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これまでのキセキとこれからのお話

VRCを初めて4度目の夏。

この時期はいつだって、Vketの話題で持ち切りになる。
企業をも巻き込んだお祭りは、開かれたインスタンスの数やフレンドのログイン状態からも、その盛況さを伺うことができる。

もちろん私も、様々な趣向が凝らされたワールドを楽しんでいる。

だけど私には、いや、私たちにはお祭りと同じくらい大事なことがある。それは毎週木曜日に開催する、Quest単機でも参加できるイベント。

「VRC初心者ワールドツアー」である。

「本日はVRC初心者ワールドツアーにお越し頂きありがとうございました。このイベントはツイッターにて、ハッシュタグVRC初心者ワールドツアーで管理しています。本日撮れたお写真やご感想はこちらのタグをつけて投稿してくださるとスタッフ一同の励みになります。よろしければ気が向いたときにでも、フレンドさんと合わせて来て頂けると嬉しいです。それではありがとうございましたー!またこの時間にお会いしましょう」

12人のスタッフが案内役となり、様々なワールドを巡るこのイベントも、今年で4年目を迎える。第1回のツアーでは参加する側だった私も、今は案内をする側として、このイベントに参加している。

そして今日もトラブルなくツアーを終えた私は、いつものようにパソコンからTwitterを開くと、今日撮った写真をハッシュタグとともにつぶやいた。

いつもであれば、ここからはスタッフも自由解散となり、何か連絡があればDiscordで連絡を取り合うのだが、今日は違う。

私は一度大きくのびをして、気合を入れ直す。
そして残っていた参加者にあいさつをすると、メニューを開き、グループインスタンスとして開放されていたワールドへと移動した。

「お疲れ様です。アロスさん」

ワールドに入ってすぐに話しかけてきたのは、このイベントの主催者であるのまるさんだ。
第1回ワールドツアーでは私の案内をしてくれた、ある意味で、頭の上がらない人である。

「のまるさんもお疲れ様です。もうみんな集まってます?」
「あ〜、いつもの会議メンバーは集まってますね」

のまるさんに連れられて向かった先には、ワールドツアーのスタッフがいつもの場所で待機していた。なるほど、確かにいつものメンバーが揃っているようだ。

「あ、隊長もきましたね。お疲れ様です」
「疲れたー。まだ来てないのは誰だっけ?」
「あの2人はいつも通り、おかわりツアーやってるみたいです」
「相変わらずあの2人はすごいですね」
「ねぇ聞いて。僕の作ったメガネ付けてる人いたんだよすごくない?」
「おー、良かったですねー」

私も会話に混ざりながらいつもの席へと移動する。最後にのまるさんがみんなを見渡した後、いつもの席へと移動すると、話をはじめた。

「みなさん、今日もお疲れ様でした。今日集まっていただいたのは、数週間後に始まる夏祭り当日のツアーテーマについてのご相談です」

夏祭り。それは、Vketと入れ替わる形で開催される「Quest夏祭り」のことだ。

Quest界隈を中心に活動するグループやイベント主催者たちが特設会場に露店を設置し、開催期間中に様々な企画を行う一大イベントである。
イベント期間中は特設会場でイベントが開催されるだけでなく、他イベントとのコラボ企画が行われるなど、賑やかな一週間となる。

もちろん、それは私たちも例外ではない。

すでにコラボイベントのお話は進んでいるようだが、肝心のワールドツアーについては、まだ未確定だ。

「今日はあくまでも意見出しです。みなさんの意見をたくさん出していただいて、決定するための参考にさせてください」

のまるさんの話が終わると、すぐに活発な意見交換が始まった。

「んー、やっぱり夏だし、海をテーマに回ってみるのも面白くないですか?」
「私は夏休みをテーマに、日本の田舎をモチーフにしたワールドめぐりが面白いと思いますよ」
「前にやりましたけど、あえて冬のワールドを巡るのも良いですよね〜」

意見が意見を呼び、わいわいと賑やかに会議が進行する。

私も、挙げられた案に対して意見を言うが、今日はどうにも、このノリについていけない。

しっくりとくる意見が出ていないからかもしれないが、どうにも他人事のような気分で、会議を俯瞰している自分がいる。

別に、イベント中にトラブルが起こって凹んでいるわけでも、体調の問題でもない。

だけど今日は、思考に気持ちがついていかない。

ツアー参加者に喜んでもらうには、どんなテーマが良いだろうか。スタッフとして良いイベントにしたい。そういった思いは確かにある。けれど、そんな思いを、心に吹きつける氷のように冷たい風が邪魔をする。

今の頑張りが無意味なものではないかと、疑わせる自分が、私を縛る。

この感情の出どころはわかっている。最近、Quest界隈で起こったひとつの出来事。
それが私の心にひとつの疑問を抱かせるのだ。

その疑問が、私の足を止める。

そんな私を置いていくように会議は進み、予定していた時間となった。
のまるさんが口を開く。

「みなさん、ありがとうございます。今日の意見も参考に、また何か案が思い浮かびましたら、期日までに私まで連絡ください」

その挨拶をもって、今日の会議は終了となった。

「俺っちポピ横行ってきま〜す。みんなも行きましょうよ」
「いや、自分は学園があるので…」
「今からメイド喫茶に出勤するので…」
「めっちゃフラレてるw。可愛そうだから僕が行こう」

