生きるってどんなこと?

2020年5月24日


おはようございます。5月24日日曜日、今日もradio sufi始めます。

唐突ですけれども、

みなさん毎日生きていますか?

っていう質問をしてみます。生きるってどんなことなんでしょうか。

朝起きて、「あぁ、起きたぁ」って深呼吸して、身体を伸ばして。それで、きっと日々のルーティンな流れに沿っていくのかなぁと思います。

ほとんどの人がきっと、習慣というものをたくさん持っていて、朝起きたら必ずトイレに行く、お水を飲む、食べる物を食べるとか、ある程度は考えなくてもできるように、ロボットのように設定、セッティングされていて、なんとなくボケーっとしてても、ご飯を作れるとか、コーヒーをいれられちゃうとか、そういう感じで繰り返し暗記のような感じの脳になってて。ボケーっとしてても日々を過ごせる感じなのかなぁと思います。

それで、出勤とかがあれば準備をして、女性だったらお化粧したりとかして、ボサーっと歩いてても駅に辿り着いてとか、そんな感じの生き方もあるでしょうし、朝起きて今日の天氣、日光を浴びて「今日も太陽さん輝いているなぁ」とか、「風が強いなぁ」とかそういうものに触れて、自然の中に自分が存在していることに感謝をして始める。そして、一日をどんなふうに過ごすかアファメーションをして始めるっていう事をやってる人もいると思います。

いろんな生き方っていうのがあります。

この同じ現実世界に生きていても、いろんな生き方がある。

その様々な違いというのは、周波数の違いで表すことができます。

朝、ネガティブにものすごく重苦しく起きる人は、周波数を数字でいうと低くなっていきます。なんとかヘルツっていうのがすごく低くなっちゃいます。そういった人たちの現実世界もあれば、同じこの地球上でそうやって朝から日々感謝をするとか、自分自身がこのように朝を迎えられたことに対して、感謝をして生きるっていう事をしている人は周波数の数字でいうと、高い数字になっていきます。

こういう人たちが混在しているこの地球上の中で、今すごく二極化が大きく広がっていると言われていて、端っこと端っこだと、本当に出会うこともないです。街を歩いていて、出会うこともないんですよね。すごく不思議と思うかもしれないけれども、

自分たちのことを分子構造だと思ったらいいです。

人間と人間だから、考えて思考が入ってきて、「そんなわけないよ」とか。いろんなドラマを見たり、小説を読んだりすると、そういうことが目の前に起きるんじゃないかとか思ったりもしますけれども、自分の周波数の数字というか、周波数と同じ人や物や現象を呼び寄せます。

もしくはその中で生きているから、その事しか起きないんです。


例えば、258MHzの生き方をしている人が、528MHzの事は起きたりしないですね。528MHzで生きてる人は、528MHzの現象ばかりが起きるし、そういう人たちばかりに出会うし、すれ違うことがあっても意識下には上らない、そういうことがあります。

今、メールとかSNSとか、たくさんコミュニケーション取れる場所がありますけれども、そうだとしても、すれ違いというのは起きます。メールが届かないだとか、そういう事も普通に起き得るし、周波数の違いっていうのはそういうふうになっていきます。

じゃあ、どんな生き方がいいのかなっていうのは、これは自分で選択する事ができるわけですよね。いろんな周波数の中を生きてきて、自分はどれが良かったかなっていうのを過去振り返ってみたり、時々そういう自分以外のセミナー、自分よりも高い周波数を持ったところのセミナーを受けてみて、その人たちが本当に輝いていたら、

その人が持っている周波数を、自分も取り入れて生きてみたいなと望んでみる。


望むと自分の自己浄化が始まりますので、自分が良くなりたいと思ったら、自分が何を直して、修正すれば良くなるのか。

生まれつき良くない人っていません。


生まれた時は100%魂の存在だったわけです、光り輝く100%だったわけです。だけれども育っていく環境の中で、家庭環境だったり、友達との何かだったり、トラウマだったり、そういったもので自分の周波数を下げていってしまうんですね。それで、氣付いた時にはすごく重苦しい周波数の中で生きているという事もあります。

そういう時に“良くなりたい”と望んだらどうなるかっていうと、

その影の部分にスポットが当たるわけです。

要するに、自分でフィルターをかけてしまった部分に氣付かないから、そのままなわけですよね。だからそこに誰か、もしくは何かが「そこ、違うんじゃない」って言ってくれるんです。そういう現象が、自分が望んだ時に起きます。

