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『現代教会で最も影響力があった女性ヘンリエッタ・ミアーズ』

ヘンリエッタの父親は20の銀行を所有している大金持ちでした。母親は献身的なクリスチャンで、毎朝1時間祈り、セールスマンに新約聖書を伝道用に渡したりしていました。

幼い時のヘンリエッタは、神様について学べることはすべて知りたいと願い、大人の礼拝を一緒に捧げたいとせがみました。6歳の時にキリストを救い主として受け入れし、10歳の時に初めて日曜学校で教えました。高校生の時に彼女は宣教師になることを希望していましたが、それは神様のみこころでないことを悟り失望しました。

5歳の時からヘンリエッタはとても視力が悪かったのですが、歳を重ねるにつれ更に酷くなり、片目をヘアーピンで刺してしまってから、もっと悪くなりました。

高校を卒業した後に、担当の医者からこれ以上学業を続けてはいけないと警告され、このまま勉強を続けると30歳には見えなくなると言われました。

しかしヘンリエッタは、最善を尽くして勉強すると言いました。そして大学に入学したヘンリエッタは、本を読むことに時間を取らなくてもいいように、授業の時間に集中して聞く方法を学びました。

大学を卒業したヘンリエッタは、高校の教師として化学を教え始め、また青年たちを聖書勉強クラスで教え始めました。家々を訪ねて、若い女性を日曜学校に招待し、最初は55人から始まりましたが、1年で500人以上に成長しました。

1928年、ハリウッドにある第一長老教会の牧師が、ヘンリエッタに教会の教育を担当して欲しいと要請しました。ヘンリエッタはその要請を受け入れ、子ども生き方を変える日曜学校をする夢を持ちました。

ヘンリエッタは聖書を妥協せずに正しく教えれば、聖書が磁石のように青年たちを引っ張っていくと信じました。最初450人だった子どもたちが、2年半後には4200人になりました。両親は80キロの距離を通いながら、子どもたちを連れて来ました。

しかしヘンリエッタは、教会で使っている日曜学校の教材が気に入りませんでした。彼女が考えているような資料がなかったので、作り始めました。

他の教会に通っていた人たちも、ヘンリエッタが作った教材を欲しがったので、結局彼女は『福音の光出版社』を作り、他の著者たちと一緒に子どもの年齢に応じた段階的な教材を作りました。

聖書とは何か?という本は300万部売れました。

ヘンリエッタは、若い学生たちの未来を見て、偉大な明日を夢見るように教えました。彼女が第一長老教会で教えている間に400人以上の大学生がキリスト教の働きをしたいと決心し、大多数がキリスト教の指導者となりました。ビル・ブライト博士やビリーグラハムにも影響を与えました。

ヘンリエッタのタラントの中の一つが、他の人の潜在能力を発見し、激励する事でした。また子どもたちの目の高さに合わせて教えることが得意でした。

ヘンリエッタは1963年に天国に行きました。彼女は宣教師になることはできませんでしたが、彼女から教えを受けた人たちは、多くの人の人生に感動を与えました。今も多くの人が、彼女は現代教会の歴史上最も影響力のある女性だったと言っています。

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『どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方に、教会により、またキリスト・イエスにより、栄光が、世々にわたって、とこしえまでありますように。アーメン』エペ3:20~21

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