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リモートワーク効用のエビデンス

(リモートワーカー協会代表理事 中島洋)

 「ウイズ・コロナ」の形で収束の方向が固まって来るや、「オフィス回帰」を唱える経営者が出始めたことは筆者の前回のコラムで紹介したが、その後、年末に「テレワークで仕事の効率が向上」「テレワークで生活の質向上」といった、「リモートワークに軍配」の快い記事が次々と掲載されたので、紹介したい。

 「仕事の質向上」は心拍データを使ったデータ収集に基づくもので、一見、強固なエビデンス付きの主張である。セイコーエプソンが開発した「心拍データから集中度などを可視化する技術」を利用した実験の結果だ。実験は長野県茅野市が行った2泊3日の「地方滞在型テレワーク実証実験」。東京都や大阪府など大都市圏から計18人が、自然環境に恵まれた茅野市の蓼科高原にあるホテルに宿泊しながらテレワークに取り組んだ。同社開発の「腕時計型」と「上腕装着型」の2つのセンシングデバイスをテレワーク実践者に装着、心拍数を計測して、仕事への集中度を判定した。

 具体的な実験の中身はこんな具合だ。

 被験者はテレワーク以前の通常勤務中の3~7日間とテレワーク参加中の3日間、デバイスを常時装着して心拍の間隔の変化を計測した。エプソンは集中度を可視化するための独自のアルゴリズムも開発していて、心拍の間隔変化のデータをもとに集中状態とリラックス状態を低・中・高の3段階で判別できるようにした。また、被験者には事前に暗算や創造性テストなどを実施、集中状態での心拍の変化などを把握して個人差の修正を行った。

 実験では18人のうち11人の集中時間がテレワーク参加前に比べ増加。参加前の通常勤務中の集中時間は1人平均1時間40分に対し、テレワーク中は2時間20分だった。睡眠時間に大きな変化はなかったが、深い睡眠が増え、睡眠の質も向上していた。

 集中時間の変化や睡眠の質のデータから見れば、明らかにテレワークの方が優れた仕事の環境と判定できる。ただ、条件がある。テレワーク一般ではなく、自然環境に恵まれた施設の中でのテレワークなので、都市近郊の自宅やシェアオフィスなどでのテレワークではない。蓼科高原のホテルとは別の環境での実験データも必要になる。しかし、心強いエビデンスには違いない。

 もう一つのデータは、総務省の調査だ。

 総務省は2021年10月、新型コロナの緊急事態宣言全面解除直後に、約9万世帯を対象に社会生活基本調査を実施した。記事の内容を拾うと、「少しでもテレワークした人」「しなかった人」の比較で、「テレワークした人」の通勤・通学時間は平均4分(ゼロではないの?)、しなかった人より1時間3分短かった。「身支度を含む身の回りの用事」も10分短縮。代わりに「睡眠」が18分長い7時間32分、「趣味・娯楽」が16分長い35分だった。「育児」が10分長い17分。「仕事時間」も13分伸び、8時間37分となった。趣味・娯楽などその他の時間も増えている。

 こうした結果を、総務省では「通勤なくなり生活の質向上」とまとめている。通信メディアを管轄する総務省が通信メディアをフルに使うリモートワークの効用をうたうのは我田に水を引いているのではないか、と疑ってみたくもなるが、9万世帯を対象にした「社会生活基本調査」という信頼できそうな調査の結果なので説得力は十分にありそうだ。

 これでオフィス回帰論を完全に説き伏せられるかどうかはわからないが、リモートワーク推進の立場からは、印象論を超えた実証的なデータの提示は勇気づけられる。さらに大きな声でリモートワーク時代への進撃を叫びたい気分になる。

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