そうすると自分が見たくなかった場所、過去に自分が蓋をしてきた場所にスポットが当たっちゃうから、一瞬、嫌な思いをするはずです。「なんでそんなこと言われなきゃいけないんだろうな」とか、「なんでそんな目に遭わなきゃいけないんだろうな」と。ただそれは、自分が過去に、ちょっと前の過去だと思います、

良くなりたいと思ったから、

「この部分、あなたにスポット当てるわね」と、

魂からスポットライトを当ててもらっているわけです。

それで誰かが遣わされてるんですよ。


文句を言ってきた人とか、何かうるさいことに、目に遭ったとか、そういう現象は自分が引き寄せてます。そして、自分が見たくなかった、蓋をしてたところに目線が行って、意識が行くわけです。そこで学びをしている人は、そこをコンニャロウと思いながらも修正するわけです。思わないのが一番いいですけどね。

感謝して修正するっていう事ができれば一番早いですけども、スポットライトを当ててもらった場所を修正すれば、ちょっと前に過去に望んだ良くなりたいと、こういう自分になりたいと思った自分へ、ポンと進めるわけですね。

だから、何度もこのラジオで言うように、

目の前で起きる事というのは、

自分が過去に思った事が現実化しているだけですよ。


誰も、目の前に悪い人はいないわけです。いくら嫌な思いをさせられたとしても、それすらも自分で過去に何か自分が思ったり考えたり、言葉にしたり行動した事の現れです。そういう事を感謝して学びに変えられるか。変えられるかというのは、実践できるかですよね。蓋をしてきた事だから、きっと嫌な事だとは思います。でも、その蓋をした嫌な事をしてこなかったから、あなたは成長しないのよっていう事を、自分の魂さんが「ちょっと前に、あなたが良くなりたいって望んだわけでしょ」っていう感じで言ってくれているわけです。

それで、一度思った事は取り消さない限り続きます。

その一個の出来事で氣づかないのであれば、

その現象はどんどん大きくなっていきます。

最初はサラッと言われるぐらいかもしれない。だけど、過去に良くなりたいと思った事のエネルギーは、現実化へ向けて生き続けています。

それを自分でまた蓋をしたとしたら、その蓋がどんどん重くなってくるとともに、現象もどんどん重くなります。しまいにはドッカーンって、もう「ごめんなさい!!」っていうぐらいまで、すごく死ぬほど嫌な目に遭ったとか、すごい大きな事故に遭ったとか、そこまで行く可能性だってあります。

自分がその現象に対して心を開いて取り組まない限り、自分が望んだ事は消えません。なので、そうなる前に早めに現象として、起きる事が大きくなる前に実践に変える。感謝して学びに変えて取り組んでいくという事をすれば、そういう嫌な目に遭うとか、嫌な事を言われるとかがなくなります。

そういう事は一切なくなります。

なぜなら、あなたが成長したからです。

という流れなんです。すごくシンプルな生き方なんです。

人間が生きるって、自分で構築しているっていう事ですね。


他人から言われるから、なんかおかしいなって思うかもしれないけれど、この際、言っておきますが、

他人も自分もありません。

私はあなたであり、あなたは私です。すべてが死んだらひとつになるわけですよね。

生きてるうちは、個体個体で別れているから、別物だと思いがちですけれども、周波数や波動やそういった目に見えない世界、第6次元、5次元以上の世界で見ていけばすべてがひとつです。だから他人から何か言われたとしても、それは自分に対して自分で言っているようなものです。わかりますか?難しいかな。


私が昨日ぐらい言ったのかな、この現実世界、3次元の世界っていうのは、見えてる世界というのは100%のうち10%ぐらいしかないよって。見えない世界で起きている事が90%以上あるという世界に生きている中で、私たちは10%の中で、チンタラチンタラ生きているわけですよ。

狭い、すごく視野が狭くなる。

そういう視野を広げていくためにも、心をよく見るとか、見えない世界に興味を持つとかをバランスよく。

“心を見る”という事をしていかないと、バランス悪く第5次元以上に意識が広がっていってしまうので。見えない世界っていうのは、いわゆるお化けの世界とか怨霊の世界とか、そういうのもあるんです。だから、遊びで取り組んでは欲しくないです。真剣に取り組んだほうがいいです。

