付箋の記憶
私の手元に、一片の付箋がある。それは決して殴り書きのメモなどではなく、かつての女子高校生からの手紙である。彼女は、私が大学時代にアルバイトをしていた塾の生徒だった。
用件は短く記されている。
「他校に好きな人がいるんですけど、遠すぎてほとんど会えません。
つらいっ
今度相談に乗ってください」
講師として生徒の相談には乗るべきだが、塾で話す内容ではない。私は予定を合わせ、ファミリーレストランで彼女と会うことに決めた。
本来、講師と生徒が塾以外の場所で会うことは禁じられている。それは、講師として勤務を始めたときに教室長から聞かされたことであったし、たとえそうでなくとも暗黙の了解での原則だと思うが、これは例外と考えることにした。
私は同僚の女性講師に声を掛けて、生徒を誘った。女性講師を呼んだのは、言うまでもなく私が的確なアドバイスを生徒にできる自信がなかったからである。同性がいれば話しやすいことも増えるだろうと思った。
生徒の相談は、およそ手紙の通りだった。電車で一時間以上はかかる高校に通う男子生徒に部活の試合で会い、何度か話をするうちに好きになった。二人で出かけたこともある。相手も自分を好きだと言ってくれたことがある。ただ、滅多に会える距離ではないので寂しく辛い。会えない間に、自分への気持ちが薄れてしまうのも怖い。どうすればよいのか――。
まさに、これは女性同士で話した方がいい内容だ、と改めて確信して、同僚講師に回答を委ねた。一歳年下の彼女は私にどこか遠慮する様子を見せながら、
「連絡先は知ってるの?」
「はい、LINEを交換してます」
「私もHal先生に相談事があるときに、LINEで話したりするけれど、やっぱり直接話さないと不安なときってあるんだ。まして、好きな人が相手だもんね。うーん、難しいなあ。Hal先生は、どう思いますか?」
聞けば聞くほど、「どうすればよいのか」という問いへの答えは見つからなかった。ただ、確信できることが一つだけあった。
「一度好きになったのに、会えないだけで気持ちが薄れることは絶対にないよ」
生徒はほっとした表情を浮かべた。同僚講師は、
「女の子って結構気が変わりやすいので、男の人も同じだと思っていましたけど、意外と一途なんですね」
女性二人は氷が融けたように無邪気に雑談を始めたが、私はそれ以来今に至るまで、「女性の気が変わりやすい」という現実に不安を感じ続けているのである。
(文字数:1000字)
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