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【初愛】~君に捧ぐいのちの物語~② 黒田勇吾


「私は、葛飾区の柴又生まれです。牧野石の方も知ってると思いますが庶民の街って感じのところで生まれ育ったので、江戸っ子気質があるといわれます」美瑠が話し始めた。
「ああ、あの有名な映画の舞台にもなったところだよね。葛飾区って言葉聞くだけで、映画や漫画に描かれてる『下町』のイメージを想像しちゃうな」田辺が口をはさんだ。
「ハイ、だいたいあんなイメージですね。特別でかいタワービルがあるわけでもないし、観光名所とかも意外に少ないんです。でも人情に厚いおばちゃん、おじちゃんがたくさん住んでる東京の中の庶民の街、そんな環境で私は育ったのでわりと物怖じしない性格になりました。両親ともそんな感じの江戸っ子気質を受け継いでる感じです。
私、東京のきらびやかなエリアは、嫌いなんです。六本木とか、渋谷とか。なんかつんとしてて、人を上から目線で見下す感じの人が多いかなって。でもあの辺に住んでいる方々は意外に東京生まれの人じゃなくて、地方から東京に来てる人多いんですよ」
「へえ、そうなんだ。昔から住んでる人が多いのかと思ってた」春べえが応えた」
「確かに何代目かの誰々とか、いることはいますが、マンションとかの住人は、ほとんど地方出身が多いんじゃないかなぁ」
「美瑠ちゃんは、いい意味で江戸っ子気質を持ってるかな、と思うわ。江戸っ子気質がどんなのかっていうのはいまいちわからないけど、なんかざっくばらん、というのが江戸っ子気質の特徴だと思う」みやくみがジョッキを半分ほど飲み終わってから口をはさんだ。田辺が、みやくみの飲みっぷりを見て、久しぶりにみやくみの「すずめ踊り」観れそう、と笑った。
「すずめ踊りですか?それはどんな踊りなんですか?」と菜月が田辺に尋ねた。みやくみは笑いながら手を振って、やらない、やらないと言った。
田辺は笑いながら菜月に話した。
「すずめ踊りは、牧野石の伝統的な踊りじゃなくて、仙台市の伝統的な踊り。毎年、5月頃に行われる、青葉まつりなんかでやってる踊りなんだ。センスを両手に持って、はっぴを着て、軽快に踊るやつ。ええと、似たようなのは、阿波踊りかな」
「ああ、楽しそうな踊りですよね。でもなぜみやくみさんは、お酒を飲むとすずめ踊りするんですか?」菜月が不思議そうな顔をしている。
「みやくみは、仙台で生まれて小学校までそこで育ったんよ。すずめ踊りは小さい子も参加するから、結構踊りがうまい。みやくみは、酒癖が悪いから飲みすぎると子供になって暴れだす」田辺が笑いながら説明した。
「なべっち私は酒癖悪いんじゃないの。お酒飲むと、なぜか知らないけど子供のころ踊ってたすずめ踊りを思い出すんだよね。心の深くにある楽しい想い出なんです。お酒飲むと、なぜか踊りたくなってくる。扇子も、はっぴもないんだけど、あの頃を思い出しながら、自然と踊りたくなるんよ」
「心の深くにある楽しい想い出、ですか」菜月がみやくみを見つめながら、確かめるように呟いた。
「そうよ。小学校の四年で、父の仕事の関係で、牧野石に引っ越してきたけど、やはり幼少の想い出って、心の根っこにあるんだよね」みやくみは菜月に微笑み返しながら、ゆっくりと話した。