それは、自分の身を守るためです。

見えない世界は正直おっかない場所です。すぐに思った事が現実になるわけですから、人を恨んだりすれば人を殺める事だってできます。

今みたいに見える世界ばっかりじゃなかった時代、戦国時代とか、日本人は普通にちゃんと知っていましたよ。祈り屋とかがいるわけです。行者さんとかを将軍は呼ぶんです。「おい、あそこの国のなんとかという将軍を念で殺してくれ」と、頼むわけです。将軍から言われたら断れないわけです。じゃあ、その行者さんはどうするかというと、家族と縁を切って、洞窟に籠もってひたすら念を送り続けます。相手を殺傷するための念を送り続けます。

それで、それが叶った時、要するに将軍の命令が成功した時、行者さんは何を覚悟しなきゃいけないかというと、自分の死です。自分が死ぬ事になるんです。

自分がやったものは、必ず自分に返ってきます。

そうやって見えない世界で、よろしくない事をやると自分に返ってくるんです。それは究極論ではありますけども、小さい事でもあの人ムカつくなと思ったら、どこかであなたがムカつかれるわけです。それを昔の人は普通に、そういう形で政治にも利用していたという事実があります。

それで、なぜ家族と縁を切るかっていうと、自分が送った、悪い人を殺すというエネルギー、念、そのエネルギーは必ず自分に返ってきます。けれども、自分のエネルギーが強くて、その返ってきたエネルギーを跳ね返してしまう時があるんです。

そうするとそのエネルギーは近くにいる家族にいきます。大事な人を亡くしたりとか、家族の人を不慮の事故とかで亡くしたりとか。老衰とかではなくて、誰かにやられたとか、おかしな形で自分の家族の身も危険に晒してしまうのです。

なので、行者さんたちはそういうエネルギーの流れをすごく恐れていますから、家族としっかりと縁を切って洞窟に篭り、死を覚悟してその念を送るという事をやるんですね。

そういう見えない世界なんです。

願いが叶えばいいという問題じゃないですよね。


いい事であればいいとは思います。だから、できるだけいい事を願いましょうって。見える世界でやれる事はそのぐらいです。見えない世界ではどんなふうになるのかっていう感じで。

こんな話があります。

アマゾンで蝶がパタパタっと羽ばたいたその風のエネルギーが、どんどん広がっていって、大きくなって地球の反対側で嵐を起こすと、そういう話もあるぐらいですね。

その蝶の羽ばたきのような私たちの思考です。


中東の辺りとか、戦争が止まない場所がありますよね。そういうネガティブな現象は人ごととは思えないわけですよ。人間、この資本主義で生きている私たちが「あーあ」とか、「つまんねーな」とかいう思考は、まさに蝶の羽ばたきみたいなもんじゃないですか。

そういう「つまんねーな」という思考は怒りですから、そういった怒りを蝶の羽ばたきのように発信した後、どんどん大きくなって、自分が地球の裏側で戦争に加担している可能性だってすごくあります。エネルギーの世界でいえば必ずあると言ってもいいと思います。

本当は、税金で武器を買ってるとかそういう次元じゃないんです。それはもう見える世界で起きてることの10%以下の話です。だからニュースだけが悪いわけじゃない、そういうことやってる人だけが悪いわけじゃない、私たちひとりひとりが生きるという事について、しっかりと責任を持って生きるという事が、すごく大事なんじゃないかなって思うんですよね。

この地球というひとつの星がありますよね。そこで私たちは生を受けて生きている。という事は、この地球の構成員のひとりという事ですよね。わかりやすく言えば、

地球という会社の社員のひとりみたいな感じです。

社員ひとりがダラダラ生きてたら、その会社潰れるでしょ。それか、もう辞めさせられちゃうでしょ。それと同じ事がこの地球上で起きている。たくさん人間がいるから、「自分だけいいんじゃない、別に」ってなるかもしれないけど、そうはいかないですよね。

生を持って、星周りの中で役割を持って生まれてきたわけですから、自分自身の生きるという事に精一杯の努力をして、輝いて生きる、魂の輝き100%で生きるという事。そうする事で地球というものを支えるひとりなんだよっていう自覚を持って、毎日生きるっていう事をしていきたいなと思うわけです。


今日はちょっとセミナーみたくなってますね。日曜日はダラダラ系でいこうって言ってたんですけど、今日はそういう日じゃなかったようです。新月から満月にかけて、学びは吸収しやすい時でもあるから、そういう形でレッスンが始まったのかなぁと思います。

それでは今日も、有意義な一日を。

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