月と宝塚 Part 1

 いつもの観劇感想とは趣向を変えて、季節がら「月」をめぐる宝塚作品をいくつか紹介してみたいと思う。

★「LUNA−月の伝言」(2000年・月組)

 タイトルに「月」を冠した大劇場作品は意外に少ない。2000年に上演された「LUNA−月の伝言」はその数少ない作品の一つ。主演は真琴つばさ。

 宝塚では珍しいSFファンタジーである。舞台は現代イングランド。巨石文明「ルナ・パレス」の遺跡発掘に携わるアイリーンに(檀れい)、遺跡を丸ごと購入したインターネット企業のオーナーであるブライアン(紫吹淳)は、その地下で密かに遺伝子操作で天才を作り出す「ジーニアスプロジェクト」を進めている。

 真琴つばさが演じるのはロック界のスーパースターアレックスと、伝説の月の王子月読(つくよみ)の二役。アレックスはブライアンが企画したイベントに呼ばれて「ルナ・パレス」やって来るが、ふとしたことから彼の体の中に、月読の魂が蘇る。

 アレックスは「ルナ・パレス」でアイリーンと出会い、やがて惹かれ合う。ところが、古代の遺物に触れた影響で、アレックスの体に月読の人格が宿ってしまう。月読の清らかな魂に触れて、アイリーンは自分が愛しているのはアレックスなのか、月読なのかと悩む。この複雑な恋の行方をブライアンの世界征服の野望と絡めたストーリー展開が面白い。

 真琴という人は、一人二役というややこしい設定を楽しんで演じられる稀有な役者だった。紫吹淳は古代文明の遺跡を自らの欲望のために利用しようとする男をいかにも悪そうに、そしてこの人も楽しげにやっている。ヒロインの檀れいは文句無しに美しい。当時から彼女はこうした「頭の良い美人」の役が似合っていた。

 とはいえ、「インターネット」「オーパーツ」「遺伝子操作」といった単語が次々と飛び交うのは、宝塚歌劇の作品にしてはかなり珍しい。今や海外ミュージカルの翻案で人気の演出家小池修一郎氏も昔はこんなエンタテインメント作品を作っていた。

 小池氏は、科学技術を不正に利用して、富や栄誉を得ようとする話がお好きなのか、後に「薔薇の封印」(2003年・月組)「MIND TRAVELER」(2006年・花組)でもそうしたモチーフを取り入れている。

★「月夜歌聲」(2000年・雪組)

 「月夜歌聲」(つきよのうたごえ)は、大阪・シアタードラマシティと赤坂ACTで上演された。主演は、当時専科(新専科)所属だった湖月わたる。いまや映像・ポスターともに残らない、宝塚ファンにとっては幻の作品である。

 湖月わたるの演じた主人公は京劇の役者。朝海ひかるが京劇の女役の京劇役者(実は女性)を演じた。男役の中でもとりわけ「漢」な湖月と華奢で小柄な朝海の組み合わせ。もう、これだけで色々と妄想が沸き起こるわけだが、この作品は映像が販売されず、たとえソースが残っていたとしても放映の見込みはないと言われている。

 Google先生に検索をかけてみたが、当時のポスター画像もいまは残っていない。(現在、歌劇団の過去の公演紹介ページに出ているポスター画像は当時とは異なる。)

 幻となってしまったのは、著作権関係がグレーであるというのが理由らしい。幕を開けてまもなく、内容がある映画作品にあまりにもよく似ている、ポスターも玉三郎が演出したある作品のものと酷似していると話題になり、宝塚歌劇団が自主的に引っ込めたらしい。

 朝海ひかるは2002年に雪組で、湖月わたるは2003年に星組でトップスターに就任した。作品の制作の過程に問題はあったかもしれないが、この作品が二人のスターの足を引っ張ることはなかったようだ。

 この作品の作・演出を担当した児玉明子氏は、その後も作品を発表し続け、2007年には宝塚の女性演出家として二人目の大劇場デビューも果たしているが、2013年に歌劇団を退団した。退団後は2.5次元ミュージカルの演出を中心に活躍している。

★「月の燈影」(2002年・花組)

 「月の燈影」は宝塚バウホール、日本青年館で花組が上演した。彩吹真央と蘭寿とむのダブル主演公演。江戸後期に「川向こう」と呼ばれた大川(隅田川)東岸を舞台に、博打打ちの幸蔵と、火消しの次郎吉という二人の男をめぐる物語である。

 ろ組の火消、次郎吉(蘭寿とむ)は、火消仲間の伊之助の妹であるお橘(紫央みやび)が、借金の形に川向こうの通り者・伊七(望月理世)らに連れ去られるのをなんとか止めようとしていた。そこへ現れた幸蔵(彩吹真央)が、次郎吉たちを助ける。

 幸蔵は川向こうの通りものたちを仕切っているが、伊七が自分の知らぬ悪事に手を染めているのは、地回りの淀辰(夏美よう)が絡んでいると見て真相を確かめようとする。一方、次郎吉は幸蔵が幼馴染で行方の知れなくなった幸ではないか、と後を追う。

 作・演出は大野拓史氏。幸蔵と次郎吉という二人の主人公の名前からピンときた人はかなり勘がいい。大野氏はある有名なキャラクターに自分なりの解釈を加えて「世話物ならではの美意識を表現することに焦点を絞って舞台作りを試みた」と当時のプログラムに書いている。私も物語の結末を見て驚いた記憶がある。

 物語のトーンはゆったりとしていて、舞台上の照明もセットも暗い。江戸に対する裏社会である「川向こう」、そこで日陰者として生きる幸蔵という男の存在。ストーリーも暗い話だった。

 この作品は、彩吹真央というスターに合わせたものではないかと思う。彩吹は不幸な青年、不遇な男の忍耐をやらせたら右に出るもののない悲劇役者だったが、この作品でもそれを遺憾なく発揮している。

 この作品で共に主演をした蘭寿とむはのちに花組でトップスターとなったが、彩吹真央は雪組の二番手スターという位置のまま退団した。二人の明暗を知ってから振り返ってみると、「月の燈影」という作品には、何やらそれが暗示されているようにすら思えてくるから不思議だ。

#宝塚 #takarazuka #月

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