「みやくみさんは、仙台でお生まれになったんですね。羨ましい。
私のあこがれの街なんですよ。駅周辺は都会的。その駅から続くケヤキ並木の美しさ。そして、広瀬川が流れているあたりは、緑がいっぱい。
なんというか、ごみごみしてませんよね」菜月が応じた。
「菜月ちゃん、そう、憧れの街なの?故郷をそう言ってくれるの嬉しいわ。ここの生活が落ち着いたら、仙台遊びに行きましょ。四月になったら桜が見ごろよ。
でも考えると何となく、私の故郷は仙台のような気もするし、牧野石のような思いもある。今はこの牧野石の街が故郷だなぁって思ってるの」
「みやくみさんは、故郷がふたつあるんですね。よけいに羨ましいです」菜月が微笑んだ。
「おらの故郷は、やっぱ牧野石だな。小さなころから毎日見ていた南流川の少し濁った流れを見てると安心するっちゃ。広瀬川は清流ってイメージだよね。実際、水が透明な流れのところが多いからね。
おら、南流川で、何回も泳いだことあるし」田辺が言った。
「田辺さん、川で泳いでたんですか?すごいですね」美瑠が驚いて尋ねた。
「んだよ。小学校のころから、住安公園のボート乗り場から、降りてよく泳いだもんだ。あの頃は、なんでもありの時代だった。今は河川での遊泳は禁止します、とか立て札あって、規制が厳しくなったけんどね」
「なべっち、その話初めて聞いた。南流川は、魚臭いっちゃ。よぐ泳いでだなぁ」春べえが、苦笑しながら言った。
「春べえ、川が魚臭いのは、あだりめだっちゃ。魚の住家だもん。んでもおらは鼻が少し悪いから、匂いってほとんど気になんないんだよね」
「なべっちは根っからの牧野石人だから、やること半端ないなぁ」そう言いながら春べえは、ビールを飲んだ。
 純ちゃんが、階段と反対側の奥から、ロール付きのキャスターにお料理をたくさん載せて、お待ちどうさま、と言って現れた。
「あれ?そっちにも階段があるのか」田辺が驚いて言った。
「いえいえ、エレベーターです。キャスターに料理を載せて二階まで移動できる簡易式のエレベーター。人一人とキャスターでいっぱいいっぱいの狭いエレベーターです」
「そうなんだ。すごいねぇ。山平オーナーはお客さん思いだからなぁ」
「三階にも行けます。三階はオーナーの自宅になってます。ですからこのエレベーターはお客様はご利用できないんです」
皆が、へえ、と感心しながら、料理を見た。お寿司やお刺身の盛り合わせの大きな皿。お吸い物が入ってるお椀。お椀からは湯気がたっていた。
その料理を見て田辺が、拍手した。皆もワーッと歓声を上げながら拍手し始めた。

「うわぁ、すごい海鮮。お寿司、美味しそう。私、牧野石に移住しようと決意したのも、美味しいお魚料理がいっぱい食べられるからなんです」
美瑠がみんなを皆を見ながら言った。
「美瑠ちゃん、そっちの目的がメインだったりして」と田辺が笑った。
「なべっち、美瑠ちゃんは純粋に寄り添いの心をもって牧野石に来たんよ。そんなこと言っちゃだめだわ」みやくみが田辺の茶化しにくぎを刺した。
田辺は、ごめん、ごめんと美瑠に手を合わせて謝った。
「美瑠ちゃん、ごめんなぁ。つい口が滑った。ちょっと楽しくなってきて変なこと言ってしまったっす」
「田辺さん、大丈夫、気にしてませんから。というか本当にこの街の良さは海から採れた新鮮なお魚さんやアワビ、牡蠣、ホヤの食文化が素敵だなぁっていうのは本音なんです。田辺さんのご指摘、間違ってないかも」と笑った。
「確かに俺らは小さいころから、当たり前に海の幸を食べてきたからあまり考えてこなかったけど、都会にはない魅力なんだろうね」春べえはそう言いながら、純ちゃんから山盛りのお刺身が並んだお皿やお寿司皿を受け取ってテーブルに並べていった。
「お料理をご説明させていただきます」純ちゃんが、すべて配り終えると話し始めた。
「お吸い物は、カニの出汁と身が入っております。早速召し上がってください。アツアツでいただくのをお勧めします。お寿司は、ご飯が『ひとめぼれ』の新米を焚き上げました。お酢は弱めに入れております。ネタは春べえさんにも念を押されていたので、特上の素材です。
ただしお魚類は牧野石で水揚げされたものではなく、今朝、塩釜港であがったものを仕入れております。津波被害が少なかった塩釜港がまだメインなんですね。やがて牧野石港で水揚げされた素材が増えてくることを願ってますが。
ネタの一つのウニは三陸海岸沿いで生息しているものです。お惣菜の一つのホヤの酢漬けは、都会の方にはなじみがないと思いますが、好きな方は結構はまる味かな、と思います。これから焼き魚もお持ちいたしますので。どうか港町の味をご堪能くださいませ」真面目な顔をしながら話し終えると、ニコニコ顔になって一礼して、一階に降りて行った。