みなが移動する中、私は立ち止まった心で考える。

普段なら、フレンドのいるインスタンスや何らかのイベントに顔を出すが、今日は少しだけ、1人でいたい。

今の私には、この心を凍えさせる感情に正面から向き合う時間が、必要だと思う。

私はメニューを開くと、とあるワールドを選択した。インスタンスは......インバイトオンリーにしておこう。

少しのローディング時間の後、視界に広がるのは1本の桃の木を中心とした中国風の建造物。遠くに描写されるのは、ピンク色の木々で彩られた景色。

ここはまさに、桃源郷の世界であった。

私は少し歩くと、桃の木を囲う段差に腰を落とし、周囲を見回した。

小鳥のさえずりだけが聞こえる、静かで美しい世界。

「もう夏祭りか。長かったような、短かったような」

誰もいない世界でひとり、つぶやく。

この4年間、いろいろなことがあった。

大きなイベントを企画したこともあったし、VRCの歴史を巡るワールドの作成に協力したこともあった。少なくともこの1年は、その前の年とも違う、また新鮮で楽しい1年だった。

変化は、良いものだと思う。色々なものが変わっていくからこそ、新鮮な心持ちで、この世界と向き合えた。

だけど、変わってほしくないものもある。

今でも心に浮かび上がるのは、最初の記憶。今も自宅の隅に置かれた箱のことだ。中には、今はもう使うことのない「Oculus Quest」、もとい、初代Questがそこにある。

「捨てるべき、なんだけどね」

2023年3月、初代Questの一部機能の提供が終了となった。それを受け、私たち「VRC初心者ワールドツアー」でも、初代Questでの接続テストを終了することとした。

今や「Quest」と言えば「Quest2」であり、そろそろ「Quest3」も発売される。

新商品が出ればそれだけ、VRCに興味を持つ人が増えるだろう。使い心地が向上すれば、VRCに定住する人も増える。良いことだ。

だけど私は、まだ、使えなくなった過去(ソレ)を捨てられないでいる。
「あの頃は良かった」なんて言うつもりはない。ないが、それでも。あの頃にも大切なものは、たくさんあった。

例えば、このワールドだ。

私はこの景色を見るたびに、胸が締め付けられる。
景色に、ではない。ここが「壊れてしまった世界」だからだ。

私は今、PCVRからこの世界に入っている。もしQuestで入っていれば、床を含めた建物が消失し、ただ桃の花びらだけが舞う、もの寂しい世界を眺めることになっただろう。

仕様、ではない。ユニティのアップデートによって生じたバグだ。
つまり、今見ている景色は、Questの世界から永久に失われたものなのである。

つい先日も、みなから愛された世界がこのVRCからなくなってしまった。写真に思い出が残っていても、その場所がどこにも存在していないという事実は、私の胸を締め付ける。

別に、思い出深いワールドはひとつだけじゃない。けれど確かにひとつ、失ったのだ。そしてまたいつか、失う。時間が進むことの残酷さを感じてしまう。心が、潰されるほどに、苦しく、冷えていく。

「ああ、だめだだめだ」

気持ちを整理するために来てみたが、どうも今日は悪い方向に考えてしまう。頭を振ってこびりついた思考を振り払おうとする。

そんな時、このワールドには似つかわしくない電子音が耳に届いた。
VRCは起動したまま、パソコンの画面を確認する。どうやら、少し前にツイートした今日のツアー内容に対して、複数名からのいいねがついたらしい。

私はそこに表示されていた名前を見て、息を止めた。いつも交流している人ではない。けれど、ツアーで出会い、今でも印象に残る人の名前が、そこにあった。

「ああ、この人は」

そのままTwitterを開き、いいねをくれた方々を眺める。

この方は確か、1年くらい前にVRCを始めた方だ。今は確か、Quest対応のイベントを企画していたな。

この方は、今よりもQuest対応のイベントが多くなかった時代に来た方だ。今はVRアイドルとして、かなり精力的に活動しているみたいだ。

この方はワールドツアーをきっかけに、ワールド制作にハマった方だ。彼が作ったワールドをツアーで利用させてもらった時には、とても喜んでいたな。

私がVRCを始めてから今日までの間に、多くのものが変わった。その中にはたくさんの別れもあった。
だけど、それと同じくらい、新しい出会いがあり、このツアーを通じて、新たな活動を始める方がたくさんいた。

心に空いた穴は埋まらない。けれど、そこに吹き込む暖かな風は、確かにある。

私たちがやってきたことはきっとーー。

私はTwitterを閉じてDiscordを開き、ワールドツアーのスタッフ用に用意されたサーバーにアクセスした。

この機会だからこそ、やるべきことがある。それは使命ではなく、みなよりも少し早くこの世界に降り立った者として、伝えるべきことがある。

「私から、夏祭り期間中のツアーテーマについて提案があるのですが、良いですか?」

そしてまた、木曜日が来る。

インスタンスを開けると、続々とユーザーたちがjoinしてきた。
見知った顔もいれば、久しぶりな人もいる。誰かと一緒に来たであろうnew userさんも、チラホラと見える。

そろそろ時間だ。私はみんなに聞こえるように、いつものように声を張り上げた。

「始めまーーーーす!!! お集まりいただきありがとうございます。 こちらはVRC初心者ワールドツアー、毎週木曜の夜9時から10時までの一時間、みんなでわいわいワールドを回ろうというイベントです。本日のツアーテーマは「歴史」。Quest黎明期から今日まで続く歴史を振り返りながら、夏祭りの会場に向いましょう」

さぁ、始めよう。昨日とは少しだけ違う、今日を。

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