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1,827ページの小さな絵本

自宅の私の書類入れに入っていたクリアファイルに、こんなチラシが隠れていた。

見ての通り、2019年に長野県の八ヶ岳小さな絵本美術館で行われた特別展のチラシである。ちなみに、クリアファイルの中にはこのチラシと美術館案内のパンフレットが各2部入っていた。

各2部――、1部は私の分で、もう1部は当時の恋人の分である。八ヶ岳山麓で開催された野外映画祭にデートに出かけ、その翌日に、この小さな絵本美術館に訪れたのだった。たまたま私がクリアファイルを持っていたため、二人分を入れておいたまま、1部を返しそびれて今に至っている。

八ヶ岳小さな絵本美術館は、車のほとんど通らない細い道路の脇に立っている、木立の中の施設である。絵本という側面でいえば、『くまのプーさん』に出てくる「100エーカーの森」のようなイメージだ、と私は思った。訪れたのは夏の暑い日だったが、木漏れ日の差し込む森の風は爽やかだった。

当時、私はこのトーベン・クールマンという人を寡聞にして知らなかった。リンドバーグやアームストロング、エジソンといった科学史上の偉人をモチーフにした、ネズミを主役にした絵本を書いている新進の絵本作家・イラストレーターということで、原画展も非常に興味深かった。それぞれの絵が非常に精巧で、単に「絵本」といっても奥が深いものを感じたものである。

そうはいっても5年前の記憶である。私が頭に思い浮かべている美術館や展示品のイメージがどこまで正しいものなのか、自信はない。答え合わせをしようにも、写真もない。それでいいのかもしれない、とも思う。何もかもあからさまに思い出せることが幸せとも限らないのだ。

当時であれば、私も「あの時のパンフレットを返し忘れていたから」などと口実を付けて、ここぞとばかりに遠距離恋愛だった恋人と会う約束を取り付けようとしたことだろう。恋人同士が会うのに口実はいらない、と分かっていながら、軽くデートに誘えない私は、やはり若かった。

2019年に二人で鑑賞した「星空の映画祭」は、コロナ禍により翌年こそ中止となったようだが、2021年から再開しているという。あれから5年という月日は、一瞬で過ぎ去ったようにも思える。しかし、このように振り返ってみると、私自身にも、身の回りにも、社会にも、大きな変化をもたらした期間だった。

ページがまた、繰られてゆく。小さな絵本のシーンが、また大きく変わるのかもしれない。

(文字数:1000字)

……決して無駄にはしません……! だから、だから……!