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【記憶の石】⑥

 当の本人が愛だと信じる感情を、他者が否定し取り上げるのは難しいし、それが本人の不幸にもなり得る。未熟な愛着でも、愛は愛なのだ。
 あのときの私は、今思えば、自分の感情を取り上げられないように必死で守っていた。実際、心のどこかでは、すぐに気づいていたのだと思う。あの男とは、恋愛関係にないということを。でも本来の自分に似合わず華々しい高校生活を始めてしまった私は、後に引けなくなってしまった。男は目の前のセックスの餌食に目がギラギラしていたが、とりあえず14歳で初体験は早過ぎると思ったので、15歳の誕生日を過ぎるまでは待ってもらった。それからすぐに初体験——先を当てがわれるだけの性的接触を済ませてしまった。高校入学時点で、髪を染めピアスもして、非処女——なのかは定かでないが男に裸体を触らせた経験があった。それがダサい自分を少しはカッコ良くしてくれた。もちろんそんなことは決してないのだけれど、当時の私がそう思えていたなら、それは成功だったのだ。
 私は歳上の、成人の彼氏がいるという私サイドの事実を、誰にも打ち明けなかった。本当は言いたくて仕方なかった、せっかくバチバチにメイクをキメて登校しても怒られない学校に進んでもまだ中学生の面影を保っている同級生たちに。でも日が経つにつれてそれは本当に言えない話となってしまった。やっと15歳になった3月の末、『好きだょ💓』というメールで私はこの男と交際関係になったはずだった。だから、『エッチしたぃ😫❤️』という熱意に応えようとして、初めてのキスは失った。セックスのほうは、入ったのか入っていないのか不明なので知らない。もしかしたらその男が2cmくらい自分の中に入ってきたのかもしれないし、本当に入り口に当てられただけで飛び上がってしまったのかもしれない。しかし、それ以来私が『会いたい💕』とメールしても『予定がある』としか返ってこなくなり、私からのメールの文面はだんだんと悲痛なものに変わっていった。『会いたい💕』から『ねぇ会いたいよぉ😫💔』『いつなら空いてる⁉️今週の予定ならわかるょね⁉️』『寂しい。。。』まだ初めのほうは予定があるとだけ、彼専用に作った受信ボックスに入ってきたがだんだん返事すらもらえなくなった。それは3ヶ月続いた。私は3ヶ月もの間、メールを送りつけては無視され続けていた。しかしどの程度無視されたら拒絶されているということになるのか、私は人と関わったことがなさすぎてわからなかった。私は家族以外の人間から相手にされてこなかったので、初めて関わる他人が、何らかの理由で自分の前から消えるかもしれないなど想像していなかった。友達は自然に発生して、喧嘩して険悪になることがある。それは学校で自分以外の人間関係を嫌というほど目にしてきたのでわかる。恋人関係は、どちらかが告白というセレモニーをして成立し、いつかフラれて破綻するのだということはいろんなフィクションで知ってきた。だがこの関係は、この状況は何なのか。『好きだょ💓』と言われたから成立し、スタートしたはずだった。そういう男女は裸で抱き合うものだと思っていた。だから自分たちもそうなったのだと思った。ずっと会ってくれなくて、メールも返してこない。なんで?なんで会えないの?なんでなんでなんでなんで?会いたい——私は本当に喚き顔の絵文字のような顔をしていた。会いたい。どうしても会いたい。私はその男のことで四六時中頭がいっぱいになってしまった。ときどき携帯が鳴っても、『アド変しました✨』の一斉送信メールで、その前にランプの色で彼でないことはわかるのだが、頭に血が昇って携帯を逆パカしそうになった。
 私は高校に入って3ヶ月で、すっかり病んでしまった。授業中にも、男のことを考えて涙がボタボタ落ちた。
 そういえば、この半年前には——ゲームサイトで彼氏のことで病んだ日記を書いている女性に憧れた。恋愛のことで、悩んでみたかった。まだ見ぬ相手に、悩まされてみたかった。でもそれが、会って2回目で音信不通になることだなんて、それは理想と違っていた。もっと複雑な問題を抱えたかったし、事象がシンプルであるほど、人間関係の経験に乏しい者にはかなりの難問になるのだろうと、あれから10年以上経った今は思う。
 結局、あの男と出会ったゲームサイトに戻ってみると、他の10代の女子にせっせと足跡をつけているようだった。私と違ってつるんと入る相手を探していたのだろうか。ただ、私以外にも彼に切られて追っていると思われるユーザーは複数見つけたので、少し問題が複雑に見えたし、私がダサい人間だから拒絶されたのだと断定できない状況に自分を再発見できたので安堵した。

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