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起きない(2022/1/23.お題:静止)

 春海ちゃんと私が最後に会って話した日に私達がどんな事をしゃべっていたかなんて、私はろくに覚えていない。
「昨日さ、ネズミの死骸を見たんだよね。剥製のように綺麗だったけど、全く動かないし、毛並みに艶もなかったから、あれは眠ってるんじゃなくて死んでたんだって思うんだ。それでね、今朝、ネズミを見付けた場所に行ったら、もう死骸は無かったよ。きっと誰かが片付けてしまったのかな」
 でも、春海ちゃんのその言葉だけは、何故か私の記憶にはっきりと残っている。
 昨日、今年初めての雪が降った。
 そして、私のLINEに春海ちゃんからのメッセージが送られてきた。でも、私はそれを未読のままにしていた。
 今朝、春海ちゃんからのメッセージの未読は10件。
 春海ちゃんと私のトークルームを開く。
「お母さんが死んだ」
「ころしちゃった」
「ぜんぜんうごかない」
「なんで」
「どうしよう」
「るみちゃん」
「どうすればいい」
「るみちゃんたすけて」
「どうする」
「るみちゃんなら」
 トークルームに残された春海ちゃんからメッセージを読んで、私は部屋着の上にコートだけ羽織り、裸足のままブーツを履いて家を飛び出した。
 春海ちゃんの家に向かった。
 途中で何度か雪で滑って転びながらも、何とか春海ちゃんの家までたどり着く。
 家の前には、春海ちゃんが横たわっていた。雪が積もっている中、ノースリーブのワンピースを一枚だけ着た姿で。
 全く動かないし、春海ちゃんの上に薄く積もった雪が春海ちゃんの体温で溶ける様子もないから、死んでいるのかも知れない。
 よく今まで誰かに見付からなかったな。そう思いながら、私は春海ちゃんの頬をペチペチと軽く叩く。
「おい、起きろよ、はるみちゃん。そんな格好して、馬鹿なのか。おいってば」
 春海ちゃんは起きなかった。

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