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【海の中の星たちへ】③ 東日本大震災12年間のある家族の物語 黒田 勇吾

①からの続きです。

2011年03月11日の夜、住宅街の一角にある我が家以外も、ほとんど電気がついていなかった。夜、外に出て家の周りを見渡した時、細々とそこかしこに淡い明りが灯っていた。

我が家は、一階のリビングが、少し広すぎるので、一台の石油ストーブでは部屋全体が暖まらない。だから10畳間の一部屋で皆が集まって寝ることにした。暗くなる前に、テーブルに大きなローソクを一本
固定させて、灯を点していた。その1本だけでも、部屋は明るかった。それぞれ持ち寄った寝布団を部屋一面に敷いて、毛布も普段より一枚ずつ多くかけて、7時過ぎには、早々と皆横になった。
石油ストーブのオレンジ色の明かりが、ろうそくの灯りと同じほどに明るいので、気持ちが少しは緩やかになっていた。
やはり灯りは、生きていくときの希望のひとつかもしれない。

しかし本などが読めるほどには明るくない。だからそれぞれが手持ち無沙汰にしながら、天井を見ながら、無口になっている。私は、横になりながらガラ携を時折鳴らす。もちろん長男の携帯番号に、もう何度もかけ続けていた。電話の発信音さえもう聴こえない。夜なので、もう繋らないだろうと半分諦めつつもしばらく電話番号をおしていたが、気持ちを入れ替えて、別なことを考えることにした。

ラジオが無い、というのは痛いな。そもそも私はラジオなどしばらく聴いていない生活だった。
いざという時になって、災害の準備をしていなかったことを何度も悔やんだがそれはもう仕方ないことだった。
夜9時ころに、おじいさんが部屋に入ってきた。
おじいさんは、自分の部屋で寝ている。そして自分用のポータブルラジオを聴いていたようだ。自分用の照明器具を電池を使って灯しているようだった。
いまさらながら思った。そのラジオをこの部屋で流せば、家族みんなが災害情報を共有して聴くことができる。それをしないことに、私は特に何も言わなかった。結局、自分のことしか考えない義父とずっと一緒に暮らしていたんだなぁ、と今更ながらやるせない気持ちになった。そんなことを考えていた時におじいさんが、部屋に来たのだ。
「今、ラジオで言ってたんだけど、仙石線の野蒜(のびる)駅あたりにかなりの津波が来たようで、複数の車両が、津波で山側に流されて、横倒しになっているんだとよ」
横になっていた皆が、一様に起き上がった。
私は、急いで暗いリビングに行って、分厚い時刻表を持ってきた。
「今、時刻表確認してみる」家族に伝えながら、ろうそくの明かりを頼りに薄っぺらい紙でできている電車の時刻表の仙石線のページを探しあてて、
細かい字で書かれた平日の仙石線時刻表欄の下りの時間帯を探した。
長男がいつも乗っていた午後2時仙台駅発の野蒜駅着の時間帯を見て、
「ええ」っと思わず声を出す。
「おかあ、仙台駅発石巻駅行きの14時発の電車が、野蒜駅に着く時間、
14時46分だよ!」
妻が私を見ながら、考えるような顔をして、そして無口になった。
「やはり野蒜駅で地震に遭ったんだ。もしかして、その電車ですか」私がおじいさんの顔を見たが、ううん、とうなったきり、何も言わなくなって、また自分の部屋に戻っていった。
私は自分の投げかけた言葉におじいさんが返答しないことに、なぜか虚しさを覚えた。
「大丈夫。あの子はこんなことで死なないから」おばあさんが独り言のように不意に呟く。
「その電車に兄貴はいつも乗ってたの?」次男が私に確認した。そう問われて、なぜか確信を持てなくなって妻の顔を見た。
「あの子は、自宅に戻るのが午後の3時半頃。蛇田駅で下車して、歩いて家に戻るから、時間的にその電車だと思う。いつも快速電車で帰ってくる、と言ってたから」不安げな妻が私を見る目がうつろだった。

「大丈夫。あの子はこんなことで死なないから」同じことをおばあさんがポツリとまた呟く。
誰も返事をしない。

しばらく考え事をしてから私が、次男の名前を呼んで言った。
「明日の朝、午前6時に、軽の車で二人で、野蒜方面に行ってみっぺ。とにかく状況がさっぱりわからない中ではそれしかない。いま悩んでいでもなんも出来ないっちゃ」
「分かった」次男が頷きながら応える。
「おとうの車は、ガソリン少ないし、燃費が良ぐねがら」そう言って次男に手を合わせる。
「おかあ、申し訳ないけど、明日の朝の買い物を任せるので,開いてる店があったらよろしく頼む」私の呼びかけに妻は小さく頷く。

そんな話を、とぎれとぎれにしながら我が家の夜は更けていった。末娘を見ると、布団にくるまって横になりながら、天井を見ている。

皆が寝静まったのは、夜中すぎだった。
私はといえば、明日の段取りをあれこれ考えながら、天井をぼんやりと眺めていた。
そろそろ寝ないと、と思いながらも結局私は朝まで一睡もできなかった。

         ~~④に続く~~

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