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宇宙でカップラーメンは食べられるのか?(宇宙食の雑学③)

「なぁクレア、あのドラマに出てる”お湯をコップに入れたらラーメンができる地球の食べ物って何だっけ?」
「あぁ、それはカップラーメンね。」
「カップラーメン?コップにでも入っているのか?」
「そういえば宇宙にはコップにお湯やお水を入れるなんて事しないからね。お湯を容器の中に入れると、中に入っている乾いた麺が元に戻って麺状の食べ物になるものよ。」
「あぁ、それならこのパウチに入っている・・」
「そう、最近はお湯を注ぐ口のついた密封袋に入った形でラーメンの宇宙食も登場してるわね。でも宇宙でラーメンを作るのって、至難の業なのよ。」
「至難の業とな?」
「たとえば宇宙船や宇宙ステーションのお湯の蛇口からは80度までのお湯しか出ないの。」
「それが何か問題なのか?」
「確かに月面生まれのリコちゃんじゃそれが当たり前かもしれないけれど、地球では鍋や電子ケトルでお湯を100度までに熱して、それを使って色々な調理をするのがデフォルトなのよ。本来の温度である100度に達しないお湯で作る鍋やカップラーメンはそのままだと生煮えになって美味しくは食べれないわ。」
「ふーん、そういうものなのか。普通にここの蛇口から出るお湯を使っていろんなものを作って食えるからあまりそういった事は考えなかったな。」
「それも先人の知恵と発明の賜物なのよ。たとえばリコちゃんは地球の高い山の上では水が100度よりも低い温度で沸騰するって知ってる?」
「知らん。」
「標高3776メートルの富士山では水が沸騰するのは約88度、富士山の2倍以上の高さがあるエベレスト(標高8848メートル)では70度でお湯が沸くのよ。」
「なんだ、それならお湯を沸かすのに燃料が少なくて済むから楽じゃん。」
「それがそういう訳にもいかないの。沸騰、つまり液体である水が気体である水蒸気に変わる事と、水の温度は分けて考えたほうがいいの。カップラーメンや私達が日常的に食べてる具材がおいしく煮えるかは、あくまで沸点ではなく水の温度で決まるのよ。だから、例えばエベレストの山頂で鍋パーティーをしたらさっきも言った様に具材が全部生煮えになっちゃうの。」
「何だか食中毒が起きそうだな・・。という事は、地面から高い位置にいればいるほど、水が沸騰する温度は低くなるという事か?それなら国際宇宙ステーション(ISS)なんかのある地上400キロメートルなんかだったら、フツーの水でも沸騰するんじゃないのか?それじゃあカップラーメンどころかコーヒーも飲めないぞ・・でもあれ?ウチの宇宙船でもステーションでも、一応熱いお湯は出てるよな?」
「実は水が沸騰する温度は地上からの高さではなくて、その場所での気圧で決まるのよ。」
「気圧?」
「気圧、つまり大気の密度やそれに由来する重さによって、水がどの温度で気体になる(大気中に水蒸気となって放出される)かが決まってくるのよ。地上が1013hPa(1気圧)なのに対して、例えば富士山では630hPa、そして地球で最も高い山の標高8850mエベレストでは300hPaまで気圧が下がるの。」
「だけど巷の宇宙ステーションとかでも1気圧に保たれていたはずだぞ?クレアの言うことが正しいのなら、沸点は地球上と同じ1気圧の宇宙ステーション内でも100度のはずだと思うが・・。」
「そう、国際宇宙ステーション(ISS)の内部は確かに地上と同じ1気圧で保たれてる。だから沸点は理論上は地球上と同じ100度だわ。でも、ここでも地上とは違う無重力空間ならではの事情が出てくるの。」
「地上とは違う事情?」
「そう。無重力の状況では通常、水なんかの液体も丸い状態でプカプカ浮いているでしょう?
「そうだな。」
