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かげにかくれて

銀座から程近いJR有楽町駅の東口に、東京交通会館という複合ビルがある。地上階・地下階に全国のアンテナショップが並ぶほか、2階には東京都の旅券課分室があり、私もパスポートを取得するときに利用したものだ。

さらに上層になるとオフィスのフロアとなるが、その中に献血ルームが入居している。その事実だけは知っていたが、訪れたことはなかった。それが、今朝ふと思い立って、自宅から自転車で出かけてみた。

献血待ちをする人は、思いの外多かった。それでも、A型とO型の血液を急募しているとのことだ。O型の私は、自分自身を必要とされているようなおかしな正義感を抱き、意気揚々と受付を済ませた。

採血の間、ベッドぎわに設けられたテレビで、最新のニュースを報じていた。大きく取り上げられていたのは、昨晩の月食である。

どれほどの人が、同じ時間に夜空を見上げたのだろうか。日々夜道を照らす月を、地球の陰に包み込んでしまう月食。ほぼ全てが隠れても、背後の太陽の光が屈折して、月を赤く染めているという幻想的な世界。多くの人が、それぞれの感情を投影しながら、しかしいずれも優しい気持ちで眺めたことだろう。

私自身は、といえば、一週間の仕事をどうにか終わらせようと必死で取り組んでいた時間帯に当たっていたので、見ようにもなかなか見られなかった。どうにか20時前に仕事を終えて職場を出ると、徐々に光を取り戻しつつある月が頭上にあった。私の周りで歩いていた人々も、歩みを止めて空を仰いでいる。

思えばおよそ2年にわたって、人との距離をとってきた社会。それが頭のどこかにあったからなのか、周囲の人が同じ月を眺めている光景に、月で反射する多くの人との繋がりの光が降り注いでいる感覚を覚えた。それは、その場の人々だけにとどまらない。遠くに暮らす見知らぬ人々との一体感をも抱いたのである。

それは献血も同じかもしれない、と思った。今日私が献げた血液は、幾日も経たないうちに、どこかで必要としている見知らぬ人の体内に注ぎ込まれる。それはその人が必要としている血液の何十分の一かもしれない。場合によっては、体内に入った途端に他の部分から流れ出てしまうような使い捨ての用途かもしれない。それでも、私と誰かは言葉を交わさず関わり合って、すれ違うことなく重なり合う。

月は全ての人を照らし、地球は時にそれを包み込む。わずかな血液はひとからひとへと運ばれる。素敵じゃないか。

(文字数:1000字)

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