純ちゃんの説明を聞きながら、お吸い物やお刺身を口にし始めている田辺が
「このお吸い物、味噌と出汁の具合が絶妙ダス。味噌は仙台味噌だな、これは」と言いながら、感心した顔をしている。
皆も、いただきます、と言いながらお吸い物のお椀を持って口にし始めた。

うわぁ、美味しいです。お吸い物っていうので、醬油味だと思ってましたが、お味噌の香りが独特ですね」美瑠がお椀を置いて言った。
「この辺は、みそ汁も、本当のお吸い物も、みんなお吸い物で統一されてるんだよね。あんまりこだわらない気風なんだ。つまりはおおざっぱ」
田辺は大トロの寿司を頬張りながら、説明した。

菜月が頷きながら話し始めた。
「地域によっていろいろですね。ローカル文化というんでしょうか。私はもともとは関西の生まれでした。関西はお出汁の種類によって呼び方を変えていたように思うんですが、もう忘れました。
みやくみさんには、あらかじめお伝えしておりましたが、私は幼稚園の時に阪神淡路大震災を経験しております。住んでいたのは、大阪府の北のほうの
豊中市でしたが、豊中市内でも、9名の方が亡くなっております。我が家は半壊判定だったらしく、お父さんが、地元の会社を退職したんです。そして
自宅を処分して、親戚がいる東京の八王子に引っ越しました。私は一人っ子なので、結構両親に大事にされて育ったので、甘えん坊です。大学はその八王子市内にある大学出身です。自宅から通えますので。その年の3月に東日本大震災が起きて、内定していた会社の本社が仙台市だったこともあり、かなり混乱してて、実際に仕事に就けたのは、ゴールデンウイーク明けでした。それで、4月の初めに、親戚の家に片付けの手伝いに行きましたが、車でずっと新潟方面から宮城県に入って、東松島市に来れました。矢本駅から内陸側に親戚の家がありますが、一階には、かなり泥水が入ったみたいで、津波の恐ろしさを実感しました。こんなところまで、津波って襲ってくるんだなって思って怖かったです」

「菜月ちゃんは大阪生まれなんですか」美瑠が驚いて言った。
「僕はてっきり神戸とかの何となくハイカラなイメージの街の生まれかと思ってたよ。東北からすると関西のイメージって、もう想像するしかないんだけど、大阪は庶民の街、兵庫は芦屋とか宝塚とかあるので、上品な方々の住んでる街って勝手に思ってて、菜月ちゃんは美人で都会的な雰囲気があるから神戸当たりの生まれかと考えてたんだ」田辺が口をはさんだ。

春べえは頷きながら
「俺ら東北人には、関西ははるか遠くの歴史ある街ってイメージだよね。こんな小さな日本という国でも、これだけお互いのこと知らないんだなぁ、と思ったなぁ。俺も菜月ちゃんが関西弁使うって聞いて、神戸出身?って勝手に思ってた。ほら、参加者リストの個人情報は、男性は僕となべっち、女性はみやくみが管理してるから。東京から来た、ということは知ってたんだけどね」
「こうして、震災復興事業を通して交流したことによって、私たちはあらためて日本という国は広いなぁ、と感じるよね。島国っていうけど、これまでこの国のこと知らなすぎたわ、私たち」みやくみは生エビのしっぽをお皿に置きながら呟いた。
皆一様にみやくみを見ながら、頷いた。

