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〔小説〕いま、ここで [22: ダイニング (少し不思議なふたり)]

〔小説〕いま、ここで [15: レストラン (少し不思議なふたり)] の男女の後日談としてお楽しみください。

◇ ◇ ◇

――おかしい。

自分の意識しないところで、自分の中の何かが変わってしまったことに気づいたときほど、寂しいものはない。現に僕はその寂しさの中で苦しみはじめている。

そもそも、自分が特異であることに気づいたのは高校生の時だった。好きな人の考えていることが手に取るように読み取れる。初めのうちは、悪いことをしているような気がしていたが、そのうち慣れてしまった。そうはいっても、今の妻以外に、この能力について話したことはない。言ったところで、信じてもらえないか、気持ち悪がられるだけなのだ。

つい最近まで、妻の考えもよく読めていた。時には僕への不満も見えたし、時には愛情も感じた。そのどれもが僕の生活を彩る要素であり、僕たち夫婦の暮らしを感じることができる喜びでもあった。

しかし、一週間ほど前から妻の頭の中の言葉がぼやけてきて、今日は朝から何一つ見えない。高校時代からの友人と話すときのように、口から発せられた言葉しか分からなくなってしまった。無意識のうちに妻が僕の「好きな人」ではなくなってしまったのだろうか。理性ではそんなはずはない、と思い直すが、あまりに頼りない。

独りでモヤモヤしていても仕方ない。妻も、内心では自分の心を読まれることを快く思っていないだろうし、打ち明けてみよう。

「……実は、先週から思考を読み取れなくなっちゃってさ」
「えっ、私の考えを、ってこと?」
「そうなんだ」

妻は少し考えた後で、話し始めた。口を開く前に何を考えていたのかは、やはり分からなかった。

「私の考えていることが読み取れなくなっちゃったっていうのは、私も少し寂しいな。でもね、実は私も少し前から、人の夢を見られなくなっちゃったんだよ。それでいいんじゃないかな。『普通』の人間として、これからも一緒に暮らそうよ」
「そうだね」
「私は面と向かって『好き』なんて言えないから、いつも心で伝えようと思っていたんだけど、今日からはちゃんと言葉に出すね。ずっと大好きだよ」

そう言って微笑む妻が、この上なく愛おしかった。出会った頃にはなかった目じりの小さなしわは、もともと優しげだった妻の顔を更に柔らかに見せている。

「だから、そんなに落ち込まないで。ずっと私のことを好きでいてね」
「うん、もちろん」

自然に僕も笑みがこぼれた。

「……おいおい、誰が『素直なかわいこちゃん』だって?」
「また心を読まれちゃった! ……あれ?」

やっぱり妻が好きだ。大好きだ。

(文字数:1000字)

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