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《小説》赤と青の交差の先に 1-1

「お前はいつもそうだな! そうやってまた騙すんだろ?」
「そうやって怖がったフリしてたらなんでも許されると思うなよ、麗華。すぐに他の男に媚び売って、そんなに俺のことが嫌いなのかよ」
「そんな反抗的な目を向けるな。……また手錠かけて出られないようにする必要がありそうだな」

元彼、赤西悟は束縛の強すぎる人だった。

1話

 私、蒼井麗華は株式会社 紅(くれない) で一般事務として働いている。本当は営業課で働きたかったのだが、研修中に様々の課で仕事を覚えている時に事務課の上司に仕事が早いと気に入られてしまい、そこから早5年も一般事務で働いている。今年こそは営業課に異動をしたい! と心に誓っているのだ。
最初のうちはすぐにでも異動を、と躍起になっていたが空回りしすぎてミスを連発。それ以来、ある程度同僚や上司からの信用と信頼を勝ち取ってから異動しようと決めて働くようになった。
 そのおかげか仲の良い同僚もできた。向かいの席に座る橋爪夏海、通称なっちゃんだ。彼女はいわゆるオシャレ女子。男女問わず人気の高い人だ。私より年齢が若く見えるのだが、実は5つも歳上。その事実を知った時は驚いた。それを彼女に伝えると、日々の努力の積み重ねが実った!! と大喜びだった。
 彼女の夢は良い人と幸せな家庭を築くことらしい。そのため婚活と称し、他部署との飲み会や友達に誘われて合コンや飲み会などに出席することが大好き。常にアンテナを張り巡らし、口癖は『良い男、いないかなぁ』である。
 一方、私は男の人は信用が置けないと思っている。人は見かけによらないとは本当のことで、良い人という仮面を被っているだけで心の中は何を考えているか分からない。元彼の一件で私は男性恐怖症だった。仕事は割り切って話さなくてはと気を張って接しているものの、内心は怖くて仕方ないのだ。

「れいれい、お昼行こー!」
夏海に呼ばれ時計を見ると、すでに休憩時間に突入していた。
「なっちゃん、ごめん。先行ってて。これだけ終わらせたら行くよ」
「了解。じゃあ、窓際の席取っておくね」
「ありがとう。お願いね」
うちの会社の社員食堂は窓から隣の烏谷公園が見える。今の時期は桜が綺麗。3階から一面の桜を見渡せるお花見スポットである。

「あー、今年もまた事務かー」
あとから追いついた私はチキン南蛮定食を頬張りながら、夏海に愚痴をこぼす。
「れいれい、営業課希望だっけ?」
「そう! 自分の足で動いてお客さんと接する仕事。憧れだわ〜」
「ねー、知ってる? 営業課、イケメン多いんだよ。やっぱり外行く人は外見から!ってことかなぁ」
夏海は海鮮丼そっちのけでうっとりと語る。
「私の推しは、竹下さんと紅林さん。竹下さんは犬顔のかわいい系。人懐っこさで仕事をこなしてる敏腕さが堪らないの。紅林さんはスポーツ絶対やってたよね! って言いたくなるガタイの良さ。周りから信頼されてて、誰にでも優しくて最高。まぁ、私はどちらかというと竹下さんみたいな犬系男子が好きだけどね」
夏海の語る竹下こと竹下航と紅林こと紅林康介はどちらも営業課のエースと呼ばれる2人。こういうエースと呼ばれる人の下で働く人はどれほど学ぶことが多いことか。羨ましい。男子だけど。
事務課はみんな黙々と作業する人が多く、受付に立つ時以外は、書類作成、データ入力などがほとんどだ。接客もあるにはあるがお茶出し程度の仕事。
営業のように自分の力で仕事を勝ち取るような内容とは縁遠い。
「今年こそは営業に異動したいわ。営業の枠、空かないかしら」
「空くかもっすよ?」
 突如会話に入ってきた人がいた。
「あ、けんちゃんじゃん。なになに、空くってどうゆうこと?」
夏海がけんちゃん呼んでいる。知り合いだろうか?
「あ、すんません。俺、営業課の関谷賢太といいます。橋爪ちゃんとはたまに休憩室で会うんす」
「初めまして、関谷さん。事務課の蒼井です」
「よろしくお願いします。あ、空くかもって話なんすけど。うちの課の本橋ってやつがいるんですけど、来月から時短勤務をしたいからパート業務に業務替えになるんすよ。だから正社の枠が1枠空くってことになって。ただ、まだ引き継ぎできる人がいなんすわ」
「え、いないの? もう来月でしょ」
「そうなんすけど、そいつサバキの本橋って言われてて仕事の捌き方がエグくて、誰もあとを継ぎたがらないんすよ。仕事が出来すぎる人の仕事を継ぐのはそれなりにリスクありますからねー」
確かに、その人の仕事を継ぐならそれなりのスキルや捌き方が同等ではないといけないのだろう。
ただ、営業と事務では仕事内容が違いすぎる。
「情報ありがとうございます。ただ、正社枠とはいえ私は事務ですから。移れればそんなに嬉しいことはないですけど、難しそうですもんね……」
「まぁ、事務と営業だと畑が違いますもんね。すんません。おせっかいでした」
「けんちゃん、ありがとう」
 情報を伝えて賢太は戻っていった。
「はー、緊張した……」
「大丈夫?」
夏海が心配そうに覗き込む。
「大丈夫よ。悪意があってとかではないし、むしろわざわざ伝えてくれたことはありがたいわ」
「まだ、怖い?」
「ときどきねー。まぁ全員を敵対視してはいけないけれど。それより、営業への異動はしばらくは難しそうということが分かっただけ収穫。穴埋めは同じ課の人達でするのが定石だものね」
「……残念だけど、そうなりそうだね。さ、休憩終わるからそろそろ戻ろっか」
午後も頑張ろー!!! と夏海は気合を入れて戻って行った。
今日頑張れば明日は土曜だし、今日は見たいドラマもあるし! と私も気合を入れて食堂をあとにした。

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