田辺は電話で、飲み物の追加を注文したあと、受話器を置くと話し始めた。
「故郷の話になったので、あらかじめ菜月ちゃんたちに言っておくね。
俺と春べえ、そしてみやくみは小学校からの同級生なんです。高校まで同じでした。
高校では、3人とも吹奏楽部で、僕がクラリネット、みやくみはフルート、春べえはトランペットのパートだったのね」

 田辺が話し始めると、美瑠も菜月も、へえ~、と驚いた。
「同級生だったんですか?しかも3人ともブラバン。完全に幼馴染だったんですね」美瑠が楽し気に拍手した。
「田辺さんもブラバンだったんですか?意外で~す」と菜月が続けて話した。
二人とも、はじめの緊張感はなくなって、普段着の女子になって、ほとんど話し方がため口に近くなってきている。そうした姿を春べえはにこにこしながら見ていた。
「菜月ちゃん、俺がブラバンだと、なんかおかしいの?」田辺が不満そうに腕を組みながら言った。
「いえいえ、おかしくはないんですが、どちらかというと、田辺さんはスポーツ系の部活をやられていたように思ってました」菜月は率直に言った。
「あ、なるほどね。そういう意味ね。確かに走るのは得意だけど、三年間吹奏楽ラブざんした。運動系は、みやくみなんよ。吹奏楽やりながら、陸上部にも所属してて、県大会で3位になったこともあるっす」
「なべっち、3位じゃなくて4位。3位に入ってたら、東北大会に出場できたんだけどね」みやくみが田辺に向かって口をはさんだ。
「あ、そうだったっけ。ごめん、ごめん。それでね、いつもグランドで短距離走の練習をしているみやくみの姿を、校庭の隅のイチョウの木の陰から見つめてたのが、春べえなんっすよ」田辺は春べえの顔を覗いた。
菜月も、美瑠も、えええ~っと、さっきより大きな声で驚いて春べえを見た。
「なべっち、あのっさ、人をストーカー紛いのように言わねえでけろ。またなべっちの週刊誌記事ネタ目線の癖、始まった」春べえ、はあきれて言った。
「なべっち、俺は、ときどき校庭で、トランペットのロングトーンの練習をするときに、みやくみが週二回の陸上練習してるときには、トランペットを走るリズムで鳴らして、みやくみのランニングを応援してただけ。それ、何回も言ったでしょ。まったく」
「いや、これも何度も言ったけど、春べえのトランペットの音には、恋の響きがしてたなぁ」
「恋の響きって、何だがわかんないこと言わないの」春べえが刺身をつまんで言った。
「恋の響きですか。それってなんだかわかる気がします」美瑠が話に分け入ってきた。
「つまり高校時代、春べえさんは、みやくみさんに恋をしていた、ということですよね」美瑠が納得したように頷きながら春べえ、を見た。春べえは困った顔になって一度天井を仰いでから、意を決したように話し始めた。
「本人がいる前でこういう話したくないけど、まぁ、ほら、青春ってやつが僕の心に育ってて、ええと、あの当時は、単純に片思いだったってことかな。高校生ぐらいになると、どこにでもあるでしょ、そういうこと。淡い初恋的なこと。初恋じゃないか、、、今だから話せるけどなんか、はんかくさいっしょ」
「確かにはんかくさいべな」田辺が頷いた。
「あのう、はんかくさいってどういう意味ですか?」菜月がみやくみの顔を見て、それから春べえの顔を見て、尋ねた。みやくみは遠くを見るような目線で、ビールのジョッキを見て応えない。酔ってきたのか少し赤い顔になっている。
「はんかくさいって、方言だべさ。恥ずかしいってこと」田辺が言った。あっさりと春べえが、みやくみのこと好きだったことを認めて呟いたので、田辺は逆に拍子抜けしたように菜月に説明した。
「なるほど、いい言葉ですね。はんかくさい、、、聞いていいでしょうかね?春べえさんは、みやくみさんに告白したんですか」
ブハッ、と咳き込むように春べえがむせった。田辺が笑った。みやくみは表情を変えないで黙っている。何度か手を当てて、咳き込んだ後で、春べえは言った。
「美瑠ちゃんって、ずけずけ物言うねぇ。さすが江戸っ子だなぁ、いい意味でね」春べえは少し笑みを浮かべて、お絞りで口を拭くと、ちらっとみやくみを見た後、とつとつと話し始めた。


