宇宙で農業を始めるには？(宇宙と農業①)
「リコちゃんさっきから何の本読んでるの？」
「あぁ、農業の本だよ。イネでも何でも空に向かってピューって伸びてる草木がスマートでかっこいだろ？」
「空に向かってピューっ？」
「ほら月面は地球の6分の1しかない低重力環境だし、国際宇宙ステーション(ISS)みたいな宇宙空間だとほぼ無重力じゃん？上とか下っていう概念が少ない環境だから植物も地球にいる時みたいに勢いよく上にまっすぐ伸びるって力に欠けるんだよ。」
「確かに・・地球だったらとりあえず上に伸びればお日さまの光を浴びることが出来るって前提があるものね。宇宙だと部屋みたいな閉鎖空間だし、上も下も曖昧か。」
「最近の研究(保尊, 曽我, 若林, 神阪, 2020, p8)によると微小重力環境下で育てられたイネは葉っぱの方向がバラバラなだけでなく、本来地球上であれば下の方に伸びる根もバラバラの方向に伸びてしまうみたいなんだ。中には根が培地から飛び出して空中へと向かうものもあるとか。」
「地面から空に向かって伸びる根って、まるで気根みたいね。でもイネは本来根は下に向かって伸びる植物だから、宇宙の小さな重力環境が植物のあり方を変えてしまうのかも知れないわね。」
森の中に生える気根。熱帯植物など空気中の水蒸気を取り込むために生えるとも呼ばれる。宇宙で根っこが培地から出てくるのとは異なり、こちらは重力環境下でもこの様に生えてきている。中には大きく成長し樹木を支える支柱根と呼ばれる事もある・
「何でそんなヘンテコなことが起こるんだろうな。」
「イネや植物も、宇宙環境に適応しようとしているのかもしれないわね。例えば人間でも長時間宇宙でのミッションを始める際、まず最初にムーンフェイスと呼ばれる状態になるわ。いつもなら心臓が重力に逆らいながら血液を頭まで持ち上げているけれど、重力がなくなると勢い余って頭に血液が偏る状態ね。他にも・・」
「心肺機能の低下、骨量減少、筋力低下だろう？月面生まれの私にとって日常的に聞かされてる単語だから流石に覚えたぞ。」
「そうね。月の低重力で生まれ育ったリコちゃんは月面に適応しちゃったから体を鍛えなくちゃだものね。宇宙空間だと重力による負荷が低減するから、なるべくその場の環境に適応しようと肉体も変化してゆくのかもしれないわ。」
「人間でこれだけの影響を受けるんだ。植物だってこの低重力の影響は大きいんだろうな。きっと。」
「おそらく私もそう思うわ。でも実は宇宙や月面で植物がどの様に育つのか、実は分かっていない事が多いの。」
「そうなのか？食料の自給ができないと宇宙開発はおろか月に人をたくさん住まわせるのだってあまり現実的じゃないだろう？輸送コストやメシの配達だって無限に地球から飛ばせるわけでもないだろうに。」
「そう。孫子兵法でもあるように “智将は務めて敵に食（は）む”、つまり食料の現地調達は安定した月面開拓には必須の条件よ。だからこそ、そのために低重力環境で植物の生育を研究する体制が必要なの。」
「そうは言ってもさぁ、宇宙船の中は上も下もないんだぜ？地球で植物育てるみたいに植木鉢に植えようもんならぐるぐる回って土やら草やらがそこら中に飛び散って大惨事だろう。」
「大丈夫。そんなことにならないようにコンパクトに宇宙でも研究できる植物の研究装置を日本のメーカーが作ったのよ。それがこのDigitalBlastという会社が開発した”AMAZ(アマツ)”よ。」
「おお、何か大きなカセットデッキみたいな装置だな・・」
「これは国際宇宙ステーションのような無重力環境での運用が想定されているんだけれど、この装置の凄いところは重力を作る事ができる点なの。」
「マジか！遂に重力物質グラビディウムが実用化されたのか・・」
「そんな物質あるわけないでしょう。実はこのAMAZは酵母とかのサンプルを入れたあと、中の装置を回転させてサンプルに重力を与えることが出来るの。もちろんリコちゃんの故郷の月面と同じ1/6Gもこのマシンの中で再現できるわ。」
「マジかぁ、遠心力で重力を作っている感じなんだろうか。しかしここまで来ると、宇宙ステーションレベルで人工重力を発生させることもそう遠くない未来に一般化されるんだろうな。」
「ワクワクするわね。何より、日本の技術で世界に打って出る事はこれからより重要になって来るわ。これからも宇宙を開拓する新しい技術について、紹介していくわね。」
「こういう基礎研究が進めば大豆やらとうもろこしやら、イネやら小麦じゃがいもまで、宇宙で主食を効率よく生産するヒントを得る事ができるのかもしれないな・・私もメカニック辞めて宇宙でアグリビジネスでもやってみるかなぁ。そしたら大きなとっておきの宇宙ダイコンを品評会に出すんだ・・」
「アストロノーカの時代もその内到来するのかもしれないわね・・でもリコちゃんが頑張らないとお仕事来なくなっちゃうからもう少し宇宙メカニック頑張ってね。それでは今日はここまで。」
「またなー。」
https://bsj.or.jp/jpn/general/bsj-review/BSJ-Review11A_11-22.pdf
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