「水が沸騰した時、発生する白い煙、つまり蒸発した水蒸気は地球上だと泡が水面から出てきてそのまま煙は上へ消えていく。じゃあ無重力環境だとあぶくや煙はどこへ行く?」
「ん、やっぱり上へ・・?いや、宇宙みたいに無重力の環境じゃぁ上や下っていう方向もないよな。泡はどこへ行くんだ?水玉の表面か?」
「そこが問題なの。例えば日本の宇宙開発機関の一つであるJAXAでは、ファンファンJAXA〔1〕のページでは80度以上に水の温度を上げると気泡とお湯が混ざった状態になって、蛇口からお湯が吹き出す危険性があると言われてるの。」
「気体と液体が混ざると危ないのか?」
「まぁ、普通に空気と水を混ぜるのはどうという事はないんだけど、問題なのは今回のケースは水(液体)が水蒸気(気体)に変わる際に大きな体積変化を伴うという事ね。」
「体積変化?」
「そう。つまり大きさが膨らむの。水は通常100度に熱してその全てを水蒸気に変えた場合、その水蒸気の体積は水であった時の少なくとも1600倍に膨れ上がるの。」
「1600っ!?にわかに信じがたいな。」
「簡単に例えると、1リットルのお水ならマンションの傍に置いてあるゴミ置き場用大型ゴミ箱、または小さめのお風呂くらいの大きさになっちゃう。」
「そんな気体が水の中で混ざった状態で浮かんだら爆発するんじゃないのか?」
「まぁまさにリコちゃんの言う通りなのよ。もし宇宙ステーションの中で100度のお湯を沸かすと、蛇口からお湯が炸裂するリスクがあるの。地球上の似たような現象に喩えるのであれば、化学実験の時に気をつけなければならない突沸現象と似ているわね。」
「これは大火傷じゃ済まないな・・」
「そんな訳で、国際宇宙ステーション(ISS)内に設置されている給湯器はお湯の温度を80度に設定しているのよ。」
「だからさっきクレアが言っていた高山の時と同じようにラーメンが上手く出来なくなるのか。」
「そう。だから地球上の技術者や栄養に関わる研究者達は工夫をしながら、宇宙の様な限られた設備環境の中でも美味しく食べられるラーメンや食品を日々開発しているのよ。」
「宇宙食品開発も一筋縄ではいかないんだな。」
「まぁそんな宇宙食は開発上の課題はたくさんあったんだけど、多くの人々のイノベーションを通じて今ではラーメンやカレー、ボルシチなど300種類以上(※2)があるわ。中でも日清食品は「スペースチキンラーメン」や「スペースカップヌードル」、「スペース日清焼そばU.F.O.」など、100度近くのお湯が使えないという制約のある環境下において麺類開発に挑戦する日本企業も出てきたの。」
「それは心強いな!宇宙での仕事は危険も多いから、私にとっては心が休まるのは飯と寝る時くらいだからな。次の飯は何にしようって毎日の楽しみが増えるのは嬉しい。」
「そうね、前に話した”宇宙サンドイッチ事件”でも取り上げられたジョン・ヤング宇宙飛行士(1930-2018)もし適していた様に、閉鎖された空間でプレッシャーの大きな仕事に従事する宇宙飛行士にとって、食事の事情は日常の士気に大きく関係するの。人類の活動領域を宇宙まで広げるのに多くの人々の知恵やイノベーションを以って実現してきたのと同様に、それをより持続可能なものとしてサポートしてゆくのも、人々の知恵やイノベーション、そして挑戦によるところが大きいわ。」
「次々に課題の壁が出てきても、それを乗り越えるのもまた人間の知恵という事だな。」
「という事で今日のお話はおしまい!参考文献には今回のお話にまつわるJAXAのホームページ(ISSでお湯を沸騰させることはできますか?)や、宇宙用ラーメンなどを開発した日清食品のURLを載せたのでぜひ覗いてみてくださいね。」
「またなー。」

<参考文献>

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