「告白とかしなかったんです。もう小学校から一緒だったから、兄弟姉妹の感覚になってて、距離が近すぎたんですよね。もう完全に皆仲良し状態。
だから友達以上に行くのが何となく難しかったんだよね。なべっちだってみやくみのこと好きだったと思う。なあ、なべっち」
「もう、春べえはそれ言うかな。とにかく幼馴染でずっと小学校から当たり前に隣にいる存在って、あらためて高校生になったから、告白するとか、逆に難しんだよね。みやくみともう一人、幼馴染仲間いたんだけど、、二人とも高校時代は、学年のマドンナ的存在だった。俺は、いつもあの頃にもう一度戻りたいって、ず~っと思ってるんだ。今も思ってる。あの頃を思い出すだけで、震災からのいろんな傷の疼きが、一時的に不思議と和らぐんだよね。春べえ、これ話してよかったかな?せっかく楽しい話してたのに」田辺は急に真面目な表情になって春べえを見た。
春べえは、ニコニコしながら応えた。
「もう四年経ったんだ。思い出話として、普通に話してもいいと思う。それも震災の教訓というか、震災の時の大切な思い出、、または語り継ぐべきことの一つになるんとちがうんかなぁ」
それを聞いた田辺は静かにうなずいた。
それまで何も言わなかったみやくみが呟き始めた。みやくみはもうビールを終わりにして、レモンハイを飲み始めていた。目の前のビールのジョッキはすでに空だった。
「新人さんのお二人には、話の展開が変わって、戸惑ってるみたいだから、春べえ、私から話すね」と春べえを見てから、その表情を確かめていた。
春べえは、みやくみを見てゆっくり頷いた。


あのね、とみやくみは言いながら菜月と美瑠を交互に見た。そして二人の心を探るようにみやくみが話し始めた。
「私たちは、実は、中学時代から四人組って、周りの人から言われてたの。花の四人組。なんかダサい呼び名なんだけど、ずっとそういわれてたのであまり違和感ないんだけどね。もう一人は震災で亡くなった、というか行方不明のままなの。でも行方不明って、彼女のご家族も、私たち親友もいつまでもそういわれることが嫌だったの。それで、三回忌、というか震災から2年経った3月11日に、友人たちとご家族の方たちだけで、葬儀をしたの。
喪主は、山平オーナー。つまり彼女のお父さん。彼女の名前は山平万理恵ちゃん。とても美しくて、その四人組のチームリーダーだったの」
そこで話をいったん止めて、みやくみは菜月と美瑠を交互に見ながら頷いた。二人は一様に驚きの表情を見せてみやくみを見たが、うつむいて何かを我慢しているようだった。
やがて美瑠は両手で顔を覆って静かに泣き始めた。菜月は耳にかかった髪を直しながら、うつ向いていた顔を上げてみやくみを見つめた。続きを話してください、という表情に見えた。

