されて初めて、「合一」であります。
意識と天理:何が善で何が悪かを知ること。
思考と天理:善悪の判断に基づいて思考すること。
言葉と天理:善悪に基づいた言葉を使うこと。
行動と天理:善悪の判断に従った行動を取ること。
これらの要素がすべて統一されることで、表裏一致、言行一致の状態が実現されます。

実践の重要性

王陽明は、実際の生活の中で知行合一を実践することが重要だと強調しました。
静かな環境で心を鍛えるだけでは不十分であり、実際の出来事に直面して初めて、真の鍛錬が行われると説きました。
生活の中での小さな出来事や困難が、知行合一を実践する機会となり、その中で心を鍛えることが重要だとされています。

王陽明の知行合一は、
知識と行動の一体性を強調し、理論と実践が統一されることを意味します。
これにより、個人の内面と外面が一致し、真の知識が行動に現れることを目指します。
この考え方は、自己修養の方法として多くの人々に影響を与えています。

良心に従って行動する人が必ずしも弱いわけではありません。
弱い善人はしばしば八方美人」や「事なかれ主義者」に過ぎず、孔子の言葉を借りれば、そのような人は「善良」ではなく「徳の賊」であり、高尚な道徳を装いながらも、実際にはその道徳を損なう存在である高尚な道徳の裏切り者です。
心学の目標は、人が弱い「徳の賊」とならないようにすることです。

心学を遵守する人は、善良さを力に変えることができ、良知は価値を創造する力があります。
王陽明の心学では、すべての人を善意と愛で対待することが推奨されていますが、ただの「役に立たない善人」になることを避けるべきだとされています。

良知は、人を強固にし、脆弱さを超越させ、心の安定をもたらします。
これにより、人の能力は感情や不良な心態に邪魔されることなく、100%発揮されます。
このようにして初めて、真の功夫(術、スキル、技術)が身につき、知行合一が達成されるのです。

王陽明の心学の核心は、意識、思考、言語、行動を通じて「知行合一」を実現することです。この道は困難で高い代償を伴いますが、真の善良さと力を持つ人間を育むためには欠かせません。心学の実践を通じて、人は感情や困難に揺さぶられることなく、自らの良知に従い、真の能力を発揮することができるのです。

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