他人の生い立ちすぐ考えがち

最近、友達同士の決裂という大変ショッキングなことが起きた。
相手への礼節を欠いた度重なる行為に、片方が限界を迎えたという一方的かつ擁護の仕様のない理由だった。
(かっこよく書いたが、要するにだらしない上にクソデリカシーがない奴を見限ったというだけだ。)

別コミュニティの友達に軽く概要を話した時に、
彼のやらかしの内容の詳細ではなく、真っ先になぜそんな人格になったのか?という彼の生い立ちを想像し話し合った。

ENFPは感受性が高く(時に自分自身が振り回されるほど)、少しの他人への興味を無限の想像力を持ってして妄想を膨らませていくタイプだ。…と思う。

ENFP同士の会話は楽しい。
そこまで考える必要ある?そこまで寄り添う?という話を満足するまで言い合える。
しかもその相手が自分から離れていればいるほど掻き立てられるので、大抵他人に攻撃する人間や今回のような他人への配慮がダメダメ人間に向けられることがしばしばだ。

彼については、結局は他人への想像力への欠如なのではないかという話に終わった気がする。
相手の立場に立って考える、という人として当たり前の行為を”全く”しないし出来ないのだという結論だった。

真偽はもちろんわからないが、ずけずけと相手のバックボーンまで勝手に想像してしまう私とは全く違う生き物なのは確かだと思う。



余談。最近映画版スラムダンクがサブスクで解放されたので早速観た。
リョータの生い立ちやあまりにも辛い経験を経て、バスケに懸ける半分呪いのような情熱に何度見ても感動する。
ショッキングな経験の裏付けがある強い動機に、私はすぐに心動かされがちだ。