「さっきから、なべっちと春べえが、私のことを話してたけど、私は残念ながら、高校時代はそんなにモテてないのよ。さっき春べえが正直に言ったのも、高校時代の頃の話なの。男性の気持ちって、時に本気なのか遊びなのかよくわからないことあるじゃない。美瑠ちゃん、わかるよね」みやくみは敢えて泣いている美瑠に声をかけた。
「美瑠ちゃんって優しいのね。泣き虫ってキホン、悪い人はいないって言うわ。美瑠ちゃんはいい人。それは十分わかる。でもね、この被災地では、いい人だけではやっていけないの。もちろん泣くのを悪いと言っているんじゃなくて、もう一段こころを強くしていかないと、体も心も持たないから言ってるの。優しさだけでは本当に寄り添うことはできないの。根底に優しさを持って、そしてなおかつ強くならないと,こころを痛めた人に寄り添うことはできないのよ。守ることはできないの。これからいろんな人と出会いを結んでいくと思うけど、今私が言ったことは忘れないで、美瑠ちゃん。そして菜月ちゃんもね」みやくみはそう言って二人を見た。
涙をハンカチで拭いた美瑠が、涙目のままで、みやくみを見て頷いた。
菜月もこっくりと頷いて、わかりました、と返事をした。

「ええと、何の話だっけ」と言ってみやくみが田辺を見た。
「昔話。でも万里江ちゃんのことはまだ説明していないかな」田辺は応えると、ごめん、お手洗い、と言って席を立った。春べえが立ち上がって、奥に座っている田辺を見送った。今度は春べえが奥の席に座った。

そうそう、と言ってみやくみは話を続けた。
「万里江ちゃんは、とても優しい女性だった。みんなへの気配りがとてもこまめで、丁寧だった。いつも笑顔を忘れない、そんな優等生的な女性だった。そして高校を卒業して、自分のお店の看板娘として、働いていたの。
一人娘だったから、私がお店を継ぐんだってよく言ってた。
そして万理恵ちゃんは、やがてある人と、婚約をしたの。

万里江ちゃんは、震災の日は直前までこのお店にいたのよ。もちろん震災後に解体して立て直す前の懐かしい前のお寿司屋さんのお店だけどね。お魚の仕入れから戻ってきたマスターとあの日は一緒にお昼過ぎまで、いたのよ」
みやくみは、そこまで話すと、軽く頭を二度頷くようにして、二人を交互に見た。

田辺が階段を上ってきた。そのあとに割烹着を着たままの山平オーナーがゆっくりと上がってきた。
田辺は二階のあがり口に立って、山平オーナーが奥へ向かうと、その後に続いた。春べえ達全員が立ち上がった。
「いいよいいよ、座ったままで。お店のマスターとしてお客様にご挨拶に来ただけだから、どうぞお座りください」かしこまった表情で山平は一礼すると、美瑠と菜月を見て話した。
「この度は当店をご利用いただき感謝いたします。料理はいかがでしたか」
美瑠は膝に手をつきながら応えた。
「山平さん、初めまして。東京から移住予定の山賀美瑠と申します。もう最高に美味しかったです。私、東京の高級お寿司屋さんとかにも、以前何度か両親に連れて行っていただいたことがあるんですが、もう全然レベルが違います。ここのお店のお寿司は日本一です。
あのう、たいしてお寿司屋さんで食べた経験はないのですが、日本一間違いなしです。ネットの友達たちにも、紹介させていただきます」
美瑠は興奮気味に話した。
「私はいろいろな地域を動きながら育ちましたので、海鮮料理などはずいぶん食べたことがありますが、今日の料理が大好きになりました。シャリが独特な柔らかさとお酢のほんのりした酸っぱさが絶妙で、ほれぼれするほど美味しかったです。
ご馳走様でした」菜月は深々と一礼した。
「いやあ、そういっていただけて光栄です。若い方に褒められるとうれしいですね。お年寄りの食通の評価よりも、若い方が喜んでくれるのがうれしいんです。ありがとうございました。
私は、リライブプロジェクトの顧問もさせて頂いておりますので、今後あちこちでお会いすると思いますが、よろしくお願いいたします。牧野石市へようこそおいでいただきました。歓迎いたします」
山平は春べえ達にも、それぞれ目で挨拶をすると、また一階へ降りて行った。

田辺が春べえの座っていた席に腰掛けると言った。
「1階のカウンター席の団体さんが、帰られたタイミングで、オーナーから今上に挨拶に行くからと言われたんだ。忙しいのにありがたいよね」
「なべっち、ちゃんと用足して来たんだろうな」と春べえが言って笑った。
「当たり前だべえ、お手洗い出たタイミングで声かけられたんよ。純ちゃんは今日は忙しくてお話しできないと思うから、新人さんたちによろしく言っといて、と言われたよ。菜月ちゃんも美瑠ちゃんも、『待ち合わせ』に純ちゃん来た時ゆっくり話してね」田辺の言葉に二人がはい、と返事した。

田辺は、さてとみやくみの話は終わったんかな、とみやくみに尋ねた。「ううん、半分くらいかな、あとは明日以降ゆっくり話すとするわ」と応えた。
田辺はそれに頷くと、空になったお皿を片付け始めながら、菜月と美瑠に尋ねた。
「十分、おなか一杯になりましたか」
美瑠はおなかをさすりながら、もう最高でした、と笑った。菜月は頭をこくりとしながら、美味しかったです、と笑顔になった。
「そいじゃあ、遅くなりましたが、この辺で歓迎会はお開きとします。美瑠ちゃんも菜月ちゃんも、今日の会議で疲れたでしょうから、帰りましょう。『待ち合わせ』まで送っていきます」そう言って春べえを見た。
「なべっち、お疲れさん。皆さんもお疲れでしょうからこの辺でいったんしめましょう」と言って手をはたく仕草をした。いよ~、の声掛けとともに三本締めの手拍子を皆でして、それぞれがテーブルの片づけを始めた。

 お店の外に出ると、さすがに冷え冷えとした寒さが、それぞれの吐く息を白くした。
「やっぱりマフラーしてくるんだった。外寒いねぇ」みやくみが大きな声で皆に言った。
「みやくみ先輩、あたしのマフラー共有しましょう」美瑠がみやくみの横に来て長いマフラーの半分を巻いた。菜月が、私のも共有してください、と言って美瑠の反対側のみやくみに寄り添って、マフラーをみやくみの首に巻きつけた。ピンクの毛糸マフラーと、白の毛糸マフラーがみやくみの首に重なって巻きつけられた。
春べえとべえやんが、後ろを歩きながら笑っている。
「こうやって三人が並ぶと、三つ子みたいね」みやくみが嬉しそうに言った。酔っているのか声がやけに大きい。
田辺が、笑って言った。
「みやくみ、どう見ても姉妹だよ。三つ子ってことは、真ん中のご婦人が年齢詐称疑惑だね」
「何よ、なべっち、今日だけ三つ子なの」みやくみが怒って後ろを振り向いて言った。
「まぁ、同じ20代ということで、今日だけ許す」春べえがみやくみに笑いながら言った。

街灯が温かいストーブのように赤く滲んで、行く手の道の先に数本明るく光っていた。商店街は、すべてシャッターを閉めて静かだった。
「小さい頃は、漁師さんたちや飲み屋のママ風な人たちが真夜中まで歩いて、騒いでいた通りだったんだけど、今は本当に夜になると静かだなぁ」
春べえは田辺を見て言った。
「春べえはこの先の歯医者さんの2階の借家に住んでたからこの辺の事情よく分かるんだ。そういえばお前んち、一度も遊びに行ったことなかったなぁ」田辺は遠くの街灯を見ながら言った。
「だいたい、みやくみんちの豪邸が集合場所だったからなぁ。四人でよく夜中までゲームやってたなぁ。RPGはみやくみが得意で、シューティングはなべっちと対戦して、俺、勝ったことないよ」春べえが銃を撃つ格好をした。
「そんな俺が、万理恵と対戦して、実は勝ったことがなかったんだ。あいつ、なんであんなにゲームが上手くて機敏だったんだろう。眼鏡をかけると、そういえばゲームオタクに見えなくもなかったけど」
田辺の問いに公春は頷いただけで、ふと立ち止まって空を見上げた。街灯の光の届かない夜空は、何も見えない漆黒の闇だった。

          ~③へ続く~

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